1032.面白篇:わかりそうでわからないのが面白い

 今回は「推理もの」を切り口に、「わかりそうでわからない」について書きました。

「推理もの」はなかなか難しい。中でも「わかりそうでわからない」加減が難しいと思います。

 これは数をこなして体得するものですね。教えられる類いのものではないでしょう。





わかりそうでわからないのが面白い


 推理小説の醍醐味はなんでしょうか。

 私は「謎」が「わかりそうでわからない」ところにあるのではないかと分析します。




わかりそうでわからない

 推理小説は小学生の頃にサー・アーサー・コナン・ドイル氏『シャーロック・ホームズの冒険』やモーリス・ルブラン氏『怪盗ルパン』などを読んだくらいです。(これまで敬意を表して「サー・アーサー・コナン・ドイル氏」と書いてきましたが、「サー」は爵位を与えられた人を呼ぶときの美化語です。日本語に訳すと「アーサー・コナン・ドイル卿」がしっくり来るでしょうか)。

 推理マンガは今でも青山剛昌氏『名探偵コナン』を愛読しています。

 そんな推理もので最も心惹かれるのが「謎を解き明かしていく過程」です。

 主人公が捜査してさまざまな情報を得ていきます。すると読み手である私たちは「この情報からすると、真相はこうなんじゃないかな」と推理していくのです。

 主人公より先に真実にたどり着きたい。だから推理ものは人気があるのではないでしょうか。

「犯人が誰かわかりそうなんだけど、今ひとつ決め手に欠ける気がする」

 これが推理小説で最も読み応えのある状態です。

「わかりそうでわからない」から真実が知りたくなります。

 名探偵や警部が事件の謎を解き明かして犯人をずばり見抜くシーンは、確かに面白いのです。しかし犯人がわからず「この人のこれが怪しい。いや、あの人の不明瞭な言動が気になる」と推理している時間こそが面白い。

 そう気づければ、推理小説に必要なものがなにか気づけるはずです。

「推理に必要な情報をひとつずつ手に入れていく」その過程こそが「面白さ」を際立てます。

 ひとつ情報が加わるだけで、最初から推理を組み立て直さなければなりません。

 積み木をしていて、あと少しで組み上がると思ったところでそれを壊す。そしてまた一から積み木を組み上げていくのです。完成するのが嬉しいはずなのに、完成させてしまうと次になにをすればよいのかわからなくなる。だから完成する前に壊して、また一から組み上げていく。

 幼心に、人は「終わらせたいけど、終わってしまうと次はどうすればよいのか」に悩み、結果「一からやり直し」を選択してしまうのです。

 推理ものは、物語にある「謎」を解くのが目的です。しかしできれば自分の手で「謎」を解いてみたい。名探偵や警部より先に解くための努力を惜しみません。だから解決編を読む前に、自分なりの推理で「謎」を解いてみたいのです。実際には書き手の掌の上で踊らされているにすぎません。でも与えられた情報から、可能なかぎり推理する時間が楽しいのです。

 ですが、実際に名探偵や警部より先に「謎」が解けることはほとんどありません。

 先に「謎」が解ける推理ものは「やさしすぎる」のです。トリックが読み手にバレてしまう推理ものは評価されません。名探偵や警部が「謎解き」するまで「謎」が解けないから、推理ものは何度読んでも楽しめるのです。




パズルは推理ものの原点

「謎」は一種の「パズル」と呼んでよいでしょう。

「情報」というピースや手がかりを得て、ある場所に当てはめてみます。うまくハマれば言うことなしですが、たいていはうまくハマりません。できるかぎり効率よく「パズル」を解くには、わかりやすい部分から確定していくしかないのです。

「パズル」の一種「数独」(ナンバープレイス)も、まずさっと見ただけでわかる場所の数字を確定させてしまいます。次に今置いた数字を頼りに、確定できる場所の数字を見つけ出す「推理」をするのです。

 初心者向けの場合はたいていそれが手がかりとなって次々と数字が確定していきます。

 上級者向けの場合は、ひとつ置けただけでもまだ深い推理が必要です。「ここに5を置いた。その場合ここ以外のこの場所に入れるのは1と9のいずれか。仮に1を置いたとして、その先の展開はどうなるのだろうか」と数手先を読まなければ解けません。

 推理ものが好きな方は「数独」(ナンバープレイス)も好きな方が多い。「数独」(ナンバープレイス)は、「クロスワードパズル」と同様、それ専門の雑誌や書籍が発売されるほどの大人気ぶりです。それは「パズル」の根源である「謎」を解く「推理力」が試されるからです。

 逆に言えば専門誌が発売されるほど「推理力」を試したい方がいる、ということでもあります。

『このライトノベルがすごい』の次に『このミステリーがすごい』が発売されたのも、それだけ裾野が広いからではないでしょうか。潜在的な読み手はたくさんいるはずなのに、文芸書にはなかなか手が出ない。そういう読み手にとって『このミステリーがすごい』はよい案内役ナビゲーションとなるのです。

「推理」が嫌いな人はまずいません。子どもの頃から「なぞなぞ」に親しんできた私たちには「推理」の遺伝子が間違いなくあります。

 ギリシャ神話ではスフィンクスが「朝は四本、昼は二本、夜は三本。この生き物はなんだ?」と「謎」を出すのです。また北欧神話でも戦神トールがドワーフに延々と「なぞなぞ」を解かせる話があります。ギリシャ神話や北欧神話にすら「なぞなぞ」が取り入れられているのです。

 あなたの小説には読み手を惹きつける「謎」はありますか。




わかりそうでわからないから面白い

 サー・アーサー・コナン・ドイル氏『シャーロック・ホームズの冒険』で、ホームズは難事件に出くわすと「それは面白い」「それは興味深い」と言って高難度の「謎」に挑戦していきます。これはドイル氏から読み手に投げられた「挑戦状」なのです。「ホームズよりも先にこの謎が解けるかな?」と挑発しています。それによって掲載誌である『ストランド・マガジン』は大いに販売部数を伸ばしたそうです。

「謎」の持つ魅力は「わかりそうでわからない」に凝縮されています。

 読み手は「これなら解けそうだ」と思って読んでいき、読み進めると「これはなかなか解けそうにないぞ」と思わせ、最後の場面まで読み手を引っ張って最後に「謎解き」するのです。

 途中で「謎」を解かれたら書き手の負けで、読み手の勝ちとなります。しかしたまにはそんな簡単な「謎」があってもよいのです。すべてが「わかる」のは底が浅いので問題ですが、すべて「わからない」でも困るのです。

「わかりそうでわからない」から面白い。

「わかりそう」つまり「解けそう」と思わせてすべて「わからない」で終わってしまうと、読み手は挫折します。難しい「謎」がある一方で、やさしい「謎」が紛れているから「次は絶対先に解いてやる」と思うのです。

『名探偵コナン』が天樹征丸氏&さとうふみや氏『金田一少年の事件簿』よりも人気があるのは、物語が面白いからではありません。確かに「黒の組織」を壊滅させるという目標を持たせた『名探偵コナン』は物語そのものが面白いのは事実です。『金田一少年の事件簿』は凄惨な連続殺人事件ばかりが起こるという、「謎」は工夫していても読んでいて気が滅入るような展開が多いからでもあります。しかも推理の難度がかなり高い。『名探偵コナン』にも連続殺人事件はありますが、全体を見れば三割あるかないかです。たいてい被害者はひとりです。そして殺人事件ばかりとも限りません。ちょっとした「謎解き」だけをする単純なエピソードも数多く描かれています。

 つまり『名探偵コナン』は「わかりそうでわからない」事件のバランスがとれているのです。だから誰もが気楽に「謎」に挑んでいけます。

「わかりそうでわからない」ってとても「面白い」と思いませんか。





最後に

 今回は「わかりそうでわからないのが面白い」について述べました。

 推理ものを例に挙げましたが、異世界ファンタジーでも「謎解き」を楽しめます。

 ただ異世界ファンタジーで「推理」小説を書くのはほぼ不可能です。現実世界と法則が違いすぎて、読み手に「謎が解けない」からです。

 そうではなく「戦争を起こした黒幕は誰か」といった、物語の「謎」に迫っていく展開にしましょう。

 物語には「謎」が不可欠です。

 それも「解けない謎」ではなく「わかりそうでわからない謎」に設定します。

 このバランスをとるのは至難です。しかし小説を多作していくとバランスが見えてきます。

 バランスが見えてきたら、あなたに「ストーリーテラー」の才能が芽生えた証です。



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