829.構成篇:ジャンル6:成り上がり

 今回もブレイク・スナイダー氏『SAVE THE CAT!』のジャンルについてです。

「成り上がり」は意訳で名づけました。

 落ちこぼれが成り上がっていくさまは物語として映えますから。





ジャンル6:成り上がり


 落ちこぼれが成功する物語を嫌いな人はいますか。

 無視され軽んじられがちな外れ者が周囲に負けず立ち上がり、世間やなにより自分自身に対して、俺にだって価値があるんだ、と証明するのです。

 けっして価値がないわけではないんだ。世間を変えることさえできるんだ。

 それがこのジャンルに収まるすべての物語の肝です。

 近年ではAppleの前CEOであったスティーブ・ジョブズが「成り上がり」の典型とされています。

 成り上がりジャンルの主人公は、いわゆる愚か者(軽んじられる落ちこぼれ)タイプです。支配的な組織や集団の中でつねに無視されることが、この手の主人公の弱み(であり同時に強み)です。

 この手の物語の主役である落ちこぼれは、絶対最後に勝利をつかみます。落ちこぼれが勝つのです。

 ただ勝つだけではなく、(たいていの場合は意図せずに)自分を下に見た組織や集団のバカさ加減を暴いて勝ちます。

 最後には、主人公をバカにした集団が、バカを見て終わるのです。




成り上がりの三要素

 成り上がりジャンルではうまく小説を書くために絶対不可欠な要素が三つあります。

「支配的な集団に軽んじられて、自分の力に気づいていないナイーブな落ちこぼれ」「その落ちこぼれが帰属し、真っ向から対立することになる支配的な集団」「落ちこぼれがあたかも別人になる、または新しい名前を得て変異する」ことです。


 落ちこぼれは、どんな年齢でもかまいません。最初は周囲に見くびられているというのが、唯一の条件です。

 初めは、誰からも相手にされないことがその主人公の弱点に見えます。しかし最終的にはそれが最大の強みになることが証明されるのです。

 成り上がりジャンルの主人公が「勇者譚」ジャンルと違うのは、誰ひとりとしてその落ちこぼれが「特別」だと思っていません(主人公自身も)。「勇者譚」ジャンルの主人公は、みんなに「特別」だと知られていますが、成り上がりジャンルの主人公は最初「ひとりを除いて」誰にもかまってもらえず、無害だと思われています。

 集団の中には必ず、落ちこぼれの潜在能力を見抜いている人がひとりいて、集団のみんなが落ちこぼれの能力に気づかないよう万策を尽くします。誰も気づいていない落ちこぼれの真の能力にひとりだけ気づき、その能力が集団に脅威を及ぼすという予測に基づいて、なにかと邪魔しようとします。

 純な心が最大の武器。そしておとなしい言動から周囲に軽んじられますが、あるひとりの嫉妬する部内者だけが、その正体に気づいています。


「支配的な集団」とはつまり、人々の集まり、社会を構成する小集団で、落ちこぼれがそこに入ってきて対立する場合もあれば、すでにおバカさんはその集団内にいて、自然と対立してしまう場合もあります。

 勝利をつかむ落ちこぼれは、疑問も持たずに日々生きているだけです。なにも壊す気はありません。

 落ちこぼれが持つ最強の武器は(本人が気づいていなくても)、純真であること、そして自分に正直でいられることです。

 落ちこぼれを低く見る中枢部から離れていられるから、その中枢部に風穴を開け、組織的矛盾を暴けるのです。

 ほぼ成り行きで落ちこぼれは最後に勝利することになります。

 主人公が元々帰属していて対立する集団、または主人公が新しく所属するが最初は浮いてしまう集団。どちらにしても、馴染めないことによっていさかいが起こります。


「変異」ですが、成り上がりジャンルの物語では落ちこぼれが、成り行きまたは変装により自分でない誰かに変わる瞬間があります。

 どんな物語にも必ず比喩的な変容がありますが、成り上がりの場合は、そこに主人公の「物理的変容」が加わります。ほんの数ページの出来事かもしれませんが、たとえば名前を変える、変装する、オシャレをする、仕事や使命を変える、別人になるなどです。

 この「変異」の瞬間は、主人公を小馬鹿にしていた集団が、実はバカでもないらしいと気づく決定的な瞬間です。

 これは仮面を外して正体を現すという行為の逆バージョン。

 落ちこぼれの場合は、自分をバカにする人たちをごまかすために、仮面をつけているわけです。

 この「変異」の仮面は程なく外されます。なぜなら「周囲になにを言われようと自分は自分でいるのが最高」というのが「成り上がり」というジャンルの肝だからです。

 成り上がりが読み手の心に響くのは、誰でも同じ目に遭ったことがあるからです。

 誰だって集団の理屈に馴染めなくて悩んだり、疑われて困ったことが一度はあるでしょう。誰かまたは集団に「そんなやり方じゃダメ」と言われてへこんだことがあると思います。

 でも成り上がりの物語が心に響く一番の理由は、ひとりの人間にも変えられるものがあると信じたいのです。

 落ちこぼれの主人公が好まれるのは、私たちの内なる落ちこぼれを代表して勝ってくれるからです。

 そして自分を信じることさえできれば勝てる、と教えてくれます。

 成り行きでまたは変装によって、主人公が誰か別の人になる、新しいことをする、または別の名前を使います。

 そうして落ちこぼれは成り上がっていくのです。


 スティーブ・ジョブズ氏は養子としてジョブズ家に引き取られ、大学に行くときも親に無茶な要求をしました。そうして入った大学を中途で退学し、インドへ放浪の旅に出て帰ってきたときに、近所に住む天才エンジニアであるスティーブ・ウォズニアック氏と組んで世界で初めての組み立て済みパソコン『Apple II』を完成させます。これが大ヒットを飛ばし、ジョブズ氏は一躍億万長者の仲間入りです。

 しかし、蜜月は長くは続かず、後継機として『Macintosh』を開発するよう指示を飛ばしますが、要求があまりにもめちゃくちゃだったため脱落者が続出し、発売日がどんどん後れていきました。そうして発売された『Macintosh』は初回の受注こそよかったものの後が続かず赤字を垂れ流す状態になったのです。

 その責任をとらされる形で、自らが創業したApple Computer社を解雇されます。

 NeXT社を立ち上げるも業績は振るわず、ジョージ・ルーカス氏からCG動画部門PIXARを買収します。

 このPIXARにたいして関心を持たなかったジョブズ氏でしたが、そのため余計な横槍が入ることなくPIXARは短編総CG映画を完成させ、ハリウッドに衝撃を与えました。これを見てジョブズ氏はディズニー社に出資を依頼して『TOY STORY』が製作されました。これがハリウッドを始め世界中で大ヒットを飛ばし、ジョブズ氏はコンピュータ業界ではなく映画業界で大きな注目を集めることとなりました。

 その頃Apple Computer社は不況を極め、倒産寸前の状況まで追い詰められていたのです。

 そこで経営陣は劇薬であるジョブズ氏を取締役に据えるべく話を持ちかけ、ジョブズ氏は復社します。

 ジョブズ氏は不良在庫をさばいて黒字転換のために新商品の製作を模索するのです。

 これがボンダイブルーのスケルトン筐体を持つ「iMac」だったのです。

 発表当時Microsoft社のビル・ゲイツ氏は「あんな見た目の製品ならうちでも作れる」と言い放ちます。

 しかしその年最も売れたパソコンは「iMac」でした。

 その後「iMac」向け音楽配信サイト『iTunes MusicStore』、携帯音楽プレイヤー『iPod』、世界を変えたスマートフォン『iPhone』、ノートパソコンの牙城を切り崩した『iPad』と、出す商品がことごとく大ヒットを収めたのです。

 まさに「成り上がり」の人生そのものです。





最後に

 今回は「成り上がり」ジャンルについてまとめました。

 成り上がりの三要素である「支配的な集団に軽んじられて、自分の力に気づいていないナイーブな落ちこぼれ」「その落ちこぼれが帰属し、真っ向から対立することになる支配的な集団」「落ちこぼれがあたかも別人になる、または新しい名前を得て変異する」をしっかりと踏まえて書けば、誰もが痛快感を覚える小説が書けます。

 植木等氏主演『無責任男』シリーズだったり、渥美清氏主演・山田洋次監督『男はつらいよ』シリーズの主人公たちのように、どんな難関も飄々とかわして解決してしまう。この痛快感は近年それほど見られなくなりました。

 私がこのジャンルをあえて「成り上がり」と評したのは、矢沢永吉氏の著書に影響されています。落ちこぼれでもトップに立てるという「成り上がり」の構図がこのジャンルにピタリと合うからです。



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