第9話 決意

このまま聞いているだけでは何も始まらない。

そう思い、祈りを続けている少女へ向け、俺は話しかける。

声に神威を込めれば人間に聞こえること、そして姿を見せるのは神威の消費が激しいことを俺はもう知っていた。


『礼拝中にすまない。君はホムラの民で間違いないか?』

「……!?え…?え?」


少女は姿が見えないのに聞こえる声に戸惑う。

辺りをキョロキョロと見回すが、当然誰もいるはずがない。


『驚かせてしまって申し訳ない。俺はここの神を務めているものだ』

「え…?ホムラ様…なんですか…?」


『そうだな、一応そう呼ばれている。ただ、俺はつい最近なったばかりで少し勝手がわからないものだから、君に話しかけさせてもらった。姿を見せられない無礼を許してくれ』

「いえ、お構いなく…。じゃなくて、私こそ話しかけてしまい申し訳ございません…?」


少女はまだ受け止め切れていないようで、言葉が全く会話になっていない。

声だけだから当然とはいえ、これでいいのかと不安になる。


「……なあ、もう少し神様っぽく威厳のある口調の方がいいのか?」

「そんなのはどうでもよいことじゃ。お主が話したいように話せばよい」


ノラに助け船を出してもらいたかったが、我関せずといった様子だ。

しょうがないので、このままお見合いで出会った男女のような、たどたどしい会話劇が繰り広げられていくことになる。


『君の名は何というんだ?』


「はい、ミ、ミヤと申します!えっと、ホムラの“村”で農家をしております」


『そうか……(まずい、話題がない…)』


「あ、あの…私なにか無礼なことを申し上げてしまったでしょうか…?」


『いや、そんなことはない!えーと、そうだな、ミヤは俺がホムラの神だと信じられるか?』


「えっと…それはその…」


『正直に答えてくれていい』


「では…まだ信じられてはおりません。私はホムラ様と会ったことも話したこともないものですから…」


ミヤは申し訳なさそうにうつむく。

そりゃそうだよなと思いつつ、何とか信じてもらう方法を考える。


ふと彼女の足に目が留まる。

怪我をしたのか、少し血の滲んだ包帯が巻いてある。


そこで俺は祭壇に置かれた黄色の花一輪を手に取り、それに神威を込めることにする。


―――これでいけるはずだ


俺は両手で花を押しつぶすように力を入れ、少ししてから手を放す。

すると、花は形を変え、黄色の包帯となった。

イメージ通りにいったことに内心ガッツポーズをしつつ、ミヤに手渡す。


『その足の怪我にこれを使うといい。すぐに治るはずだ』

「あ、ありがとうございます…!今のが“神の御業”というものでしょうか?」

『そんなところだ。これで少しは信じてもらえるか?』


俺が不安げに聞くと、ミヤはフフっと少し可笑しそうに笑う。


「このようなお力を見せて貰わずとも、もとより私はホムラ様を信じております。こうしてお会いできたのも何かのご縁でしょう」


ミヤの言葉には一本取られたと苦笑するしかない。

どうやら俺の小細工など不要だったようだ。


さて、気乗りはしないが、そろそろ本題に入らせてもらおう。

俺は神威を披露してチヤホヤされるために声をかけたわけじゃないのだ。


『君の弟のことだが、少し話してもいいか?』


弟のことを口にすると、ミヤはビクッと反応した。

誰にも触れられたくないのだろう。

自分の素直な気持ちを勝手に覗き見られるのは、たとえ神様であっても嫌なものだ。


「あの、その話は…縁起が悪かったですね、すみません。お伝えするべきではなかったです…」

『――――――…っ!!』


ミヤの言葉に思わず奥歯を噛みしめる。


俺が感じていたのはだった。

この世界への怒り。神への怒り。

ぐちゃぐちゃにしてしまいたくなるような、熱く濁った感情が湧いてくる。


ああ、なんて残酷なのだろう。

俺みたいなクズが神に転生し、この健気な少女が辛い運命を抱え込んで生きていかなければならないなんて。


そうだ、世界はいつだって残酷なのだ。


『そんなことはない、そんなことはないんだ…。謝らなければならないのは、俺だ。目の前にいながら、君の弟を救えなかった。だから、恨むなら俺を恨んでくれ』

「………そう、だったんですね」


ミヤは俺の言葉を聞くと、少し驚いた表情を見せ、それから目を伏せた。


「いえ、いいんです。今の言葉でホムラ様がとても優しい神様だとわかりました。だから、それでいいんです」


ミヤは顔をあげ、震えながら答えた。

俺はその答えを聞いて、静かに悟った。

今の俺にこの少女を救うことはできないのだと。


ミヤはとても優しく、ホムラに2人といないほど清らかな心を持っているだろう。

しかし、このままでは彼女の心は壊れてしまう。


俺があれこれと思案していると、ミヤが少し焦ったように声をかけてきた。


「…あ、あのっ!1つだけ、お願いをしてもよろしいでしょうか…?」

『ん…?ああ、俺にできることなら可能な限り手を尽くそう。君には大きな借りがあるからな』


今までの会話で、ミヤの性格はわかってきている。

そんな彼女がわざわざ頼むのだから、よほど大事なことなのだろう。


「では、お言葉に甘えさせていただきます…。ホムラ様ならご存知かもしれませんが、私にはもう一人弟がおります」


たしかにあの暗い夢(?)の中で見た覚えがある。

まだ随分と幼かったような気がする。


『その弟のことで何か気がかりが?』

「はい…。弟は流行り病にかかっており、日に日に衰弱しております。このままでは近いうちに…死んでしまうだろうと言われました」

『では、病気の弟を治してほしい、ということだな?』

「はい、差し出がましいとは思いますが、どうかお願いします…っ!」


ミヤはそう言うと、深々と頭を下げた。


(治療か…。ホムラに行ったとしても、虚霊うつろと戦闘になったら治療どころではなくなってしまう。どうしたものかな…)


俺は後ろを振り返り、ノラに聞いてみる。


「話は聞いていたか?どうすればいいと思う?」

虚霊うつろがおるホムラに直接行くわけにはいかんからの。薬を作って渡すぐらいしかできんじゃろう」


ノラは俺からの質問を予想していたかのように、すぐに答える。


簡単な薬ならともかく、得体の知れない流行り病の薬となると一筋縄ではいかないだろう。

どういった薬を作るか分からない以上、ほぼ万能薬を作り上げる必要がある。


「今すぐは無理じゃが、1日あれば出来ぬことはない」


俺の考えなどお見通しと言わんばかりに、ノラが付け加える。


「ホムラ様……?」

『すまない、少し考えていた。今すぐに渡すことは難しい。なので、明日もう一度来てもらってもいいだろうか?』

「本当に引き受けて下さるのですか…っ?ありがとうございます!」

『君は……いや、いい。完成したらこの祭壇に置いておこう。それでいいだろうか?』

「はい…!このご恩は忘れません…っ!」


ミヤはそう言い、やはり深々と頭を下げる。


何にしても色々とやることができたため、ひとまず今日のところはこれで帰ってもらった。


ミヤはこれでもかと感謝の言葉を伝えてくれたが、俺の気持ちは曇ったままだった。

感謝されるのは嬉しい。だが、これでは何も解決にはなっていない。

ただの問題の先延ばしに過ぎない。


彼女はとても良い人だ。

そして、だからこそ助けたいという気持ちがより一層高まる。

ミヤだけではない、このホムラを救いたい。

俺はそのために神として生きているのだから。


「ノラ」

「わかっておる。お主が知りたいのは“”じゃろう?」

「ああ、そうだ」


だから、奴らを殺す。徹底的に。

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