第19話 騒動

神那へ帰る途中で、ノラが思い出したかのようにつぶやく。


「そうじゃ、娘っ子、お主にはわしらと共に暮らしてもらう」

「「…………え?」」


ノラの言葉に、俺とミヤは同時に間の抜けた声を出す。

あまりにも唐突で、あまりにも荒唐無稽な提案に思考が追い付かない。


「ど、どういうことだよ?!」

「どうもこうも、言葉通りじゃ。神官となった以上、虚霊の危険があるのじゃからな」


ノラは当たり前とでも言うように嘆息する。

そこで俺はハッと気が付く。

これはあれだ。

共に暮らすと言っても、近くに住むとかそういう話だろう。


しかし、俺の隣に冗談が通じない相手がいるのを忘れていた。


「ホムラ様と一緒に暮らす…?」


ミヤは世界が終わるとでも言わんばかりの感極まった表情になっている。

嫌な予感がする。いや、予感ではない。

これはもう、手遅れだ。


「ミヤ、ちょっと待て。落ち着くんだ」


なんとか制止しようと声をかけるが、まるで耳に入っている様子はない。


「わ、私がホムラ様と床を共にする…???」

「いや、それは違う!違うぞ!」


いきなり危ない方向に会話の流れが飛んでいく。


「私は常に体を清めておりますので、いつでもお相手できます!」

「違う、そうじゃない」


ミヤの頭の中で話が飛躍しており、まともな会話にならない。

収拾がつかないとは、まさにこのことだ。


「何をふざけたことを言うておる。共に暮らすと言うても、娘っ子は下じゃ」

「それを先に言え!!」


ノラが今更のように補足してくる。

下ということは、俺とノラがいる神那ではなく、その下にある広場を指している。


「下…?どういうことでしょうか…?」


しかし、神那を詳しく知らないミヤは状況がつかめていない。

とりあえず、ミヤに神那全体の構造について説明する。


「――――というわけで、俺とミヤが一緒に住むわけじゃないんだ」

「…………………」

「ミヤ…?」

「………ひゃい!?」


放心。

そして、少しずつ目の焦点が合っていき、俺の声にビクッと反応する。


「あ、えっと……少しそっとしておいて下さいませんか…?」


声を絞り出すように小さく言うと、顔を真っ赤にしてうつむく。


「……今回ばかりはノラが悪いぞ」

「別にわしは間違ったことは言っておらぬ」


ノラは素知らぬ振りを決め込んでいる。

こいつ、わざとやったな…。


「そもそも広場に住むと言っても、あそこには何もないじゃないか」

「そんなもの、お主が家でも造ってやればよいではないか」


ノラは当たり前とでもいうように言ってのける。


「そう言われても、俺は大工の心得なんてないぞ」


するとノラは、は〜…っと大きくため息をつく。

なんだか、とてつもなく馬鹿にされている気がする。


「お主には神威があるじゃろう。神が大工の真似事をしてどうする」


なるほど…!

俺は思わず手を叩いて感心してしまう。

あまりにも戦闘以外で神威を使わない生活に慣れてしまったので、家を造るのに神威を使う発想に至らなかった。


「今日でそれなりに信仰心も集まるじゃろうし、お主も様々な神威の使い方に慣れておくとよい」


たしかにノラの言う通りだ。

神威は細かい工夫や微細な感覚が重要な力だ。

戦闘だけでなく、多くの使い方を知らなければ、いずれ頭打ちになってしまうだろう。


俺とノラが神威についてあれこれと話していると、先ほどまで落ち込んでいたミヤが、ふと顔を上げる。


「もしかして、ホムラ様とノラ様はご一緒に住まわれているのですか…?」


ミヤの質問にどう反応したものかと思い、ノラの表情をうかがう。


「まあ、一緒に住んでいると言えば住んでいるのか…?」

「否定はせぬな」


2人揃って返事をすると、ミヤは自分とノラを交互に見比べて、ちらっと俺を横目で見る。


「……私ももう少し幼ければ、ホムラ様に見初められたかもしれないんですね…」

「それは違う!」

「娘っ子、それは遠回しにわしが幼いと言うておるのか?」


三者三様の反応が入り乱れる。

なぜか自分の体型を気にするミヤ、ロリコン疑惑を必死に否定する俺、ミヤに突っかかるノラ。

もはや誰もちゃんとした思考力を持っていなかった。

そして、そのまま誰も場をまとめることができず、ミヤと“村”で一度別れるまで、まともな会話にならなかった。



☆☆☆



「さてと、どうするかな…」


俺はミヤの家を建てるべく、広場に来ていた。

一言で「家を建てる」と言っても、やり方は数え切れないほどある。

特に神威を使うなら、本来ではありえない造り方も可能だろう。


「なあ、ここの樹って使っていいのか?」


相変わらず隣で暇そうなノラに聞く。


「少しぐらいなら取ってしまって構わんじゃろう」

「なら、遠慮なく使わせてもらう」


ノラから許可を得たので、俺は周辺の樹をまとめて引き抜く。

そして、それを広場に積み上げていく。


「こんなものでいいか」


軽く見上げる程度の高さまで積み上げ、そこから家造りをはじめる。


家とはいえ、一応神の使いである神官の住む場所なので、それなりのモノを造らないといけないだろう。


俺の中に湧いてきたイメージは庫裏だ。

人が住みつつ、周りの風景とも同化するような外観を持っている。


頭の中でぐちゃぐちゃと想像図をこねり回しながら、目の前にある木材を繋ぎ合わせていく。


木材を細かく刻む。扉の形に削り取る。

うまく噛み合うように窪みを作る。


俺にとって、この作業は楽しみそのものだった。

完成図に向かって、パズルを組み上げる。

そんな自分の頭の中のイメージを自在に操ることが性に合っているみたいだ。


「よし…っ!」


気が付けば家が完成していた。

時間にしてみれば、1時間にも満たないが、まるで深い夢に入り込んでいたような心地よい倦怠感が体を包んでいた。


「ずいぶん熱中しておったが、なかなか立派なものが出来上がったようじゃな」


ノラが家の外観を眺めながら、めずらしく褒めてくる。

そう言われて、改めて見直すと、どこかの寺院にあるような風情のある建物が出来上がっていた。


自分でも思っている以上に神威を使った細かい作業が向いているらしい。


「俺にも向いてることってあるものなんだな…」


自分の手を見ながら、ふとつぶやく。

前世では好きなものも特になければ、得意なこともなかった。

そのせいなのか、いま自分の中にある感情をうまく表現できない。


このふわふわとした高揚感を整理しきれずにいると、ふとした瞬間に少し視界がグラついた。


「あれ…?」


最初は地震か何かかと思ったが、物が動いている様子はない。

しかし、ふらふらと足がうまく体を支えられない。


どうなってんだ…これ?

そのまま視界のグラつきは収まらず、気が付いたら地面に倒れていた。


そして、何が起きているかわからないまま意識が遠のいていった。

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