第23話 式
「ホムラ様!」
俺が神那から広場に着くと、ミヤが小走りで近付いてくる。
「すまない、少し待たせたみたいだな」
「いえ、そんなことはありません。私も身支度に時間がかかっておりましたので」
そう言うミヤは、数日前から装いを変えている。
白く清潔感のある
有り体に言えば、巫女装束である。
今までの薄手の服では神官として示しがつかないとのことで、俺が原型を見せて、ミヤがアレンジを加えつつ自作したものだ。
見れば巫女服だと分かるが「布が多い」「歩きにくい」等、ホムラの人から見て違和感がある部分を改変しているため、なんちゃって巫女服になっている。
こうした服を作れるようになったのも、“村”の状況が上向きになってきているからだろう。
「それじゃあ、早速いくか」
「はい!」
広場の階段を降り、ホムラへと向かうのだった。
ホムラは着実に復興していた。
わずか数日だが、流行り病もおさまり、天災も落ち着いていることから、人々はすぐに行動を起こしてくれた。
神の使いであるミヤの存在が、この平和が偶然ではないと裏付けているのも大きいだろう。
復興したと言っても外から見れば微々たる差だが、これは確実な、そして大きな一歩なのだ。
「ホムラにこんなに人がいたのかって、来るたびに実感するな…」
多くの人々が荒れた畑を耕している様子を見て、思わずつぶやく。
俺とミヤはホムラの"村"を一周するように巡っていた。
この一週間は護衛も兼ねて、毎日2人で同じ道を歩いている。
「そう思われるのも仕方がないことです。少し前までは表に出る人もほとんどいなかったものですから…」
ミヤが少し苦笑いをする。
昔を考えると、こうして笑っていられるのが奇跡のようなものだ。
そして、俺は感慨深いというよりも、自分の子供が一人で歩きはじめたかのような、不思議と胸の奥があったかくなる気持ちで満たされていた。
自分の子供がいたこともなければ、この世界に来てから半月ほどしか経っていないのにな…と、我ながら少し可笑しくなる。
でも、それが今の自分なのだろう、と納得できた。
ミヤがちょっとした挨拶や相談に乗るのに付き添いながら“村”の外周を半分ほど行ったところで、よく見知った顔に出会った。
「お、しばらく振りだな!」
ギンジが手を挙げて挨拶をしてくる。
先にこちらに気付いていたようだ。
「ギンジさん!今日はこっちで仕事ですか?」
ミヤも応えるように手を振る。
ギンジは軽い荷物だけの手ぶらだったが、村長がここまで来るということは何か用事でもあったのだろう。
「この辺りのじいさんばあさんに呼ばれてな。体は衰えてるってのに、口だけは昔より動くようになってるもんだからよ、ムダに話し込んじまった…」
ギンジが思い出したかのように苦い顔をする。
年を召してくると、得てして長話が好きになるものだ。
そして、不意に周りをキョロキョロと見回す。
「…なぁ、今日もあの神様はいるのか?」
「あ、ホムラ様ですか?はい、私のすぐ隣にいらっしゃいます」
そういえば、普通の人に俺は見えないんだったな…。
ミヤと一緒だと、ついつい忘れてしまう。
「お、そりゃよかった」
ギンジがラッキー!とでも言いたげに、ニヤッと笑う。
あんまり良い予感がしないのだが…。
『俺に何か用でもあるのか?』
俺は声にだけ神威を乗せて、ギンジに話しかける。
「お、今日は声だけか。いや、用ってほどじゃないけどよ。少し言伝を頼まれてな」
『言伝…?』
ホムラに言伝を頼むような、親しい知り合いはいないはずだがな…。
「ああ。町長があんたに会いたいって言ってたぜ。すぐにってわけじゃなさそうだが、近いうちに何かあるかもな」
『町長が、ね…』
町長っていうと、ミヤが前に言っていたレーゲンスという人物か。
しかし、俺から何も言っていないのに、町長へ情報を話したというのが少し気になる。
ギンジはあまり無駄なことはしないはずだ、それが重要なものであればあるほど。
それほどまでに、俺はギンジの心意気を買っているのだ。
そう思っているせいか、つい声音に疑いの気持ちが入ってしまう。
「いや、つい聞かれたもんだからよ、あんたの事も話しちまった。すまないな…」
それを察したのか、ギンジは申し訳なさそうに答える。
とはいえ、誰かに話したとしても、俺が困るようなことはないだろう。
むしろ、名前が広がるのはプラスに働く。
たとえ話したとしても、ギンジのことだ、余計なことは言いふらさないはずだ。
それに、前もって町長への足掛かりができたことは、俺にとって願ってもない事だから何も問題ない。
『いや、こっちから会いに行こうと思っていたところだったから、むしろ好都合だ』
素直にこちらの意思を伝える。
すると、ギンジは僅かに表情を険しくした。
「そうか…。気をつけろよ、あの人は得体が知れない」
“得体が知れない”
ギンジがそう警鐘を鳴らすほどの人物だ、一筋縄ではいかないだろう。
しかし、俺はその“得体の知れなさ”を本当の意味で知ることになるのは、もっと先のことである。
そして、その時には既に手遅れだったのだ。
「飲み込まれるなよ」
ギンジはそう言い残し、ホムラの中心へ向かって去っていった。
その言葉は悪い予言のように、俺の中に後味の悪さを残していったのだった。
俺は神那に戻るや否や、ノラに報告した。
「そうか…。少し早いが、行動を起こさねばならぬな」
ノラは報告を聞くと、難しそうな顔で考え込み、俯きながら小さくつぶやく。
そして、すぐに顔を上げ、これからの指針を立てていく。
「虚霊の"主"は、まず間違いなく"町"にいる。行くからには、戦いになる可能性が高いじゃろう。それ相応の覚悟と備えをしておかねばならぬ」
「備えってのは、前に言っていた“打つ手”ってやつか?」
ノラがいくつも打つ手を考えてくれているのは知っている。
“主”を倒すためには、出し惜しみはできないだろう。
「そうじゃ。本来ならばもう少し信仰を集めてからやりたかったのじゃが、こうなっては仕方あるまい」
ノラの声音には後悔の色が混じっていた。
やはり、俺の力のなさが足を引っ張っているな、と申し訳なくなる。
「それで、何をするんだ?」
俺は心の弱さを自分で見ないように、続けて声をかける。
「お主の“式”を喚ぶ」
「式?」
聞き慣れない言葉で、思わず聞き返してしまう。
そうじゃ、とノラは答える。
「神が使役する精霊のようなものじゃな。正確には同じ神であることから、式神とも呼ばれておる」
“式神”と言われるとイメージはつきやすい。
ただ、今でさえ俺が修行を受けて最中なのに、ここで頭数を増やしたとしても戦力になるのだろうか。
「式は総じて戦闘に特化した神じゃ。戦うことに関しては頼りになるじゃろう」
その不安を払拭するように、ノラが情報を付け加えてくれる。
俺の考える不安要素はお見通しなのだろうな、と改めて感心するばかりだ。
「ただし、お主が使役するためには、お主自身の神威で喚び出す必要があるのじゃ。神樹からの神威で喚ぶ訳にはいかぬ」
面倒なことにな、とノラは心底鬱陶しそうにつぶやく。
信仰を集めてからやりたかったのは、そういうわけか。
何をするにしても神威が必要というのは、便利なようで不便だな…。
「急ぐってことは、今すぐに始めるのか?」
「それが、それほど簡単ではないのじゃ。やるにしても明日じゃな。準備はわしがしておくから、お主は少しでも神威を回復しておくとよい」
つまり、さっさと休んでおけってことか。
何をするにもおんぶにだっこ状態で、さすがに情けなくなるな…。
「明日は地獄の特訓コースじゃからな、覚悟しておくように」
俺が物足りなそうにしていると、ノラがにやにやと虐める気満々の表情で脅してくる。
前言撤回。
すぐに寝て、明日を生き延びよう。
俺はそう、心に誓ったのだった。
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