第20話 神威

俺が意識を失ったのは神威の使い過ぎによるキャパオーバーが原因のようだった。


神威は無限の力ではない。

たとえ全人類から信仰をされていたとしても、その全てを一気に使うことなどできないのだ。


そして、それはそれぞれの神の技量によって左右される。

人間に例えるなら、神威の総量は寿命を指し、神威を扱える量は普段の体力のようなものだ。


朝から道中での虚霊との戦闘、ギンジとの会談、上位種との戦闘に加え、家まで造ったのだから、俺の能力では意識を失うのも当然のことだった。



「お主は本当に体力がないのう…」


起きるや否や、ノラにそうなじられる。

いきなりぶっ倒れたうえに、神殿まで運んでもらったのだから返す言葉もない。


「それって体力の問題なのか?」


純粋な疑問だった。

なにせ神威に関しては、神が体を鍛えてどうこうなるものではないだろう。


「わしら神々にとって体力とは運動能力だけでなく、神威を扱える量も含めて指しておる。普段から神威を使い、体に馴染んでくれば、着実に扱える量も増えてくるじゃろう」


ということは、俺は普段から神威をケチっていたにも関わらず、昨日いきなり酷使したから最後に力尽きたのか。

つまり、今後は常に神威を使い続けるようにするべきみたいだな。


「普段から使うようにするってことは、移動も空を飛んでいった方がいいってことか?」


俺が思いつくままに言うと、ノラが呆れたように大きくため息をつく。


「そんな子供の戯れをしてどうするのじゃ…。お主に足りぬものを補える方法がもっと他にあるじゃろう」


俺に足りないものというと、あれか。

神威の様々な使い方を試せってことだろう。


「つまり、ホムラの人々の家を建てていけばいいんだな」

「お主は底なしの馬鹿なのか?」


ドヤ顔で言ったことを瞬時に否定される。


「そんなことをしていたら、途中でまた力尽きてしまうのがオチじゃろう」


再びノラに呆れたようにため息をつかれる。


言われてみればその通りだ。

家を一つ建てただけでも疲労困憊なのに、数え切れないほどの家を建てようとするなど無謀としか言いようがない。


「そもそも、それは人々が自分たちの力ですべきことじゃ。神が全てを成してはならぬ。それでは、その地に住まう人間を堕落させるだけじゃ」


ノラがもっともらしいことを言う。

神と言っても、ただ神威を振り回せばいいわけじゃないのだ。


「なら、どうすればいいんだ?」


俺が諦めて答えを聞くと、ノラは勿体ぶるようにこちらを見る。

尻尾がパタパタと揺れており、俺をバカにできて余程ご機嫌のようだ。


「そんなもの、決まっておろう」


そして、両手に短刀を持つ。

鋭く、美しく刀身が輝く。


「闘いじゃ」


そう言うと、俺に刃を突きつけた。


「闘い…?俺とノラで?」


反射的に、俺も刀を手に持つ。

訳が分からないが、冗談で言っている様子ではない。


「まあ闘いと言うても、お主の訓練じゃがな」


ノラはそう言って、さっさと短刀を下ろす。

どうやら今すぐ闘うわけじゃないようだ。


「それが、どうして俺に足りないものを補うってことになるんだ?」


ノラと闘っても信仰を集まるわけでもなければ、新しい神威の使い方というわけでもない。

それに、俺は虚霊と対等以上に戦えている。

いくら余裕ができたとはいえ、神威を無駄なことには使えないだろう。


「お主、いま無駄なことじゃと思ったな?」


ノラに指摘され、ギクッとする。

本当にこういうことには鋭いから困る。


「…まあよい。まず、お主に足りないのは戦闘経験じゃ。元人間じゃから仕方ないとはいえ、戦闘経験が少なすぎる」


ノラはこちらをじっと見つめながら指摘していく。


「そして、神威の動きがぎこちなさすぎる。攻撃や防御、何をするにしても最大効率で神威を使うことが重要じゃ。神威の扱い方によっては、お主でも上位種を一撃で仕留めることができるじゃろう」


ノラが言っているのは“見切り”ということだろう。

相手の攻撃を見切り、最低限の神威による防御で受け流し、残りの神威を攻撃に回すことができれば、今まで仕留め切れていなかった敵も倒せるかもしれない。


「次に、お主は戦い方が人間に寄りすぎておる。虚霊との戦いにおいて、それは足枷となってしまうじゃろう」


これは、今は致し方ない部分だろう。

なにせ俺は武術の経験もなければ、何か特別な技術を持っているわけでもないのだ。


しかし、だからといって敵が手加減してくれるなどあり得ない。

覆せなければ、そこには死が待っているだけなのだから。


「神威はただ単純に敵を倒す力ではない。物を創ることもできれば、傷を癒すこともできる。この力を戦いの中でどう活かすかで、その者の技量がわかると言うても過言ではない」


「戦いで、活かす…」


空を飛ぶ、足場を作る、斬撃を飛ばす。

色々と使ってきたとは思っていたが、まだまだ、ということだろう。


俺が一人でうんうんと納得していると、先ほどまでスラスラと出ていたノラの言葉がピタリと止まる。


「…………?」


どうしたんだ、と声をかけようとしたが、またすぐに話が続く。


「……そして、最後の理由は、お主を強くするためじゃ。今のままでは成す術もなく“主”に殺されるじゃろう。わしも力を制限された状態では勝てるかどうか分からぬ…」


ノラが深刻そうな表情で告げる。

言葉に詰まっていたのは、これを伝えるか迷っていたからだろうか。


「ノラが勝てないって、俺が勝てるわけないだろ…!?」


俺はつい焦って訴えかける。

今となっては勝てる勝てないの問題ではなく戦うしかないのだから、あれこれ言ってもしょうがないことは分かっていた。

しかし、それほど俺にとってノラは圧倒的な存在であり、それを超える敵と戦うなんて想像もできなかったのだ。


「そうとも限らんのじゃ。お主にはまだまだ伸び代があるからな。わしも打てる手は考えるが、力をつけておくに越したことはないじゃろう」


「それは、そうかもしれないけどさ…」


ノラの楽観的とも思える言葉に、少し言葉を濁す。

俺に伸び代があるといっても、たかが知れているだろう。


そう思っていることが表情に出ていたのか、ノラが励ましてくる。


「そう心配そうな顔をするでない。“主”もまだ動かぬじゃろうし、お主も少し鍛えれば、わしと同等に戦えるほどには成長するはずじゃ」


たしかにまだ神になったばかりなのだから、これからどの程度強くなれるか未知数なところだろう。

ただ、正直ノラよりも強い相手というのが想像もつかないため、危機感が湧かないというか、実感がまるでない。

ましてや、それと戦えている自分はもっと想像がつかない。


強く…なれるのだろうか…。


落ち込む、というのとは少し違うが、心が追い付いていないのは確かだ。

それはそれとして、ノラの言葉に少し気になることがあった。


「なあ、ずっと気になっていたんだが、ノラはなんで“主”が攻めてこないと分かったんだ?」


昨日“村”に行く時も言っていたが、“主”がどこにいるかも知らないのに、攻撃をしてこないとわかっていたのはなぜなのだろうか…。


「そうか、言っておらんかったな…」


ノラが「また忘れていた…」とため息をつく。


「まず“主”は好戦的ではないことが多い。理由は、ヤツらが虚霊にとっての王だからじゃ。王とは最後の砦じゃからな、前線に出ることは少ないじゃろう」


虚霊の王。

影の統率者とでも言い表せるだろうか。

たしかに王というのなら、わざわざ攻めに行くこともないだろう。


「わしが確信を得たのは、お主がホムラに赴いた時に大量の虚霊が襲い掛かってきたことじゃ」

「…あれに何か意味があるのか?」


思い出してみても、俺は必死に逃げていた記憶しかない。

とてもじゃないが虚霊の動きなど見ている暇はなかった。


「『下級の虚霊を使う』『自らの気配を消す』といった行動をとる個体は、特に自らが動くことがないからの。そして、昨日の警告などというまどろっこしい手段を取ったのも、お主が格下だと油断しているからじゃろうな」


ノラの冷静な考察に、思わず舌を巻く。

あれだけの戦闘の中であっても、“主”について考える余裕があるというのが驚きだ。


そして、油断しているということは―――――


「ここで俺が強くなれば勝機がある…!」


つい言葉に力が入る。

うまくノラに乗せられたような気がしないでもないが、気分が高揚しているのは悪くない。


「そういうことじゃ。まあ、お主だけが強くなるわけではないがな」


ノラは、俺がやる気になったことに満足そうにうなずく。

そして、またしても思わせぶりな言葉を残す。


「どういうことだ…?」


「“主”を倒す手の一つじゃが、今は言わぬ。言えばお主はすぐに気を抜くじゃろうからな」


はぐらかされてしまったが、ノラはいくつか策を練ってくれているようだ。

気にはなるけれど、聞いたところで俺にできることは変わらないだろう。


今はノラの言葉通りに、自分の力をのばすことに注力しよう。


「そんなことより、娘っ子が下で待っておるぞ。お主が倒れたと伝えたら血相を変えておったから、少し顔を出してやるとよい」


「あー…、悪い事をしたな。そういえば、訓練はいいのか?」


広場へ向かおうとしていたが、ノラの方を振り返って確認する。


「まあ、今日はよいじゃろう。また倒れられては敵わんからな」


からからと笑いながらそう言われ、俺は追い出されるように階段を下りていったのだった。

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