第14話 前任者

さて、目的の場所に着くことはできたが、まだ村長が戻っていないことも確認済みだ。


「“町”に行っている時に呼ぶ方法ってあるのか?」

「基本的に“町”とは隔絶されているので、ないはずです」


となると、待つしかないか。


とりあえず、門と小屋の近くまで移動する。

“町”に赴いているということは門を通って戻ってくるはずなので、門の近くで待っていれば確実に見逃さないだろう。


それにしても、“町”と“村”では扱いに差があり過ぎるように思える。

まるで主従関係のようだ。


「なあ、“町”に対して不満を持ったりしないのか?」


「もちろん不満がないとは言いません。昔はよく論争になったみたいです。今でも一部の人たちは“町”の住民が贅沢しているんじゃないかと疑っていますが、多くの人はあまり関心を持っていません。というのも、村長が“町”は“町”で多くの苦労をしていると内情を報告してくれているのです。村長は皆から信頼されていますので、わざわざ反発して疑うような真似をする人はいません」


ミヤがきっぱりと言い切る。

そういうものかと思っていると、小さな影がそばに降り立った。


「待たせたようじゃな」

「あ、ノラ様!」


ミヤが可愛い子猫を見つけたかのようにすり寄っていく。

ノラはうげっ!という顔をしつつも諦めて受け入れる。


「そっちは大丈夫だったか?」

「微かに気配は感じたが、すぐに近付いてくることはないじゃろう」

「そういえば、こっちもそれらしい気配は感じなかったな…」


ノラが頭を撫でられながら答える。

俺も迷路のような道と、ミヤと話すことに集中して気にしていなかったが、虚霊の嫌な寒気を感じることはなかった。


単純に虚霊をほぼ倒したのかもしれないが、上位種の中には神々おれたちが感じる気配を消すことができる個体もいる。

また、こちらから察知されないためにホムラの外へ逃げ出したのかもしれない。


どっちにしても、いまホムラに残っている虚霊は特殊な能力を持った強力な個体だけということになる。

ノラが言っていた“主”のこともあるし、警戒をしておくに越したことはないだろう。


「そういえば、話しておくことって何なんだ?」


俺は忘れる前にノラに切り出す。

ノラはゆっくりと深呼吸をしてから話を始めた。


「その話というのはな……お主の前任者のことじゃ」


俺の前任者ということは、俺の前にホムラを治めていた神ということだ。

気にはなっていたが、あえて聞くことはしなかった。

それは、なぜだか、とても恐ろしいことのように思えたからだ。


「お主の前任者、先代のホムラは20年近く前に死んだ。死因は虚霊との戦闘じゃ。わしが駆けつけた時には既に手遅れじゃった」


虚霊と戦い、死んだ。

あまりにも平凡で、あまりにも現実的だった。


「彼女はお主と同じ異世界の元人間じゃった。そして彼女は最初のお主と同様に、わしや他の神々を信じようとしなかった。誰も寄せ付けず、人間と共に生きていた。彼女はあくまでも人間であろうとしたのじゃ」


ノラの言葉を聞きながら、まるで別の世界線の自分を見ているようだ、と思った。

あくまでも人間であり続けた自分を。


「わしはそれでもよいと思っていた。神の生き方などそれぞれ勝手にすればよい。神同士がいがみ合うのはよくあることじゃからな、分かり合えぬ者を無理やり曲げようとするなど不毛なことじゃ」


ノラは自分の心に言い聞かせるように言葉を続ける。


「じゃが、このホムラの神はわしと彼女だけじゃ。彼女は人間ではなかった。そして、ただの神でもなく、異世界の元人間じゃった。この世界に、彼女を理解してやれる者などほとんどおらぬ」


だからこそ、わしがホムラここにいるというのにな…と呟くように付け加える。

ノラの役割は転生者のサポート。

その観点から言えば、ノラは失格だろう。

もしかしたら、ノラの心の奥底にも“転生者は人間だ”という線引きがあったのかもしれない。


「わしはな、別に仲良しこよしになるべきだったとは言わぬ。じゃが、死の間際であっても、彼女がわしに助けを求めることはなかった。それが全てを物語っていたのじゃろうな…」


ノラは過去を振り返り、後悔を噛みしめるように言葉を繋げる。


「こうしたすれ違いが直接的な原因ではないかもしれぬが、わしは彼女を助けることができず、結果として神が死んだことにより、ホムラはまた厄災の地に戻ってしまった。これが何よりの事実じゃ」


神の役目は、虚霊を倒し、土地を安寧に治めることだ。

神がいなくなれば、虚霊が跋扈し、土地は荒れる。

それはたとえいかなる理由があろうとも起こしてはならないことなのだ。


「すまぬな、どうでもよいことをつらつらと語ってしまったようじゃ。わしの自戒になってしまったな。しかし、彼女が死んだことによって、ホムラは多くの傷を負ってしまった。これはホムラの人々の心に深く残っているじゃろう」


前任者のホムラが死んだのが20年前なので、おそらく今でも当時のことを知っている人は大勢いるだろう。

ノラの言葉が意味することは、それが今回の会談で尾を引くことになるということだ。

それでも、俺にはノラを責めることなどできるはずもなかった。


「別にノラが全部悪いわけじゃないだろ。前任者のホムラが自分でその道を選んで、最後に失敗した。それを助けられなかったことを悔いるのは悪いことじゃないけど、1人で抱え込むなよ。いつも俺に言ってることだろ?」


俺にはこんな気休めの言葉しか伝えることができない。

俺がいくら言っても、ノラはあれこれ考え込むだろう。

だけど、俺はノラの味方だと伝えたかった。

いや、それしかできることがなかったのだ。


「そうじゃったな…。ユズル、お主に全て背負わせるのは申し訳ないが、よろしく頼む」


ノラは俺に礼を言ってくれるが、俺はそれを背負うことができるだけで嬉しかった。

認めて貰えているということを実感できるから。

それは歪な感情なのかもしれないが、確実に、俺を生に駆り立てていた。


俺もノラも正しいことをしているわけではない。

誰かから見れば、ただの傷の舐め合いと罵られることもあるだろう。


それでも、今はただ、この甘美な感情に沈んでいたかった。

それだけで、生きていると思えるのだから。



☆☆☆



ノラの話が一区切りし、俺たちが思い思いのことをしていると、ギィィ…と錆びついた甲高い音を立てて門が開き始めた。


そして、一人の男が歩いて出てくる。


「あの男がそうか?」

「はい、ホムラの村長です」


ミヤは俺に返事をした後、すぐ男に声をかける。


「ギンジさん!」


ミヤが手を振りながら声をかける。

すると、男も気が付いたようで手をあげて応える。


「おう、ミヤか!久しぶりだな、何かあったのか?」

「はい。少し折り入ってお話があるのですが、よろしいでしょうか」

「おう、いいぜ」


がっしりした体格と覇気のある眼。

顔や腕に傷跡があることから、狩猟か何かをしているのだろう。

ミヤは若いと言っていたが、30代中頃〜40代といった風貌をしている。

正直村長というイメージではなく、盗賊と言われた方が信じられるような見た目だ。

少し、いや、かなり恐い。


「今日はお一人だったのですね」

「まあな、急に呼び出されたもんだからよ」


村長の男――ギンジはそう言うとミヤの顔をまじまじと見つめ、少し考え込む。


「……?私の顔に何かついてます?それとも、町長さんと何かあったのですか?」

「…いや、少し考え事をしていただけだ。場所は俺の小屋でいいか?」


ミヤが目線でこちらに確認をしてきたので、俺は構わないと手で合図をする。


「はい、もちろんです」

「よし、なら手短に頼むぜ。お前は話し始めると長いんだ…」

「……それ、私のことバカにしてます?」

「ちげぇよ、俺の頭が悪いんだ」


ミヤと村長のギンジは互いに軽口を言い合いながら小屋へと歩き出す。


「よし、いくか!」


俺とノラも、ミヤの後に続いて付いていく。

俺たちの背後で、ギィィ…と閉まる“町”の門が、少し不吉に感じられるのだった。

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