第24話 召喚

「お主は少し力を入れるだけでよい」

「そんなこと言われたって加減が…」


背を押すノラに対し、俺は躊躇いを感じてしまう。


「誰しも最初はそう言う。わしに合わせればよいだけじゃ」

「……わかった。やってみる」


俺は覚悟を決めて、力を入れようとする――――


「――――って、なんだこれ!?」


一人でツッコミを入れた俺を、ノラが訝しげに見てくる。

いや、今のは少し危なくないか?


「何をしておる。さっさと手をかざして陣に神威を込めぬか」


俺とノラは式を喚び出す陣の前にいる。


幾何学模様のような文字で描かれた、半径2mほどの円形の陣である。

昨日あれからノラが準備してくれたもので、時間がかかるというのもこれが理由だ。


あとは神威を込めて喚ぶだけなのだが、俺だと神威を込めすぎて陣そのものを破壊しそうなので、ノラにサポートしてもらっているというわけだ。



「はいはい、やりますよ」


俺は釈然としないまま、ノラに急かされるように両手を陣に向け、神威を込める。


昨日はすぐに休んだおかげか、神威も全快している。

ちょっとやそっとでは倒れることはないはずだ。


俺は昨日のノラの言葉を反芻しつつ、慎重に神威を込めていく。


陣はすぐに神威に反応を示した。

神威を流し込んだ途端、手前から文字が青く光りはじめ、そこから水が沁み渡るように全体へと広がっていく。


まだ日が昇って間もないというのに、その青い光は目にハッキリと見えた。

俺がぼーっとその明かりに見惚れていると、ドクン…と手が震える。


「ん……?」


違和感がある。

心なしか流し込むというより、吸い取られているような感覚に陥る。


ただ、微々たる差だったうえに、その感覚は一瞬だけで、すぐに元通りになる。

陣にも特に変化は見られないし、ノラからも異常は伝えられていない。


まあ気のせいか、と緊張を解いた時だった。


まるで磁石が引き寄せられるように、腕ごと陣に引き寄せられる。


「――――っ!?」


そして、急に神威が飲み込まれる量がとんでもなく増える。

まるで俺の中の神威を食い尽くそうとする勢いだ。


俺は足で踏ん張り、全身を後ろに倒して飲み込まれないようにする。


「なあ!これって大丈夫なのか?」


俺は焦ってノラに問いかける。

血液が抜けていくような、薄ら寒い感覚がじわじわと迫ってくる。


「そのまま身を委ねておればよい」


ノラは後ろから俺を引っ張りつつ、淡々と言う。

神威を飲み込む量はともかく、引っ張られる力はそれほど強くはない。


とりあえず異常ではないようで安心し――――


「途中で力尽きるかもしれんがな」

「それって、完全にアウトなやつだろ!」


叫ぶように訴えるが、時すでに遅し。

神威を食らえば食うほど、陣は輝きを増していき、文字から柱のように青い光が空へと立ち昇る。


俺は必死に意識を保ちながら、意地でも耐え切ってみせると気合いだけで立っていた。

それに、自分の式なのに、喚び出すだけでぶっ倒れるなんて情けなさ過ぎる。


「そろそろじゃな」


俺はノラの言葉に返事をする余裕もなく、歯を食いしばってうなずく。

そして、そうノラが呟いた直後だった。


陣から溢れ出した光が、幾重にも折り重なるように集まっていく。

そして、まるで花が咲き開くように、再び眩い光が視界を埋め尽くす。



「「お喚びでしょうか、我が主よ」」



陣の中心に二つの影。

ともに膝をつき、頭を垂れている。


小柄な少女と、長身の少年。

何より目を惹くのが、その対照さだ。


少女は紅く燃えるような髪、そして、全身から溢れるような活力を。

その背に小柄な姿には似つかない大剣を背負っている。


その存在感は、まるで太陽のようだ。



少年は深く澄んだ蒼色の髪、そして、心を満たす海のような静寂さを。

その手には、冷たく輝く手甲がはめられている。


静かに佇むその姿は、まるで月のようだ。



「召喚に応じ、現界いたしました」


赤い髪の少女が告げる。

快活さの中に礼節さを内包した、とても通りが良い声だ。


一瞬の沈黙が生まれた後に、俺が返事をしないといけないことに気付く。


「あ、えっと、こういう時はなんて言えばいいんだ…?」


思わず少女に向かって聞いてしまう。

神威の使い過ぎも相まって、言葉も出てこなければ頭も働いていない。


すると、少女は顔を上げ、にこっと少し可笑しそうに笑う。


「堂々としておられればよいと思います。あと、よろしければ、御名を教えていただきたいです」


少女の反応を見た途端、すぐに恥ずかしさが湧いてきて、自分でも頬が紅潮していくのがわかる。


「…そうか、ありがとう。俺はこのホムラの神で、名をユズルという」


俺は照れながら、少しぶっきらぼうな口調で返事をする。

少女はそれを全く気にせずに、キリッと表情を引き締める。


「ユズル様。今日この瞬間から、あなたは我らの主です。この剣はあなたの道を切り開くために捧げます。この身が朽ち果てるまで、あなたと共に」


そう言うと、少女は再び頭を垂れた。



「さて、挨拶は済んだようじゃな」


俺の横に控えていたノラがひょっこり顔を出す。

てっきりノラが手早く話を済ませるものだとばかり思っていたが、俺が話しかけられるように気を回してくれたのだろうか。


「それにしても二人同時とは、また珍しいことになったの…」

「そんなに珍しいことなのか?」


ノラは少し驚いた表情で、二人の式を見つめる。

俺は良いのか悪いのかも全くわからないため、反応のしようがない。


「ほとんどの場合は一人のみじゃが、稀に二人召喚される時がある。まあ能力に影響はないじゃろうから、少し得をしたとでも思っておけばよい」


ノラはあっけらかんと言い切る。

少なくとも異常ではないようだ。


とはいえ、ノラは楽観的に言っているが、こういう特殊なパターンがきた時は面倒事も一緒にやってくるのがお決まりなんだよな…。


「式は太古の神が再び顕現した姿とも言われておるが、詳しいことはわかっておらぬ。そもそもこの陣でさえ、昔から継承されているだけで、正確な仕組みが解明されておらぬのじゃ」


つまり、“よくわかってない”ってことか…。

よくわからないまま使っているとは、つくづく神々は適当なところが多いな。


ノラの言葉に苦笑していると、フラっと足元がおぼつかなくなる。

そろそろ限界か…。


「ノラ」

「ん?……ああ、なるほどの」


俺が声をかけると、ノラはすぐに察したようだ。


「少し休むとよい」

「ああ、悪いけどそうさせてもら…う…」


おそらく二人まとめて召喚したのが響いたのだろう。

神威の使い過ぎで、もう体に力が入らないほど疲労していた。


俺はノラの言葉に安心して、睡魔に身をゆだねる。

そして、そのまま倒れるように意識を失った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る