第22話 修行

それからの日々は順調そのものだった。

向かうべき目標が見えたからなのか、間近にあった死が遠のいたからなのか、俺は着実に前へ進めていた。


毎日のようにノラに鍛えられ、もといボコボコに打ちのめされ、空いた時間はミヤと共にホムラへ出向いたり、神威を使って様々な事を試していた。



「では、決まりはいつもので構わぬな?」

「わかってるって、一回でも攻撃を当てればいいんだろ!」


俺はそう言うと全力で神那の石畳を蹴り、ノラに向かって疾走する。


いくら鍛えたとはいえ、ただ走るだけでは、俺はノラのスピードに勝てない。


だが、眼に神威を集中すれば、素早い動きだけでなく、相手の神威の動きを見ることができるようになる。

これが訓練で得た一番大きい収穫だ。


相手の力の入れ具合だけでなく、神威を使って次に何をしようとしているのかも、少しわかるようになってきた。


「ふっ――――!」


俺はノラに向け、横から薙ぎ払うように刀を振る。

今のところ動きはないが、ここでむやみに力を入れれば反撃を受けきれないと思い、少し力を弱める。


ノラは俺の攻撃を右の短刀で軽くはじき返し、もう片方の短刀で素早く斬りつけてくる。

俺は少し下がりながら捌き、間合いを保つ。


「どうした、普段と何も変わらんぞ?」

「まだまだこれからだ…!」


俺は手に神威を込め、正面に向けて衝撃波を放つ。

範囲は広いが、威力はない。

たが、ノラの体の大きさでは、まともに食らえば大きく隙ができるだろう。


これは次のための布石だ。


そして、ノラが反応する前に、衝撃波の後を追いかけるように斬撃を放つ。

壁のような衝撃波の後ろを、鋭い剣戟の波が追走する。

こうすれば、ノラはどちらにも対処しなければならないはずだ。


だが、これも布石に過ぎない。


こんな程度でノラにダメージが入らないことは承知済みだ。


だから、衝撃波がノラに到達する前に、俺はすでにノラの頭上まで駆け上がっていた。


空中に足場を作り、飛び上がる。

最大速度になったところで次の足場を使い、さらに加速する。

そして、それを繰り返していく。


この高速移動によって、今までよりも速く動けるようになったのだ。


―――――これでどうだ!


俺は最後の足場から、ノラに向かって落下するように跳躍する。


衝撃波、斬撃、そして、上からの奇襲。

いくらノラと言えども、全部防ぎ切ることはできないはずだ。


しかし、ノラはまるで微動だにしない。

嫌な予感がする。


そう思い俺が攻撃を中断しようとした、次の瞬間、


「そん――――っ!?」


な、と言葉を続ける前に、俺の刀がノラの短刀にはじかれる。

とっさに足場を作り、後ろへ跳ぶ。


とにかく体勢を立て直さないと…。

後ろへ下がりながら、呼吸を落ち着かせる。


そして、眼に神威を集中させ、ノラの動きを見ようと前を向いた時には、


「――――――っ!!」


本能的に頭を横へ逸らす。

奇跡的にかわすことに成功したが、頬を薄く切られ、血が垂れる。



――――距離を取らないと、確実に狩られる…!



俺は全力で後ろへバックステップを踏もうとするが、ドンッと背中が何かにぶつかる。


そこには

ノラが神威で造り上げた、俺を止めるための。


やられた、と思った時には、ノラの全力の拳が俺の腹に突き刺さり、見事に壁をぶち抜いたのだった。




「気が付いたか?」


見事に大の字になって軽く気を失っていたところを、ノラに上から覗き込まれる。

どうやら神那の端まで吹っ飛ばされたらしい。


「何とかな――痛ってぇ…!」


返事をするも、すぐに腹に痛みが走る。

神威で治すほどではないが、悶えるぐらいには痛い。

言い訳のしようがないほど、綺麗な完敗だった。



「一週間ほど鍛えてみたが、少し教え方を間違えたかもしれんのう…」


ノラが自問自答するように小さくつぶやく。

ここから反省会のはじまりだ。


「お主の攻撃はな、軽すぎる」

「軽い…?」


俺はなんとか体を起こし、話を聞く。


「お主も見ておったじゃろう。わしの神威の前に、お主の技が消えたのを」


そうだ。

ノラが神威を纏った瞬間、俺が放った技が全部かき消されたのだ。


「あれはどうしてなんだ?何か技でも使ったのか?」


俺は食い気味に疑問を投げかける。

俺の知らない神威の使い方なのか、それとも俺の技に欠陥があるのか。


どっちにしても、気になる。



「そんなものではない。お主の神威がそよ風のように弱かっただけじゃ」


ノラは首を横に振りながら、俺の言葉を否定する。


「お主は嵐の暴風を、団扇で扇いで吹き飛ばせると思うのか?あの程度の小手先を使った技は、強い神威の前ではかき消されてしまうのがオチじゃ。様々な神威の扱い方を考えろとは言ったが、全てイメージが中途半端になっておるぞ」


ノラは諌めるように言葉を選んでいく。

中途半端や小手先と言われてしまい、俺はまたしても方向性が分からなくなる。



「お主はまだ細かい技をいくつも扱えるほど熟練してはおらぬ。まずは一つの技を自在に操れるようになり、そこから広げていくとよいじゃろう」


「技を自在に…」


ノラは迷いが出てきている俺を気遣うように言ってくれているが、正直イメージは湧かない。


「そうじゃな…」


そんな俺を見て、ノラが行動を起こす。

まず、ノラは少し距離を置いてから片方の短刀を両手で持ち、頭上に構える。


「お、おい…?」

「お主はそのまま立って、じっとしておれ」


俺が焦って立ち上がるが、ノラに制される。

そして、ノラは目を瞑り、スゥー…と息を吸い込む。


ピン、と張りつめた空気が流れる。



「ハッ――――!」


そして、俺の方に向かって短刀を思い切り振り下ろす。


閃光。


一瞬だった。


光の速さで、剣先からズァッと三日月型の斬撃が放たれる。

その斬撃は、俺の斬撃よりもはるかに大きく、鋭かった。


地面を抉るように削り、瞬きをする間も無く視界を覆い尽くす。


そして、俺の目の前で霧のように消えた。


「………っ!はぁっ…はぁっ…!」


、そう思った。

それほど、その一撃は圧倒的だった。

油断をしていたとか、少し神威が込められているとか、そんなことは関係なかった。


俺にはこの攻撃を受け切るイメージも湧かないどころか、自分の体が無惨に斬り捨てられる姿が容易に想像できた。



「と、まあ、こんなものじゃ」


ノラは軽い調子で言ってのける。

とてもじゃないが、参考になるとは思えなかった。


「言っておくが、お主にできないわけではないぞ。イメージが足りないだけじゃ、絶対に相手を殺してやるという、な」


そんな俺の気持ちを知ってか知らずか、ノラは俺に自信を持たせるようなことを言う。


「イメージ…」


神威は、想像を具現化する力。

ただイメージをするだけでなく、そこに力を上乗せする何かを加えないといけないのか…。



「さて、今日はここまでじゃ。あとは自分で鍛錬でもするとよい」


俺が一人ですっかり考え込んでいると、ノラにさっさと出ていけというように追い出される。


「そろそろ娘っ子と出掛ける時間じゃろう?」


そうだった…!

すっかり忘れてしまっていた。


もう少し神威について色々と聞いておきたかったが、さっきのノラの斬撃があまりにも衝撃的で、とっさに言葉が出なかった。

とはいえ、俺が目指すべき力は見ることができたのだ。

ただ言葉で聞くよりも、実際に見たモノを自分で考えた方が身に付きやすいだろう。


俺はそう気持ちを切り替え、一度神那を離れた。

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