503.飛翔篇:説明と描写

 今回は「説明」と「描写」についてです。

 たびたび書いていますが、私の説明が拙いのかよく質問されます。

 そこで用例を増やしてみました。





説明と描写


 小説の地の文は主に「説明文」と「描写文」で出来ています。


「説明文」とは目の前にある状況・物体や音声を「主観を交えず」客観的に書く文のことです。

「説明文」の例

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山に分け入り、獣道をたどって歩いていると、薮の向こうに二メートル大の黒いものが見えた。熊だ。それはこちらへ体を向けるとおもむろに立ち上がり、ひとつえた。喉元に白い三日月がある。ツキノワグマだ。

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「描写文」とは目の前にある状況・物体や音声を「主観を交えて」書く文のことです。

「描写文」の例

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 山に分け入り、獣道をたどって歩いていると、薮の向こうに大きく黒いものが見えた。なにかいるのだろうか。息を潜めてよく観察すると、どうやら熊のようだ。それはこちらへ体を向けるとおもむろに立ち上がり、ひとつえた。私は恐ろしさから二、三歩後ずさる。今にも駆け足で逃げ出したいところだが、あいにく熊は人間よりも速く走れる。震える体を抑えつけるように奮い立たせ、熊の目をじっと見据えた。視界に入った喉元には白い三日月がある。ツキノワグマだ。

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説明文は描写の一部に過ぎない

 上記の例を見ればわかるように、「説明文」には視点を持つ者の「主観」がいっさい入りません。


「説明文」はあくまでも客観的な状況・物体や音声だけを書きます。

 例文の中にある「二メートルの」は「大きく」が主観と言えなくもないので、あえて単位を付けました。ただしパッと見で「二メートル大の」がわかるとも思えないので、多分にご都合主義です。


 対して「描写文」は視点を持つ者の主観が入ります。

 そして一人称視点は、主人公に入り込んで物語を追体験していく形式です。

 つまり一人称視点であれば、地の文は「説明文」よりも「描写文」のほうが馴染みます。

 一人称視点における地の文の「説明文」は、どこか他人事であり、感情移入を阻害するのです。

 地の文が「描写文」ならば、主人公の感じていること・思っていること・考えていることが直接読み手に伝わります。だから感情移入しやすいのです。




説明文と描写文のトレーニング

 かといって、最初から「描写文」が書ける人はまずいません。


 初めは写真や絵や物体を見て、そこにあるものを「説明文」で客観的に説明していく鍛錬トレーニングを積みましょう。

 書いてある文字を書く。材質を書く。形状を書く。色を書く。位置関係を書く。そして写真や絵や物体の全体をまとめて書くのです。

 逆に全体から書き始めて細部へとクローズアップしていく手順も習得してください。

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 机の上には正面にパソコンの二十七インチディスプレイが、手前にワイヤレスキーボードが置いてある。その周辺に三つの辞書が開かれていた。机の隅にはジャーポットがあり、マグカップとインスタント紅茶の袋が揃えてある。

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 この例では机の上に置いてあるものを書き出してみました。

 こうすることで、「どこになにがあるのか」がとっ散らからないようにしているのです。

 しかしこれは模写しただけであり、ただ情報を読み手に並べて見せただけということになります。


 写真や絵や物体を「説明(模写)」できるようになったら、次は「描写」していきましょう。

 書いてある文字を眼に映る順に書く。見た目から材質を想像して書く。形状をなにかにかこつけて書く。色を自然や動物や他の物体にたとえて書く。そして位置関係を書いて、写真や絵や物体の全体をまとめてなにかにたとえて書くのです。

 これを主人公の意識した順番に書いていきます。

 書き手が主人公に入り込んで「描写文」を書くのであれば、書き手が意識した順番に書いていくのです。それが一人称視点での「描写文」として成立します。

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 机の上は乱雑としていた。正面にはパソコンの二十七インチディスプレイが鎮座し、その手前にワイヤレスキーボードが置いてある。周辺に三つの辞書が開かれていた。机の隅にはジャーポットがあり、マグカップとインスタント紅茶の袋が揃えてある。

 二十七インチと広いディスプレイには右端にWebブラウザでWikipediaとGoogle検索を表示してある。左端に出版社の編集部とやりとりするためのメールソフトを、中央に小説を入力するテキストエディタのウインドウが並べて表示されている。キーボードは薄いアルミ製だが、キーストロークもじゅうぶん沈み込み、反発も申し分なく私の感性に合っている。小説を打ち込んでいる手がもたつくこともない。複数の厚く重い辞書のページをめくって目的の単語を探し出し、用例を確認しながらテキストエディタへ入力していく。お尻が痛くなるほどの固い椅子に座り続けるため、つねに座布団を敷いている。執筆意欲が削がれないよう、水分補給はジャーポットで淹れたインスタント紅茶で済ませていた。席を立つのはトイレに向かうときくらいだ。

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 前半の机の上にあるものを読み手に伝えるには、「説明文」のほうが頭に入ります。

 しかし後半は一つひとつのものを主観を交えて「描写」していくことで、「どういう存在なのか」を書きました。

 一つひとつを随時「描写」していく手法が一般的なのですが、それだと「どこになにがあるのか」が今ひとつわかりづらくなります。そこで今回はまず「どこになにがあるのか」だけを確定させて、そこからひとつずつ描写していくようにしているのです。


「描写文」に慣れてきたら、次は聴覚を取り入れてみましょう。

 模写するのはドラマや映画やアニメです。

 木を叩いたり、ガラスを撫でたり、金属を打ち鳴らしたり、自動車のクラクションを鳴らしたり、放課後のチャイムが鳴ったりと音声を書き入れていくのです。

 そして人の話し声も、とくにカッコ書きしなくてよければ、地の文に入れてしまいましょう。

 今回の例文なら、メールの到着音やキーボードを打ち込む音、ジャーポットからお湯を汲む音などが想像できるはずです。音楽を流しながら執筆しているかもしれませんね。





最後に

 今回は「説明と描写」について改めて述べてみました。

「説明文」と「描写文」の違いはなかなか飲み込めるものではありません。

 地の文は、一人称視点なら「描写文」で、三人称視点なら「説明文」で書くことになります。

 それがごちゃ混ぜにならないようにするのが、わかりやすい文章の基本です。

 三人称視点で「描写文」を書いてしまうと「神の視点」になってしまいます。

 そこだけはご注意くださいませ。



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