1093.鍛錬篇:ぼくのかんがえたさいきょうの小説4

 今回も「ぼくのかんがえたさいきょうの小説」についてです。

「特異な主人公」は読み手の興味を強く惹きます。

 あまりの強さに書き手が振り回されることもあるのです。

 とくに物語を終えたいとき、「特異性」が邪魔をします。





ぼくのかんがえたさいきょうの小説4


 前回ご紹介した「特異な主人公」は、とても強い吸引力を持っています。

 しかしあまりにも吸引力が強すぎるため、そのまま物語を終えようとしても綺麗に終われません。

「特異性」をどうにかしないと「綺麗に終わった」感がもたらされないのです。




特異性の喪失

 主人公に「特異性」があると、先の展開が読めないため読み手の興味を強く惹きます。

 しかし「特異性」があればあるほど、物語の締め方が難しくなるのです。

 どうしても「終わった感じがしない」状態になります。

 前回挙げたマンガの鳥山明氏『DRAGON BALL』の主人公・孫悟空は戦闘民族サイヤ人であり、その中でも伝説の超サイヤ人になれるスーパーヒーローです。

 これほどまでに「特異性」が高まってしまうと、並みの「物語の締め方」をしても読み手は「終わった感じがしない」。

 実際近年アニメオリジナルで『ドラゴンボール超』が制作されています。

 通常「終わった作品」の続編は創られません。綺麗に終わっている作品を蒸し返すのは「野暮」というものです。

 しかし「特異性」を持ったままの主人公が生存していると「物語が終わった感じがしない」。マンガの堀井雄二氏&三条陸氏&稲田浩司氏『DRAGON QUEST ―ダイの大冒険―』ではラストで「特異な主人公」ダイが人々のために身を挺します。これでもう物語が続く余地はありません。完全決着です。

 翻って『DRAGON BALL』はどんな終わり方だったでしょうか。

 最強の敵・魔人ブウを倒した主人公・孫悟空が、のちに「天下一武道会」へ出場し、魔人ブウの生まれ変わりであるウーブの修行のため会場を去るシーンで幕を下ろしました。

「特異な主人公」がそのままの状態で生き残ってしまったのです。

「特異な主人公」で読み手を強く惹きつけた物語は、「特異な主人公」を退場させて初めて完結します。

 マンガの桂正和氏『ウイングマン』は、ドリムノートという「書いた夢が現実になる」能力を持つアイテムによって、主人公の中学生・広野健太が無敵のヒーロー「ウイングマン」へ変身する物語です。「ウイングマンに変身する」という「特異性」によって、『ウイングマン』は読み手を強く惹きつけました。もし最強の敵・ライエルを倒した後、健太が「ウイングマンに変身する」能力を残したままだったとしたら。物語は綺麗に締まらなかったはずです。ある出来事で健太がウイングマンとしての「特異性」をすべて喪失したため、物語は綺麗に終わりました。大きな感動を残したのです。

 物語を綺麗に終わらせるためには「主人公を死なせる」か「特異性を喪失させる」かする必要があります。

『ダイの大冒険』では「主人公を死なせ」、『ウイングマン』では「特異性を喪失させ」たのです。これで両作品は物語を綺麗に完結させられたのです。

 共通しているのは「物語から特異性を排除して」います。




特異性を喪失しないと

 そう考えると『DRAGON BALL』の終わり方はひじょうにまずかった。

 近年『ドラゴンボール超』が制作され、「特異な主人公」孫悟空は「超サイヤ人ゴッド」へとさらなる進化を遂げます。もはや天井知らずで界王神様や全王様もビックリという状態です。

「主人公の特異性」を喪失させていれば、続編を創る余地がありません。「主人公の特異性」を喪失させなかったので続編が創れてしまったのです。そうしてまで制作された『ドラゴンボール超』は視聴者から酷評されました。

 続編が創れることと、続編が受け手に喜ばれることとは、必ずしも一致しません。

 たいていの場合は酷評されます。

 そもそも『DRAGON BALL』がまずいのは、「死んだ人間を生き返らせられる」マジックアイテム「ドラゴンボール」があることです。

 そのため、死んだ人間をいともたやすく蘇生させられます。だから「特異な主人公」である孫悟空が死んでしまっても、ドラゴンボールで生き返ってしまう。

 これでは永遠に終われません。


「主人公の特異性」を喪失させずに続編が大ヒットした例として、ルーカス・フィルム(現ディズニー)『STAR WARS』のエピソード4〜6が挙げられるでしょう。

 最初の『STAR WARS』だった「エピソード4」が空前の大ヒットを飛ばし、スペースSFを世界に知らしめました。そこで描かれた主人公ルーク・スカイウォーカーの持つ特異性は「ジェダイ(の騎士)」です。エピソード4でルークがフォースに覚醒して「ジェダイ」の一端を示したところで物語が終わります。つまり「ジェダイという特異性を持つルーク」が「フォース」を失うこともなく、ルーク自身が死ぬこともなく、物語を締めたのです。

 これにより観客は続編を熱望し、ジョージ・ルーカス氏は『STAR WARS 帝国の逆襲』を制作しました。主人公ルークが一人前の「ジェダイ」になるべくマスター・ヨーダのもとで修行に励むのです。そして盟友ハン・ソロを助けるため活躍し、ダース・ベイダーとの宿命の一騎討ちをすることとなりました。そして明かされるルークとダース・ベイダーとの関係性。これによりルークの「特異性」には「ジェダイ」だけでなく「ダース・ベイダーの息子」が加わったのです。

 そうなると観客はふたつの「特異性」を持つルークの物語が完結するよう求めます。

 そこで『STAR WARS ジェダイの帰還』が制作されたのです。これをシリーズ完結編とするべく、ダース・ベイダーとの対決と帝国の滅亡を含めた物語となりました。

 これでルークが主人公である『STAR WARS』は幕を下ろしたのです。

 しかしルーカス・フィルムの収益が悪化すると、終わったはずの『STAR WARS』に頼らざるをえなくなります。そうしてダース・ベイダーことアナキン・スカイウォーカーが主人公のエピソード1〜3が制作されたのです。アナキンはいかにしてダース・ベイダーとなったのか。その「特異性」が明確だったので、新シリーズも好評を博します。しかしルーカス・フィルムはPIXARとして、Appleへ復権するスティーブ・ジョブズ氏の手に渡り、さらにディズニーへと経営権が移ったのです。

 もらったものはなんでも利用するのがディズニー。『STAR WARS』もエピソード7〜9が制作され、さらに外伝が制作されるなどして現在に至ります。しかし基本的にエピソード4〜6の主人公だったルーク・スカイウォーカーは活躍しません。そこは綺麗に終わっているからです。

『STAR WARS』は「主人公の特異性」を綺麗に終わらせながらも、シリーズが続いた稀有な作品だと言えます。




特異性の終わりが物語の終わりにならなかった例

 なぜ「野暮」なはずの続編を作ったのでしょうか。

『STAR WARS』はルーカス・フィルムの経営が怪しくなったから。『DRAGON BALL』はバンダイナムコグループの収益を今でも支えているからです。

 収益をあげているIPつまり知的財産は、継続して盛り上げていかなければいずれ権利を失ってしまいます。

 たとえば手塚治虫氏の作品は現在ほとんどマンガ・アニメ市場で見られません。手塚プロダクションは『ブラックジャック21』以降、手塚治虫氏作品のIPを活かしきれていないのです。著作権・意匠権などのIPは新作を出すことによってつなぎとめておけます。一度生まれたIPを稼ぎ頭のままにできるのです。

 長寿アニメの代表格である『サザエさん』『ドラえもん』『それゆけ!アンパンマン』『ちびまる子ちゃん』『クレヨンしんちゃん』はいずれも原作者がすでに死亡しています。それでもアニメは続いているのです。このあたりは手塚治虫氏の同じ轍を踏まないように配慮しているのでしょう。ですが元々手塚治虫氏本人は作品にもキャラクターにもそれほどこだわりはなく「いくらでも利用していいですよ」と言い遺してはいるんですけどね。


「文豪」の作品が現在『青空文庫』にて無料で読めるのも、著作権保護期間を過ぎたからです。もし「文豪」の親族が作品に付加価値を定期的に与え続けていれば、その作品はそこから「七十年」は権利者を変えながらも著作権が保護されることになります。(以前は死後五十年でしたが二〇一八年一二月三〇日に著作権法が改正されて死後七十年へ延長されました)。しかし多くの親族は作品に付加価値を与えず、「文豪」死後七十年で作品は著作権が解除されたのです。手塚プロダクションはこの手法で手塚治虫氏の著作権を守り続けています。

 小説では、単行本・新書などで出版された作品が、ある程度の期間をおいて加筆・修正されて文庫に収められることが多い。

 これは「著作権」の保護期間を伸ばすための一手でもあります。本質は「大ヒット作品のIPを利用してもう一度儲けたい」という出版社レーベルの思惑によるものです。





最後に

 今回は「ぼくのかんがえたさいきょうの小説4」について述べました。

「特異な主人公」を据えると爆発的にヒットしますが、「特異性の喪失」がなければ物語が綺麗に終われません。

「特異性」を与えられて主人公は「特別」になります。「特別」な主人公が死ぬか「特異性の喪失」があれば、物語は綺麗に終わるのです。

「特異性」を与えて始まり、失って終わる。

 わかりやすいのはマンガの大場つぐみ氏&小畑健氏『DEATH NOTE』です。

 死神のノート(デスノート)を手に入れた主人公の夜神月。ここから物語はスタートします。そしてラストはデスノートのない状態で(切れ端は所持しています)「特異性」がなくなるのです。そして死神リュークのデスノートに名前を書かれて死にます。そして「特異性」を象徴するデスノートはすべて処分されて「喪失」するのです。これで続編の作りようがなくなりました。綺麗な終わり方です。でも近年短編は描かれています。ですが夜神月とはまったく関係のない物語なので、これを『DEATH NOTE』とするわけにもいきません。あれだけ綺麗に終わった作品だからこそ、続きが創られるべきではないのです。

 あなたの小説は「特異性」のある主人公かどうか。そしてラストに「特異性」がなくなっているかどうか。そこをチェックしてください。

 ラストは「特異性」を持つ主人公が死亡するか、「特異性」を喪失するかしていなければ、その作品は完結したとは見なされません。

「小説賞・新人賞」を獲得したければ、「特異性」は活用するべきです。惹きがまったく違ってきますよ。



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