827.構成篇:ジャンル4:勇者譚

 今回もブレイク・スナイダー氏『SAVE THE CAT!』のジャンルからです。

 有史以来、どの文化の神話にも必ず登場するのが「勇者」です。

 最も有名な「勇者」はギリシャ神話のペルセウスでしょう。

 そんな勇者が活躍する物語、それが「勇者譚」です。





ジャンル4:勇者譚


 有史以来、どの文化の神話にも必ずあるのが「選ばれし者」つまり「勇者」の物語です。普通の人々よりなにかがすぐれているひとりの人間がいて、その役目(と運命)は、立ち上がって障害物を乗り越え、巨大な悪を倒し、もしかしたら世界も救うところまで行くというお話になります。

 平凡な人間の世界でただひとり「非凡」な自分に気づいてしまった人の物語です。


 スーパーヒーローと聞くと、マントやタイツに身を包んだアメコミ的なヒーローを思い浮かべるかもしれませんが、そういう主人公だけの話をしているのではありません(マンガの堀越耕平氏『僕のヒーローアカデミア』のオールマイトのようなスーパーヒーローでなく、ヒーロー養成学校「雄英高校」の生徒が主人公ですよね)。

 好むと好まざるとにかかわらず、偉大ななにかを成し遂げる運命を背負わされた主人公は、全員「勇者」に含みます。

 勇者譚ジャンルのすべての小説が教えてくれるように、特別であるというのは、楽なことばかりではありません。

 皆と違うこと、そして特別な力を与えられていることは、しばしば「代償」を伴うものです。一般的には、世間の皆に誤解されることが「代償」になります。悲しい現実ですが、自分と違う人を低く見るのが通例です。

 でも、それこそ読み手がこのジャンルを自分のことだと共感できるポイントでもあります。

 私たちは、魔法の力や特殊能力を与えられていませんし、誰にも負けない強い心や、困難にも折れない運命や任務に対する強い信念を持っていないかもしれません。一方で、周りから浮いてしまうとか、誤解されてしまう類いに悩まされた経験が誰にでもあるはずです。

 勇者譚ジャンルに登場する主人公は、それぞれきわめて多様で特別な「能力」を持っています。

 どの物語も基本的には、「選ばれし者」「勇者」が(少なくとも最初は)世間から誤解され、蔑まれ、そして最終的にはみんなと違う「特別な存在」であることを受け入れます。

 だから勇者譚ジャンルの物語は、勝利と犠牲の物語になります。なにか偉大なことを成し遂げる運命を背負っていますが、簡単には遂行できないのです。自分の運命を全うするためには、立ち上がって行く手を遮るものに挑まなければなりません。それでこそ「勇者」なのですから。

 勝ち目のなさそうな挑戦を前にしたら、ほとんど逃げ出すと思いますが、「勇者」は違います。心のどこかで自分の進むべき道があることを知っており、その道から足を踏み外すことがないのです。




勇者譚ジャンルの三要素

 勇者譚ジャンルを成功に導く三大要素は、「特別な力を持った主人公」「主人公の行く手を阻む仇敵」「偉大な力を持ってしまった代償としての『呪い』」です。

「力」は超能力とか魔法とかそういった類いのものとは限りません、なにかよいことをするという使命だって、勇者の立派な「力」です。大義を守るための信念も魔法かもしれませんし、信念があまりに規格外に強くてまるで魔法のように見える、ということかもしれません。

「よいことをする」「よい人間になる」という意志も含め、主人公に授けられた特別な「力」ということになるのです。

 他方『ハリー・ポッター』のように、本当に魔法の力を授かった「勇者」もいます。注意したいのは『ハリー・ポッター』の世界で、魔法を使えること自体特別ではないのです。ハリーを特別にするのは、闇の魔法使いヴォルデモートと対決して打ち負かした「選ばれし者」「勇者」の中で、生き残った唯一の存在という事実になります。

 その能力や宿命がなんであれ、その「力」によって特別な存在になります。「非凡」な存在として、平凡なその他大勢と分かたれる、そんな「力」です。


 そして特別な「力」とセットで必ず付いてくるのが「仇敵」です。

 主人公と真っ向から対立し、同等またはそれ以上の「力」を持っています。「自称選ばれし者」ですが、真の主人公に必要な「信念」を欠きます。

「仇敵」は勇者に真正面から立ち向かい、勇者に匹敵する「力」を持つ存在です。ときとして勇者を凌駕することすらあります。でも、そんな「仇敵」とヒーローの最大の違いは、「仇敵」はあくまで「自称選ばれし者」だということです。

「仇敵」に欠けていて「勇者」に必要な決定的な事実、それが「信念」です。

「勇者」は、自分が特別かどうか考えなくても、わかっているのです(最初はわかっていなくても、やがてわかるようになります)。

 一方「仇敵」はなにかに依存しなければその立場を保てません。自分の努力、策略、味方に引き入れた者たちなどが必要です。自分を特別な存在に見せて、それが崩れないようにあらゆる工夫をしなければなりません。自分では認めなくても、「仇敵」というのは自分が「偽物」であると気づいています。そうでなければ、必死に悪の組織を築く必要はありません。

 ハリー・ポッターの「仇敵」ヴォルデモート卿も、悪の宿敵になりきるために、分霊箱を作ったり、魔法使いを集めたり、闇の魔術を身につけたりと、普通に考えると大忙しだったことでしょう。

 ですがハリーは「選ばれし者」「勇者」だからなにもしなくても特別なのです。赤ん坊のときからの宿命になります。でもそれは「勇者」が背負わなくてはならない重荷なのです。

「仇敵」は持てる「力」の限りを尽くして、真の「勇者」が誰か人々に気づかないようにします。だから戦いを仕掛けて軍勢を送り込み、人々を支配し洗脳し、政略結婚を企てるのです。自分の優位を誇示する仕掛けを維持する、涙ぐましいまでの努力を続けます。

「信念」の欠如こそが、「仇敵」に主人公を殺すように駆り立てるのです。そうして自分こそが「選ばれし者」「勇者」であると世界と自分自身を納得させたい。ハリーが死ねば、ヴォルデモートはこれ以上頑張らなくてよいのです。

 このような思考そのものに、「仇敵」が抱える矛盾があります。

 本当に自分が「選ばれし者」「勇者」なら、別に主人公を殺す必要なんてありません。そんなことをしなくても、たとえ説明しなくても皆が「勇者」だと納得するのです。

「勇者」は、いつも最後まで生き残るとは限りません。勇者譚ジャンルの物語の最後には、必ず主人公と「仇敵」の雌雄を決する一対一の最後の戦いが控えているものです。そして、とくに現実的な話の場合は、主人公は打ち負かされることになります。しかし勝ち負けは問題ではありません。なぜなら、その他大勢の読み手たちが、主人公と一緒に旅をして変わってきたのですから。主人公が学んだ普遍的で素晴らしいなにかを、読んだ私たちも学んでいます。主人公を信じる心が「勇者」を勝者にし、永遠の命を与えるのです。


 そして勇者譚ジャンルの物語を成功させる第三の要素が「呪い」です。これがなければ「勇者」は釣り合いのとれた人物キャラクターにならず、読み手に嫌われてしまうでしょう。

 主人公が超克する(または敗北する)ことになる、特別な存在になるための代償によって、読み手は主人公と共感できます。

 目先のことしか見えない家族にいつもバカにされていますが、それが主人公の人気に一役買います。仮に家族が彼の能力を理解して愛でるように育てる人たちだったら、応援したくならないかもしれません。

 なにかハンデを背負わせて「勇者」の格を一段下げること(とくに物語の初め)で、物語がちゃんと機能するようになります。

 忘れてならないのは、この「勇者」はそのへんにいる人とは違うことです。そのままでは、共感したり自分のことだと読み手に感じてもらいにくい。だから、特別であることの負の面を見せます。それが「呪い」です。

 特別であるというのは、いいことばかりとは限りません。「勇者」が背負う「呪い」は、誰にも理解されないこと、またはそれに準じることになります。私たち凡人が自分たちと違うすぐれた人を理解しろと言われても、簡単にはできません。

 ここは書き手にとって、ストーリーを語る腕の見せどころです。偉大な書き手たちは全員腕をふるってきました。あなたも逃げるわけにはいきません。

 読み手の心が勇者から離れないようにするのは、綱渡りのようなものです。目も当てられないほど惨めな目に遭わせてもいけないし、共感不可能で本を閉じられてしまうほど嫌なキャラクターにするのも、利口ではありません。

 究極的には、読者は「勇者」のことを心の底から理解できないのです。それでも仲間外れにされたりバカにされたり誤解されるたりすることなら共感できます。それらは誰でも人生のどこかで必ず克服しなければならない「呪い」です。だから「勇者」にも克服させてあげましょう。


 以上三大要素以外にも、勇者譚ジャンルには頻繁に使われる材料があります。

 勇者譚ジャンルの物語(とくに第二幕)には「改名」というセクションがよく見られます。それは「勇者」としての人格を隠す、または第二幕の「非日常」世界で新たに獲得した役割にふさわしい名前が必要だからです。

 勇者譚ジャンルの物語によく見られるキャラクターとして「マスコット」がいます。主人公の相棒や旅の連れです。どんなにたいへんな状況でも、絶対に「勇者」を見捨てない誰か、またはなにか。普通マスコットは特別な力を持たず、崇高な宿命も背負っていません。しかし「勇者」が我々普通の人間とどれだけ違うか可視化する役目を負っています。「マスコット」は「勇者」の特別さを最初から理解しているキャラクターなのです。


 勇者譚ジャンルはどの層の読み手にも人気ですが、十代の読み手に圧倒的な人気を誇ります。

 誰でも自分が特別な存在であることを夢想します。奮い立って、自分が学友たちよりすぐれている、自分を虐げる者よりすぐれていると証明したいのです。

 そんな感情が爆発するのが「思春期」です。自分が何者で、なにができるのか知りたい。悪目立ちでなく目立ちたい。人生のそんな嵐のような時期だからこそ、勇者譚が教えてくれるものは、読み手の心を震わせます。「勇者」ですら問題を抱えていて、しかもあなたの抱える問題とたいして違わないのだと思わせるのです。





最後に

 今回は「勇者譚」ジャンルについてまとめました。

 勇者譚の三要素「特別な力を持った主人公」「主人公の行く手を阻む仇敵」「偉大な力を持ってしまった代償としての『呪い』」はおわかりいただけたでしょうか。

 これらを生かして『SAVE THE CAT!』式の物語を作れば、ほとんどの読み手に受け入れられる作品が生まれます。

 J.K.ローリング氏『ハリー・ポッター』シリーズは男子が好む「勇者譚」ですが、女子にも人気が出ましたよね。たった少しの見せ方の違いをわきまえることが、より良い小説を書くために必要なのです。



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