962.筆洗篇:賞金額で書き手の本気がわかる
今回は「賞金額」についてです。
「小説賞・新人賞」には賞金が懸けられていることがほとんどです。
これは体のよい「原稿料」だと思ってください。
「百万円」もらえたらすごいことですが、「十万円」の賞もありますし、過去に「二千万円」の大賞もありました。
小説一本で「二千万円」というインパクト。しかし、その裏では……。
賞金額で書き手の本気がわかる
小説投稿サイトや紙の雑誌などで募集されている「小説賞・新人賞」には賞金が設定されているものがほとんどです。
その賞金額によって、書き手がどれだけ本気で作品を仕上げたのかがわかります。
大賞十万円の小説賞・新人賞
小説投稿サイトで開催されている「小説賞・新人賞」で最も多いのが、「大賞十万円」です。
長編小説一本で十万円だと割に合わないような気もします。
しかしたいていの「小説賞・新人賞」は「大賞受賞作は出版社レーベルから紙の書籍として販売します」という出版契約が付帯しているものです。
そう考えれば、大賞の十万円は「原稿料」なのだとわかります。
つまり小説投稿サイトの「小説賞・新人賞」は新人発掘の場なのです。
より売れる小説を探す、出版社レーベルの狩り場と言えます。
しかし「賞金十万円」では、書き手が本気になりません。
たかだか十万円を得るために、何十時間も割くのは効率が悪いからです。
どうしても手間をかけずに生み出せるテンプレートへ流されやすくなります。結果として、その「小説賞・新人賞」の受賞作はテンプレート作品だらけになるのです。
同じ「小説賞・新人賞」が何回も開催されると、書き手も過去の受賞作の傾向を把握して「なんだ、テンプレート作品を書けば入選するんだ」と思ってしまいます。
書き手が本気にならないのです。
そのため、その「小説賞・新人賞」は数回で打ち切りになります。そして新しい括りの「小説賞・新人賞」が開催されるのです。
現在の小説投稿サイト共催の「小説賞・新人賞」はこのように、数回で打ち切り、新基準で新規募集の形をとっています。「テンプレート作品」が集中しないよう、出版社レーベルが考えた苦肉の策です。
「テンプレート作品」が読み手にウケるとわかっているのなら、「テンプレート作品」を「紙の書籍」化してもよいではないか。そうお考えの方もいらっしゃりましょう。
そうなると、出版社レーベルの
「異世界転生ファンタジー」ばかりが紙の書籍化されてしまうと、その出版社レーベルは「異世界転生ファンタジー」の専門レーベルなのか、と勘違いされます。
出版社レーベルはそれを嫌うのです。
だから新基準を設けて新たな「小説賞・新人賞」を開催することになります。
この悪循環に陥るのは、ひとえに「賞金がたった十万円ぽっち」であるからです。
賞金二千万円の小説賞・新人賞
世の中には「大賞賞金二千万円」という破格の賞がかつてありました。
ポプラ社が開催した「ポプラ社小説大賞」です。
長らく大賞は現れず、五回目にしてついに大賞受賞作が生まれました。
それが齋藤智裕氏『KAGEROU』です。
紙の雑誌が開催した小説賞としてはひじょうに多い千二百作の応募がありました。
それまで高くても「大賞百万円」が業界基準でしたから、二千万円ともなれば、アマチュアの書き手は是が非でも大賞を射止めようと努力したのです。
だから応募作の質も高かっただろうことは疑いがないのですが、大賞受賞作『KAGEROU』が出版されて風向きが一気に変わりました。
まず著者である齋藤智裕氏が、俳優の水嶋ヒロ氏であることが判明します。しかもこれが初めて書いた小説。それで「出来レースではないか」と疑問の声があがったのです。
そんな中での出版ですから、読み手のほうも始めから懐疑的になりました。
『KAGEROU』を実際に読んだ方ならご存知でしょうが、とても「二千万円の賞金」に値するような作品ではありませんでした。
これにより「高すぎる賞金額も考えもの」という風潮が生まれたのです。
小説界にインパクトを与えたのは確かですが、あの文章に「二千万円」の価値はなかった。中二病ですらなく、中一が書いたようなひどい文章です。
なにがひどかったのか。すべてがひどかった。
まず構成が悪い。キャラクターが弱くて不可解。人間関係が意味不明。展開が前フリなしで唐突。締めで閉じていない。等々。
よい点を挙げろというほうが難しい作品です。
強いて挙げるなら「こんな文章しか書けなくても小説賞は獲れるんですよ」と知らしめたことくらいでしょうか。
私はコンビニエンスストアで立ち読みして一章を読んだだけで切りました。とても二千万円の値打ちがなかったのです。
読む側としても「二千万円を授かっただけある小説」だと思っていましたからね。現実とは虚しいものです。
この一件があって以来、小説賞の大賞は高くても「百万円」まで下げられました。
ちなみに水嶋ヒロ氏は賞金の二千万円を自ら辞退したそうです。
賞金百万円の小説賞・新人賞
現在最も現実的な最高賞金が「大賞百万円」の「小説賞・新人賞」です。
原稿料として「十万円」は安いのですが、出版業界からすれば何部売れるかわからない書き手の原稿に「十万円」を出すのさえ「バクチ」だと思われています。
そんな中で出版社レーベルが賞金に「百万円」を出してくれるのは、将来性を高く買ってくれる現れです。
だからこそ、将来性を感じさせる作品が入選しやすくなっています。
小説投稿サイト最大手『小説家になろう』で開催されている「小説賞・新人賞」では、数多くの「テンプレート作品」が入選しています。しかし大賞は意外と「テンプレート」ではない作品が多く受賞しているのです。
直近で売れる「テンプレート作品」と、将来性を見込んだ「テンプレート以外の作品」をともに入選させています。そうすることで、堅実な収入と将来を見据えた育成に力を入れられます。
大賞を授かった書き手は、以後の出版権を約束されて担当編集さんが付くのです。そして受賞作を「紙の書籍」化するための推敲・校正を徹底的に行なうことになります。
大賞は「この書き手を育てて一流の作家に仕立て上げます」という出版社レーベルの宣言でもあるのです。
選ばれたからには「将来売れる小説が書ける一流の作家」の素質があると見なされたわけです。
「賞金百万円」の「小説賞・新人賞」は、「賞金十万円」よりは質の高い作品が集まりやすい。「十万円」よりも質の高い作品を応募しなければ「百万円」は獲れないと皆が思っているからです。
しかし確実に質の高い作品ばかりになるとは限りません。集まりやすいだけです。
中には「テンプレートを極めた作品」が応募されることもあります。とくに一次選考をサイト利用者に委ねている『カクヨム』では、「テンプレートを極めた作品」が人気を集めやすいのです。
前述しましたが「テンプレート作品」もこれまで数多く入選していますから、その点は問題ありません。ただし、偏りができてしまうのが問題です。「テンプレート以外の作品」が一次選考を通過してこれればよいのですが、そうならなかった場合は最悪「大賞該当作なし」になります。
実はこの「大賞該当作なし」が出版社レーベルにはいちばん
なにせ「小説賞・新人賞」には多くの下読みさん・選考さんが動いています。その方々の給料を払わなければなりません。本来なら「大賞作品」の書籍売上でまかなえるようにシステムを構築しています。なのに肝心の「大賞作品」がなければ、最悪赤字になりかねません。
読み手も選考さんです
『カクヨム』のように「一次選考は読み手に任せます」というスタンスの「小説賞・新人賞」もあります。
『小説家になろう』でもそのうち「総合評価ポイントの高い作品が一次選考を通過します」というシステムを取り入れた「小説賞・新人賞」が出てくるでしょう。
そうなれば、ただの読み手であるあなたが「小説賞・新人賞」の選考に関与することとなります。そうです。読み手も「選考さん」になる時代がやってきたのです。
あなたが読んだ小説をブックマークしたり評価したり、また閲覧するだけでポイントが加算されていく。あなたという個人ではなく、全体から集めたビッグデータを素に「一次選考」通過作品が決まる日が遠からずやってきます。
「テンプレート作品」が好きな方は、それらを読みまくればそれだけで「紙の書籍」化が増えていく。「テンプレート以外の作品」が好きな方は、そういう作品を評価すれば応援できる。そういう世の中です。
もし書き手であるあなたが「テンプレート作品」ばかり応援していると、将来性を感じさせる「テンプレート以外の作品」を書いても落選してしまうかもしれません。
なにも「テンプレート作品は読むな」とは言いません。「テンプレート以外の作品をもっと評価してあげてください」ということです。
読み専の方は、自分の趣味嗜好に合う作品を応援するだけでよい。書き手を兼ねる方も、できるかぎり自分の趣味嗜好に合う作品を応援しましょう。ランキングの上位に載っている「テンプレート作品」だけを読んで評価しているだけでは、己の作品を自ら殺しているようなものです。だから書き手であるあなた自身の趣味嗜好に合う作品を見つけて応援していく。その手間を惜しんではなりません。
現代は読み手のビッグデータであらゆる物事が判断される時代になりつつあります。
「小説賞・新人賞」を開催する出版社レーベルも、「テンプレート作品」をビッグデータからすぐに見つけ出せるのです。ビッグデータは単に「いちばん読まれている」作品を選ぶだけでなく、「頻繁に読まれている」であったり「効率が良い」であったり、さまざまな観点からデータを取り出せます。
小説投稿サイトを利用するからには、徹底的に楽しみましょう。
自分の好きな作品を探して読むだけでよいのです。たったそれだけのことで「小説賞・新人賞」の一次選考に協力できます。ランキングから読む方法もありますが、
読みたい小説を探して読んで評価する。
小説投稿サイトの基本です。この基本を忘れなければ、健全に「小説賞・新人賞」入選作品が決まります。
入選作品がすべて「テンプレート作品」という事態も避けられるのです。
さぁ、書き専のあなたも、自分が読みたい小説を探す旅に出かけましょう。
最後に
今回は「賞金額で書き手の本気がわかる」ことについて述べました。
「賞金十万円」の小説賞と「賞金二千万円」の小説賞。
あなたはどちらに全力を傾けますか。自明ですよね。
しかし「賞金二千万円」は「出来レース」と呼ばれてしまいました。
今は多くて「賞金百万円」です。それでも「賞金十万円」と比べれば力を注ぐはずです。
あなたが全力を傾けるに足る賞金額はいくらですか。
その金額を超える「小説賞・新人賞」には、必ず応募するつもりで作品を書いてください。
それがデビューへの近道です。
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