1357.物語篇:物語101.約束を破る

 今回は「約束」「禁忌」についてです。

 なぜその行為をしたら駄目なのか。

 そこに思い至れなければ悲劇が待ち受けているだけです。





物語101.約束を破る


 社会が生まれると、そこに「約束」とくに犯してはならない「罪」が制定されます。

「制約」や「禁忌ろと呼ばれるそれらの「罪」を犯してしまうと、物語は破滅的な展開を迎えるのです。




禁忌を犯す

 前回ご紹介したギリシャ神話のオルフェウスにしろ日本のイザナギにしろ、妻を蘇らせようと自ら冥界へ赴いて交渉しています。オルフェウスもイザナギもともに「蘇生させたければなにがあっても振り向いてはならない」という「制約」を課せられるのです。

 そんなことで妻が蘇るならたやすい。オルフェウスもイザナギもそう思います。しかしつないだ手の感触が変わり、おどろおどろしい物音や声が聞こえ、自分が今手をつないでいるのが本当に妻なのか、疑念が湧くのです。不安が募ってきて頂点に達したとき、オルフェウスもイザナギも振り返ってしまうのです。そこで手をつないでいたのが確かに妻であると安堵します。しかし、冥界の王はその「制約破り」を見逃しません。妻は永遠に蘇生できなくなってしまいます。

 このように、多くの物語は「制約」を破る、「禁忌」を犯すと取り返しがつかなくなると示しているのです。これは読み手への「警句」「教訓」となります。

 なにが起きても信じ抜く。その強い意志がなければ願いは叶わないのです。

 だから一度交わした「約束」は、けっして疑ったりたがったりしてはなりません。

 疑い違ってはならない。これほど直接的なメッセージが、「死と蘇生」の物語を大枠として如実に表れています。




禁忌を破った兄弟の物語

 前回あとがきで書きましたが、マンガの荒川弘氏「鋼の錬金術師」では、主人公エドワード・エルリックと弟アルフォンス・エルリックが、亡くなった母を取り戻すために錬金術では「禁忌」とされている人体錬成を行ないます。結果として人体錬成には失敗しましたが、その代償はあまりにも大きかった。

 エドは右腕と左足を失い、アルは全身を失いました。アルが全身を失っていくところでエドが全身鎧にアルの魂を定着させて、アルの意識だけは現世にとどまったのです。

 そうしてエルリック兄弟は、自らの体を取り戻すべく「賢者の石」を探す旅へと出立します。わけあってリゼンブールを訪れていたロイ・マスタングは兄弟に軍へ入るよう促すのです。軍属となれば「賢者の石」の情報を集められるだろうという論理で勧誘しました。

 そこでエドだけが軍への入隊試験を受けて合格し、金属鎧のアルを従えて「賢者の石」を探す旅が始まります。

 犯した「罪」を贖うための旅路はこうして始まるのです。

 このように「制約」「禁忌」は犯せば高い代償を要求されます。




約束を守るべく奔走する

 先日亡くなられたマンガ家のまつもと泉氏。代表作『きまぐれオレンジ☆ロード』の主人公・春日恭介は、ヒロインの鮎川まどかとその後輩の檜山ひかるとで交わした「約束」を守るべく超能力を駆使します。まさにSFドタバタラブコメディーの王道です。

 恭介は一度交わした「約束」は違えてはならないと自覚しています。だからこそ、先にまどかと「約束」しながら、ひかるに無理やり「約束」させられても、双方の「約束」をできるかぎり守ろうとテレポーテーションを駆使して奔走するのです。あまりに能力を使いすぎて倒れてしまうときもありました。

 恭介がここまで苦労するのも、まどかがひかるをたいせつな妹のように思っており、恭介にもひかるをたいせつにしてほしい気持ちがあるからです。

 だから恭介はまどかひと筋でいきたくても、まどかがひかるをたいせつにしている以上、ひかるをぞんざいに扱うわけにもいきません。

 ときには気軽に約束をダブルブッキングしてしまい、ギリギリのドタバタ劇が演じられるのです。

 今読むとかなり絵が簡素です。そこでできるならアニメを試しにでもよいので観てください。アニメのキャラデザインは『魔法の天使クリィミーマミ』や高橋留美子氏『めぞん一刻』、ゆうきまさみ氏『機動警察パトレイバー』などを担当した高田明美氏です。1990年前後のアニメでスタンダードだった絵柄なので、とっつきやすいと思います。また恭介は古谷徹氏、まどかは鶴ひろみ氏、ひかるは原えりこ氏が務めており、声優陣も豪華です。恭介の父は富山敬氏、双子の妹は富沢美智恵氏と本多知恵子氏で脇役すら隙がありません。

 物語の締め方は原作マンガとは異なりますが、それなりの着地はしています。

 一時代を築いたアニメなので、ぜひ一度ご視聴くださいませ。

 動画配信サイトやレンタルDVDなら全話観られるところもあるはずです。




約束を反故にして破滅する

 主人公は基本的に「約束」は守ります。しかしあえて反故にする場合もあるのです。

「約束」が物語の根幹を担っていると、反故にしたとき待っているのは破滅だけ。

「勇者」が「魔王」を倒すと約束したのに、「魔王」と手を組んだら間違いなく国王から追っ手が差し向けられるでしょう。

「約束」を反故にすると、「約束」した相手から恨まれ憎まれます。

「約束」とは社会人として果たさなければならない重責なのです。それをたやすく反故にしても得られるものなどありません。せいぜい個人の利益が守られるくらいなものです。

 基本的に「約束を反故にする」それ自体が「罪」であり、主人公の立場を危うくします。

 授けられた任務をまっとうできない人物を、いつまでも生かしておく組織などどこにもないのです。必ずや刺客を放たれて身辺を危うくします。

「約束」した相手から主人公自身が狙われるだけならまだしも、家族や付き合っている相手なども危険にさらされるのです。

「約束」を守らなかっただけで、危険に遭う人物は増えていきます。

 結果、待っているのは主人公の、また親しい人の破滅です。

 それは主人公の「罪」ではないでしょうか。

「罪」は贖わなければ必ずその身を破滅させます。





最後に

 今回は「約束を破る」について述べました。

 人が社会で平穏に暮らしていきたいなら、一度交わした「約束」を違えてはなりません。

「約束」を破ると、その「罪」は主人公の、また親しい人の破滅を招きます。

 最近は「約束」を軽んじる風潮が見られるのです。しかし「約束」ひとつで身を破滅させる人も多い。

「約束」の重要さを、ゆめゆめお忘れなきように。



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