第10話 戦闘

「今じゃ!やれ!」

「はあッ――!!!」


ノラの合図とともに目の前の虚霊を横一閃で斬り倒す。

霧になって消える虚霊を横目に、周りの攻撃を警戒する。


敵は、あと5体。前方にケンタウロスのような姿をした虚霊が2体、後方の少し離れたところに四つ腕を生やした虚霊が3体。


どちらも人間の3倍はある巨大な敵だ。


―――後ろから囲まれる前に、正面を叩く


ユズルはそう判断し、脚に力を込める。


「右から行く!」


ノラに一言だけ残し、地面を蹴って走り出す。

急加速。

右のケンタウロスに向かって、外側から回り込むように近づく。


『ゴオオオオオ――!!』


ケンタウロスは両手を振り上げ、ユズルの進路を読み、思い切り叩きつける。

ユズルは直前で減速し、タイミング良くジャンプで躱す。

ケンタウロスの攻撃は空を切り、衝撃とともに地面に亀裂が入る。


そのまま相手の右手に着地し、そこからさらに跳躍。


「ふッ――!」


すれ違いざまに、手に持った刀でケンタウロスの右腕を切り落とす。


『ゴオオアアアア――――!!!』


ケンタウロスは怒り狂ったように雄叫びをあげ、空中で無防備なユズルに攻撃を仕掛ける。

残った左腕を振り回し、背後から襲い掛かる。

ユズルは刀で受け身の構えを取る――ように見せかけ、空中を蹴ってさらに上へと跳ぶ。


見事に狙いを外されたケンタウロスは体勢を崩し、地面に倒れ込む。

そのままノラが追撃を入れ、見事な連携で敵を無力化する。


「あとは頼んだ!俺はもう一体をやる!」

「相変わらず血の気が多いの…」


後処理をノラに任せ、ユズルは突進してきているもう一体のケンタウロスを迎え撃つために、そのまま着地する。

しかし、ケンタウロスの反応が思っていたよりも早い。

体勢を整える前に敵の攻撃が襲い掛かる。


ケンタウロスは手に持った黒い槍を振り回し、着地をしたユズルに向けて横薙ぎの一撃を入れる。

直撃。周囲に轟音が響き渡る。

ケンタウロスの一撃が見事に決まったかに見えた。


『ゴォ…?』


しかし、ユズルは体格差が3倍はあろうかという敵からの攻撃を刀だけで受け止めていた。


「はぁぁぁぁああああ!!!」


そして、そのまま力任せに押し返す。

ケンタウロスは予想外の力に戸惑い、一歩後ろへ下がる。


ユズルはその隙を見逃さなかった。

地を這うように疾走し、一瞬でケンタウロスの足元まで到達する。

そして相手が反応する前に、右足の膝から下を切り落とす。


片足を失ったケンタウロスはその巨体を支えきれず、地面に右手をつく。

ユズルはそのまま背後に回り込み、とどめを刺そうと斬りかかる――が、ケンタウロスはユズルが飛んだ瞬間、残った左腕一本で槍を振る。


予想外の方向からの攻撃に反応できず、槍の柄の部分がユズルに直撃する。


「がはっ……!!」


ユズルは弾丸のように飛んでいき、受け身も取れないまま近くにあった廃屋に頭から突っ込む。

バキバキバキと木材が折れる音とともに、廃屋がその衝撃で土煙をあげながら崩れる。


『ゴォォオオオオオ―――!!!』


ケンタウロスは片足と槍で立ち上がり、決着がついたと言わんばかりに雄叫びをあげる。


その瞬間、廃屋の土煙の中から白い斬撃が三閃、放たれる。


斬撃は風を裂き、ケンタウロスを切り刻む。

そして、その巨体は黒い霧となり、散っていった。


「クソ…っ!残りは…!?」


崩れた廃屋を蹴破り、焦った表情のユズルが出てくる。

しかし、辺りを見回しても虚霊の姿は見当たらない。


「なんじゃ、やっと終わったのか。こっちは全部片づけておいたぞ」


ノラが暇そうにあくびをしながらやってくる。

頼りになるというか、お気楽というか。

ユズルはそのいつも通りの姿に呆れつつ、少し安心するのだった。


「それにしても、お主も色々と神威を使いこなせるようになってきたの。先ほどの斬撃も実戦で成功したのは初めてじゃろう?」

「さすがにこれだければ、技の一つや二つ扱えるようになるさ。とはいえ、神威を消耗し過ぎた…。一旦ここらで戻らないか?」


今2人がいるのはホムラの“村”のはずれ。

ホムラは貧困層ばかりで荒れている“村”と、富裕層がいる中心地である“町”に分かれている。


外部と交流がある“町”とは外壁によって分けられており、疫病等を理由に人の行き来も制限されている。


元々は“町”しかなかったが、ホムラが発展するにつれ、人々が住む場所を求めて作ったのが“村”である。

そのため、廃れた今となっては多くの人が流出しており、廃屋が立ち並ぶゴーストタウンとなっている。

最初にユズルが入り込んだのも“村”である。


ユズルが撤退を提案した理由は“村”の立地にある。

“村”は“町”と比べ、神那から近い。


神威には、人間にとっての体力と同じように使える限界がある。

そのため、消耗が激しい時は引くタイミングが重要になってくる。


今回はこのまま戦い続けるよりは、一度態勢を立て直した方がいいと考えたのだ。


「それもそうかの。まあここ数日でホムラの虚霊もかなり削れたようじゃから、急がずともよいじゃろう」


ノラもその考えには賛同のようで、帰り支度をはじめている。


(“急がずともよい”か…)


しかし、ユズルには時間がなかった。

神威の消費を考えると、このままでは残り1週間が限界だろう。

それまでにホムラを少しでも解放し、信仰心を集めなければ、ユズルは異世界での死を迎えることになる。


あの決意から4日が経つが、ユズルたちは未だに“町”に到達することすらできずにいた。



☆☆☆



あの日ミヤと別れてから、俺とノラはひたすら虚霊うつろを倒す戦闘訓練をしていた。

戦闘訓練というよりは、戦うための道具作りといった方が近いだろう。


虚霊の殺し方は至ってシンプルだ。

。ただ、それだけである。


虚霊は神々おれたちと同じように、ただの物理的な事象ではほぼダメージを受けない。

つまり、神威でしか倒すことができない。


とはいえ、神威のみで倒すというのは中々に骨が折れる。

そこで、神が考えた虚霊の殺し方が“”ということだ。


神威で組み上げるというのは、当然ただ単に武器を作るのではない。

物質を一切含まない、神威だけの武器のことを指す。

人は傷付けないが、物と虚霊は斬ることができる、まさに対虚霊用の専用武器だ。


案の定というかなんと言うか、この神威の圧倒的な力を凝縮させた結晶体を作るのは、決して容易ではない。

そして何より、


これは俺にとっては致命的なデメリットだった。

しかし、そんなことは俺の中では問題ではなかった。


奴らを殺せるのならば、やるしかない。


あとは防御面だ。

これは鎧を作るといったことはなく、流動的に動かせる神威を衣のように纏うことで攻撃を防いでいる。

少しでも纏っていれば、たとえ銃を撃たれようが痛くはない。

ただ、これは技術が必要であり、一朝一夕で完全にモノにできることはなかったが、一応形にはできた。


ミヤと別れた後、俺はすぐに行動を起こし、一晩かけてミヤに渡す薬と神威の武器を作り上げ、神威の扱い方の訓練をした。


あとはただの殺し合いだった。

醜い心を持った神と、人間の醜い心から生まれた化け物の、醜い殺し合いだ。


それが俺にできる最善で唯一の解決策だったのだから。

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