1162.技術篇:主人公の容姿を書く

 今回は「一人称視点で主人公の容姿を書く」ことについてです。

 以前「オッス、オラ悟空!」はダメだと書きました。主人公の容姿も同じです。

 日頃から主人公が自分の容姿を意識しているものでしょうか。

 それってかなりの「ナルシシスト」な印象を与えませんか。





主人公の容姿を書く


 三人称視点の場合、「主人公の容姿」はいくらでも書けます。

「鳶丸は緑色の瞳を周囲へ配らせた。一定の間合いをとる四人の刺客が彼を取り囲む。血色の良い唇をかるく開き、健康的な白い歯を見せながら、ゆっくりと呼吸する。やや小太りなお腹が息に合わせて膨らんではしぼんでいく。身長は一八〇センチメートルと高いほうで、体重も八〇キログラムある。」

 このように三人称視点は語りたい放題です。実際、データはすべて書けます。

 では、一人称視点で「主人公の容姿」はどう書くべきでしょうか。




特段の理由がないかぎり書くな

 一人称視点において「主人公の容姿」は、原則として「書かない」選択をするべきです。

 オッドアイだったり鼻が高かったり赤毛だったり低身長だったり。

 とくに主人公は個性的な特徴を設定しがちです。

 ではこれを読み手へどうやって伝えればよいのか。

 三人称視点なら上記のようにいくらでも説明できます。

 しかし主人公の一人称視点であれば、主人公の思考がそのまま地の文になるのです。地の文で説明してしまうと以前お話しした「名前の書き方」の「オッス、オラ悟空!」のような不自然な文章になってしまいます。


 たとえば「私の左手にはいくつもの絆創膏が貼ってある。包丁でよく切ってしまうのだ。不器用ながらも家族の食事は毎食作らなければならない。」と書いたとします。

 まず考えるのは「なぜ左手をわざわざ書かないといけないのか」です。

「料理が得意ではない」と読み手に伝えたいからでしょうか。

 ですがあなたがこの人だとして、改めて「自分の左手」について語るでしょうか。そして「料理が得意でない」と考えるでしょうか。

 おそらく語らないし、考えない。

 それなのに小説では、なぜか主人公は語るし考えるのです。


 主人公がオッドアイだとして、どうやって書けばよいのか。正解がわかりますか。

「俺のオッドアイで睨まれたヤツは、皆すくんで動けなくなる。」

 なんて書き方は「オッス、オラ悟空!」となんら変わりがありません。

 自分にとっての当たり前(瞳がオッドアイ)を、なぜ主人公が語るのか。必然性が皆無です。

 ではこんな場合はどうでしょうか。

「歩行者用信号が赤なのに、小学生くらいの子どもが渡り始めてしまった。そこへダンプカーが突っ込んでくる。俺は駆け出して子どもをつかんで大型車から逃れた。子どもは俺を見て怯えているようだ。車に轢かれそうになったからなのか。それとも俺の瞳がオッドアイだからなのか。」

 この場合、オッドアイと書く必然性がありますよね。「子どもが怯えている」のはダンプカーに轢かれそうになったからなのか、主人公の瞳が左右異なる色だからなのか。

 他人の反応を見て、自身の容姿を気にするのならじゅうぶん「あり」です。

 なぜ他人が主人公を見てそう反応するのか。その理由が主人公自身にあるのかもしれない。すると主人公は考えるのです。「自分のどこが相手にそう反応させているのか」について。

 しかしそういうシーンだらけになると、主人公の特徴を書くためだけのシーンが山のように増えてしまいます。

 だから「主人公の容姿」を自分で語るのは無理があるのです。

 それならいっそ「書かない」ほうがよい。

 どんなに特徴的な要素を盛り込んだキャラだとしても、主人公が自ら語ってはなりません。

 相手の反応を見せて、主人公に改めて気づかせるのです。




鏡を見る

 人間、鏡を見ると自分を改めて見つめ直します。

 しかし主人公の容姿を説明するために、都度鏡を眺めるのも不自然です。

 そんなに何回も鏡を見ていると「この主人公はナルシシストか」と疑われかねません。

 筋骨隆々でお風呂前に鏡の前でポーズを決める。大胸筋が張っているとか、上腕二頭筋が発達しているとか。そんな説明をしていると、ナルシシスト以外のなにものでもありません。自身の肉体に愛情を注いでいるボディービルダーならいざしらず。一般人はそんなに自身の容姿を気にしないのです。いつ鏡を見ても同じ顔、同じ体が映るだけ。それなら鏡に執着する必要はありません。

 いつも鏡だから駄目なんだ。ガラス窓や氷の反射、写真や動画として描写すれば一辺倒にはならない。

 そう思いたいのかもしれませんが、それらは鏡を見ているのとなんら変わりないのです。

「自分の容姿」を自分で見て寸評する。瞳が青いだの大理石のような肌だの。そんな感想を覚えるものでしょうか。

 人は自分の容姿とともに生きています。改めて容姿をまじまじと見るような、一種特別な状況でなければなりません。

 それでもやはり「自分の容姿」を自分で評するのは「ナルシシスト」と言われても仕方がないと思います。




他人に言わせる

 自分で言うから「ナルシシスト」に見えるんだ。

 たとえば「あなたの赤い髪、氷のような冷たく青い瞳。それを際立てる雪のように白い肌。すべてが麗しい」などと男性が言い寄ってくる場面シーンを作ったらいいじゃないか。

 確かに読み手は「主人公は赤髪で青い瞳の白い肌をしているんだ」とわかります。

 しかしこれってかなり「わざとらしい」ですよね。

「主人公が語れないのなら、他人に言わせればいいんだ」の落とし穴がまさにこれ。

 とにかく「わざとらしい」。主人公の設定を語るキャラを出してなんになりますか。

 たったそれだけの人物を登場させるほど、小説に余分なスペースはありません。

 仮に長年の友人だとして「あなたの氷のような冷たく青い瞳に吸い込まれそう」なんて言いますか。長年の友人なら、そんな特徴も見飽きているはずです。それを「あえて」言いますか。

 他人に言わせようとするなら、どうしても初対面でなければならないのです。

 付き合いがあるのに「あえて」口にするのは罵倒するときか褒めるときくらい。日常の場面ではほとんど口にしません。

 あなたの目の前で、あなたの特徴を誰かに伝えるのもおかしな話です。




比較する

 主人公が「自分の容姿」を語ってもそれほど違和感を与えない手法も存在します。

 他人との比較です。

 たとえば「彼女はかるくウェーブがかかった明るいブロンドヘアを風になびかせている。私は短い赤髪だからちょっとジェラシーを感じてしまう。」のように他人と比較するときに「自分の容姿」を添えます。

 この手法は主人公が劣等感コンプレックスを抱いているほど使いやすい。

 ですが弱点もあります。とにかく「まどろっこしい」のです。

「主人公の容姿」を書きたいがために、比較対象を出してはひとつずつ取り上げていく。一回書くだけでよいわけですが、特徴をてんこ盛りした主人公なら書かなければならないつまり比較する特徴が山ほど出てきます。

 すると主人公が劣等感コンプレックスの塊になってしまうのです。

 そんな主人公に感情移入がしやすいでしょうか。かなり難しいと思いますよね。

 実際こんな主人公にしてしまうと、読み手がなかなか入り込めなくて困るのです。




特徴はひとつかふたつでじゅうぶん

 上記の理由から「主人公の容姿」にこだわりすぎると、かえって悪影響が大きくなるとおわかりになったでしょう。

「主人公の容姿」は平凡でかまわない。特記することがなくてもよいのです。

 あえて特徴を設定しなければ、読み手は主人公を受け入れやすくなります。

 どうしても特徴が欲しいのなら、ひとつかふたつでじゅうぶんです。

「長身」「筋骨隆々」「赤毛」「切れ長の目」なら、「長身の赤毛」「長身で筋骨隆々」「長身で切れ長な目」「筋骨隆々な赤毛」「筋骨隆々で切れ長な目」「赤毛で切れ長な目」の六パターンのいずれかに絞りましょう。

 主人公だからと欲張ると「主人公の容姿」を書くときに苦労するだけです。しかも特徴が多くなるほど読み手が感情移入しづらくなります。

 ひとつかふたつに絞ることで「憶えやすくなる」効果もあるのです。田中芳樹氏『銀河英雄伝説』のジークフリード・キルヒアイスは「赤毛のノッポさん」で表されます。ユリアン・ミンツは「亜麻色の髪の美少年」です。名前だけでも四百人弱の人物が登場しますから、特徴でかぶることを極力排した結果、ふたつの特徴で表すようになったと思われます。まぁ主人公のラインハルト・フォン・ローエングラムは「まばゆいばかりの金髪に蒼氷色の瞳で白磁のような肌」と三つ付いているんですけどね。それでも三つだけ。

 三人称視点の群像劇である『銀河英雄伝説』でも最大三つ。一人称視点の作品で主人公に四つも五つも特徴をつけると、間違いなくすべて説明できなくなります。





最後に

 今回は「主人公の容姿を書く」について述べました。

 以前「名前の書き方」を投稿したところ、「主人公の容姿はどう書けばよいの?」とご質問をいただきました。

 回答は私の引き出しから並べてみて、結論として「特徴はたくさんつけないほうがよいでしょう」となったのです。

 実際問題、一人称視点で「主人公の容姿」を書くのは殊のほか難しい。

 自分の容姿を改めて認識する機会なんてほとんどありません。

 よくて髪型をセットするために鏡を見るくらいでしょうか。

 それでも特徴はひとつかふたつでじゅうぶんだと思います。

 特徴が少ないほど、読み手は主人公に入り込めるからです。没入感を高めたいなら、あえて特徴を減らしていきましょう。



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