俺たちは神様になれない ~転生したら辺境の神様だった~
柊つばさ
第1話 転生
「うぅ…ん…?」
不思議な気配を感じるとともに、長い混濁から目覚めた。
まばらなに差し込む光を頼りに周りを見回してみると、ここはどうやら建物の中のようだった。
だだっ広い和室のような部屋だが、木造の壁はボロボロの穴だらけになっており、襖と思しきものはガタつき斜めに開いたままになっている。あと、とにかく埃っぽい。というか―――
「転生とか何とか言われたはずなんだけど、そもそもどこだよここは…」
「やーっと目が覚めよったか」
つい呟いた独り言にかん高い少女の声が返ってくる。驚いてとっさに声がした方を見ると、半開きの襖からこちらを眺めている姿が目に入った。
“少女”というよりは“幼女”といった見た目をしている。汚れのない真っ白な装束を纏い、輝くように白く長い髪のすきまからは可愛らしい耳、そしてモフモフのたおやかな尻尾が見える。
この朽ち果てた空間でその立ち姿は異様という他なく、一目でこの世ならざる者とわかる神々しさが伝わってきた。
「ふわぁ…ぁ、全く待ちくたびれてしもうたわ。今回の転生者は前世でも寝ぼすけだったようじゃな。お主、名はカンナギ・ユズルじゃな?もう夜更けじゃ、さっさと起きて仕事をしてもらうぞ」
幼女はあくびをしながら、催促するように尻尾をぱたぱたと襖に打ち付けている。
「確かにそうだけど………仕事?」
「ここ最近は飢饉やら災害やらですっかり廃れてきてしもうたし、わしの素敵な寝床となるはずだった神殿もこの始末…。そろそろ何とかしてもらわんとなぁ…」
こちらが全く状況をわかっていないことなどお構いなしに、幼女は話を進めていく。
「そもそも
幼女はこちらなど気にせずに、がっくりとうなだれて独り言をぶつぶつ言っている。最初に感じた神々しさがまるでウソのような情けない姿に困惑する。
ついつい流れに呑まれそうになるが、このままだとどんどん訳がわからなくなってくるし、とにかくこっちから話を進めないと。
「あー、たしか俺は死んで転生してきたはずなんだけど…」
「ん?あぁ、そうじゃな。たしかにお主は前世で死んで、ここに転生してきておる」
幼女はやっとこっちに気付いて顔をあげる。
さっき名前も知っていたし、ひとまず関係者のようで安心した。とはいえ謎の幼女であることには変わりない。転生直後に騙されて死ぬ、なんて間抜けな真似はできれば避けたいところだ。
「そうだな…。なら、まず君は誰で、ここはどこなんだ?」
「藪から棒にいきなりなんじゃ…。まあよい、確かに伝えておらんかったからな。わしの名はノラという。この
割と丁寧に解説してもらっているようだが、よく分からない単語の羅列に戸惑う。そもそも現れたタイミングが良すぎるし、この幼女は信用できるのか…?
「……当てずっぽうなんだが、ここは俺のような転生者を召喚する儀式場で、君が案内役の使いみたいなものか?」
「ふむ…、まあ概ねその通りじゃな。ただ、
そう言って自慢げな顔で胸を張っているが、悲しいかな、無い胸を張っているため、威厳のかけらも感じられない。頑張っても“ノラちゃん”が限界だろう。
「あー…、こう言うのは失礼だとは思うんですが、そんな偉大なノラ様は本当に神様なんですか?」
「………どういう意味じゃ?」
「はっきりと申し上げると、あまり神様っぽくないなと…」
「……なんじゃと?お主もわしがチビで貧乳でアホで威厳がなくて貧乳で他の神から『同じ神とは思えない』と思われてる貧乳で可哀そうな神だと言うのか…?!」
いやいや、被害妄想が激しすぎでは!?なんかよく分からない力の波動みたいなのが伝わってくるし、俺の中の終末時計が0時の鐘を鳴らそうとしてるんだが…?!あと貧乳気にしすぎだろ!!
「ちょ、ちょっと待って下さい!俺は別に見た目を言ったわけではなくてですね、いや、見た目もそうなんですけど、そういう意味じゃなくて、神様って感じがしない親近感?ってやつですよ!!それに俺、ノラ様の見た目好みですから!!!」
とにかく場を収めようと身振り手振りも使って必死に言い訳がましい言葉を並べるが、我ながらまるで呂律が回っていない。
体中から嫌な汗が流れ、やけに心臓の鼓動が速くはっきりと時の鐘を告げてくる。
「お主…もしかして…」
ノラはそう言い俺の顔をじーっと見つめた後、少し顔を赤らめながら――
「もしかして、そっちの性癖があるのか…?すまんが、さすがのわしもそういう趣味を持つ輩の需要には応えられんのじゃ…」
この幼女絶対〇す!そう心に決めた。こっちが必死に気を遣っておだてたというのに、この仕打ちはあんまりだ!
そんな俺の様子を見て、ノラはこらえきれずにコロコロと笑い出した。
「くふふ、冗談じゃ、冗談。お主の反応が面白くてついやってしもうたわ。それに、わしが神かどうかなど一目見たらわかることじゃ。これぐらいの戯れは許してくれ。とはいえ、あまり暇を持て余すのも歓迎できんからの、さっさとゆくぞ」
「いや、冗談って、うわっ――」
そう言ってノラが手をひらりと振ると、途端に俺の体が宙に浮いた。
唐突な感覚に頭も体も追いつかず、焦って空中でバタバタとみっともないリアクションをしてしまう。
「お主は本当に面白いのぅ、もっと虐めたくなってしまうぞ」
クスクスと笑いながら部屋を出ていくノラ。
その少し後をフワフワと浮きながら連れられていくと、縁側のような廊下に出た。
外は夜で暗かったが、月と思しきものがくっきりと丸く明るく輝いていた。その神秘的な光に思わず目を奪われる。
建物の構造は廊下と外がつながっている作りで、目の前には広い石畳の広場と入口と思しき大きな門が見える。外周も石の壁に囲われており、さらにそれを覆うように樹が生い茂っている。
まさに森の中に佇む日本の神社や寺院を彷彿とさせるが、装飾や造りは全く異なっており、幾何学的な模様や落書きのようにも見える壁画が所々に描かれている。
異世界から来た身としては、知っているものと知らないものがごちゃ混ぜになっている何とも言えない違和感がある。例えるなら和室の中にキリストの像が飾られているような妙な気持ち悪さがありながらも、それらがただ組み合わせたのではなく綺麗に収まっていると本能的に感じてしまうのだ。
そして、それがよりいっそう自分が異世界に来たことを確信させてくる。
「俺、本当に死んだんだな…。そしてもう一度生まれ変わった」
前世では生にも死にも特に抵抗はなかった。たぶん、いや、きっと、心の底から諦めていたのだと思う。それは必死に生きたわけでもなければ、死に瀕する危うい状況に陥ったこともなかったからかもしれない。
そして適度に生きて、唐突に死を迎えた。だからこそ“転生”というものを簡単に受け入れられたのだろう。
「何を今さら言うておるんじゃ…。まあ、ある意味“生まれた”というのは事実じゃが、“変われる”かどうかはお主次第じゃがな」
「それぐらい分かってるさ。死にたくないって騒ぎ立てるぐらい必死に生きてやる」
そうだ、生きてやるんだ。今は心の底からそう思えた。
皮肉なことに、死んで初めて“ちゃんと生きる”ということが分かった。
前世では何もなかった。守るものもなければ、進む先も帰る場所も、生きる意味さえも。本当に路傍の石と同じで、居てもいなくても誰にも何も思われない、そんな存在だった。
生きているあいだにそんな諦めや妥協から抜け出すことができなかった俺はロクでもない輩なのだろうが、巡り巡った運命なのかもう一度生きることができる。
なら、他の誰もが羨むぐらい必死に生きてやりたいだろう?
「くふふ、それは楽しみじゃのう~」
そんな俺の胸中を知ってか知らずか、ノラは面白い見世物を見つけたかのように笑っている。相手は神様なのだから、こっちの前世も筒抜けなのだろう。そう考えると、卒業アルバムを覗かれたかのような、こそばゆい気恥ずかしさが一気に湧いてくる。
「ま、まあ、あんまり注目されても困るしなっ!うん!適度に見といてくれればいいから!」
「そうかの?もっと大胆に啖呵を切ってもよいのじゃぞ~?」
「う……そ、それで、どこまでこう宙に浮いたまま行かないといけないんだ?あと仕事がどうとか言ってたけど、転生してから何かやることがあるんじゃないのか?」
いじってくるノラに対して強引に話題を逸らし、元の話へ軌道修正をする。
「おっと、そうじゃったな。ここらでいいかの」
そう言うと同時に宙に浮いていた体がスーッと降りていき、足が静かに地面に着く。
周りを見回してみると、ちょうど
さっき目が覚めた建物の正面と入口の門から続く道がぶつかる場所で、建物に入るための石造りの階段がある。
俺はその階段の下に降ろされ、階段の上に立つノラを少し見上げるように互いに向き合った。
「とりあえずお主にはホムラの民たちの信仰心を集められるようにしてもらいたいのじゃ」
「それが仕事…?そういうのはノラみたいな神がやることじゃないのか?俺はただの人間だぞ」
そう言った途端ノラは訝しげにこちらを見てから、すぐに納得したかのように声をあげた。
「なるほど…!まだ何も聞いておらんかったのか」
「……どういうことだ?」
「そんなもの決まっておるじゃろう。お主にここの神様になってもらうんじゃ」
「………は?いや…、え?」
あまりにも荒唐無稽な言葉に頭が追い付いていかない。神って、あの“神”ですか?ゴッド?
言葉にならない嗚咽を漏らしつつ、疑問符を顔に貼りつけたまま目線だけが忙しなく動いてしまう。
「お主にはな、神になってもらうんじゃ」
こちらの様子を見てノラは念を押すように二度言うと、いたずらっぽくニコッと笑った。マジですか…。
ふと空を見上げると、満天の星空の中でひときわ輝く満月がこちらを満足げに照らしていた。その前世と同じような光景に少し苛立つも、人生とはこうあるものだと納得してしまう自分がいた。
そんなわけで、異世界の神様に転生しました。
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