第17話 閑話

「あー…痛ぇな…」


人型ドラゴンが消えていく姿を見終えると、今さら思い出したかのように腕の傷が痛む。

この体の痛覚がどうなっているのか分からないけれど、人間なら重症でのたうち回っているだろう。


「ホムラ様っ…!!」


ミヤがこらえ切れずにかけ寄ってくる。


「ああっ…こんなにも血が…!早く傷の手当てを…!」

「これぐらいは力で治すさ。それよりギンジに状況を説明してやってくれ」

「で、ですが…!」


今にも泣きだしてしまいそうなミヤを見て、俺は俺で動揺してしまう。

こんな時どうすりゃいいんだ…!?

ミヤの気遣いを上手くはねのけることができずにもどかしくする俺を見て、ノラが助け舟を出してくれる。


「娘っ子、お主がいても邪魔なだけじゃ。言われた通りにしておれ」


ノラはキッパリと言い切り、あたふたと狼狽えるミヤを制して、ギンジのもとへと行かせる。


「悪いな…」

「お主はもう少し女子おなごを上手くあしらえるようにしておかぬと、逆にあの娘っ子を傷つけることになるぞ」

「……肝に銘じておく。経験がないからな、人の好意を断るのは苦手なんだ…」

「それより、さっさと腕を出さぬか。早く治さぬとわしが娘っ子に怒られてしまう」

「はは…ミヤは神のことになると何するか分からないからな…」


俺は苦笑いをしながら地面に座り、左腕を差し出す。

治療するだけなら俺の神威で十分できるが、できるだけ節約しておきたいのでノラに頼むようにしている。


「……そういえば、聞くまでもないことだとは思うけど、あれは“主”ではないよな?」

「違うじゃろうな。一概には言えぬが、あんなものではない。会えばわかるとしか言えぬがな…」

「だよな…。にしても、あの虚霊は何しに来たんだろうな…」


虚霊にはほぼ知能がなく、基本的に敵を殺すか自分が殺されるまで戦う。

少なくとも虚霊が逃げ出すなんてことは今までなかった。

つまり、あの人型ドラゴンは戦況をみて撤退したか、他に何らかの目的があったと考えられる。


「おそらく“主”からの警告じゃろうな。“主”の指示がない限り、あのような行動は取らぬ」

「警告か…」

「誰に向けた警告かは分からぬがな」

「誰に…?」


ノラの言葉に思わず眉をひそめる。

単純に考えればホムラの神である俺に向けた警告だが、そうではないということか…?

となると、この場の他の誰かになる。

その言葉が意味することは――――――


「俺は賛同しかねる。この状況で疑うなんて、まっぴらごめんだ」

「じゃが、可能性は考えておくべきじゃろうな。今回の奇襲はあまりにもタイミングが良すぎる」


その通りだった。

考えられる可能性は、たとえ頭の片隅であっても入れておかなくてはならない。



俺とノラが治療をしながら話し合っている間、少し離れたところでもミヤとギンジも真剣な表情で会話をしていた。


「今のが…?」

「はい、ホムラ様が虚霊と戦っていました。惜しくも取り逃がしてしまったようです…」

「そうか…」

「私は…無力ですね…。守られてばかりで、ホムラ様のお役に立てているとは思えません…」


ミヤがうつむきながら言葉に無力感をにじませる。

それを見たギンジは気まずそうに少し目を逸らし、頭をかきながら励ます。


「……俺はこういう時が一番苦手だけどよ、お前が自分自身を役に立っていると思うよりも、あの神様に感謝される方が大事なんじゃねえのか?ウジウジと一人で悩んでも何にもならねえよ。それにあの神様は余裕なさそうだからな、頼りたい時は素直に言ってくれると思うぜ」

「……そうですね。ギンジさんの言う通りです。元気が取り柄の私が悩んでもしょうがないですよね」


ギンジに励まされ、ミヤはにこっと笑顔を見せる。


「ふふっ、それにしても、ギンジさんがこんなに喋ってくれるなんて初めてで、ちょっと嬉しくなっちゃいました」

「う、うるせえ!少しぐらい話してもいいだろが!」


すっかり元気になったミヤにイジられ、ギンジは顔を赤くして照れてしまう。


「私、ホムラ様にも同じように励まされたことがあったんです。でも、自分だけ励まされて簡単に元気になるなんて、なんだかズルい女ですよね…」

「違えよ。いい女だから励ましたくなるんだ」

「ふふっ、なんですか、それ」

「なんだ?惚れたか?」

「ん~…最後の言葉がなければ、ちょっとよかったかもしれませんね」

「あーはいはい、俺の負け負け!」


ギンジが投げ出すように降参する。

それを見て、ミヤも吹き出すように笑う。


「でも、ちょっとだけ元気出ました。ありがとうございます」


にこにことするミヤに、ギンジはすっかり毒気を抜かれたように苦笑いする。


「あ、ホムラ様!」

「さっきは話してる途中に悪かった。さすがに奇襲となると場所も時間も選べなくてな…」


俺はまずギンジに詫びる。


「まあ気にしないとは言わねえが、あんたら神々の仕事なんだろ?なら、しょうがねえさ。それより、腕の傷はいいのか?」

「ああ、力を使えばすぐに治せるからな」


俺は腕をあげて、ギンジに見せる。

神威を使って治せば、傷跡を全く残すことなく完治させることができるため、傷を負っていたことすらわからなくなる。

ギンジが俺の腕を見て、「こりゃすげえ…」と小さくつぶやいたほどである。


「そんじゃあ、あとはミヤに任せるからな。あいつなら病人の家も全部わかってるだろうし、色々と機転も利く。オレは少し席を外させてもらう」


そう言ってギンジはさっさと行ってしまおうとするが、まだ話が全部終わったわけではない。

ひとまず、住民を治すことで妥協したが、まだまだ先の話を詰めていかなくてはならない。


「もういいのか?まだ色々と話したいことがあるんだが…」

「いいも何も、オレの小屋を直すんだよ。何か道具でも取ってこないとどうしようもないだろが。それに会うだけなら、またそのうち来てくれりゃあいい」


たしかに家が半壊したままだと、話し合いをしている場合でもないだろう。

俺もそこそこ神威を使ったので、さっきみたいな奇襲がきたら正直しんどい。

特に重要な部分は伝えたので、今後のことは住民の治療が終わってからもう一度会えばいいだけだ。


「そうか…悪かったな…」

「別にあんたが悪いことしたわけじゃねえんだから謝らなくていい。……なあ、あんなのがホムラには山ほどいるのか?」

「だいぶ減らしたけど、まだ強い個体がちらほら残ってる。あいつらを倒さない限り、ホムラに平穏は訪れない」

「そうか…そんじゃ、ま、オレは行くぜ」


ギンジはそう言い残すと、颯爽とホムラの“村”へと歩いて行った。

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