第31話 神に反抗する者
“神”という言葉を発する瞬間、レーゲンスの赤い眼が狂気に歪む。
「かつてホムラにも神がいたことは君も知っているだろう。多くの若者と共に消え、人々に災厄と蔑まれた愚神を」
もちろんギンジが知らないはずがない。
それに巻き込まれ、無残に殺された友人がいたのだから。
「そして、ついに新たな神が誕生した」
レーゲンスは両手を広げ、歓迎するように微笑む。
そして、ギンジへと質問を投げかける。
「君は実際に会ったのだろう?どう思ったのかね?」
あまりにも抽象的な質問に、ギンジは相手の意図を掴み切れなかった。
「どう、とは?」
「本物の神なのか、ということだ」
“本物の神”
やはりピンと来ない言葉に、ギンジは少し悩む。
ギンジが出会った神は、たしかに本物のはずだ。
「そもそも、神だの何だのと最初に言ってきたのはあなたの方だ。本物かどうかなんて、オレよりもよく知ってるでしょう」
ギンジは訝しげにレーゲンスを見つめる。
新たなホムラと出会う少し前、ギンジはレーゲンスから神について伝えられていた。
近いうちに君の元を訪れるだろう、と。
そして実際にホムラは来た、言葉通りに。
だからこそ、レーゲンスが本物かどうか知らないはずがないのである。
そんなギンジの指摘にも、老人は変わらず不敵な笑みを浮かべたままだ。
「だが、私は会っていない。あの存在は、会えばわかる。ただ目の前にするだけで、魂が感じ取ってしまうのだ」
忌々しいことにな、とレーゲンスは憎らしげに続ける。
「奴らは神などと名乗っているが、これほど傲慢なことはない。あれは我々のホムラを崩壊させた元凶であり、悪魔なのだからな」
レーゲンスは苦虫を噛み潰したように顔を歪め、身の毛のよだつような殺意を纏う。
その途端、場の雰囲気がピリピリとした緊張感に包まれる。
「そういう意味なら、あれは間違いなく本物だ。おまけに謎の化け物が襲ってきてオレの小屋も壊されちまった」
ギンジは話題を逸らすように、あえて別の出来事を伝える。
しかし、それでも溢れ出た狂気が止まることはなかった。
「化け物…化け物か…。くくくっ…化け物!」
レーゲンスは引きつった声で繰り返す。
その姿は狂気に囚われた化け物そのものだった。
常人では理解の及ばない様子に、ギンジは否応なしに恐怖を覚えてしまう。
やがて、レーゲンスは落ち着きを取り戻し、非礼を詫びた。
「いや、すまない。少々興奮してしまってね」
口ではそう言っているが、その眼はやはり、愉しそうに笑っていた。
「……あなたは、あれが何か知っているのか?」
ギンジは落ち着いて尋ねる。
危ない橋を渡りたくはないが、少しでもレーゲンスの核心に迫っておく必要があるからだ。
レーゲンスはその質問にも、やはり可笑しそうに嗤う。
「私もかつて噂で聞いた程度だが、神に反抗する存在がいる、ということだ。素晴らしい響きだとは思わないかね?」
レーゲンスは決して神の誕生を喜んでいたわけではなかった。
いや、ある意味では歓喜していたのだろう。
神を殺せる、ということに。
「つまり、あの神を殺したいとでも言うのか?」
ギンジは一気に核心へと足を踏み入れる。
一刻も早くこの場を離れたかったからだ。
この老人は壊れている。
いつ気まぐれで人を殺してもおかしくはないだろう。
「フフフ…殺す殺さないは結果に過ぎない。まずは見極めたいものだ、このホムラを司るにふさわしい神なのかどうかを」
レーゲンスは心の底から待ち遠しいとでも言いたげに、声を高ぶらせる。
「それに、これは私という器を量るには絶好の機会なのだよ。本当に私が支配する者なのかどうか、というな」
神に反抗する人間。
そして、人間よりも上の次元へと行きたいとでもいうのだろうか。
「どっちでもいいが、オレは首を突っ込まないようにさせてもらう」
「ククク…君も関わらざるを得ないさ」
「おいおい、勘弁してくれよ?オレは器よりも命が惜しいからな」
ギンジはわざと心の底から呆れた様子を見せながら、大袈裟につぶやく。
レーゲンスの考えは大方わかった。
それに下準備もしておいたことだ。
あとは、あの神に何とかしてもらうしかないだろう。
「ところで、君のことだ、私が神に会う段取りはできているのだろう?」
レーゲンスはさも知らないように聞いているが、ギンジが少し前にミヤとホムラに出会っていたことは知っているだろう。
そして、ギンジもこの老人に伝わるように見せつけていたのだ。
「一応伝えてはいるが、いつになるかは保証できない」
ギンジは明確な時期を伝えないようにはぐらかす。
準備ができる時間が多いに越したことはないだろう。
レーゲンスはその言葉に、ふむ…と少し悩む。
「そうだな…ひと月は君にあげよう。それまでに私と神を引き合わせたまえ」
そう、静かにギンジへ命令を下した。
「君に拒否権は、ない」
ギンジは何も言わずに、その言葉に従った。
拒む理由も術もなかったのだから。
「あぁ、楽しみだ!」
ホムラの頂点に立つ男は、その狂気に歪んだ眼を見開き、ひとり歓喜に打ち震えた。
☆☆☆
「ひと月か…」
ギンジは“村”へと戻りながら、レーゲンスに与えられた猶予と命令について考察していた。
レーゲンスは新たなホムラを試すと言っていた。
つまり、試した結果によっては殺すということだ。
これはあくまでもギンジの考えに過ぎないが、十中八九で不合格になるだろう。
あの優しい神と狂った老人では話にならない。
だが、人間に神が殺せるのか?
とてもじゃないが無理だろう。
実際に目の前で見たギンジは断言できる。
あれは人がどうこうできる存在ではない。
しかし、それでは腑に落ちない。
そもそもレーゲンスはギンジよりも神に精通し、その存在について理解しているはずだ。
それなのに何故あのようなことを言ったのか。
考えられる可能性はいくつかある。
まず、ギンジが知らない神の弱点があるという可能性だ。
そもそもギンジは神についてほぼ知らないと言っても過言ではない。
何か抜け道があってもおかしくはないだろう。
だが、人間が知り得る弱点など、神が知らないはずがない。
そして、たとえあったとしても成功率は低いだろう。
あの老人がそんな賭けみたいな行動をしないことを考慮すると、この可能性は皆無だ。
次の可能性は、そもそもギンジに語ったことが全て偽りだということだ。
これもほぼあり得ないだろう。
まず、そんなことをするメリットがない。
それに、もしレーゲンスが神と手を取り合うというのであれば、むしろギンジにとっては好都合だ。
あの老人さえ頂点から引きずり下ろしてしまえば、後はどうとでもなる。
そして、万が一ギンジの思惑が全て知られた上で謀られている場合は考慮する意味がない。
もし知られていたとしたら、ギンジはずいぶんと前に殺されているはずだ。
また、レーゲンスがホムラの神と対峙するつもりであれば、ギンジの思惑とも合致する。
ギンジはただ場所を御膳立てし、うまくホムラに流れが傾くように仕向けるだけだ。
最後の可能性は、レーゲンスが神に準ずる存在であるということだ。
最も現実的ではないが、最もしっくりくる。
少なくともギンジにとって、あの老人は同じ人間とは思えない。
神に反抗する存在。
もし神と対等に渡り合える存在ならば、今までの言葉とも辻褄が合ってしまう。
最悪なパターンは、レーゲンスとホムラが戦ったうえでレーゲンスが勝つことだ。
あの神がまだ未熟だということにはギンジも薄々勘付いている。
ならば、いまギンジが取るべき行動はギリギリまで猶予を引き延ばすこと。
そして、飛び火で“村”の人々に被害が出ないように準備をすることだ。
だが、レーゲンスの手下がギンジの動きを監視している以上、極端に目立った行動はできない。
静かに、そして確実に動いていく必要がある。
決戦の日は、静かに迫ってきていた。
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