960.筆洗篇:生涯で何作書けるのか

 今回は「生涯に書ける作品の数」についてです。

 若ければ、それだけたくさんの小説が書けます。

 お年を召していらっしゃる書き手の方は、それほど作品を書けません。

 書き残したい作品を厳選して発表する必要があります。





生涯で何作書けるのか


 あなたは今何歳ですか。

 エイジ・ハラスメントではなく、今後の執筆活動に関わる話です。

 たとえば二十歳の方が平均寿命八十歳まで現役で小説を書き続けたとします。

 すると六十年執筆できるのです。月に直せば七百二十か月。

 月に原稿を何枚書けるかは人それぞれですが、その枚数×七百二十か月しか小説は書けないのです。




二十歳の方

 七百二十か月で毎月百枚コンスタントに書ける方は、二百四十巻の小説が書けます。

 もちろん取材や資料集めに相応の時間を費やしますから、実際はこの半分も書ければよいほうでしょう。

 二十歳の方に毎月仕事を依頼してくる出版社レーベルはいっさいありません。

 出版不況の昨今、複数の出版社レーベルと契約していなければ、毎月出版など不可能です。

 ですが小説投稿サイトに掲載するために書いているのであれば、長編小説二百四十巻ぶんの連載が可能になります。それまで小説投稿サイトが残っていればの話ですが。




四十歳の方

 現在四十歳であれば、四十年間執筆できます。毎月百枚コンスタントに書ければ、百六十巻の小説が書けるのです。

 二十歳と比べると、あまり冊数を書けないことがわかります。

 平均寿命まで書ければという前提なので、健康寿命までならさらに冊数は減るのです。

 孔子は『論語』で「四十にして惑わず」と言いました。

 二十歳に比べて惑っている暇はないのです。




六十歳の方

 現在六十歳であれば、二十年間執筆できます。毎月百枚をコンスタントに書くことは、四十歳のときと比べてかなりきついことでしょう。それを克服して書き続けられたとしても八十巻書けることになります。




伝えたい物語はすべて発表して死ねるか

 いきなり話が変わりますが、あなたは読み手にどんな物語を伝えたいですか。

 物語のストックは何作ほどありますか。

 たとえば四十歳であと百六十巻書けるとします。

 そのうち何作が連載小説向きでしょうか。たとえば十作が連載小説に向いているとします。

 それぞれが単行本十巻以上の連載になった場合、それだけで百巻以上は費やしてしまうのです。

 小説を書こうと志すほとんどの方は、一本の連載小説を書いて、出版社レーベルから「紙の書籍」を出したいと思っていますよね。

 ではあなたにとって、読み手に伝えたい物語はその連載小説以外に何本ストックされているのでしょうか。

 実は多くの書き手が「ひとつの物語だけで勝負したい」と思っています。

 それしかアイデアがありません。

 だから異なる「小説賞・新人賞」へ同じ物語を推敲しては応募するを繰り返してしまうのです。

 しかし、その物語は決定的になにかが足りていないから一次選考を通過しませんでした。たとえ一次選考を通過しても二次選考で落とされます。

 つまりひとつの作品に固執していては、「発想の貧困な書き手」というレッテルが貼られてしまうのです。これは小説投稿サイトのテンプレートばかり書く方に多く見られます。

 テンプレートを外れられない方は、たとえプロになっても「紙の書籍」化されたシリーズ以外には連載出版させられません。プロとしての寿命が短い。端的に言えば「使い捨て」です。

 だからこそ物語のストックは何百本でも持ちましょう。

 その中で「紙の書籍」として出版できるレベルの作品が一割だとしても、数十本は書けます。これなら「三作目の壁」も越えられるのではないでしょうか。


 しかし、あなたが書きたい、読み手に伝えたい物語をすべて世に発表するだけの時間が残されていますか。

 我々が今躊躇しているこの一瞬にも、刻一刻と死の深淵へと歩んでいるのです。

 あなたは世の人に、どれだけの物語を遺して死ねるのでしょうか。

 すべてを書ききって死ねるでしょうか。

 書き手は基本的に、書けなくなるまでは「小説家」でいられます。

 死ぬまで「小説家」でいられるか、途中で脱落してしまうか。

 そして死ぬまでに、読み手へ伝えたいことをすべて書き尽くせたら、作家冥利に尽きます。

 あなたが書きたい・伝えたい物語をすべて書くだけの時間は残されていますか。

 時間がなければ、今すぐに書き始めなければなりません。

 タイムリミットが迫っている実感・危機感を持ってください。

 世間に知らせたい物語が何本あるのか。いくつのエピソードを持っているのか。

 人々の記憶に残る書き手となるために、期限が定められていることに気づきましょう。




どうしても人々へ伝えたい物語で勝負する

 小説投稿サイトで開催されている「小説賞・新人賞」には、あなたがどうしても人々へ伝えたい物語で勝負しましょう。

「小説賞・新人賞」へ応募すると、それだけで読み手の数が大きく跳ね上がります。

 そこに「あなたが伝えたい物語」を書けば、多くの読み手に物語を伝えられるのです。

 利用しない手はありませんよね。

 筆力に自信がない方は、この「本命」を避けて二番目に伝えたい物語で勝負してください。

「本命」は確実に「小説賞・新人賞」が獲れるだけの筆力があるときに投入するのです。

 未熟なうちは「本命」ではなく、つねにそのときの二番目の作品で勝負しましょう。

 運よく入選できたら、それが「紙の書籍」化して連載となるかもしれません。その後に出版する作品で「本命」を書けばよいのです。

 入選が叶わなくても、二番目の作品でしたから精神的な傷はたいしたものではありません。

 次の「小説賞・新人賞」には、今回とは異なる「二番目」の作品を応募してください。

 間違っても同じ作品を何度も推敲して再投稿などしないことです。

 どうしてもその作品を「紙の書籍」化したかったら、別の作品で「紙の書籍」化をかちえてからでも遅くはありません。二作目にその作品を書き、三作目に「本命」を書くこともできますし、逆もまた可です。

「『本命』以外に書きたい物語を持たない」状態だけは絶対に避けましょう。

 そんなことで入選はまずありえません。いざ「紙の書籍」化されたとして、二作目、三作目が思い浮かばないがためにそのまま出版界からフェード・アウトした例は数知れず。

 書きたい物語なんてちょっと考えればいくらでも湧き出てくる。

 そのくらいの書き手だけが、小説を職業にできるのです。

 ひとつの物語に囚われない精神性を持ちましょう。

 物語なんて世の中に読みきれないほどあります。「これしか書けない」書き手が活躍できるほど文壇は広く大きくはないのです。




インプットを増やす

 どうしてもひとつの物語しか思い浮かばない方は、脳への入力が足りていません。

 本来「小説を書きたい」と思うのは、「これは」と思うような作品を読んだからです。

 小説をそれほど読んでいない方は、「物語」の入力数がそもそも足りていない。だから出力する物語が浮かばないのです。

 これはだいたいなのですが、小説を十冊読めば一冊書けると思ってください。

 ただし、同じ作品を十巻読んでも、小説は書けません。たとえば川原礫氏『ソードアート・オンライン』を十巻まで読んだだけでは、絶対に無理です。

 また同じ書き手の作品を十冊読んでも、小説は書けません。太宰治氏の作品を十冊読んだ程度では小説は書けないのです。

 芥川龍之介賞を授かったお笑い芸人ピースの又吉直樹氏は太宰治氏の熱心なフォロワーとして有名ですが、それだけで三百万部の『火花』が書けたわけではありません。彼はそれ以外の書き手の小説も数多く読む「多読家」としても知られています。テレビ番組『アメトーーク!』で「読書大好き芸人」として登場したときまでに相当な数の小説を読んできたはずです。

 だからこそ、出版社が又吉直樹氏に執筆を依頼して文芸誌に掲載しました。

 読んだ数が圧倒的に多かったからこそ、『火花』は生まれたのです。

 入力が足りない方は、出力も貧困になりやすい。

 だからこそ、たくさん読み込んでください。

 できることなら、興味のないジャンルの小説もたくさん読みましょう。

「異世界ファンタジー」が大好きで、「異世界ファンタジー」しか書きたくないからといって、それだけを読むのでは発想が乏しくなります。

『小説家になろう』の「異世界ファンタジー」ジャンルのランキング上位の作品は、似たりよったりだと思いませんか。

 これでは同じ作品を十巻読む、また同じ書き手の作品を十冊読んでいるのと大差ありません。

 だからこそ、幅広い視野が持てるように、あらゆるジャンルの小説を読むようにしてください。

「異世界ファンタジー」に池井戸潤氏『下町ロケット』のような「企業小説」を混ぜたら面白くなりそう。そう思えるかどうかは、『下町ロケット』を読んだことがあるかないかです。

 小説を書く方は、書く以上に大量に読んでください。

 若い時分は、書くよりも読むに徹したほうがよいのです。そのときのストックがあるから、書きたい作品にも多様性が生じます。

 同じシリーズを読むだけでなく、別のシリーズも読む。同じ書き手の作品を読むだけでなく、別の書き手の作品も読む。そのうえでできるかぎり数多く読むのです。

「読まずに書けるか!」という精神で小説と向き合ってください。





最後に

 今回は「生涯で何作書けるのか」について述べました。

 あなたが今何歳で、何歳まで創作活動ができるのか。それをまず知りましょう。

 あと何年執筆できるか。何か月執筆できるか。何万枚執筆できるかを知るのです。

 生まれて不滅だったものなどいっさいありません。

 あなただって不老不死ではいられないのです。

 死ぬまでの間に、どれだけの作品を世に送り出せるのか。

 今すぐPCを立ち上げて「企画書」を書き始めましょう。

 あなたに与えられた限られた時間の中、立ち止まっている暇などありませんよ。



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