第26話 姉と妹
ヒオリとミツキの二人が新たに加わったが、日々の過ごし方に特別な変化はなかった。
修行と神威の鍛錬、“村”の見回りを着実にこなす。
地道だが、少しずつ信仰心も集まり、俺自身も強くなることができている。
そして、二人がいることで修行の幅も広がり、何をするにしても人手に困ることはなくなった。
神那の中も整理され、これまでの廃墟一歩手前の状態から、今では誰が見ても神聖さを感じる本来の美しさを取り戻していた。
まあ、これはほとんどミツキのおかげなんだが…。
ミツキは冷静沈着というか、黙々と仕事をこなすことが得意らしい。
ヒオリに仕事を押し付けられる度に嫌そうな顔をしているので、本人はあまり好きなわけではなさそうだけれど…。
はじめに姉弟論争があったが、天真爛漫な姉と、片付け上手で真面目な弟という綺麗な構図になっている気がする。
俺も整理は得意な方ではないし、ノラとヒオリに至っては論外だ。
そういう意味では、ミツキの存在は本当にありがたい限りだ。
それに加えて、戦闘に関してはこの二人から得られるものが多くあった。
さすが戦闘に特化したと言われるだけあり、身のこなしから神威の流れまで、全てが高水準にまとまっている。
単純な神威の力ではなく、それを扱う技量が凄まじいのだ。
まるで生まれながらにして天性の才を与えられたかのように、自由自在に使いこなす。
これを見せられると、たしかに太古の神の生まれ変わりと思ってしまうのも無理はない。
そして、式の持つ神威の強さはその主に依存するので、俺が強くなればなるほど、彼らももっと強くなっていけるのだ。
そういった意味では、まだまだ先が期待できるし、俺自身が強くなるモチベーションにもなる。
唯一の問題点としては、ノラが"戦闘においては"と言及したように、性格に難があるということだ。
とにかく個性が強い。
そして、それをなかなか曲げようとしない。
二人がすぐに言い争いになるのも、これが原因だろう。
つまり、心がまだ未成熟なのだ。
専らの問題は、ミヤとヒオリの気が合わないことだ。
気が合わないというよりは、ヒオリが妙に対抗心を燃やし、なぜかミヤもそれに負けじと張り合っているようなのだ。
ヒオリは何をするにも好き嫌いがはっきりしていて、それを素直に口に出す。
最初は髪の色も相まって優雅さが目立っていたが、一緒に過ごしてみると、天真爛漫を絵に描いたような無邪気さが本質であるとわかってきた。
「今日はあたしとユズル様で見回りに行くから、ミヤさんは休んでていいよ」
俺とミヤがいつものようにホムラへ向かおうとすると、ヒオリが脇から顔を出して口をはさんでくる。
「これは神官である私の重要な務めです。他の方に任せるわけにはいきません」
ミヤは動揺することなく、きっぱりと断る。
式が召喚されて僅か数日なのだが、この光景も日常になりつつある気がする。
今回のように、ヒオリは事あるごとにミヤに突っかかっていき、いつも綺麗にいなされている。
よくわからないが、なぜだかヒオリは自分の方がお姉さんであると思っている節があるようだ。
「務めって言っても、別にミヤさんがやらなきゃいけないわけじゃないでしょ?」
「それは私を神官に任命されたホムラ様に言って下さいませ」
食い下がってくるヒオリを、ミヤは無慈悲に切り捨てる。
いつものミヤなら誰にでも優しいのだが、ヒオリに対してだけは当たりが強い気がする。
「うぐっ…そ、それは…」
あっさりと言い返されたヒオリは言葉が出ず、後退るように逃げ腰になる。
ここで屁理屈を投げられるほどの器用さを持ち合わせてもいなければ、不貞腐れることもないのがヒオリらしい。
ヒオリが負けを認める形になったのを見届けると、ミヤは俺の方を向いて歩き出す。
「では、ホムラ様、参りましょう」
「ちょ、ちょっと待ちなさいよ…!」
しかし、すぐにヒオリに引き留められる。
今までのやり取りでもわかるように、良くも悪くもなかなか諦めないのがヒオリなのだ。
根は悪い子じゃないんだがな…。
「……なんでしょう?」
ミヤが少し面倒そうに振り返る。
さすがにここまで食い下がられると鬱陶しいだろうな…。
しかし、ヒオリはそれを全く気にすることなく、イイことでも思いついたのか、ふふんと調子に乗っている。
そして、ビシッとミヤを指さして言い放つ。
「それなら、勝負に勝った方がユズル様と一緒にいけるってのはどう?」
ヒオリはドヤ顔で言い切る。
俺とミヤはそのあまりにも的外れな提案に、思わず絶句してしまう。
こんな提案でよくあんなドヤ顔ができたものだ…。
「ええと、私が勝負しなければいけない理由が見当たらないのですけど…」
「え~、だって、ミヤさんばっかりズルいんだもん」
困惑するミヤと、なぜだか満足げなヒオリ。
最後のはもはや提案ですらなく、ただの駄々っ子だ。
ヒオリの言葉を聞いて、ミヤがムッとしたような顔になる。
「普段はヒオリさんの方が一緒にいられるじゃないですか。私にとってはそちらが羨ましいです」
ミヤが少し拗ねたようにつぶやく。
ヒオリと会話するようになってから、ミヤもだんだんと子供っぽくなってきている気がする。
年相応というか、今までが異常に大人びていたのもあるだろうけど、可愛らしい一面が見えるようになってきた。
「あたしって、独占欲が強いんだよね〜」
ヒオリはあっけらかんと言う。
お互いに不満を言うだけで、まるで話がまとまりそうにない…。
そこで俺が横から口をはさむ。
「あー、なんだ、そんなに行きたいなら二人で行ってきたらどうだ?」
「ホムラ様、それは…」
「ユズル様のいけずぅ…」
二人からじとーっとした目で見られる。
その反応を見て、言った後に「しまった…」という気持ちになる。
「べ、別に気付いてないわけじゃないぞ!ただ、このままだと埒が明かないだろ。俺は二人に仲良くして欲しいし、じっくりと話せば案外気が合うんじゃないか?」
焦ってしまい、つい言い訳のようになってしまう。
俺があからさまに片方の肩を持つと、色々と収拾がつかなくなるのは火を見るよりも明らかだ。
それに人の気持ちどうこうよりも、俺が一人だけを優遇するのが嫌なのだ。
それなら、俺が行かないという選択が一番無難だろう。
そして、そんな俺の考えとは別に、さっきの言葉にも嘘偽りはなく、この二人はすぐに仲良くなれると思っている。
「それはそうかもしれませんけど…」
「え〜…」
ミヤはしょうがないと割り切ってくれそうだが、ヒオリは嫌々という雰囲気がありありと伝わってくる。
その様子に俺はため息をつきながら、ヒオリの方を向く。
「ヒオリ」
「はい…」
俺はたしなめるように声をかける。
ヒオリは俺に名前を呼ばれた途端、まるでいたずらがバレた猫のように、しゅんとなった。
別に怒っているわけじゃないのだけれど、少し悪い事をしている気分になる。
「一緒に行って、話してみればわかるさ」
「はぁい…」
ヒオリは渋々といった様子でうなずく。
そして、二人は微妙な距離感のまま、連れ立ってホムラへと向かっていったのだった。
ミヤは弟がいるのもあって、とても面倒見がいい。
それに加えて、ミヤ自身が礼儀正しく、誰にでも優しく接することができる。
ヒオリは子供っぽいが、自分が尊敬できることは素直に認める心を持っている。
そんな二人が一緒に過ごしたら、どうなるか。
結果は、考えるまでもないだろう。
その日の夕方、俺はいつものようにノラに投げ飛ばされ、一人で黙々と神威の鍛錬をしていた。
そんな時に、ふと神那へ向かう気配を感じ、入口の階段の方へ視線を向ける。
すると、全力で階段を駆け上がり、神那へ帰ってくる太陽のように赤い髪がちらっと見えた。
そのひょこひょこと跳ねるように見え隠れする姿を見て、思わず頬が緩む。
その赤い髪の正体―――ヒオリはそのまま飛び込むように、俺のそばまで駆け寄ってくる。
「ユズル様〜!あのねあのね!」
「どうした?」
ヒオリは話したくて仕方がない様子で、俺の服の裾をぐいぐいと引っ張ってくる。
どうせミヤのことだろうな、とわかっているが、ちゃんと聞いてあげる。
「ミヤさんね、本当にすごいの!」
ヒオリは身振り手振りで「あの時の~~が」「そしたらミヤさんが~~」と矢継ぎ早に今日あったことを報告してくる。
まるで仲の良い姉を自慢する妹のようだ。
「どうだ、楽しかったか?」
俺が聞くと、ヒオリは目を輝かせてうなずく。
「うん!とっても!」
ヒオリはそう言うと、いつも見せる太陽のような笑顔で、にっこりと笑うのだった。
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