第2話 神になるということ
軽く情報をまとめると、ここはホムラと呼ばれる小さな集落のはずれにある祭事を行う場所で、そこで祀られる神様になるのが“仕事”である。
正直「はい、そうですか」と簡単に受け入れられる話ではないが、転生からの流れを考えるとノラは神であることは間違いないし、俺自身も体が以前の人間とは少し違うように感じている。
鏡では外見は変わっていないように見えたが、体の中に魂が2つ入っているような力が溢れる不思議な感覚がする。とにかく今はノラの言葉を信じるしかないだろう。
まずこの世界に関しては、神に関する事柄以外はほぼ前世と変わらないらしい。
ノラ曰く「別世界とはいえ、どこもかしこも変えてしまったら管理が大変ではないか」とのことだった。
まるでプログラミングをする人間のような効率的で怠惰な発想で、神も人も大差ないのだなと感じてしまった。元人間の神が言うのも皮肉なものだが。
とはいえ、神に関することだけでも例を挙げればキリがない。
まず“
また、神那は多く存在するが、それなりに大きく名のある場所にしかないらしい。この世界では神と人間の距離が格段に近いため、“神様がいる場所”というだけで特別なのだろう。
そして、さっき俺が目覚めた場所は“
あと神殿の斜め後ろに大きな樹があり、それは“
これらがこの神那にある全てのものだ。これが普通なのかもしれないが、神殿と神樹しかないとどう見ても敷地があまりに余っている。
「なあ、敷地がかなり余ってるけど何かに使うのか?」
ノラに神那の中を案内されながら聞いてみると、少し呆れた顔をされた。
「なんじゃ、先ほども神に転生したことを知らんかったようじゃし、転生の説明を受ける時に聞いておらんかったのか?」
「あー…、聞いたような聞かなかったような…」
「…………」
じと~っとした目で見られてしまった。なんせ心情的に色々と整理することもあったし、理解が追い付いていない中で説明されても全く頭に入ってこないだろう。
向こうも適当に説明して「あとは現地で聞いて」みたいに丸投げだったので尚更だ。
「まあ大方上の連中が適当に説明してわしに丸投げしていったのじゃろう…。いつも面倒事は押し付けられるからの…」
達観したノラの言葉に対し、考えていたことを丸々当てられたこちらとしては苦笑いするしかない。
別に俺が悪いわけじゃないんだけど…。
「神が替わったのだから神那の敷地が余っておるのは当然のことじゃ。これからお主が創りあげていくことになるのじゃからのう」
「俺が……創る?」
「そうじゃ。この神那はお主のものじゃから、お主に与えられた“神の力”で創っていくのが道理であろう?」
いちいち消さずに残しておいてもらった方が楽だろ、と思ったものの、そういう道理らしいので甘んじて受け入れるしかない。
ただ今はそんなことよりワクワクする単語が出てきて、男の子としては聞き流すわけにはいかないだろう。
「その“神の力”ってのはどんなことが出来るんだ?今すぐ使えるのか?!」
「まあまあ落ち着かぬか。まず最初に言っておくが、今のお主ではほとんど力を使うことができぬ。神の力である“神威”は民からの信仰心によってもたらされる。つまり、この辺境の地の新米神様であるお主には気軽に扱えぬ代物なのじゃ」
「神様なのに神の力が使えないって…それじゃあどうすればいいんだ?」
「使えぬと言っても、空を飛ぶことや小さな物を創ることぐらいなら出来るじゃろうな。それらを上手く使って信仰心を集めれば、より大きな力を使うことができるようになる」
つまり、少しの力でちょっとずつ信仰心を集めていけばいいわけだ。
コツコツやっていけば自ずと色々できるようになるし、いくら寂れていると言っても参拝客の一人や二人はいるだろう。
話を聞いているうちに、自然とやる気が湧いてくる。ここから俺の第二の人生(神生?)が始まるんだ。思わず口に笑みがこぼれてきてしまう。
「なあ、少し試すとかはできないのか?やり方が分からないと、いざという時に意味ないだろ」
「ふむ…まあ多少は問題ないじゃろうし、やってみるとするかの」
俺が興奮を抑えきれずに言うと、ノラは渋々といった反応をしながらも承諾してくれた。
☆☆☆
「神威は使い手がイメージしたものを再現する。じゃが、力加減を誤ると暴走し、周囲を破壊し尽くしてしまう危険なものじゃ。今回はわしが制御のサポートをするが、くれぐれも間違った扱い方はせんようにな」
ノラは俺の背中に手をあてがいながら説明をはじめる。
俺はというと、座禅を組むかのように石畳の地べたに座らされていた。
もともと目覚めたのが夜だっただけに、地面がひんやりとしていて少し気持ちがいい。周囲の森から虫のさざめきがうっすらと聴こえ、少しずつ心が落ち着いてくる。
「………ちゃんと聞いておるのか?」
「大丈夫だって。要は心を落ち着けて力を制御すればいいんだろ?」
「……まあ、よい。では始めるぞ」
今回試すのは『火を起こすこと』と『体を浮かせること』の2つ。
“何かを生み出すこと”と“何かに干渉すること”は感覚的に違うらしく、この2つが選ばれた。
区別が曖昧すぎると思うが、使う側にとっては感覚の違いだけなので、誰も体系的にまとめていないらしい…。
まずは目の前に置かれた薪に火をつける。
薪を見つめながら、ひたすらに“火”をイメージする。
“火”は本来生き物から忌避され、恐れられるものだ。
だがその反面、人間にとっては暖かみや恵みをもたらしてきた。
それは時に激しく、時に美しく、時に優しく、燃え盛る神秘的な輝きである。
「ぐぅっ…!」
つい全身がこわばり、力が入る。自分の中に神威があることは感じるが、どうすれば上手く動かせるのかがわからない。水を手ですくっているかのように隙間から零れ落ちてしまう。
「お主の中にある神威の流れを掴み、イメージと繋ぐのじゃ!さすれば自ずと出来る!」
「わかってる…っ!」
強くイメージしろ。そして、顕現させるんだ。はじまりの灯を。
こうなったら加減なんて知ったことか!火柱でもなんでもいいから出てこい!
その直後、目の前の空中にふわっと火の粉が舞った。
そして次の瞬間、急速に膨れあがり、巨大な火柱が天高く燃え上がった。
「やった―――ぁあちぃぃいいい!」
「この馬鹿者がっ!」
すぐにノラが小さな炎にまで調整したが、目の前にあった薪は見事に黒コゲになってしまっていた。一歩間違えれば周りの森ごと燃やし尽くしてしまっていただろう。
だが、俺の中では恐ろしさ以上に高揚感が溢れ出ていた。
前世に未練はないけれど、何かを変えられる力があれば…と思ったことは幾度もあった。
今まさにその力を手にしたのだ。これで興奮しないなどということはありえないだろう。
力があるということは選択肢があるということと同義である。
現実を変える力、苦境を抜け出す力、理不尽を覆す力がこの手の中にあるのだ。
思わずぐっと拳を握り締める。
「最初はこんなものじゃろうな。次もすぐに済ませてしまうぞ」
「………ああ、そうだな」
そんな俺の様子を知ってか知らずか、ノラは淡々と進めていく。
次に行うのは“体を宙に浮かせること”。
こっちは火を起こす時よりも簡単だった。なにせ昔から空を飛ぶ妄想はしてきたから、簡単にイメージできたのだ。
集中すると周りの風の流れがせわしくなり、すぐに体が浮きはじめ、スーッと1mほどの高さまで上がっていった。
超能力的な浮き方ではなく、つむじ風に乗っているかのような心地良い感覚だ。
「うわっ…と、すげぇ!」
「お主はこちらの方が才能がありそうじゃな。わしはほとんど干渉しておらぬが、きれいに制御できておる。先刻わめいていた時とは大違いじゃな~」
「う、うるさいな…!」
ノラにいじられながらも、神威の力を確かに実感していた。
“神の力”と言われるだけのことはあり、まさに神通自在である。
いきなり神に転生しただのと言われてどうなることかと思ったが、こんな力が使えるなら儲けものだ。
しかし、そんな俺の様子を見て、ノラが少しバツの悪そうな顔をしながらこう告げてきた。
「やる気になっているところ申し訳ないのじゃが、この神威にはとある縛りがある。いや、お主にとっては縛りというよりも呪いといった方が正確じゃろうな…」
「呪い…?それは一体何なんだ?」
「この神威という力はあらゆる意味で神にとっての生命線となっておる。物を創ることにも、民を救うことにも、身を守ることにも、そして存在することそのものにも」
「それって、つまり――」
「そうじゃ、神威が尽きた時その神は死ぬ」
「………っ!」
“死”という言葉に思わずビクッとしてしまうが、考えてみれば当然だった。
なぜ神に転生する、なんてことが起こるのか。
その前にいた神は一体どうなったのか。
答えは、たとえ神であろうとも“死”という絶対的な概念から逃れることはできないのだ。
しかし、それは俺に限らず全ての神にとっても同じなはず。なら、ノラの言葉の意味することは―――
「……俺にとっては、それ以外の意味があるのか?」
「意味合いが違うということではない。ただ単に、他の神にとっては他愛無い縛りであっても、お主には呪いになり得るのじゃ」
わざとらしい回りくどい言い方に依然として疑問が残る。たとえ新しい神であっても、この地には昔から神がいたので“信仰”という点においては問題ないはずだ。
もしや、俺が転生するときに何かあったのか?それとも神威を使うことに特殊な事情でもあるのか…。
縛りが呪いへと昇華する、その核心とは何なのだろうか。
疑惑の目線を浴びせると、ノラは少し目線を泳がせてから再び口を開いた。
「この世界では、お主らの世界と違い、神と人々が互いに認識し合っておる。だからこそ、神と人々は密接な関係になることが多い。そして、先ほど神威は民からの信仰心によって生まれる。そう伝えたはずじゃ」
「ああ、その通りだ」
「じゃが、この神那に参拝に訪れた民は一年間誰もおらぬ」
「……………は?」
「つまり、お主を信仰している民はほとんどおらぬのじゃ」
「ちょ、ちょっと待ってくれ…!ここは神がいる場所なんだろ?なら、なんで誰も来ないなんてことになるんだよ!?」
あまりにも突拍子もないノラの言葉に思わず声を荒げてしまう。
誰も神を信仰していないということは、その神が近々消えてしまうことと同義。これは遠回しな余命宣告のようなものだ。
「実際にホムラを見てみれば分かることじゃ。飢饉や災害が長引き、誰も神にすがることもなければ期待もしておらぬ」
「そんなのは前の神がロクでもなかったからだろう…!?俺は何も悪いことはしてない!」
「お主が憤るのも分からぬわけではない。じゃが、事実として受け止めねばならぬこともあるのじゃ。ここでいくら嘆いても信仰が集まることはない」
まるで俺の反応を予期していたかのような淡々としたノラの語りにカーっと血がのぼる。
まさか最初から仕組まれていたのか?何のために?前世での行いを悔いろとでも?
様々な憶測や妄想が矢継ぎ早に頭の中を通りすぎていく。ダメだ、全く思考がまとまらない。
「クソっ…なんなんだよ一体…!」
「すぐに受け入れろとは言わぬし、納得しろとも言わぬ。じゃが、時間も差し迫ってきておる」
「時間…?何を言って――そうだ…!俺の余命はあとどれぐらいなんだ?!」
「……そのまま過ごしていたら、約1ヶ月じゃな」
1ヶ月?たったの1ヶ月だって?
あまりにも短すぎる時間に愕然とする。
前世で虚無な時間を過ごし、死んで転生して、いざ生きようと心に誓ったのにも拘らず、余命1ヶ月なんて…。そんな残酷なことがあるのかよ…。
思わず天を見上げ、乾いた笑いが口の端からこぼれる。
「ははっ…神に仕立て上げ、自由自在な神の力を使わせて、こんだけおだてあげてから余命宣告なんてよ…。残りの余命をのどかに過ごして来世に期待ってか?」
「わしはお主をおだててもいなければ、お主に死ねとも言うてはおらぬ」
「わかってる…っ!わかってるさ、そんなことは…っ!だけど、はいわかりましたって言えるわけないだろ!」
思わず怒鳴りつけるように吐き捨てる。
とにかく考えている暇なんてない。少しでも信仰を集めなければ死ぬのだから、人がいるところにでも行って手助けするしかないだろう。
そう思うよりも先に足が動いていた。
みっともないけれど、生きるためにやれることをやるしかない。
心で思っていても動かなければ何も変わらないことを、俺は前世でよく学んでいた。
「どこに行くつもりじゃ?」
不意に歩き出した俺に対してノラが声をかける。
神那の外へと歩き出していた足を止め、ノラの方を振り返る。
「……どこって、ホムラに行って人でもなんでも助けるしかないだろ」
そう言うと、ノラは悲哀と呆れが混ざり合ったような今にも泣きそうな表情になった。
「お主は……お主は何をそれほど死に急いでおるのじゃ?」
「………っ!お前な…っ!!」
思わずノラに掴みかかろうとするが、すんでのところで留める。
ノラを殴って痛めつけても残るのは虚無感だけだ。けれど、やり場のない感情はどんどん溢れ出てきてしまう。
掴みかかろうとした右手を強く握りしめ、怒りの感情を押し殺す。
「…生き急ぐの間違いじゃないのか?必死に生きてなにが悪い」
「だからそれが死に急いでおると言っておるのじゃ」
「お前こそさっきから好き勝手言っておいて――」
「ペラペラと煩いぞガキが!私は話を聞けと言ってるんだ!」
ノラの全身から神威の力が溢れ出る。
まるでノラの周りだけ密度が違う何かがあるように揺らめいている。そのあまりの威圧感に足がすくむ。圧倒的な神々しさと、存在そのものの格の違いを肌で感じる。
「よく聞けクソガキ!お前の状況が最悪で、必死になるのはわかる。ただな、必死に生きるのと自暴自棄になるのはまるで違う!お前のそれは自らの胸に剣を突き立てているのと変わらない、死にに行っているようなものだ。道に迷ったのならまず灯を見つけろ!走るのはそれからだ」
強く鋭い言葉がグサグサと突き刺さる。俺にはノラに返す言葉は見つからなかった。
だが、それでも納得などできるはずもなかった。
見知らぬ世界にきて、理不尽な状況を突きつけられ、それでも生きようともがいていることを否定されて受け止めきれるほど、大人でもなければ人間を捨ててもいなかった。
「取り乱して悪かったの…そもそもお主はどうやって信仰心を集めようと思っておるのじゃ?」
「そこに人がいるんだから、行って人助けでもすれば少しは集まるだろ」
ノラの問いに吐き捨てるように答える。
神威を抑えて落ち着いたノラに対して、俺の心は冷え切っていた。
それでもノラは淡々と言葉を紡いていく。
「そもそもわしらの姿は人には見えぬ。助けると言うても意思疎通ができなければ誰が助けたかなど分かりはせぬ」
「なら、どうしろって言うんだよ!?」
「じゃから、話を聞けと言うておるのじゃ。お主はこの世界のことを殆ど知らぬ。ならば知っておる者から聞くしかあるまい。違うか?」
ノラの言っていることは正論なのだろう。だが、同時に自分勝手な考えだとも思った。
俺にはこの世界のことも、ここに住む人々のことも、神の役割も全部どうでもよかった。
俺にとって大事なのは自分が生きるということなのだから。
「ああ、確かに何も知らないさ!けど、この世界の神々とやらは、俺を勝手に死にかけの神に転生させたクソ野郎だ!俺からすればお前もそんなクソ野郎どもと同じようなものだ!そんなもの信用できるわけないだろ!?」
一頻りまくし立て、返答を待たずに踵を返す。
ノラは何も言わず、止めることはなかった。背に受ける視線だけが寂しく感じられた。
ふと気付けば夜が明け始め、月が白く霞み、星の瞬きも小さくなってきていた。
時折後ろから吹く風は背中を押してくれているのか、あるいは押し出そうとしているのか、少し強く感じる。
普段は何ともないそれが無性に寂しく、そして惨めな気分にさせてくる。
それでも俺は振り返ることも、足を止めることもなかった。
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