445.発想篇:隠すべきところをあえて見せる

 今日は「隠すべきところ」を「あえて見せる」発想法です。

 たとえば主人公が知りえない情報を、主人公へ感情移入している読み手だけに伝えます。

 すると読み手は「主人公」でもあり「傍観者」にもなるのです。

「秘密」を共有することで読み手は「傍観者」の視点を持つようになります。





隠すべきところをあえて見せる


 前回「意図的に見せる」ことと「意図的に隠す」ことについて述べました。

 今回は「隠すべきところをあえて見せる」ことについて語りたいと思います。




隠すべきところ

 まず「隠すべきところ」についてです。

 その情報を主人公に知られたら物語の展開が差し障りを受ける。

 そんな情報は「隠すべき」です。

 ですが多くの名作では、主人公が関知しない情報を読み手に読ませていますよね。

 あれは「隠すべきところ」を隠していないのではないか。

 実は「隠すべき」情報をあえて明文化して、主人公にではなく読み手に直接訴えかけているのです。

 読み手は「主人公」でもありますが、同時にそれを傍から見ている人つまり「傍観者」でもあります。


 田中芳樹氏『銀河英雄伝説』では銀河帝国側の主人公ラインハルト・フォン・ローエングラムと、自由惑星同盟側の主人公ヤン・ウェンリーのそれぞれの立場で描かれているのです。

 しかしときどきフェザーン自治領や地球教などが現れて陰謀を張り巡らせています。

 このフェザーンや地球教の陰謀が読み手に「傍観者」の視点を持たせる「秘密」となります。


 水野良氏『魔法戦士リウイ ファーラムの剣』では主人公リウイを利用して民主化を煽動する謎の人物が登場しています。

 リウイはその人物が巡らせた陰謀のことを知らずに行動し、結果としてそれを凌駕していったり陰謀どおりに踊らされたりしてストーリーが進んでいくのです。

 謎の人物のことを読み手は知っていますが、主人公リウイは知りません。

 謎の人物を登場させることで読み手に「傍観者」の視点を持たせる「秘密」となります。


 双方とも読み手は陰謀のことを知っていますが、主人公たちはそれを知りえません。

 ここに「傍観者」としての読み手が存在しているのです。


 では「主人公」としては知らないはずの情報をなぜ名作たちは「傍観者」に読ませているのでしょうか。

 読み手にワクワク・ハラハラ・ドキドキしてもらいたいからです。




傍観者がワクワク・ハラハラ・ドキドキする

 「主人公」の知らないところで陰謀が張り巡らされています。

 当然「主人公」はそのことを知りません。

 しかし「傍観者」はその陰謀についてすでに読んでいて知っています。

 するとこれから陰謀が「主人公」に及びそうだと思ってハラハラ・ドキドキしてくるのです。

 またサプライズが企画されていると、「主人公」がどう喜んでくれるのかワクワクしてきます。


 ワクワク・ハラハラ・ドキドキは小説の要です。

 小説を読んでいるのに、いっこうにワクワク・ハラハラ・ドキドキしてこないというのでは、なんのために小説を読んでいるのかわからなくなります。

 読み手は途端に味けなく感じて続きを読まなくなるのです。

 多くの人に作品を読んでもらいたいのなら、読み手をワクワク・ハラハラ・ドキドキさせることに主眼を置きましょう。




読み手と秘密を共有する

「主人公」が知らずに「傍観者」は知っている。

 その状態は「書き手と読み手が秘密を共有している」ようなものです。

「主人公」は知らないけれど、読み手と書き手はこれからどうなるのかを知っています。

 つまり「秘密の共有」です。

 ちょっと罪作りな手法ではありますが、その背徳感から読み手と書き手は堅く結ばれます。


 マンガ・桂正和氏『I”sアイズ』において主人公である瀬戸一貴は、意中の人である嘉月伊織の気持ちを知りません。

 伊織については読み手も知りません。

 ですが一貴の幼馴染みである秋葉いつきは一貴に一途な気持ちを、一貴には見せずに読み手には見せています。

 ここで読み手は「いつきは本当に一貴のことが好きなんだな」という「秘密」を手に入れるのです。

 この「秘密」は読み手と書き手が共有しています。

 本命の伊織の気持ちがわからない。でも幼馴染みのいつきの気持ちはわかる。

 こうなると読み手はハラハラ・ドキドキしてくるわけです。

 本命か、幼馴染みか。一貴はどちらを選ぶのだろうか。

「秘密の共有」が読み手の心を強く煽ります。


 このように「秘密の共有」があれば、読み手は「傍観者」としての視点を持つことができるようになるのです。




傍観者は主人公より煽られる

 読み手を「傍観者」にすることの最もすぐれた点は、「秘密」を知らない「主人公」よりもワクワク・ハラハラ・ドキドキしてくることです。

 テレビのバラエティー番組では今でも「ドッキリ落とし穴作戦」を見ることができます。

 なぜ「落とし穴」は今でも行なわれているのでしょうか。

 視聴者には「落とし穴」がどこに置いてあるのかわかっているからです。

 わかっているからこそ、あのタレントがあそこでどんなハマり方をするのかをワクワクしながら観られます。

 もし視聴者が「落とし穴」の存在を知らず、普通に歩いてくるタレントが「落とし穴」にハマったとしたらどうでしょう。

 ビックリするでしょうけど楽しめませんよね。

 なにかのハプニングが起こったような印象を受けるはずです。

 読み手を「傍観者」にしなければ、「落とし穴」なんて少しも面白くありません。


 小説も一緒です。

 読み手と書き手が「秘密」を共有して読み手に「傍観者」の視点を付け加えさせないと、ワクワク・ハラハラ・ドキドキさせられないのです。

 だから「秘密の共有」は物語に必須のテクニックだと言えます。

「秘密の共有」という発想がなければ、「傍観者」の発想もありえません。

 あなたの小説がひじょうにシンプルなのであれば、読み手と「秘密の共有」をして「傍観者」の視点を持たせてみましょう。

 それだけで何倍も面白い作品に仕上がりますよ。





最後に

 今回は「隠すべきところをあえて見せる」ことについて述べました。

 一人称視点において「隠すべきところ」をあえて「見せる」ことで、読み手に「傍観者」の視点を持たせることができます。

「傍観者」の視点は「主人公」の一人称視点だけよりもワクワク・ハラハラ・ドキドキを強く感じさせてくれるのです。

 意図的に「隠すべきところをあえて見せる」発想ができれば、あなたの作品は何倍も面白くなるでしょう。



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