1092.鍛錬篇:ぼくのかんがえたさいきょうの小説3

 今回も「ぼくのかんがえたさいきょうの小説」についてです。

「特異性」がいかに強いのかについて考察しています。

 あなたの主人公は、作中の誰よりも「特異」ですか。





ぼくのかんがえたさいきょうの小説3


 前回言及した「主人公の特異性」について深堀りしていきます。

 なぜ「特異な主人公」は多くの読み手を魅了するのでしょうか。

 その謎を解き明かせば、あなたの作品は今以上に輝けます。




特異な主人公

 前回、緑谷出久とシャーロック・ホームズを例として「特異な主人公」について述べました。

 もう少し「特異な主人公」を掘り下げたいと思います。


 小説で看板となるのが主人公です。

 そもそも世にある大半の小説は「主人公の一人称視点」で書かれています。

 視点がブレないので読んでいて安定しており、高く評価される傾向にあるのです。

 初心者が小説を書くと、たいていは「三人称視点」の中でも最悪を極めた「神の視点」を用いてしまいます。いつでも誰の心の中もノゾキ放題。主人公の勇者が王都にいることを書いた次の行に「対になる存在」の魔王がいる帝都のことを書いてしまうのです。

 これだと誰が主人公なのかはっきりしません。

 魔王が主人公にも読めてしまうのです。実際ライトノベルでは魔王が主人公の作品がたくさんありますよね。そのような作品は、本来勇者が主人公だったのかもしれません。しかし魔王の側から書いたほうが面白くなるんじゃないかと出版社レーベルの担当編集さんが思って書き手に改稿させたとも考えられます。

 ただの勇者よりも世界征服を企む魔王のほうが「特異」ですよね。

 小説を書くとき、物語に登場する人物の中で誰を主人公にしたほうが「特異性」が高まるか。そういう観点を持つと、多くの書き手よりも抜きん出た作品に仕上がります。


「特異な主人公」は、他人とは明確に異なる「なにか」を持っているものです。

 その「なにか」が読み手の予測を超えるほど、物語は面白くなります。

 緑谷出久なら「自らの体すら破壊してしまうほどの超パワー」ですし、シャーロック・ホームズなら「誰もが及びもつかぬほどの洞察力と推理力」です。


 ホームズは「推理小説」というものがエドガー・アラン・ポー氏『モルグ街の殺人』によって世に現れてからほどなくして、長編二作の主人公として生み出されました。しかしこの二作は人気が出ませんでした。しかし月刊小説誌『ストランド・マガジン』に依頼されて発表した短編連作が空前の大ヒットとなったのです。サー・アーサー・コナン・ドイル氏は「誰もが及びもつかぬほどの洞察力」を持ったホームズを描いたのです。その洞察力から発する「稀有な推理力」により、数々の難事件を解決していきました。雑誌連載はまさにサー・アーサー・コナン・ドイル氏と雑誌読者との「真相」の探り合いで盛り上がったのです。おかげで掲載誌は大幅に販売部数を伸ばし、『シャーロック・ホームズの冒険』が連載された間、掲載誌は活況を呈しました。そしてホームズが消息不明となって連載が終わります。すると掲載誌の販売部数も落ちてしまったのです。そのため『ストランド・マガジン』はドイル氏に『シャーロック・ホームズの冒険』の続きを書くよう依頼しました。これにより連載が続くこととなったのです。

 ホームズの「特異性」が大勢の読み手や出版社をも魅了してしまいました。

 以来サー・アーサー・コナン・ドイル氏といえば『シャーロック・ホームズ』と呼ばれるほどの人気を確保したのです。

「特異な主人公」が持つ魔力の一端といえます。




主人公が特異なほどすぐれた作品に

 出版社レーベルが「小説賞・新人賞」を選ぶ際、最も関心を持つのも「主人公の特異性」です。「主人公の特異性」が高いほど「伸びしろがある」と見なされます。

「特異性」を言い換えれば「なにが起こるかわからない」です。

 よく「先を読ませない展開」として評価されるのも「主人公の特異性」の高さによります。

 マンガの鳥山明氏『DRAGON BALL』は、主人公ブルマが「七つ集めればなんでも願いが叶う」というドラゴンボールを探していました。ブルマは天才科学者で、ドラゴンボールを探し出すドラゴンレーダーを自ら発明しています。この設定自体が「特異性」を示しています。そもそも少年マンガ誌で少女が主人公というだけでも「特異」なのです。しかし鳥山明氏は前作『Dr.スランプ』でも主人公は女の子ロボットの則巻アラレでしたから、予想外ではありません。では『DRAGON BALL』が『Dr.スランプ』よりも爆発的にヒットした理由はなんでしょうか。

 ブルマの用心棒となった孫悟空の存在です。

 孫悟空は「ちっこいのに腕っぷしが強い」キャラとして登場し、その腕を買われてブルマとドラゴンボール探しの旅をともにします。途中何度か負けますが、その都度修行して最終的に敵を倒していくのです。これだけでもけっこうな「特異性」だと思います。ですが最も「特異」なのは「満月を見ると大猿になる」という設定です。

 この設定だけで「孫悟空はただの人間じゃない」と読み手に理解されました。

 すると「孫悟空の特異性」が「ブルマの特異性」を上回ったのです。

 ここで鳥山明氏にはふたつの選択肢が示されます。「主人公はブルマのまま」か「主人公を孫悟空に変える」かです。

 この答えとして鳥山明氏は亀仙人(武天老師)に月を破壊させました。(順番は前後しますが)。

 これでもう「孫悟空の特異性」である「満月を見ると大猿になる」が発現しなくなります。つまり「ブルマの特異性」で勝負したいと思ったのです。

 しかし世の男子は「負けても修行して出直し、最終的に強敵を倒していく」孫悟空の魅力に気づいてしまいました。つまり読み手は「主人公を孫悟空に変える」ほうがよいと判断したのです。それがファンレターやアンケートなどで鳥山明氏や担当編集さんに伝わります。そこで再度同じ選択肢が示されたのです。「主人公はブルマのまま」か「主人公を孫悟空に変える」か。

 前回と異なるのは、ファンレターやアンケートの結果で「主人公を孫悟空に変えて」ほしいという意見が多かった。つまり選択肢の比重が大きく変わっていたのです。

 そこで「孫悟空を主人公」にした「天下一武道会編」がスタートします。これでファンの真意を試してみようと思ったのですね。

 結果は皆様の知るとおり。空前の大ヒットとなったのです。

 それまでも「トーナメント式の格闘技大会」を取り入れた作品はありました。ゆでたまご『キン肉マン』や車田正美氏『リングにかけろ』などです。『キン肉マン』の主人公・キン肉スグルは「特異性」のあるキャラで人気を博していました。

『DRAGON BALL』は「天下一武道会編」で「孫悟空の特異性」がどんどん高まっていきます。さらに「ピッコロ大魔王」や「神様」が出てくることで「作品の特異性」自体がどんどん高まっていったのです。

 さらに「サイヤ人編」「フリーザ編」を経ることで「孫悟空の特異性」は天井知らずに高まっていきます。「天下一武道会編」以降「孫悟空の特異性」は高まりっぱなしなのです。戦闘民族サイヤ人の下級戦士だったり、スーパーサイヤ人だったり。新章が始まるごとに「孫悟空の特異性」はうなぎのぼり状態。世の男の子は血がたぎりました。これで作品の人気は確たるものとなったのです。

 もし天才科学者である「ブルマの特異性」に固執していたら『DRAGON BALL』は現在までの人気を維持できたでしょうか。おそらくできなかったでしょう。

「孫悟空の特異性」は男の子の夢となり、いつしか世界中の愛好家の夢となったのです。

 今では世界で「かめはめ波」を知らないアニメファンはいないかもしれません。


『DRAGON BALL』で参考にしていただきたいのは、より「特異性」の高い人物を主人公にしたほうが物語は盛り上がる、という真実です。

「剣と魔法のファンタジー」で伝説の勇者の血を引く少年よりも、ある出来事がきっかけで世界征服を追い求める魔王のほうが「特異性」が高いと判断したら。躊躇ちゅうちょなく魔王を主人公にして「主人公の特異性」を活かした作品を構成しましょう。

 マンガの藤巻忠俊氏『黒子のバスケ』では、天才プレイヤー五名それぞれの「特異性」だけでもじゅうぶん魅力的です。しかし彼らに挑む火神大我という強烈な「特異性」を持つキャラがとても目立ちます。では火神大我を主人公にしよう、と凡人は思うのですが、藤巻忠俊氏は違う選択をしました。天才プレイヤー五人が一目置くシックスマン・黒子テツヤを主人公に据えたのです。

 黒子テツヤの「特異性」は「存在感のなさ」という一点。「強いヤツを倒す、より強い主人公」よりも、「強いヤツを倒す、影の薄い主人公」のほうが「特異性」は高いのです。そこに気づけた藤巻忠俊氏の勝ちと言ってよい。結果としてアニメ化・アニメ映画化・ミュージカル化もされた大ヒットシリーズとなりました。





最後に

 今回は「ぼくのかんがえたさいきょうの小説3」について述べました。

 前回の最後に触れた「主人公の特異性」を深く掘り下げてみました。

 前述しましたが、「主人公の特異性」の高さは「作品の伸びしろ」の幅を意味します。

 平凡な勇者の血族よりも、過去のある魔王の「特異性」が高ければ、魔王を主人公にするべきなのです。

 あなたが好きな作品を振り返ってみてください。

 主人公の「特異性」は、作中の誰よりも高くありませんでしたか。

 それが大ヒットの法則なのです。



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