1383.構文篇:表記:ひらがなの独特な書き方

 今回は「ひらがな」についてです。

「かな」ネタが数回続くので、一度「ひらがな」をおさらいしてみました。

 これで初歩的な間違いを犯す人が減るかな。





表記:ひらがなの独特な書き方


 ひらがなには元々「音を当てる」表音の意味合いがありました。

『古事記』は、中国語を書くための漢字で大和言葉の表記に挑戦したケースです。そんな無理筋な使い方ですが、当時独自の文字を持っていなかった大和言葉は、東アジアの共通文字である漢字を使う以外手立てがありませんでした。

 それが『万葉集』を見ると「万葉仮名」つまり「ひらがな」で音を当てるようになっているのです。

 しかし現代日本語では、「ひらがな」でも表音でない使い方が生まれてきたのです。

 大きく分けて「長音」と「助詞」で見られます。




長音

 たとえば「長距離」の「長」は音を当てれば「チョー」になるのですが、ひらがなでは「ちょう」と書きますよね。

「携帯電話」の「携」は音を当てれば「ケー」になるのですが、こちらもひらがなでは「けい」と書くのです。

 もうひとつ。「大きな古時計」の「大きな」も音を当てれば「オーキナ」になるのですが、ひらがなでは「おおきな」と書きます。

 不思議ですよね。

 さらに不思議なことに同じ長音の当て字「オー」には「おお」と「おう」のふた通りの書き方があります。たとえば「大広場」「多く」と「王様」「往来」ですね。

 なぜ長音のひらがな表記はこのように独特なのでしょうか。

 これは元々大和言葉には「長音」という概念がなかったからです。『古事記』の時代から音に漢字を当てていた際にも、発音に長音が含まれる漢字が使われていました。

 そのため、ひらがなで長音を表記する際、長音「ー」を用いず、他のひらがなを借字して表記していたのです。

 それがよくわかるのが「蝶々」でおなじみの「てふてふ」です。「てふ」と書いて「チョー」と読ませるのですから、ひらがなの表音性は昔からあまり高くなかったと考えられます。

 ちなみに長音が「う」であったり「い」であったり「お」であったりするのには、法則があります。

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長音が「い」:「え段」の長音は「い」になる。

「映画」「競馬」「制服」「堤防」「安寧」「弊害」「明解」「冷凍」「芸当」「贅肉」「泥炭」「米穀」「密閉」など

長音が「お」:大和言葉の「お段」の長音は「お」になる。

「多い」「大きい」「凍る」「遠い」「通す」「通る」など

※「放る」は漢語「放」+和語活用「る」の組み合わせによる造語であるため「ほうる」と表記します。

長音が「う」:漢語の「お段」の長音は「う」になる。

「王様」「交差」「相談」「東京」「能率」「放置」「猛省」「要請」「老体」「豪雪」「草履」「同時」「暴力」「発泡」など

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助詞

 日本語の助詞にはひらがなの表音とは異なるものが三つあります。

 助詞「は」は「わ」と発音します。「長崎は今日も雨だった」は「ナガサキワキョーモアメダッタ」と発音するのです。

 助詞「を」は「お」と発音します。「坂を下って」は「サカオクダッテ」と発音するのです。

 助詞「へ」は「え」と発音します。「東京へ向かった」は「トーキョーエムカッタ」と発音するのです。

 この三つの助詞だけでも、「ひらがな」の表音性は見つかりません。

「ひらがな」は日本語の音を当てる「表音」から始まっています。しかし日本語で最も重要な「助詞」を表記する際、音をそのまま当てていないのです。

 これは昔の手紙に少しヒントがあるように思えます。

 たとえば「吉永さん江」と書いて「よしながさんへ」の当て字としているのです。

 つまり「へ」に対して「え」の漢字を当てているから、「へ」を「え」と読むようになったと考えられます。

 あまり使用例はないのですが、「東京を経由」を「東京於経由」と当てるので「を」は「お」読みするのでしょう。




大和言葉を表現する

「大和言葉」は「和歌」を書くために作り出されたものです。

「和歌」で「この部分は音で読む」といちいち注釈を入れるのも野暮ったい。

 そのため「和歌」を収めた『万葉集』に「万葉仮名」つまり「ひらがな」が書いてあればそこが「和語」だと読み手に伝わります。

『古事記』で最大の悩みだったのが「大和言葉」をいかに表記するかだったのです。

 そのとき編纂者はおおいに悩んだと思います。

 そうしてひねり出したのが「漢字の音を当てる」つまり「当て字」でした。「夜露死苦」も「当て字」ですから『古事記』の時代を地で行っています。暴走族は意外と温故知新だったでしょうか。

 ですが「字義」を採用している漢字と「当て字」を採用している漢字に特段の違いはありません。区別がつかなかったのです。だから注釈をつけて「ここからここまでは音で読むように」と記さなければならなかった。

「大和言葉」は「漢字」の「字義」「当て字」のどちらを採用しているのかわからない時代が長く続いていたのです。その答えとして残った最古の書物が歌集『万葉集』。しかし「ひらがな」の発明は『万葉集』以前にあったはずです。そうでなければ『万葉集』にあれだけ「ひらがな」を多用した「和歌」は掲載できなかったでしょう。

 以前にお話したと思いますが、実は「ひらがな」と「カタカナ」の成立はほぼ同時期です。「ひらがな」は貴族が「当て字」を回避するために用い、「カタカナ」は僧侶が経典を読みやすくわかりやすくするよう漢文の脇に添えて用いました。今でも古文の時間に「レ点」は習いますよね。これは「後の漢字を先に読む」ものですが、漢字にこの字はありません。当初はただの記号だったのです。しかし「カタカナ」を作る際「レ点」から「レ」は「れ」と読むようになりました。ここにも僧侶が「カタカナ」を作った痕跡が残っているのです。





最後に

 今回は「表記:ひらがなの独特な書き方」について述べました。

「ひらがな」は本来「音を当てる」漢字を崩して生み出した「日本固有の文字」です。

 しかし時代が進むにつれ、「音を当てる」はずだった「ひらがな」が別の音を当てるために用いられるようになったのです。

 そして現在では、純粋に「音を当てる」文字は「カタカナ」が担っています。

 外来語やオノマトペが「カタカナ」書き推奨なのも、「カタカナ」の持つ「表音」性にあるのです。

「ひらがな」で書いてしまうと「和語」になってしまうので、それを回避するためあえて「カタカナ」で書くから読み手もすぐ判別できます。

 現代日本語の「ひらがな」は「当て字」「表音」ではなく「和語」であると示しているのです。



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