第28話 月の輝き
「やったー!5連勝!」
ヒオリが喜びに舞い踊りながら、あっちこっちで飛び跳ねる。
傷だらけなのに相変わらず大した体力だな…と苦笑いしてしまう。
ひとまずヒオリは大丈夫そうなので、倒れ込んでいるミツキに声をかける。
「大丈夫か?」
そう言って手を差し出すが、あえなく断られる。
「大…丈夫…です。一人で、立てますから」
ミツキはふらふらと立ち上がる。
全身傷だらけだが、やはり重傷は見当たらない。
あれだけ戦ったのにも関わらず深手を負っていないのは、それだけミツキの身のこなしが上手いからだろう。
俺が感心しながら見ていると、ノラがこちらに向かって歩いてきた。
「ほれ、さっさと傷を治すのじゃから、二人とも来ぬか」
ノラが急かすようにヒオリとミツキを呼ぶ。
怪我をしているミツキはともかく、ヒオリはノラに怒られまいと全力で走ってくる。
そして、いつものようにノラが座った二人に手をかざすと、光が体を包み込んで、みるみるうちに全身の傷が治っていく。
俺の神威にも余裕ができたとはいえ、こうした治療は相変わらず神樹の神威を使わせてもらっている。
“主”との戦いがひと段落するまでは、神威をなるべく温存しておきたいからだ。
「よっし、全快!ミヤさんのところ行ってくる!!」
ヒオリは治療が終わるや否や、バッと立ち上がり、いつものように走ってミヤのいる広場まで駆け下りていく。
「あんまり迷惑かけるんじゃないぞ」
「は~い!」
ヒオリはこちらを見ずに手を振って応える。
その姿は底なしの体力を持っているように見えるが、たぶんミヤのところで寝落ちすることだろう。
どうやら姉としての矜持を守りたいのか、ミツキの前では弱気な姿を見せようとしないのだ。
だが、察しの良いミツキはとっくに気付いており、わざと知らないふりをして接している。
何から何まで本当に面倒見のいい弟だ。
「さて、わしもひと眠りするかの」
ノラはふわぁ~ぁ…と大きくあくびをしながら、寝床へと向かっていく。
最近は可愛らしい外見とは裏腹な、年齢を感じさせる仕草が増えてきている気がする。
もし本人に言ったら次の朝日を拝めなくなるので、誰にも言わずに胸の奥にしまっておくけど…。
ノラもいなくなるので俺も少し休憩するかと思い、ミツキに声をかける。
「ミツキはどうする?」
「僕は、まあ適当に仕事でもこなしてます」
ミツキはいつも通りの落ち着いた表情で答える。
だが、内心は悔しさでいっぱいだろう。
さすがに同じ式同士での戦いに5連続で負ければ、どれだけ温厚でも悔しくないわけがない。
そして、先ほどの戦闘でもその気持ちが垣間見える場面もあった。
ミツキは基本的に感情を表に出そうとはせず、自分の中で完結させる。
俺も似たようなタイプなのだが、ミツキは特に他者からの干渉を嫌っているような気がする。
だからそこ、こういう時はそっとしておいた方がいいだろう。
俺はそう考え、邪魔にならないよう静かに神殿へと向かった。
☆☆☆
その日の夕方、俺が一人で神威の鍛錬をしようと神那の中を歩いていたら、一足先に鍛錬に励むミツキの姿を見つけた。
ミツキの武器は手甲。
要するに籠手のようなものをつけて、殴打で戦うということだ。
最初はすらっと背が高く、物静かなミツキからは想像がつかなかったが、実際に見てみると案外しっくりきた。
接近戦では細かい牽制、綺麗な身のこなし、肉薄したせめぎ合いの中でも冷静に判断する力が必要だ。
そう考えると、ミツキは全ての要素を兼ね備えている。
そんな超近接型の戦闘スタイルをとるミツキは、相手との間合いの取り方や距離の詰め方がとても上手い。
今もシャドーボクシングのように架空の敵と戦いながら、様々な読み合いをこなしている。
素早いフェイントを織り交ぜながら、連撃を叩き込む。
俺がその身のこなしに見蕩れていたら、こちらの視線に気付いたのか、鍛錬を途中でやめて俺の方を向いた。
よく見ると、全身から滝のように汗が流れ落ちている。
相当長い間こうして一人で鍛錬していたのだろう、と一目で分かるほどだ。
「………なんですか?」
「いや、本当に見事だと思ってさ」
俺は素直な感想を言ったのだが、薄っすらと嫌そうな顔をされる。
「姉ならともかく、僕にお世辞はいいですから」
汗を拭いながら、ぶっきらぼうに言う。
ヒオリやミツキが俺に対しても軽い口調で話しているのは、決して彼らが無礼なわけではなく、俺がそう求めたからだ。
最初はあまりにも恭しく扱われ、むしろ会話するのが億劫なほどだった。
今ぐらい砕けていた方が話しやすいし、丁度いい塩梅だろう。
「そういえば、俺はあまり気にしてないけど、姉と弟ってことでいいのか?」
ふと気になってミツキに声をかける。
「いいも何も、そうしないと進まないですよ、あれは」
諦めと呆れが混ざり合ったようなため息とともに、言葉を落とすようにつぶやく。
まあ、あのヒオリが妹であると受け入れるはずがないな、と納得する。
ミツキにとっては姉でも妹でも大差ないのだろう。
「それに、僕よりも強いですから」
そう続けて言ったミツキの言葉は、少し悔しさを含んでいた。
どうやら今日の負けは相当応えたらしい。
「だから一人で鍛錬してるってわけか」
「そうですよ、悪いですか?」
「別に悪くはないさ。ただ、真面目だなと思っただけだよ」
不貞腐れることもなく、ひたすらに努力をする姿は、正直なところ俺にとってまぶしいほどだ。
だが、やはりミツキの表情は晴れやかになることはない。
「……真面目とかじゃないですよ。負けてるなら勝てるまで強くなる、それだけです」
そして、静かに俺から目線をずらして、鍛錬に戻ろうとする。
今日の模擬戦を見ている時にも思ったが、決してミツキがヒオリに劣っているわけではない。
相性の差、と言い切ってしまうのは少し違うが、得意不得意が姉弟ではっきりと分かれている。
ヒオリは直感と力強さ、ミツキは思考力と速さ。
一対一の勝負では、そのちょっとした違いが勝敗を分けているのだ。
それはミツキ自身がより感じ取っていることだろう。
そして、だからこそ悔しいのだ。
無性に、どうしようもなく。
だが、このまま鍛錬だけを続けていたら潰れてしまいそうな危うさを感じ、俺はついミツキを引き留める。
「あ、え~と、そういえば、ヒオリもそうだったけど、技を使う時に何か言っていなかったか?」
とっさに今日気付いたことを聞いてみる。
ミツキは少し訝しげにこちらを見るが、どうやら少し付き合ってくれるようだ。
「あれは神威のイメージを補完するための言葉です。ただ想像するだけでなく、言葉を口にすることで神威の精度が上がります。言葉には、それだけの意味と力がありますから」
式への名付けと同じようなものか、と納得する。
イメージを具体化する言葉と、それを形にする神威の親和性は確かに高いだろう。
「意味と力ってことは、それは決まった言葉なのか?」
一般的なファンタジーにおける呪文のような決まった言葉を使うのか、はたまた、それぞれが独自の言葉を考えているのか。
おそらく後者だろう、とわかりつつもミツキへと質問を投げかける。
「単なるルーティーンなので、基本的には同じ言葉です。ただ、誰もがそれを口にすれば使えるわけではありません。たとえ同じ言葉でも、それぞれがイメージするものは違いますから。あくまでも個人的なルーティーンです」
それに、とミツキは言葉を続ける。
「言葉にすると精度は上がるのですが、神威の消費量も増えるので使いどころには気を付ける必要があります。つまり、決め技に使うということです」
お手本のような丁寧な解説に、ミツキらしさが垣間見える。
要するに神威を一気に消費する必殺技のようなものだから、二人とも最後に使ったってわけか。
神威の使い方にも、まだまだ俺が知らないことが山ほどありそうだ…。
「なるほど、そういう意味だったのか!ノラはそんなこと全く教えてくれなかったんだがな…」
「あの方は少々別格ですので…」
我々が使う小技など不要でしょう、とミツキは続けた。
たしかに、ノラは普通の神とは少し違うような気がしている。
他の神を誰も知らないので比較はできないが、守神という立場的にも特殊な神であることは間違いないだろう。
ひと通り説明を終え、ミツキが立ち去ろうとしたので、少し提案をしてみる。
「そうだ!今から鍛錬するなら、少し付き合ってくれないか?俺もまだまだ鍛えないといけないからな」
わざと明るく振舞いながら、大袈裟に誘ってみる。
我ながらコミュニケーション能力の欠片も感じられない声のかけ方だが、これでも精一杯やっているのだ。
せめてミツキに気を遣わせることのないようにしたい、ただ、それだけだった。
だが、そんな俺の気持ちを知ってか知らずか、ミツキは目を伏せると断りを入れた。
「僕とやっても得られるものはないですよ」
「そんなことはないさ。俺よりは遥かに強いからな」
ミツキがそれを聞いて、うっ…と言葉に詰まる。
神威を全て使いきるような全力で戦えば、単純な神威の差で俺が勝つだろう。
だが、戦いにおける“強さ”という意味では、俺よりも式の二人の方が圧倒的に格上だ。
何せ俺はこと戦闘に関しては素人同然だからな…。
ミツキは少し気まずそうに目線を逸らす。
「それなら、姉に頼めばいいでしょう。あっちの方が―――」
「俺は、ミツキに頼みたいんだ」
ミツキの言葉を遮るように、強く伝える。
「俺はちゃんと見てる。お前の良いところも悪いところも全部。別に強さだけがお前の存在意義じゃないんだぞ。俺はちゃんと知ってる、だから大丈夫だ」
勇気づけたかった。
大丈夫だと伝えたかった。
それが、本当に心を支える言葉だと知っているから。
俺の言葉に、ミツキは口を強く結び、そっと空を見上げる。
そして、ぽつりと答えた。
「……やっぱり、今日はやめておいていいですか?」
そう言うと、ミツキは汗を拭いながら顔を背ける。
「…そうか、わかった」
強い拒絶の言葉ではなかったが、俺は無理に引き留めるようなことはしなかった。
なんとなく、そうした方がいいと思ったのだ。
彼は、もう大丈夫だと。
「あーあ、フラれちゃったな…」
ミツキがいなくなった後、ふと一人でつぶやく。
だが、不思議と俺の顔には笑みが浮かんでいた。
あんな顔を見せられたら、顔が緩むのもしょうがないだろう。
去り際に見えたミツキの眼には、灯が宿っていた。
強く、美しい眼差しだった。
それは俺にはない、光だ。
「さてと、俺も負けてらんないな…!」
子が独り立ちするような感傷に浸るのもそこそこに、俺は一人で気合いを入れ、鍛錬に勤しむ。
すっかり日が暮れ、空には真ん丸に輝く月が浮かんでいた。
その美しさには、やはり太陽にはない風情がある。
そして、それは俺の背を見守るように、ゆったりと静かに世界を照らしているのだった。
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