第12話 神官

「もちろん、喜んでお引き受けさせていただきます!」


やはり、ミヤは二つ返事で了承してくれた。

リスクも含めて全て説明したが、まるで気にする素振りすらなかった。


最初に出会って以来、毎日礼拝に来てくれていたが、ミヤに会うのはまだ2度目だ。

それでも、彼女は俺を間違いなく神だと信じて疑わなかった。


「ホムラ様には弟を助けていただいたご恩があります。そのうえ神の御使いとしてお仕えさせていただけるとは…これほど喜ばしいことは他にございません!」


『あれは貸しを返しただけだと言っただろう…』


俺が嘆息しながら返事をすると、ミヤは嬉しそうにニコニコと笑う。

もしかして、わざとからかってるんじゃないだろうな…。


『それにしても、ミヤはなぜ俺のことを信じてくれるんだ?ここには暫く神がいなかったのにも関わらず、それを信じ続けられるのは何か理由があるのか?』


「理由などありません。それが私にとってあるべき姿だからです。人は神を敬い、神はその行いに慈悲をくださる。古来よりこの世界で続く人と神の在り方です。いくら神が見えずとも、信じてお待ちするのが人の務めだと、私は考えております」


ミヤは、曇りなく真っ直ぐな眼差しで己が信念を語る。

まるで心の中に常に神が居続けているかのようだ。


「なかなか良いことを言うではないか」


ノラがまんざらでもないように褒める。

ここまで純粋に信じてくれる人間は滅多にいないだろう。


しかし、今までとは対照的にミヤは表情を暗くして言葉を続ける。


「ですが、今ホムラで神を信じているのは私しかおりません。長らく神の御姿をみることがなく、誰もが信じられなくなってしまっているのでしょう。私はそれを咎めることはありません。人の生き方もまた、人それぞれですから」


“神”などという曖昧な存在は、見えなくなってしまえば存在しないのと同じである。

信じても、何も救われないのであれば、そんなもの意味がないのだ。


「それでも、こうしてお見えになり、共に生きて下さるのであれば、私はこの身を賭してでもお手伝い致します」


ミヤは、やはり曇りなく言い切る。

その姿はまさに“神の御使い”と呼ぶにふさわしいものだった。


そして、そんなミヤを見れば見るほど、俺の中に不安が募っていく。


―――――ミヤにとって、おれは一体なんなのだろうか…。


俺は本当に期待に応えられるのだろうか。

信じてもらうだけの価値があるのだろうか。

俺は全知全能の“神”ではなく、ただの平凡な元人間なのだから。


俺はふわふわと浮いてきた不安を一旦心の隅に追いやり、ミヤとの会話を続ける。


『……本当にいいのか?はっきり言うが、死の危険も伴うぞ』


「ホムラ様の隣で死ぬのであれば、本望です」


『なら、死なないで生きてくれ。それが俺の願いだ』


ミヤは少し驚いたように目を見開き、それから優しく微笑んだ。


「はい。御心のままに」


こうして、ミヤはホムラの神官になった。



☆☆☆



「あぁ…!これがホムラ様の御姿なのですね…!」


無事神官になったミヤは恍惚な表情で俺を見る。

神官となることで、人間でありつつ神と同様の存在となり、見たり触れたりすることができるようになったのだ。


ミヤを神官にするにあたっては、必要な神威の一部を神樹からちょろまかしたので、そこまで消費することはなかった。


「恥ずかしいからジロジロ見ないでくれ…」


ミヤの反応はだいたい予想通りとはいえ、こうして見られるのは正直あまり良い気分ではなかった。


「ホムラ様がどのような御姿だったとしても、私が信じる気持ちに変わりはありません。私にとって容姿など取るに足らない些細な問題です」

「ミヤが気にしないのと、俺が気にするのは別問題なんだよ…」


俺が微妙な表情で顔を逸らしていると、ミヤは俺の隣にいるノラに気づいたようだ。


「あ…?ホムラ様、この小さい御方は…?」

「なんじゃ、娘っ子。わしは―――ふぐっ」

「こ、こんなにも可愛い生き物は見たことがありません…!」


ミヤはノラをまじまじと見るや否や、急に抱き上げ、そのままぬいぐるみのように抱きしめた。

ノラはミヤの柔らかな胸に顔をうずめ、苦しそうにバタバタとしている。


よほどダメージを受けているのか、ノラの尻尾がバシバシと物凄い強さで俺の足を叩いてくる。

しょうがないな…と思いつつ、ノラのフォローに入る。


「あー、その狐耳と尻尾が生えたちっこいのはノラといって―――」

「もしかしてホムラ様のお子様ですか?」

「「違う!!」」


ミヤの見当違いな発言に2人揃って叫ぶ。

言われてみれば2人とも髪が白く、身長差もあるため、そう見えなくはないかもしれないが、恐ろしいほど違和感を覚える。


ノラはノラで俺の子供と言われたことへのショックを隠し切れず、「そんなに子供っぽいのか…?」と自分の容姿に愕然としている。


とりあえず、ミヤにかくかくしかじかと、俺とノラの関係性を説明する。


「なるほど、そうだったのですね。大変失礼致しました…!」

「わしの頭を撫でながら言っても全く説得力がないのじゃが…」

「こ、これは手が勝手に動いてしまって…」


ミヤは謝りながらも、手はしっかりとノラの頭を撫でていた。

今まで完璧すぎたミヤが見せる、年相応の可愛らしい一面がとても微笑ましく、少し安心する。


まあノラも文句を言いつつも満更でもない様子で、尻尾をパタパタと少し嬉しそうに振っていたけど。


色々と話は逸れたが、無事ミヤを神官にするという目的は達成することができた。

ここからはホムラに着いた時の計画を立てなければならない。


「さて、最初に説明したから大丈夫だとは思うが、一応確認しておく。俺たちは今からホムラに向かい、ミヤに村長への取り次ぎをしてもらう」


「はい。私は村長とホムラ様方がお会いできるようにすればよろしいのですよね?」

「ああ、その通りだ。あとは病気の人々をできるだけ治していきたいが、それは村長とのやり取り次第だな…」


信仰を集めるためにも、できるだけ"村"の人々と直接やり取りしたいが、逆に反感を買われては敵わない。

ここは欲張らず、堅実に関係を構築していくのが安牌だろう。


「ところで、今の村長はどのような人物なのじゃ?」


ノラが的確に質問をしていく。

たしかに会う人物の情報は集めておくに越したことはないだろう。


「村長さんは少しお若いですが、とても頼りになる方です」


ミヤは思い出すように、少し考えながら村長のことを話す。


「私が物心ついた頃に村長になられたのですが、それ以降は“村”も安定していると母が言っていました。急激に悪化していないというだけで、良くはなっていませんが…。あとは町長のレーゲンス様とも定期的にお会いしているようで、物資の援助や病人の受け入れなどの協力を頂けています」


俺が見てきたあの惨状でもまだ安定していると言うのだから、以前までは余程酷い状態だったのだろう。

また、“村”と“町”でつながりがあるということは、事が上手く運べば“町”への足掛かりになる。


「聞けば聞くほど良い村長みたいだな…」

「ただ、神に対しては少し懐疑的なようで、すぐ信じて下さるかどうかは正直わかりません…」


ミヤが少し気落ちするように呟く。

しかし、それは当然のことだ。

神に頼ることなく、自分たちの力で生き抜き、支え合ってきたのだから。


「それは元より想定済みだ。こっちにも後がないからな…やるしかないさ」

「あ、でも、“村”のことを誰よりも考えて下さっている方なので、きっとホムラ様のことも分かって下さります!」


ミヤが焦ったように声をあげる。

俺の言葉が諦めたように聞こえたのか、ミヤに少し気を遣わせてしまったようだ。


「なあ、ノラ。他に聞いておいた方がいいことはあるか?」


隣で考え込んでいるノラに聞く。


「ふむ…村長の情報はもう少しあった方がよいじゃろうな」

「情報と言いますと…?」

「有り体に言ってしまえば“弱み”が欲しいところじゃ」

「弱み、ですか…」


うーん、とミヤは悩みこんでしまう。

しかし、人の弱みなどそう簡単に見つかるものではない。


「申し訳ありません、私に思い当たるものはございません…。ご結婚もされておらず、お子様もいませんし、昔から"村"の行政に携われていたので信頼も厚い御方です。権力争いもないものですから、誰かから恨みを買われるようなことはないはずです」

「やはり厳しいか…」


ミヤの答えにノラが渋い顔をする。

ここまで非の打ち所がないとなると、逆に何かあるように邪推してしまう。


「そうだな…。あとは、町長との関係性なんかはどうなんだ?」

「町長とお会いする際は数名で“町”に赴かれるので、私も詳しい事情は把握できておりません…。ですが、支援をいただけているので、少なくとも悪くはないかと」


“町”との関係も良好か…。

あとは実際に会ってみないとどうしようもないな。


「あまりお役に立てず申し訳ありません…」

「いや、何も知らないよりは心構えができるだけで十分だ」


俺は謝るミヤを制する。

そもそも協力を仰ぎに行くのだから、無理に弱みを握る必要はないだろう。

それに、ここまで“村”に誠実だと分かったなら、案外簡単に話が進むかもしれない。


俺はそう思い、ひとまず話にけりをつける。


「さてと、それじゃあ行くか」


目指すはホムラ。

俺は胸の奥にある一抹の不安を蹴り飛ばし、神那を出発した。

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