俺たちは神様になれない ～転生したら辺境の神様だった～

第27話 模擬戦

「そこっ！」

ヒオリの剣先がミツキの脇を掠める。

当たりはしなかったものの牽制としては十分で、ミツキはうまく懐に入れずにいた。

「ちっ…！」

ミツキは舌打ちをしながら、少し距離を取る。

ヒオリが剣を扱うのに対して、ミツキは手甲だ。

中途半端な距離ではヒオリにいいように攻められてしまうため、なんとか接近して押し切る必要がある。

そして、単純な力ではヒオリが勝っているため、安易に剣を受けるわけにはいかないのだ。

「お〜、やってるなぁ…」

俺がノラと修行し、それなりに頑張ったけれど相変わらず吹っ飛ばされている隣で、ヒオリとミツキが模擬戦闘をしている。

俺自身もそうだが、式の二人も戦闘経験が少ないことから、より多くの戦闘をこなすのが急務となっている。

となると、やはり式同士で戦うのが自然だろう。

他に戦う相手がいないのもあるが、今後のためにも互いに癖を知っておくという意味合いもある。

などとボーっと考えながら眺めていたら、動きがあった。

「いっくよ！」

間合いを保って機会を伺うミツキに痺れを切らしたのか、ヒオリが一気に攻勢に出る。

小柄な体を生かし、低い姿勢で飛び込んでいく。

そして、凄まじい速度で小刻みに剣を振るう。

力はあまり篭っていないが、ミツキの速度に追いつくためだろう。

ミツキはそれを両拳で的確に捌く。

剣と手甲がぶつかり合う度に、甲高い金属音が神那に響き渡る。

「くぅっ…！」

ヒオリが攻め切れずに苦悶の声をあげる。

互いに有効打は見当たらないが、少しずつミツキに余裕ができる。

やはり、速度の差だろう。

「ふっ―――！」

ミツキは左拳で剣を弾き、少しの隙を作ると、右拳を大きく振りかぶる。

ヒオリが体勢を崩しているところに、強めの一撃を叩き込むつもりのようだ。

「さ…せるかぁ…っ！」

しかし、ヒオリはそれを見ると、弾かれた剣を腕の力で無理やり戻す。

本来はあり得ない軌道で、剣が引き戻される。

気合いというか、馬鹿力というか…。

そして、ミツキが攻撃をする前に、思い切り横から水平に斬りつけようとする。

「相変わらずインチキみたいな力だよね…！」

ミツキが心底鬱陶しそうにつぶやく。

しかし、ヒオリの力を知っているミツキは、それを見越していた。

振りかぶっていた拳を、向かってきた剣の腹に思い切りぶつける。

「――――――ッ！？」

ミツキに向かうはずだった剣先は真下へと落下し、地面に突き刺さる。

突然の軌道変更にさしものヒオリもついていけず、つんのめるように足が浮く。

そして、体勢を崩したヒオリの腹に、ミツキの拳が突き上げるように刺さる。

「ぐふっ…」

クリーンヒットだ。

鈍い音とともに、ヒオリの小さな体が少し宙に浮く。

そして、ミツキがこの瞬間を見逃すはずがなかった。

「はぁぁぁ―――！」

ミツキはそのまま体を回転させて、回し蹴りを叩き込む。

拳ではなく蹴りにしたのは、ヒオリへの配慮というよりも、この後の攻撃への布石なのだろう。

どちらにしても、ミツキの思うように事は運ばなかった。

「捕まえた…！」

「―――――――！？」

ヒオリがその強烈な蹴りを食らいながらも、その足首を掴んでいたのだ。

蹴りが入った唇からは血が垂れていたが、まるで気にする素振りを見せない。

そして、そのまま両手でがっちりと固めると、ミツキの蹴りの勢いを利用して思い切り投げる。

「ちっ…！」

ミツキはうまく受け身をとりながら、最小限の動作で体勢を整える。

体術を中心にしているだけあり、見事な身のこなしだ。

そのまま距離を取りつつ、次の攻撃に備える。

しかし、肝心のヒオリの姿が見当たらない。

「どこに…！？」

ミツキが目線だけで周囲を見回す。

その一瞬の隙が命取りだった。

ヒオリは、ただ低い姿勢で真っ直ぐに突っ込んできていた。

一瞬でも姿を見失い、意識が周囲へと向いたため、気付くのに遅れてしまったのだ。

「しまっ――――」

「そりゃあ！」

ヒオリは下から掬い上げるように剣を振るう。

身長差があるため、ミツキからすれば、ほぼ真下からの攻撃になる。

しかも、予想外の方向からの攻撃だ。

とっさに両腕の手甲でガードしたものの、踏ん張りがきかずに空へと打ち上げられてしまう。

そして、ヒオリはそれを追いかけるようにダンッと地面を蹴り、飛び上がる。

ヒオリの小さな体が、まるで弾丸のように跳ね上がる。

「これで、とどめ…ッ！！」

そのまま猛烈な勢いでミツキに追いつくと、思い切り剣を振り下ろす。

剣を振り下ろす威力だけでなく、打ち上げられた速度が加わり、凄まじい衝撃となってミツキにぶつかる。

「ぐっ―――！」

ギリギリでガードは間に合ったようだが、ミツキは撃ち落されるように真下へと急落下する。

そして、受け身をとる間もなく、地面に激突する。

ドゴォ…ンと凄まじい音とともに神那の石畳が粉々に砕け散り、周りの地面にも亀裂が走る。

あたりには姿が見えないほどの土煙が立ち上り、その衝撃の凄さを物語っている。

「よっし…！」

ヒオリは勝ちを確信したようにガッツポーズをして、少し離れた場所に着地する。

剣が直接当たったわけではないため死ぬようなことはないが、あの威力となると、ガードしていても相当なダメージは入っているだろう。

しばらくして反応がなければ、気を失っていてもおかしくはない。

ヒオリも手応えは十分だったようで、ずいぶんとご機嫌な様子だ。

「今日もあたしの勝ちかな～ってね！」

ふんふん鼻歌を歌いながら、ミツキが立ち上がってくるのを待っている。

油断しているようには見えるが、さすがのヒオリでも無防備に警戒を解くことはないようだ。

「ユズル様～、そろそろ助けに――――！！」

ヒオリが痺れを切らせて俺に話しかけようとした瞬間、土煙を突き破って巨大な岩がヒオリ目掛けて飛んでくる。

かなり気を抜いていたが、ヒオリは持ち前の反射神経で反応し、自分よりも一回り大きい岩を真っ二つに斬り捨てる。

しかし、後を追うようにいくつもの岩が飛んでくる。

ヒオリは難なく全てをぶった斬り、あたりに散らばるように転がっていく。

おそらくミツキが投げているのだろうが、当たったとしても神と同じ体をしている式にとってはそれほど痛手ではないだろう。

とすると、何かしらの意図があるということだろう。

「哀れなる傀儡よ、湖面の月を搔き乱せ」

ミツキは誰にも聞こえないほど小さな声でつぶやく。

そして、最後に投げた岩を追うように、土煙を切り裂いて全速力で駆け抜けていく。

重症ではないが、遠目でもはっきりとわかるほど血まみれだ。

だが、そんな傷を感じさせない速度で、そのまま真っ直ぐにヒオリ目掛けて突っ込んでいく

「はぁぁぁぁああ！！！」

ミツキがめずらしく雄叫びをあげながら、全力でぶつかっていく。

「今日こそは、負けない…っ！！」

計算もなければ、読み合いもない。

ただひたすらな、力と力のぶつかり合いだ。

そして、ミツキの拳が抉るように突き刺さると同時に、ヒオリの剣も容赦なく脇腹を切り裂いた。

「「ぐっ……！！」」

傷の深さでは、ミツキの方が重傷だ。

これで勝負が決まったかのように思われた瞬間、ミツキの姿が霧のように消えていく。

「え……！？」

ヒオリは戸惑いを隠せない。

何せいきなり目の前で相手の姿が消えたのだから、困惑するのも無理はないだろう。

「こっちだよ」

一瞬呆然としていたヒオリの真後ろから、スッ…とミツキが現れる。

完全な不意打ちだったが、ヒオリもうまく攻撃を合わせる。

そして、先ほどと同じように相討ちになるが、またしてもミツキの姿が霧のように消える。

「なにこれ…！？どーなってんの？」

まるで湖面に映る月を掴もうとしているかのように、ミツキの姿を捉えることができていない。

さらに、先ほど投げた岩の陰から不意打ちで攻撃してくるため、なかなか防ぐことができずにいた。

「ふっ―――！」

ミツキは戸惑うヒオリに容赦なく攻撃を浴びせる。

逆に、ヒオリは攻撃を当てても手応えがないうえに、不意打ちでの傷がかさんでいく。

ヒオリは防戦一方の中で、なんとか打開策を考える。

彼女の思考はとても単純だった。

神威の仕組みだとか、ミツキの考えていることだとか、盤面の使い方は全くわからない。

だが、斬ってるのが偽物なら、他に本物がいる。

つまり――――

「もしかして…これって、分身…？？」

ヒオリがようやくこのカラクリに気付く。

そう、これは分身だ。

神威を使って作り出した実体のある偽物。

単純なヒオリに対して攪乱するような戦術を選んだのは見事だろう。

しかも、きっちりと地形の活用をして、土煙でバレないように準備をしていたところまでは完璧だった。

だが、唯一致命的な欠点があった。

それは、威力が足りていない、ということだ。

ヒオリの攻撃速度に対応するために神威を消費し過ぎたのだろうが、攻撃力がまるでなかった。

これではいくら不意打ちで殴っても大したダメージにはならない。

「（威力が足りないのはわかってる。けど、少しずつ削ってから、僕自身が一撃入れれば勝機はある…！）」

ミツキは焦りながらも、冷静に考えていた。

しかし、彼は忘れていた。

彼の姉がとんでもなく単純で、そして、とんでもなく馬鹿力だということを。

「分身ってことは本物がいるんでしょ？それなら…！」

ヒオリはミツキの分身の攻撃を捌きながら、神威を剣に込めていく。

神の力たる光が、剣へと収束していく。

そして、剣先で地面に円を描き、その中心に突き立てる。

「咲き開け！光輪！」

ヒオリが描いた円が光の輪となり、そのまま衝撃波となって一気に広がる。

そのありったけの神威が込められた衝撃波は、ミツキの分身や周りに落ちていた岩ごと、全てを彼方へと吹き飛ばす。

本体が近くにいない可能性やそもそも分身ではない可能性など、冷静に考えれば神威を全力で放つのは悪手なのだが、今回はこれが功を奏した。

「うわぁ…！？」

分身とともに身を隠していたミツキも予想外の衝撃波に足元をすくわれ、そのまま飛ばされる。

分身に神威を割いて疲労していたこともあり、うまく受け身をとれずに地面を滑るように転がっていく。

そして、起き上がろうとした時には勝負が決していた。

「あたしの勝ちね」

倒れるミツキの喉元に、ヒオリの剣が突きつけられていた。

「僕の、負けです…」

ミツキはそう、肩を落とすようにつぶやき、負けを認めた。