第15話 会談
「すまないが、断らせてもらう」
ギンジは俺の提案をキッパリと断った。
ほとんど悩むことなく即答で、だ。
俺からの提案は、
『神として虚霊と戦うほか、病気の人々の治療などの支援をすること』
『その見返りに、ホムラで神への信仰を正式に許可してもらうこと』の2つだ。
簡単に言えば「神の力で色々と手伝う代わりに信仰を集めさせてくれ」ということになる。
表現が曖昧だが、誓約を付けて身動きが取れなくなることを防ぎつつ、相手の提案を受け入れるという意思表示の意味合いがある。
まあ、そもそも他の神は許可など取らずに勝手にやっているため、細かい基準なんてものは存在しないのだけれど…。
「な、なぜですか!?ホムラ様が信じられないのですか?」
「別に信じないわけじゃないぜ。だが、信用はできねえな」
案の定ミヤが突っかかっていくが、あまり相手にされていない。
今回は神威を使い、普通の人間にも姿が見えるようにしてあるため、見えないから信じられないということはない。
そもそも虚霊や神々の説明をすぐに理解していることから、ギンジはこれらの存在をはじめから知っていたのだろう。
分かっていながら知らないふりをするということは、何かしらの理由があるのだろう。
ギンジへの説明には、俺の寿命や信仰によって力を得ることはリスクになるため入れていなかったが、どこまで知っているかによって話が変わってくる。
「なら、どうすれば信用してもらえる?」
「どうすればって言われてもな…」
俺の問いかけに、ギンジは頭をかきながら苦笑する。
「オレたちは自分たちの力で生きてきたんだ。それを今さら神様が現れて救ってくれるって言われても、はい分かりましたって言うわけねえだろ」
ギンジの言葉は至極真っ当だった。
自分たちは自分たちで生きているのだから干渉するな、と言えば一応筋は通る。
だが、俺がした説明では、ホムラにリスクはほぼ無い。
むしろメリットがあまりにも多いはずの提案を、ポリシーだからの一言で断るのには無理がある。
「それは個人的な意見か?それとも、ここの総意なのか?」
「オレの個人的な意見だが、同じ考えだってヤツは大勢いると思うぜ」
これは事実だろう。
ミヤとノラの話をまとめれば、ホムラで神への不信感が強いのは十分に考えられる。
神那へ来ていたのがミヤだけだったことからも、少なくとも信仰心が強い人はいない。
「なら、村長としての意見を聞きたい。俺の目から見ても、このホムラは酷い状態だ。俺はただ純粋にホムラを救いたい。だから協力をしてもらえないか?」
「……それを言われたら返す言葉がねぇな。ここの暮らしが苦しいのはあんたの百倍わかってるさ」
ギンジは少し鬱陶しそうに返事をする。
少し言い方がわざとらしすぎたな、と俺は心の中で反省する。
だが、ギンジも言われ慣れているようで、あまり気にせずに話を続ける。
「ただ、答える前に1つ質問させてもらう。なぜあんたは自分にメリットもない提案をしてきたんだ?さすがにおかしいと思うぜ」
きた!この質問を待ってたんだ!
俺はわざと少し考え込むようにしてから、返事をする。
「そうだな…こちらも隠し事はしておきたくはない」
ここで一呼吸置いてから言葉を続ける。
「まず、俺のような神は人々からの信仰心で力を得る。神にとって信仰とは生命の源のようなものだ。このまま信仰を得られなければ、最悪、虚霊に殺されることもあるだろう。それでは俺にとっても、ホムラにとっても意味がない。だからこそ、こうして提案にきたんだ」
こちらにメリットのない提案では、あからさまに怪しまれることは確実だ。
しかし、あえて相手に引き出させ、こちらが情報を明かすことで、そのギャップによって信用されやすい…はず。
少なくとも、相手は『自分の言葉で譲歩をさせた』と思うだろう。
「なるほどな…。わざわざオレのとこに来たのは、その方が効率が良いからってわけか…」
「それもあるが、長がどのような人物か見極めるためでもあった。これは無意味なようだったがな」
ギンジは納得したようにうなずく。
そのあと、俺をまっすぐ見つめてきた。
「よし、あんたの考えはわかった。……だが、それでも提案は受けられない」
そして、もう一度キッパリと断った。
断られた理由は、おそらく“あれ”だろう。
「……理由を聞いてもいいか?」
おおよそ見当はつくが、色々と聞き出しておきたいため、とりあえず理由を確認する。
まだ、終わったわけじゃない。
「ああ、もちろん全部説明する」
ギンジはそう言うと、遠い過去を思い出すように語りはじめた。
「昔のことだ。オレの知り合いがホムラ様を連れてきた。あんたのことじゃないぜ、たぶん先代のだろう。そん時は村中お祭り騒ぎだったもんよ。誰もが『これでホムラも安泰だ』と思った。だが、違った」
やはり、先代ホムラの話か…。
最も単純で、最も重大な問題だろう。
「ある日のことだ、そのオレの知り合いが死んだ。酷い死に方だったさ。いつもホムラ様に引っ付いて歩き回ってるようなヤツだった。そして、その日以来、ホムラ様が現れることはなかった」
ギンジの知り合いは神官だったのだろう。
神官であれば、人間であろうとも虚霊の攻撃で死ぬのだ。
「別にそのホムラ様を恨んでるわけじゃないし、このせいであんたを信用しないわけでもない。あんたの話を聞く限りだと、その化け物と戦って死んじまったのかもしれない。ただな、もう一度同じようなことが起きたら、ホムラは滅んじまう」
人は希望を得た後、それを失う時に最も絶望する。
ただでさえ苦しいホムラにおいて、同じことが起きてしまえば立ち行かないだろう。
神を受け入れるということは、まさにポイント・オブ・ノー・リターンなのだ。
それは、あまりにもリスクが高すぎる。
「だから、オレはあんたを信用しないんじゃない。信用できないんだ、絶対にな」
ギンジの目は、本気だった。
言葉だけではどうにもならない壁がある。
俺はそれを悟った。
だが、ここで諦めるわけにはいかない。
俺にはもう時間がないのだ。
少しでも信仰を集める何かをしなければならない。
「なら、住民の治療だけはさせてくれ。それでどうだ?条件は何でも受け入れる」
俺は妥協点となる点を探った。
流行り病があることはわかっているため、ホムラにとっても住民の治療は最優先事項だろう。
「………いいだろう。ただし、治療はミヤにやってもらう」
「私が…ですか?」
「そうだ。あとは、そうだな…ホムラ様から力を授かってきたとは言ってもいいぜ。お前なら大丈夫だとは思うが、皆を煽るようなことだけはするんじゃねえぞ」
ギンジは提案を受け入れてくれたが、あくまでも人々には“まだ神はいない”としたいようだ。
そして、昔から神を慕っているミヤであれば、誤解を生むこともなく穏便に済むと考えたのだろう。
俺にとっては十分な内容だ。
これで少しは余裕ができるうえに、ホムラの様子が上向きになればもっと先へ進めるだろう。
「俺も異論はない。治す力もミヤを通せば問題ないだろう」
「よし!そんじゃ、ま、ひとまずはこんなところでいいだろ。オレはもう疲れちまったよ…」
ギンジが疲れたように、大げさに椅子に寄り掛かる。
ひとまず、ということは、次があることを示唆しているのだろう。
ギンジはへらへらとしているが、冷静で感情に流されない心を持っている。
そして、先を見越して確実な手を打つタイプだろう。
たしかに頼りにされるのも頷けることだ。
そう思い、俺は素直に尊敬のまなざしを向けるのだった。
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