558.明察篇:人は学習する

 今回は「人は学習する」ことについてです。

 一度マンホールに落ちた人は、マンホールが近くにあると注意深くなります。

 なんの考えもなしに歩いてまたマンホールに落ちる人はいないのです。





人は学習する


 小説の人物は「書き手が最初に設定したとおりに動く」ものです。

 しかし人物は出来事を経験することで、次の出来事でどう動くか変わっていきます。

 結果として「書き手が最初に設定したとおりに」は動かないのです。

 これが人物の現実味を支えています。




人間が書けていないと言われた

 小説を論評してもらったとき、先方から「人間が書けていない」と言われることがあります。

「人間を書く」とはなんでしょうか。

 前記しましたが「出来事を経験することで、次の出来事でどう動くか変わってくる」さまを描くことです。

「人間が書けていない」とは、当初の判断基準のままで変化がまったくないから言われます。


 たとえば人物の前にふたの開いたマンホールがある。当然人物は落ちてしまう。

 後日、人物の前に再びふたの開いたマンホールが現れます。

 このとき、また人物がマンホールに落ちてしまえば「人間が書けていない」と言われるのです。

 再びマンホールに落ちるのは、そうプログラムされたロボットがすることであり、人間のすることではありません。

 普通なら人間は同じ失敗をしないよう気を配って生活しています。

 一度ふたの開いたマンホールに落ちた経験をした人は、再びふたの開いたマンホールを見たら「落ちないためにはどうすればよいのか」考えるのです。

 だから再びふたの開いたマンホールを見たら、避けて通る選択をします。

 当初はマンホールに落ちる設定の人物であっても、二度目は経験を生かして「落ちないように」避けて通る工夫をするのです。

 避けて通るようになれば「人間が成長した」ことを読み手に感じさせます。

 これが「人間が書けている」状態なのです。


 また人間なら当然するはずのことが書けていないときにも「人間が書けていない」と言われます。

 たとえば「水を飲む」「食事を摂る」「トイレに行く」「買い物に行く」といった生活関連のことや、「ヒゲを剃る」「歯を磨く」「お風呂に入る」といった身だしなみ、「勉強をする」「仕事をする」といった営みのこと。

 そういうことが書けていないと「人間が書けていない」と言われます。小説の中で「生活感」がいっさいないのです。

「生活感」を描くことで「人間が書けている」状態になります。




成長や生活感を書く

「人間が書けている」と、その人物は出来事を経てどんどん「成長」していきます。

 それにより、書き手の想像していた物語を進められなくなることもあるのです。

 回避するには、先に「佳境クライマックス」と「結末エンディング」を決めてから、ひとつずつエピソードを遡るようにして書いてください。

 エピソードを経て「成長」することを織り込んでおけば、「成長」も書き手の制御下に置けます。

 連載小説では流れや勢いでエピソードを作っていきますから、どういう「成長」をするのか、書き手にもわからなくなるのです。

 だから、初心者が勢いで連載小説を始めてしまうと、支離滅裂な終わり方をしてしまって評価を大きく落とすことにつながります。

 これはもったいない。

 じゅうぶん小説を書き慣れてから連載小説に乗り出してください。ある程度物語をまとめる力がついていれば、綺麗に着地させられるのです。

 プロの書き手を目指していて、そのために小説投稿サイトで連載小説に手を出そうとしている方も多いと思います。

 当初はプロットどおりに進められるでしょうが、程なくして「人間が成長」してプロットを超えてしまうのです。

 収拾するには、ひとりずつ「結末エンディング」を提示していく方法と、全員で「結末エンディング」にたどり着く方法があります。

 連載初心者は「ひとりずつ」パターンを使ってください。そうすれば物語が段々と終わりに近づいている実感を書き手も読み手も味わえます。

 ある程度腕がついてきたら、複数の人物を同時に終わらせてみましょう。

 どんどん人数を増やしていけば、一度で全員の「結末エンディング」を書くことができ、大団円を迎えることもできるはずです。




人物の過去を設定してみる

 小説の人物は書き手の創造物のひとつです。

 没個性になりがちな人物を生き生きと書くために、人物の「成長」を書きます。

 そこで現在の人物像を形作るため、「過去」になにがあったのか詳細に設定する技法があります。

 人間は「過去」の積み重ねの上に生きているため、どのような環境で育ち、どう生きてきたのか。それで人物の性格が決まるのです。

 人物の「過去」をきちんと設定していれば、現在の性格も判断基準もブレません。


 私の「箱書き」段階の『秋暁の霧、地を治む』の主人公ミゲルは「戦争のない世界を作る」ことを目的としています。その過去は七歳で路頭に迷い、スリで暮らしていましたが軍務長官に捕まってしまい、身寄りのない境遇だったので軍務長官が引き取って育てることになったのです。そこで倫理観を教えられたことによって、殺生や窃盗や強奪などを戒める気持ちが強く出る性格にしてあります。

「過去」を設定したことで、ミゲルの言動には一本筋が通るようになったのです。

 反戦思想を持つ将軍が、どのようにして世に平和をもたらすのか。

 そう考えるだけで、私は「どんな物語になるのかな」とワクワクしています。

「箱書き」段階まで来ているので、「どんな物語」かはすでに決まっているんですけどね。

 早く書き出したいところですが、「箱書き3」まで練り上げてから「プロット」を書く予定なので、執筆には今しばらく時間がかかりそうです。

 本「小説の書き方」コラムを毎日から毎週に変えるだけで、「箱書き3」はスピードアップするのですが、毎日なにかを投稿していたい意識が強くてコラムの毎日連載を続けています。おかげさまで500日連続は超えましたので、いつ畳もうかタイミングを見計らっているところです。まだ語っていない内容もありますので、それを書ければ終われると思います。





最後に

 今回は「人は学習する」ことについて述べてみました。

 人間は経験を通して「成長」する生き物です。「成長」を織り込んだ次の判断がなければ「人間が書けていない」と言われてしまいます。

 さらに生活感や過去を設定して人物の骨格を強くしておくと、執筆でブレることがなくなるでしょう。

 小説は人物の「成長の遍歴」を描いたものです。

 現在から未来の披瀝だけでなく、過去を含めた時間軸で人物の「成長」の跡を確認することが、小説を書く中枢を担っています。



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