1407.構文篇:言葉で説明しない

 今回は「説明ではなく表現する」についてです。

 感情にせよテーマにせよ、そのまま書けばよいわけではありません。

 いかに書かずに表現するか。

 それが筆力なのです。





言葉で説明しない


 テーマや感情の移ろいは物語の肝です。

 テーマや感情を知るために私たちは小説を読みます。

 もし知りたいことがそのまま文字で書かれてあったら。

 きっと読むのがつまらなくなってしまうでしょう。




冒頭でネタバレしない

 たとえば小説の最初の一文で「これは夢見ていた恋愛が叶わなかった男の物語である。」と書かれていたらどうでしょうか。

 もうこれ以上読む必要がありませんよね。冒頭に物語のすべてが書かれているのですから。

 皆様はここまで露骨な一文はなかなか書かないと思います。しかし書き出しをちょっとひねろうとして似たような文にしてしまいがちです。

 本来なら読み手が作品を最後まで読んで「これは夢見ていた恋愛が叶わなかった男の物語だったな」と納得するのが正しい。この結論に至るまで、物語の全貌を明らかにしてはならないのです。

 実際に読んでみて、最終的に「叶わぬ恋の物語」であるとわかるから満足感が得られます。読み終えたときに感想が湧き出てくる作品こそ名著なのです。

 けっして結論を先に述べてはなりません。どんな名作もネタバレしてなお読み手を惹きつけられるようには出来ていないのです。

 よくあるのが「私は恋に落ちてしまった。」で書き出すパターン。

 これも「この作品は恋愛小説ですよ」と宣言しているに等しい。

 あらかじめ手品のタネを知っていると、同じ手品で感動しなくなるのと同様です。

 もちろん「メタフィクション」で、最初から手品のタネを観客が知っている場合もあります。

 たとえばマギー司郎氏の「縦縞のハンカチが横縞になる」手品。テレビ演芸『笑点』で何回見ても笑えますよね。

 たとえばナポレオンズの「首が三百六十度ぐるぐる回る」手品。これも『笑点』で何度も観ている鉄板のネタです。

「縦縞のハンカチ」や「首が三百六十度」は、すでに観客の誰もが知っている予定調和であり、それがかえって笑いを誘ってしまう「メタフィクション」となっています。

 観客は「縦縞のハンカチ」や「首が回る装置」を見るだけで笑いがこみ上げてくるのです。

 出オチのネタなら、冒頭でバレても問題ありません。それが既知の笑いを誘います。

 しかし小説は毎度毎度のお決まりパターンではないのです。読み手のほとんどはあなたの作品を初めて読みます。つまり出オチのネタにはけっしてならないのです。

「いきなりネタバレ」をしてしまうと、笑いを誘おうとしても呆れられてしまいます。

 そもそも二、三時間かけて長編小説を読む必要がなくなるのです。

 絶対に冒頭でネタバレしてはなりません。




そのものズバリを書かない

 冒頭でなくても本文に「私はそんな彼を好きになった。」と書かれていたら、世紀の大恋愛であっても一瞬で興醒めです。

 ワクワクもハラハラもドキドキもしません。

 たとえ恋に落ちても、それを直接ズバリと書かないでください。

 恋に落ちたら肉体的、精神的にどんな変化が起こるのでしょうか。それをひとつずつ丁寧に書くのが小説の醍醐味です。

「胸が高鳴る」とか「頬を染める」とか「瞳孔が開く」とか「興奮する」とか。

 いかに「恋に落ちた」と書かないで読み手に伝えられるのか。書き手の腕の見せどころです。

 では残念な気持ちを言葉で表すとどうなるか。

「思わず天を仰ぐ」とか「溜め息をつく」とか「首を横に振る」とか「肩を落とす」とか。

 他にもいろいろ思いつくはずです。

 書籍で「感情表現事典」があれば、参考になります。

 しかしすべて事典から丸写しでは、筆力が高まりません。

 あなた自身に知識があるかどうか。事典の情報を活かすのも、あなた独自の表現を思いつくのも。すべては書き手の才能やセンス次第です。

 そんな才能やセンスを放り出して「私は思わず落胆した。」と書くから読み手は物語がいくら盛り上がってきても読みさします。

 感情はそのものズバリを書いてはならない。その感情のときにどんな動作を起こしたり、どんな状態になったり、どんな心持ちになったりするのか。

 それを書くのが小説であり、ひとりとして同じ表現にならない小説の醍醐味でもあるのです。

「文豪」の太宰治氏は『走れメロス』の冒頭で「メロスは激怒した。必ず、かの邪智暴虐の王を除かなければならぬと決意した。」と書いたではないか。そう言いたいのかもしれませんね。

 あれは誰も感情の書き方を知らなかった時代だから許されたのです。今は「感情はそのものズバリを書いてはならない」と文壇に共通の認識があります。だから現代の小説では感情をそのまま書いた作品は存在しないのです。

 現代でもし太宰治氏が『走れメロス』を書いたら、「小説賞・新人賞」は物語の奇抜さは評価されて一次選考は通過するかもしれませんが、最終候補には残りません。

 もう「激怒した」とか「除かなければならぬと決意した」とか、感情や考えを断定してそのものズバリを書いていたら、説明くさくて読むのがつらくなります。読んでいて面白くないのです。

 仮に「メロスは激怒した。」のだとして、それはどんな動作を引き起こすのか、どんな状態となるのか、どんな心の変化が起こるのか。プロの書き手は、感情の周辺を丹念に書いて、けっして記さない「激怒した」を表現するのです。

 これができなければ小節書きはあきらめたほうがよいでしょう。なんでも「喜んだ」「悲しみに暮れた」と書いていたら、表現力がないと自ら文章で訴えているようなものです。

 たとえば「満面の笑みを浮かべた」という動作には、どんな感情が含まれているのか。考えてみたことはありますか。

 たいていの方は「とても嬉しかったんだろう」と思いますよね。しかし「涙を流し少し震えながら満面の笑みを浮かべた」と書いたら「内心はとても悲しいんだけど、最後の強がりをしているのだろう」と解釈するはずです。

 この差がわかりますか。これが「感情はそのものズバリを書いてはならない」を実践した表現なのです。

 あなたは「感情をそのものズバリ書いて」いませんか。

 そんな表現ではいつまで経っても一次選考は通りませんよ。

 あなたが「名著」だと思う作品を、「感情の表現に焦点を絞って」繰り返し読んでください。「名著」はいかにして「感情を表現」しているのかを知るのです。そうすれば、今まで書いていた「感情の表現」がいかに間違っていたか、思い知るでしょう。




テーマも直接書かない

 直接書いてはいけないものに「テーマ」もあります。

 国語の読解力テストでは「この作品のテーマを述べよ」と設問があり、文中から「テーマ」の言葉を見つけて答えるのが定番です。

 しかしこれ、今の時代では通用しません。この手のテストは「文豪」の作品から多く出題されます。だから文中に「テーマ」がそのまま書かれているのです。

 現代の名著では、文中にそのまま「テーマ」は書かれていません。それでいて「この作品のテーマを述べよ」と設問があったら。多くの解答者は正解にたどり着けないはずです。なぜなら現代の名著には「テーマ」が書かれていないので、作品を丸々一本読まないかぎり訴えたい「テーマ」に気づけないように出来ています。

 こう書くと「テーマは文中に書いたほうが親切なのではないか」と思うはずです。しかし私たちはテストの解答者のために小説を書いているのでしょうか。違いますよね。私たちは純粋に「この作品を読んでいる方のため」に小説を書いているはずです。

 すべての文章を読んで初めて「こういうテーマを訴えたかったのか」と気づくほど的確な表現はありません。

 たとえ「世紀の大恋愛」であっても「不倫は絶対にしてはいけない」よねと気づくように構成して表現するのです。

 もし作中で本命との絆が揺らいでいるような場面で本命から「不倫は絶対にしてはいけないよね」と言わせてしまったら。それ以上読むのが嫌になります。だって「テーマ」がすでに書かれているのです。先を読んでも「テーマ」に沿って物語が進むだけで、大どんでん返しでも起こらないかぎり結末も変わりません。

「不倫は絶対にしてはいけない」という「テーマ」なら、本命の相手に不倫がバレて別れを告げられ、不倫相手にも「不倫だったからよかったのよ」とこちらも去られてしまう。

 不倫した結果、本命も不倫相手も失ってしまう。

 だから「不倫は絶対にしてはいけない」と読み手に「テーマ」が伝わるのです。

 こういう見せ方ができるかどうか。あなたの文才とセンスが問われます。





最後に

 今回は「言葉で説明しない」について述べました。

 感情やテーマは、ありきたりな言葉で説明しないでください。

 どういう動作や状態や心持ちになったかを書いて「感情」を表現しましょう。

 どんな展開が待ち受けているかで「テーマ」を表現するのです。

 現代の小説で「メロスは激怒した。必ず、かの邪智暴虐の王を除かなければならぬと決意した。」と書いたら即ボツになります。

「感情」や「テーマ」の表現には、文才とセンスが映し出されるのです。

 それを知ったうえで、現代の名著を分析しながら読んでみてください。どんな表現をしているのかがわかれば、身につけられる類いのものですよ。



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