第16話 奇襲

それは、とりあえず話をまとめることができた、と安心していた矢先のことだった。


ピクッと、ノラの耳が揺れ動く。

それと同時に俺も嫌な気配を感じ取る。


「ユズル!!」


ノラの声とともに場が動き出す。


「ミヤ、下がってろ!」

「え?」

「お、おい…!?」


俺はミヤとギンジの腕を掴み、小屋の外へと放り投げる。

すでに臨戦態勢に入っていたノラがこちらを振り返り叫ぶ。


「狙いはお主じゃ!」


とっさに刀を構えて防御をするが、間髪を入れず、小屋の屋根を突き破ってきた攻撃に吹っ飛ばされる。

うまく刀身に当てることができたが、勢いを殺すことができず、俺はそのまま小屋の壁を突き破り、外へとはじき出される。


―――槍?いや、尻尾か!


空中で受け身を取りつつ敵の攻撃を確認すると、小屋に細長い槍のような尻尾が突き刺さっていた。


攻撃の方向から考えて、敵は上!


俺が上を見ると、こちらに向けて敵が突っ込んでくるのが見えた。


見た目は人型で、細身のドラゴンとでも表現できようか。

手足が細長く、特に腕は膝下まで伸びている。

体の大きさはそこまでではないが、背中には蝙蝠のような翼があり、細長く鋭い切っ先の尻尾を持っている。

まるでRPGゲームに出てくる敵モンスターのようだ。

見た目、強さ、どちらを取っても上位種に間違いない。


『グギャオァァァ!!』


人型ドラゴンはノラに見向きもせず、まっすぐ俺に向かって突進してくる。


―――この速度、回避は間に合わないか


俺は避けずに攻撃を受けきることにする。

神威を強め、衝撃に備える。


人型ドラゴンはその勢いのまま、両手の爪を振り下ろす。

ガギィンッ!!と、重く鋭い音とともに刀と爪がぶつかり合う。


「ぐぅっ………!」


その衝撃の重さに思わず声が漏れる。

足が地面に沈みかけるが、両手で支えることによって押し切られずに踏みとどまることができた。


人型ドラゴンは突進の勢いを殺され、空中から動けていない。

このチャンスを逃すわけにはいかない!


「はあぁぁぁ!!」


俺は両腕に力を入れ、思い切り押し返す。

人型ドラゴンの体が空中にふわっと浮く。


その隙に刀を真上に構え直しつつ、一歩踏み込む。

そのまま上段から相手を真っ二つに斬ろうとするが、とっさに踏みとどまる。


相手にはまだ尻尾がある。

そう気づいた瞬間、人型ドラゴンの真下を通り、鋭い一撃が飛び出してきた。

なんとか体を右へ逸らして直撃は避けたものの、左わき腹をかすめ、わずかに鮮血が飛び散る。

もう一歩踏み込んでいたらそのまま串刺しだった。


「ユズル!」

「ノラはミヤを見ていてくれ。こいつは俺がやるしかない」


もし敵がミヤに向かっていた場合、守れる者がそばにいる必要がある。

相手の速度を考えても、俺ではミヤを守りながら戦うことはできない。

それに先ほど奇襲してきたことから、他にも感知できない敵がいるかもしれない。


俺は息を吐き、心を落ち着かせる。


人型ドラゴンの武器は、両手の爪と尻尾。

それに対して、こちらは刀1本のみ。


うまくリーチを使って抑え込むしかない。


『グギャァ!!』


人型ドラゴンがダンッ!!と地面を蹴り上げ、地上すれすれを低空飛行するように飛び込んでくる。


このまま守りにいくと懐に入り込まれてしまう。

俺はそう考え、向かってくる人型ドラゴンに向け、神威を使って斬撃を飛ばす。


「はあッ―――!!」


白く輝く斬撃の波が滑るように飛び立っていく。


それを見た人型ドラゴンは面食らったように減速し、爪でガードする。

傷は与えられなかったものの、わずかに隙ができる。


俺はそれを見越して、斬撃を飛ばすと同時に走り出していた。

そして、敵に向かって浅く斬り込む。


虚霊はほぼ攻撃に特化しているため、守りに関しては拙い個体が多い。

俺はそれを利用し、相手を攻撃に転じさせないように細かい斬撃を続ける。


「ふッ――!!」

『グッ…グギ…』


爪と刀がぶつかり合うたびに金属質のかん高い音が響き渡る。

じわじわと押し込んでいるが、はじかれて態勢を崩されないように気を遣っているため、なかなか攻めきれない。


そのまま十数回ほど剣戟を続けた時だった。


『グギャァァ!!!』


人型ドラゴンが怒るように雄叫びをあげ、尻尾を鞭のようにしならせて横に薙ぎ払う。


俺はそれをジャンプで躱しながら、そのまま空中で体を回転させて、向かってくる尻尾に合わせて刀を振るう。


ドンピシャだ!

ザシュッ!!と気持ちのいい音とともに、尻尾の尖った先端を根元から斬り落とす。


「よしっ!――――――ッ!!」

『グギャオッ!!』


喜ぶ間もなく、人型ドラゴンの右ストレートが飛んでくる。

空中で躱すことができないため、神威を集中させた腕でガードする。


直後、全身を揺さぶる衝撃とともに、体がふっ飛ぶ。

そのまま二転三転し、何とか空中で静止する。


神威を集中させたのが功を奏したのか、腕に軽めの切り傷が付いた程度で済んだ。

そして、敵の追撃に備え、とっさに刀を構え直す。


しかし、人型ドラゴンはこちらを見たまま動かない。

何かを狙ってるのか…?


そして、一瞬の硬直の後、人型ドラゴンはミヤたちに向かって走り出す。


「ノラ!!」


ノラに向けて叫び、俺は人型ドラゴンを後ろから全力で追いかける。


「ノ、ノラ様…!」

「娘っ子は下がっておれ。わしに任せておくがよい」

「おいおい…さっきから何が起こってんだ!?」


ノラがミヤを制しながら、迎え撃つように2本の短刀を構える。

ギンジは見えていないため、何が何だかわかっていないようだが、後回しだ。


このままノラが抑えてくれれば、俺が後ろから挟撃できる。

そのうえ、敵には尻尾の攻撃もできない。

俺を引き離して、弱そうな方から叩くつもりのようだが、むしろ好都合だ。


しかし、人型ドラゴンはもう一度急転回し、俺に向かって飛び掛かってきた。


「―――――――ッ!?」


致命的に反応が遅れる。

回避は不可能。

この速度での衝突となると、神威を集中させても敵の攻撃が貫通する。

取れる手は、1つしか思いつかない。


向かってくる敵に対して、右下へ潜り込むようにギリギリで方向を変える。

そして、


「はぁぁぁぁぁああッッ!!!」


すれ違いざまに人型ドラゴンの鋭い爪が左腕に食い込み、縦に引き裂くように傷が走る。

激痛に顔が歪むが、俺も右手に持った刀で、敵の左足を太ももから斬り落とす。


そして、俺は地面に着地し、人型ドラゴンは羽ばたきながら空中で止まる。


切り裂かれた左腕から血が流れ落ちるが、今はまだ治している場合ではない。

神威を傷の治療に使うなら、守りや攻撃に回している部分を割くことになる。


敵が格下なら小さな傷を治しながらでも大丈夫だが、同等以上の場合はそれが仇となって負けることがある。

また、神威を使いすぎると限界値に達するため、戦闘が終わってから治すのが基本だ。


「ホムラ様…ッ!!」


俺の傷を見て、ミヤが悲痛な叫び声をあげる。


この神の体は人間よりもはるかに丈夫なので、痛みはそこまででもない。

とはいえ、大丈夫だと言える余裕はない。


さっき上に避けるのではなく下に潜り込んだのは、もし足をやられたら機動力を削がれ、戦いどころではなくなるからだ。

俺が敵よりも上にいるため、うまく躱せる可能性は上に避けた方が高かった。

だが、万が一が起きた時に取り返しがつかなくなるので、片腕を捨てるしかなかったのだ。


「ユズル、油断するでないぞ」

「ああ、わかってる」


敵の片足を斬り落としたとはいえ、そう簡単に倒せる相手ではない。

俺は、ふーっと大きく息を吐き、片腕で刀を構え直す。


しかし、人型ドラゴンは空からこちらを一瞥すると、“町”の方角へと飛び去っていった。


「―――ッ!待て!!」

「待つのはお主じゃ。追うのはやめておいた方がよいじゃろう」


逃げる敵を追いかけようとする俺を、ノラが制止する。


「あの巨大な壁を越えられてしまえば、すぐに姿を見失うじゃろう。たとえ追いかけたとしても、敵からすればいくらでも不意打ちができよう。ここは黙って見逃すしかあるまい」


ノラの冷静な判断に返す言葉がない。

そして、俺はそのまま敵が飛び去っていくのを、ただ眺めていることしかできなかった。

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