634.活動篇:書き手専業は夢のまた夢
今回は「書き手専業になるために知っておくべきこと」についてです。
「印税」「読み手層」「自己管理」の知識と実践は必ず役に立ちます。
今回で「活動篇」は終わります。
次回から「文体篇」の始まりです。
書き手専業は夢のまた夢
めでたくプロデビューが決まったとします。おめでとうございます。
だからといって「専業の書き手」になるのは今しばらくお待ちください。
プロになればその日から「専業の書き手」になれると思っておられる方が存外多いのです。
しかし世間はそんなに甘くない。世間というより出版業界というべきかもしれません。
紙の書籍でいくら稼げるのか
これは以前「印税」の話をした際に計算しましたよね。
今回は10%への消費増税を見越して文庫本の単価を800円(税抜)、印税率5%、初版初刷5000部として計算してみましょう。
「800円×5000部×5%」イコール「20万円」です。
これとは別に原稿料が支払われます。以前は「原稿用紙一枚あたりいくら」の支払いだったようです。しかし小説投稿サイトの発達により「文字数あたりいくら」の支払いに契約が変わっている可能性があります。
それでも原稿料は「10万円」ももらえればよいほうでしょう。
すると一作あたり「30万円」が目論見になります。
あなたは一年で「30万円」稼げれば良しとしますか。生活保護受給額ですらこれよりも圧倒的に多い。しかも生活保護受給者は医療費が無料です。とてもではありませんが、「30万円」で「専業の書き手」にはなれないでしょう。
ではどうするか。
たくさん売れればいいのです。5000部で計算したから印税は「20万円」なのです。5万部売れれば「200万円」ですよ。なんとか生活保護よりも上くらいにはなります。であれば印税「200万円」が「専業の書き手」になる分岐点なのでしょうか。
これは少し違います。
この計算は一年に一冊しか単行本を出さないことが前提です。
もし一年に十冊発売できれば、一冊5000部でも印税「200万円」は達成できます。
まぁあなたにその才能があったとしても、一年に十冊も発刊してくれる出版社はありませんけどね。
もう少し現実的にお話しすれば、年三冊から四冊発刊するのが現在のライトノベル業界の実情です。
第一巻が5000部、第二巻も5000部売ったとして、第二巻を店頭で見て「この小説面白いんじゃないかな」と思ってくれた買い手が増えれば、第一巻の販売数が増えます。たとえば第一巻が1000部増刷することになれば印税で「4万円」もらえるのです。もしそれで「やっぱりこの小説は面白かった。最新の第二巻も買おう」と思ってくれれば、こちらも1000部増刷することになって印税で「4万円」もらえます。つまり第一巻、第二巻が6000部ずつ売れたわけです。第二巻までの印税総額は「48万円」になります。第一巻が「20万円」でしたから、2.4倍になったのです。
年内にさらに第三巻が発売されたと仮定すれば、第一巻、第二巻が6000部ずつ売れたわけですから第三巻も6000部刷らなければ確実に完売してしまいますよね。つまり第三巻では初版初刷6000部でのスタートになりますから、印税も「24万円」になるのです。
ここらでピンときた方は「商売」というものがわかっていらっしゃいます。
店頭で最新作の第三巻が売られているのを見て「この小説面白いんじゃないかな」と思ってくれた買い手がまた1000人増えれば、第一巻、第二巻とも1000部増刷ですし、第三巻も1000部増刷することになるのです。合計で3000部つまり印税が「12万円」増えるのです。第三巻の初版初刷「24万円」に第一巻から第三巻までの1000部ずつ増刷で得られる「12万円」を足せば「36万円」になります。第一巻から第三巻までの印税総額は「48万円」プラス「36万円」なので「84万円」になります。
5000部スタートで新刊が出るごとに1000人買い手が増えていけば、初年三巻で「84万円」の印税が手に入るのです。
小説がすごいのは、過去に書いた作品も絶版にならないかぎり、いくらでも販売数を増やしていけるところ。
年を改めて、第四巻から第六巻までをそれぞれ追加1000部ずつで売っていった場合、二年目のシリーズ売上部数は3万9000部となり、年間の印税額は「156万円」になります。
一年目だけで「84万円」、二年目だけで「156万円」です。確実に印税額が増えていくことに気づいたでしょうか。
三年目も、第七巻から第九巻までをそれぞれ追加1000部ずつ売っていった場合、三年目のシリーズ売上部数は5万7000部となり、三年目だけで年間の印税額は「228万円」になります。
初年三巻2万1000部、二年目六巻3万9000部、三年目九巻5万7000部なので累計11万7000部です。印税総額も「468万円」、これに原稿料が加わりますので三年で「500万円」は稼げます。
このように三年九巻書き続けられれば「専業の書き手」を目指せるようになるのです。
もし年四冊発刊できる方なら、さらにすさまじい結果になります。
これが「小説を書く」ことの本当のすごさなのです。
ただし不評な作品は第一巻を発売しただけで終わり。増刷もかからないし、新巻の依頼も来ません。そういう方は初版初刷5000部の印税「20万円」だけしか手に入れられないのです。
新巻依頼が来るほどのヒット作が書けるようになって、初めて「専業の書き手」だと名乗れます。
今回は皆様にバラ色の未来を見ていただきたくてこのような計算を致しました。
現実はもっと厳しい。ですが、あきらめずに面白い作品を連載していける方だけが生き残れる世界なのです。
目指すのは連載十巻。ここを過ぎればあなたも人気作家の仲間入りです。
それまでは本業を勤めながら、四か月に一冊のペースで新巻を出せるよう心がけましょう。
もちろん、作品が面白いことが大前提ですよ。
渡航氏『やはり俺の青春ラブコメはまちがっている。』は先日第13巻が発売されました。その帯には「シリーズ累計800万部」と書かれていたのです。第6.5巻、第7.5巻、第10.5巻もありますから、16冊で800万部ということになります。
文庫本一冊600円で、同氏の最初の「紙の書籍」ですから印税率も3%でしょう。
では印税を計算します。「600円×800万部×3%」ですので「1億4400万円」となります。
一本のビッグタイトルで「1億円」が狙えるのは夢のある話です。
しかし多くの書き手はここまで売れません。シリーズ累計100万部も売れればたいしたもの。
それを積み重ねていくことで「書き手専業」が成り立つのです。
どの読み手層を狙うのか
ライトノベルであれば、中高生がメインの読み手層になります。
しかし書き手の大半は大学生や社会人ではないでしょうか。
となれば、読み手層とは年齢による認識の乖離が生じてしまいます。
乖離がひどくなれば、思ったように売上は伸びません。
あなたが書きたい小説のメインの読み手層をどこに置くか。それがプロで食べていくために、あなたが認識しておかなければならない最大の関心事です。
メインの読み手層は「どんな初期設定を好むのか」「どんなキャラクターを好むのか」「どんな展開を好むのか」を把握する必要があります。
残念なことに多くの書き手はライトノベルのターゲットである「中高生」から遠く離れているのです。
それでも「中高生」をターゲットとするのか。それとも「社会人ルーキー」をターゲットとするのか。いっそ「中高年」をターゲットに据えるのか。
戦略が分かれるところです。
どの戦略が正しいかは、つまるところあなたにしかわかりません。
あなたが書きたい小説と、出版社レーベルが狙いたい読み手層が噛み合わないのなら、あなたが出版社レーベルに合わせることになります。出版社レーベル側があなたに合わせることは「絶対にありません」。それは「出版社レーベル自体がひとつの大きな作品」だからです。
たとえば「角川スニーカー文庫ならこんな小説が読める」「富士見ファンタジア文庫ならこんな小説が読める」「電撃文庫ならこんな小説が読める」と三つ挙げてみました。それぞれ「どんな小説が読めそう」か。印象は異なっていませんか。
それが「出版社レーベル自体がひとつの大きな作品」である証です。
やみくもに「小説賞・新人賞」を狙いに行くのではなく、あなたが書きたい小説が正当に評価されるだろう出版社レーベル主催の「小説賞・新人賞」を狙い撃ちましょう。
自己管理がなにより大事
長く執筆活動を続けていくには、自己管理が欠かせません。
「プロの書き手」ともなれば基本的に椅子に座ってパソコンと向き合い、たいして運動をすることもなくなります。そうなると不健康に一直線です。
運動不足なのに脳は使うから糖分が欲しくなる。当然太ります。
座りっぱなしで腰を悪くします。
液晶パネルを見続けて、目が悪くなります。
社会人や学生生徒なら出退勤や登下校などで、少なからず歩くのです。
しかし「プロの書き手」は自宅のパソコンが職場ですから、ほとんど歩きません。
そこで毎日ウォーキングをするとか定期的にジムに通うとか食べすぎ飲みすぎに注意するとか、なにがしか実践することがたいせつです。そうしないと不健康にまっしぐら。そして職業病になってしまいます。
自己管理はなにも身体についてだけではありません。
創作に必要な創造力・発想力・構成力・文章力を磨くことは当たり前です。
他にも情報や知識や体験といった、アイデアの泉が枯れないように日々ネタを仕入れておくことも自己管理の一環と言えます。
なにを書きたいのかを見失わないかぎり、あなたのアイデアの泉が枯れることはないでしょう。
最後に
今回は「書き手専業は夢のまた夢」ということについて述べてみました。
印税は複利のように増えていくものです。
単行本を一冊出しただけでは苦労した割に儲けなんて出ません。
作品を面白くして、第二巻、第三巻と巻数を増やしていくことで、印税は加速度的に増えていきます。
今回の例では九巻11万部としましたが、九巻も連載が続く作品はたいてい累計100万部を超えているものです。
問題は九巻まで出版してもらえるか。作品が面白くなければなりません。
そのためには読み手層を狙い撃ちできているかが問われます。
また自己管理を徹底して、心身の健康を維持するのも、創作を長きにわたって続けるためには必要なことです。
今回で「活動篇」は終わります。
次回から「文体篇」の始まりです。
文体は「言いまわし」と言ってもよいでしょう。
まず贅肉のない文を目指し、そこに「あなた独特の言いまわし」が加わることで文体は生み出されます。
右手首の腱鞘炎が長引いてしまい、ストックがあまりないので、行き当たりばったりになるかもしれません。
と予防線を張っておきます。
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