第41話 闘争と逃走

「お主、人間と虚霊だけでなく、神もその身に宿っておるな?」


ノラはレーゲンスを睨みつけながら断言する。

さっきの神威によって知り得た情報はこれだけだったが、決して無視はできないことだ。

人間、虚霊、そして神までもが一つの肉体に入っているなど、今まで見たことがない。


「フフ…そう遠回しな言い方をしないでもいい。私が誰であるかわかっているのだろう?」

「じゃが、お主はあのレーゲンスではない。あれは純粋な神じゃ。ここからはわしの推測になるが、お主は何らかの実験によって生み出された存在じゃな?おおかた虚霊と神を融合させ、人間に植え付けるといった具合か…」


ノラはその場で考察をしながら、目の前に立つ奇怪な存在を定義する。

人間に虚霊が宿ることは珍しくないが、神が人間に宿ることは今までなかったはず。だが、神が虚霊に取り憑かれるという出来事はかつて大厄災で起きていた。つまり、理論上では全てを混ぜ合わせることは可能なのだ。

だが、そんな現象が自然発生することなどあり得るはずがない。何者かの手によって引き起こされたと考えるのが当然だ。


「そうだとも。この意識が生まれ、気が付いた時には既にこの存在となっていた。歪で不完全な虚霊という名の存在に。だが、それがどうしたと言うのかね?私には神としての記憶もある!もちろん君の存在もよく知っているとも。神殺しとして名高いこともな」


ノラの言葉が何かの琴線に触れたのか、レーゲンスがまくし立てるように叫ぶ。

そして、その激昂に呼応して、レーゲンスの黒い力が荒れ狂う。負の感情を体現したかのようなどす黒いオーラが大気を乱し、肌を刺すような痛みが伝わってくる。

神であり人間であり、そして虚霊であるレーゲンスにとって、純粋な神という存在は劣等感を刺激するのだろう。

だが、ノラには全く関係のないことだ。


「それこそ今は関係のないことじゃ。わしが過去に何を成していようとも、お主が虚霊として存在していることに変わりはない。もう一度言うが、いくら神に情景の念を抱こうとも、お主は神にはなれぬ」


ノラはレーゲンスの内に秘めた感情をバッサリと切り捨てる。

たとえ敵にいかなる事情があろうとも、ノラは自分が成すべきことをするだけだ。そこに慈悲は必要ない。

だが、レーゲンスの嘆声は止まらない。


「そんなことはわかり切っている。だからこそ、私は神をも超える存在になるのだ!造られた存在だと?そんなことは問題ではない。揺るぎない意志と確固たる信念を持つ者こそが上に立つべきなのだよ」


虚霊になった男は叫ぶ。

そこには神に反抗する者として、造られた存在として、決して譲ることができないものがあった。嫉妬という言葉では生温いような劣等感と、そのどす黒い感情によって煮込まれた反骨心がレーゲンスを突き動かしていた。



「お主の言葉は間違いではない。じゃが、お主の野望は潰えることになる。このホムラの地でな」


ノラはそう言うと、先ほど投げた短刀を神威で引き寄せ、両手に短刀を持ついつもの戦闘姿勢を取った。

レーゲンスは荒れ狂っていた力を中心へと収束させていく。その赤い眼には、決して消えることのない強い意志が宿っていた。


「君に私を止めることはできない」

「わしだけではない。ここにはホムラの神がいる。お主の思い通りになりはせぬ」


ノラは神としての矜持を見せる。いや、矜持ではなく存在意義とさえ言い切れるだろう。



「そうか…。では、やってみたまえ!」


そう言い放つと、レーゲンスは漆黒の槍を手に疾走する。黒い感情に身を任せ、ユズルとの戦いの時よりも速く、鋭い切り込みで駆け抜けていく。

ノラは低い姿勢のまま白銀の短刀を構え、それを迎え撃つ。

そして、古の神と造られた悪魔が、遥か辺境のホムラの地を懸けて激突した。



☆☆☆



「はぁ…はぁ…はぁ…っ!」


下層で神と虚霊の戦いが繰り広げられている中、ミツキはヒオリと共にレーゲンスの屋敷から脱出しようと、落ちてきた空洞を上に向かって飛んでいた。

背中に背負ったユズルの今にも息絶えそうな荒い息遣いがミツキを焦らせる。ここで死なせてしまう恐ろしさを考えるだけで吐き気がしてくる。

ミツキの頭の中は、主を守るという式の役目を果たすことだけでいっぱいだった。

だが、共に飛んでいたヒオリが少しずつ遅れ始める。


「姉さん!早く!」

「わかってるよ!でも、ノラ様を置いていくなんて…!」


ヒオリが泣きそうな顔で言葉を荒げる。

ミツキと違い、ヒオリはまだ後ろ髪を引かれる思いを捨てきれていなかった。そんなヒオリの眼からは「今すぐにでも助けに行きたい」という気持ちがひしひしと伝わってきていた。

けれど、ミツキはそんな中途半端な気持ちを持ったままの姉に苛立ちを覚えてしまう。


「僕たちの役目は主様を助けることだ!ノラ様もそう言ってただろ!」

「それは…っ!………うん、そうだね。ごめん」


ミツキの強い言葉にヒオリも思わず声を上げかけるが、とっさに自制心で抑える。

ヒオリ自身も自分が我儘を言っていることには気付いていた。そして、ミツキの言葉が正しいことも、自分が戻っても役に立たないことも、全部わかっていた。

けれど、どうしようもなく悔しかったのだ。


ミツキもその悔しさがわからないわけではない。つい強い口調で当たってしまったのも、ミツキの中に整理がつかない感情が渦巻いているからだった。

だが、二人とも互いにぶつかり合ってしまうほど、愚かでもなければ子供でもなかった。


「生きて帰るんだ。そうでしょ?」

「うん、わかってる。もう大丈夫。あたしは大丈夫だから」


ヒオリが自分に言い聞かせるようにつぶやく。

ミツキもヒオリも治癒をする神威の扱い方を知らない。いや、たとえ知っていても、式にこれほどの傷を治すことはできないだろう。

ユズルを助けるためには神官であるミヤの元まで連れていく必要があるのだ。だからこそ、神那への帰路を急いで戻る必要がある。


やがて暗闇の先に光が見えてきた。

ここを抜ければホムラの“町”に出られるはず。そこまで行けば、あとはもう真っ直ぐ戻るだけだ。

二人の間に安堵の空気が漂う――――が、ミツキが前方に黒い影を見付ける。


「―――――!!姉さん、前!」

「任せて!」


ヒオリがミツキを追い抜いて前に出る。

ユズルを背負っているミツキでは虚霊とまともに戦うことができない。それに加えて、ノラとの連携の時に神威を消費し過ぎている。お互いに、戦闘になるならヒオリが受け持つしかないとわかっていたのだ。


「邪魔だぁぁぁぁあああ!!」


ヒオリは進路を塞ぐ前方の黒い影――虚霊を蹴り上げるようにして、レーゲンスの部屋へ飛び出る。

ヒオリに蹴り飛ばされた虚霊は、そのまま天井を突き破って上の階に落下した。

二人は部屋に着地してすぐに周囲を警戒するが、おそらく敵はさっきの一体だけ。


「ミツキ!先に行って!すぐに追いつくから!」

「………っ!わかった!」


とっさに判断に迷うが、ヒオリは残って虚霊を倒し切ることを選択した。

この虚霊に追撃されてしまうと、場合によってはミツキだけでなくユズルの命にも関わる。それをヒオリがここで押し留めておけば、安全に神那まで戻ることができると考えたのだ。

この虚霊は一対一なら倒すのも難しくないというヒオリの判断だが、もし他に虚霊がいた場合はミツキが独力で逃げ切る必要がある。

どちらにしてもリスクはあるが、ヒオリにもミツキにも敵の攻撃を躱しながらユズルを守り切るだけの力は残っていなかった。

だが、そんなことを議論している暇などあるわけがない。だからこそ、ミツキもすぐにヒオリの判断に従ったのだ。

そしてヒオリは上へ、ミツキは外へ、同時に飛び出していった。

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