第13話 伝承
俺は再びホムラの地に立っていた。
相変わらず殺風景だが、少し感慨深い懐かしさが湧いてくる。
いま俺がいるのは、最初にホムラにたどり着いた場所とほぼ同じだ。
ここはホムラの“村”の外周にあり、既にホムラの地を去った人々が残した多くの家々がある。
ホムラが崩壊するにつれ、別の地に移り住んだ者たちだ。
ここも今でこそ“村”の外周だが、かつては中心付近だったらしい。
また、ここに至るまでの道中にも、腐り落ちた建造物の跡地や解体されたように見える建物が見受けられ、昔栄えていたホムラの面影を垣間見ることができた。
「こうして見ると、この世界にも歴史があるんだよな」
「歴史…ですか?恥ずかしながら、そういったことを意識して生活したことはありませんでした…」
「まあ、そうだよな…」
ミヤの反応も当然のことだ。
毎日生きるのに精一杯だったのだから、歴史を意識する余裕もなかっただろう。
ホムラ周辺の虚霊が減っていけば、ミヤもきっと豊かで余裕のある生活ができる。
その虚霊だが、神那からの道中で交戦はあったものの、以前に比べると格段に数が減ってきていた。
この調子で倒していけば、ホムラが回復してくるのも時間の問題だろう。
だが、それも今日の話し合いに左右されるのだ。
そう改めて思うと、やはり怖さが頭をもたげてくる。
俺はその気を紛らわすようにミヤへ話を振る。
「村長の家は奥の方だったか?」
「はい!“町”への門のすぐそばにあります。村長は“町”の方々への橋渡し役なので、昔から村長になるとそこへ移り住むのが通例となっています」
「となると、ここからはだいぶ距離があるな…」
“村”と“町”は外壁で区切られているが、その間を行き来できる唯一の手段が1か所だけ設置されている門である。
一応“村”とは反対側には他都市に通ずる道への門があるが、わざわざ回り込んで入ることはないので唯一の手段と言っていいだろう。
神威を使って飛べばすぐに着くが、虚霊との戦闘以外でそう易々と使うわけにはいかない。
「しょうがない、歩いて向かうとするか…」
しかし、周辺の偵察はしておきたいところだ。
虚霊の気配はある程度近くにいれば感知できるため、村長に会う前に辺りを見ておいた方がいいだろう。
「なあ、ノラ、少し偵察に行ってもらえないか?」
「………………」
「…ノラ?なあ、聞いてるのか?」
「ん…?偵察じゃったか?よいぞ。お主は万が一のために、娘っ子と一緒にいた方がよいじゃろう」
ノラが心ここにあらずといった様子で返事をする。
俺とミヤが一緒にいた方がいいのは、虚霊がいきなり現れることは少ないが、全くないとは言い切れないからだろう。
それはそうと――――
「……お前さっきから妙に静かだけど、何かあったのか?」
「…ん?すまぬな、考え事をしておっただけじゃ。少し気になることがあってな」
あのノラが気になるというのだから、それなりに面倒なことなのだろう。
――――今日のことに何か関係があるのか?
そう思うと、俺の内に秘めていた不安が表情に出てしまう。
そんな俺の様子を見て、ノラが軽い口調で付け加える。
「安心せい、今すぐ何か起きるわけではない。少し気になるというだけで、わしの思い過ごしかもしれぬからな。ただこれとは別件で、村長とやらに会う前に少し話がある。すっかり伝えるのを忘れていたことがあってな…」
「話…?会う前に?……わかった。あと、偵察で何かあったら伝えてくれ」
「わかっておる。では、わしは少し見回ってから合流する」
「ああ、頼んだ」
ノラは地を蹴り、空へと舞い上がる。
俺とミヤはそれを見送った後、村長の家へと歩き出した。
☆☆☆
“村”は後から少しずつ広がっていったこともあり、整備された道がほぼ存在しない。
ほとんどの道が本来の道として作られたのではなく、家と家の間のスペースやちょっとした隙間となっており、およそ道とは呼べない代物である。
つまり、“村”全体が迷路のように入り組んだ構造をしているのだ。
外周付近は壊された家が多くあったことや後から開発されたこともあり、比較的広く整備された道が見受けられたのだが、中心に向かうにつれてどんどん道が複雑になっていく。
何が言いたいのかというと、ただ真っ直ぐ進むだけなのに、俺には道が全く分からないということだ。
ここで頼りになるのはミヤだけ。
すいすいと進んでいくミヤを見失わないよう必死に付いていく。
「こんなに複雑な道をよく覚えられるよな…」
「子供の頃から使っていますので、慣れてしまいました」
俺が声をかけると、こちらを気遣ってか、ミヤも少しペースを落としてくれる。
「ところで、先ほど歴史のお話がありましたが、このホムラでも伝承なら少し聞いたことがあります」
「伝承…?伝承というと伝説みたいなものか?」
「そのようなものです。神々の御伽噺で、小さかった時に子守唄でよく聞いていました」
この世界にも同じように神々の伝説があるのか、とまた一つ学びになる。
そして、ミヤは俺の横に並ぶと、懐かしむように語り出した。
「様々な伝承がありますが、このホムラも、はるか昔に初代のホムラ様が火山を拳で砕いて作ったと言われています。他にも旅をしながら人々を助けていた義賊の神様や、海に都を造ったという神様など、本当に沢山のお話があるんです」
拳で火山を砕く、ね…。
こういった伝説の類は大幅に誇張されて伝わるものだが、ノラの強さを考えると、ちょっとした山を砕く程度ならできてもおかしくないんだよな…。
「へぇ~、そんなにも多くの神がいるんだな」
「そうなんです!中でも私が好きなのが、主のために命を賭して戦う神々のお話で、それはもう涙なしでは語り切れません!」
「そ、そうか…ミヤは本当に神々の御伽噺が好きなんだな…」
「はい!私にとっては憧れであり、唯一の楽しみでもありましたから」
神々について興味を持っていることはわかっていたものの、正直ここまでとは思っていなかった。
俺がミヤの熱のこもった語りに押されていると、そばを通りかかった少年が訝しげに声をかけてきた。
「ねえ、ミヤ姉ちゃん、さっきから誰と話してるの?」
「……あ!え、えっとね、それは――」
普通の人には俺の姿が見えないのだから、不自然に思われても仕方がないだろう。
すっかり忘れてたな…と思っていると、ミヤが確認するように横目でチラッとこちらを見てくる。
「俺に気を遣わなくていいぞ。いきなり言っても変に思われるだろ」
「はい…申し訳ありません…」
ミヤは少年に聞こえないように小声で答える。
いくら神の存在が認識されている世界とはいえ、いきなり「隣の神様と話してます」とは言えないだろう。
「ちょ、ちょっと独り言かな…?」
「ふーん、変なの…」
「あ、それはそうと、今日村長はいるかしら?」
「村長ならちょっと“町”に行くって言ってたよ」
「定例会ならこの前やったと思うけど、何かあったのかしら…」
「さあ、わかんない。そろそろ戻ってくると思うよ。じゃあ、僕もう行くから」
「そっかー、わかった。ありがとね!」
少年はミヤに手を振りながら、雑多な道を器用に駆け抜けていく。
「どうやら今はいないみたいだな」
「そうみたいですね…申し訳ありません…」
「ミヤが謝ることじゃないだろ。どっちにしてもノラを待たないといけないからな」
そうこう話をしているうちに、急に開けた道に出る。
そして、俺は目の前の景色に目を奪われる。
「これは…すごいな…」
目に映るのは、巨大な壁。
“町”を覆う外壁である。
さっきまで狭い道を歩いていたから見えていなかったが、改めて近くまで来ると途方もない高さだ。
神樹よりも高いであろうこの人口の建造物は、まるで行く手を阻む巨人のような威圧感がある。
そして、鉄製の仰々しい門がど真ん中に鎮座している。
この開けた場所があるのは、“町”への行き来だけでなく、ここから多くの物を運んだりするからなのだろう。
そして、その傍らに小屋が1つある。
それなりに立派な造りをしているが、この壁の前だと押しつぶされてしまいそうな存在感である。
「もしかして、あれが…」
「はい、村長の家です」
あそこか…。
何とも気が抜けてしまいそうだが、ここが今日の俺にとっての戦場なのだ。
そう、俺は改めて気合を入れ直すのだった。
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