435.深化篇:読み手の理想が投影される

 今回は小説が「読み手の理想」の投影になることについてです。

「理想的な主人公」「理想的な境遇」「理想的な登場人物」などがあります。

 抽象度を高めるほど、読み手は自身の理想をそこに重ねるのです。





読み手の理想が投影される


 小説を読む人は、主人公のことを自分のことのように感じます。

 主人公がなにかを奪われれば、自分もそれを奪われたような気持ちになるのです。

 読み手は主人公に自分の姿を重ねながら読みます。

 それは書き手がそうなるように意図して小説を書いているからです。

 そういう意図のない小説は底が浅くなります。




理想的な主人公

 読み手にとって、主人公は自分の理想を重ねられることが望ましい。

 たとえば空を飛べる主人公というのは、読み手の理想を重ねられますよね。

 だからギリシャ神話の「イカロス」の話は多くの人が憶えているものです。

 どんな話か忘れた方のために、「イカロス」の話を少しします。

 自分も空を自由に飛びたいと思っていたイカロスは、蝋で固めた翼を手に入れます。

 自由自在に飛びまわりますが、太陽に近づきすぎたため蝋が溶けて翼を失い墜落死したのです。

 人は誰しも大空を自由自在に飛びたい願望があります。

 だから「イカロス」の話は聞いた方のたいていが憶えているのです。

「自由に空を飛ぶ」ことに憧れますよね。

 小説投稿サイト『小説家になろう』では「主人公最強」「チート」「勇者」「元勇者」「おっさん」「アラサー」など、自分がなりたいものや自分の境遇をキーワードに設定した小説がよく読まれています。




理想的な境遇

 主人公は読み手の心の投影です。

 ではその主人公がどんな境遇におかれているのか。それも重要です。

 読み手にとって理想的な境遇であることが望まれています。

『小説家になろう』では「異世界転生」「異世界転移」「悪役令嬢」など現実世界とは異なる世界やゲーム内世界が舞台になることが多いのです。

 もちろん現実世界の恋愛であってもローファンタジーであっても、面白ければ良いのですが、つい今の自分と対比してしまうため、主人公の格が読み手よりも上であれば嫌われます。

 たとえば読み手は平社員なのに、主人公が社長や部長だったらどうでしょうか。

 地位による自慢話が書かれていそうで、ほとんどの方は読みたくないと思います。

 かといって主人公が平社員だけど、読み手が社長や部長だったらどうでしょうか。

「青いこと言ってんなぁ」とか思って、真剣に読んでくれませんよね。

 主人公が平社員なら対象とする読み手層は「平社員」でなくてはなりません。

 主人公が社長なら対象とする読み手層は「社長」でなくてはなりません。

 読み手と主人公との境遇の一致こそが、小説を楽しむために不可欠なのです。


 だから『小説家になろう』では「異世界転生」「異世界転移」「悪役令嬢」の「テンプレート」が求められます。

 たとえ読み手が平社員でも社長でも個人事業主でもニートでも、異世界やゲーム内世界に行けば現実世界の地位や肩書きなどまったく意味を成さないのです。

 つまり読み手層が格段に広がるため、閲覧数・ブックマーク数・評価などの「総合評価ポイント」が高くなりやすい傾向にあります。

『小説家になろう』で「異世界転生」「異世界転移」「悪役令嬢」がウケる理由は需要と供給がマッチングしているからです。

 ですが『小説家になろう』で企画されている「小説賞・新人賞」でも「異世界転生」「異世界転移」「悪役令嬢」で行こうというのは間違っています。

「小説賞・新人賞」は「オリジナリティー」のあふれる作品が好まれるのです。

 応募している作品の中から「総合評価ポイント」がいちばん高い人が受賞するわけではありません。

 ほどほどの「総合評価ポイント」であっても独自の作風「オリジナリティー」あふれる作品は、書き手の着想力・構想力・想像力がすぐにわかります。

「この書き手はレベルが高いな」ということが即座にわかる。

 出版社などが「オリジナリティー」を優先するのは「現時点でのレベルの高さ」と「これからどのくらい伸びそうか」を見極めるためです。




理想的な登場人物

 たとえば「美しい女性」と書いてあったとします。

 このとき読み手はどんな女性を思い浮かべるでしょうか。

 ある人は綾瀬はるかさん、またある人は菜々緒さん、またある人は新垣結衣さんという具合。

 読み手の数だけどんな人が「美しい女性」かは異なります。

 読み手にとっての「美しい女性」の理想像がそこに投影されるからです。

 これは時代に流されない小説には不可欠な書き方だといえます。

 たとえば「彼女は新垣結衣に似ている。」と書いたとして、今から五十年後にあなたの小説を読んだ人は「新垣結衣」さんのことを知っているでしょうか。

 まず知りませんよね。

 だから直接「誰々に似ている」と書けば時代に流されてしまうのです。

 「細面で色白、清楚さを醸し出しているが意外と活発的な女性」と具体的に書けば、抽象的に「誰々に似ている」と書くよりも時代に流されません。


 たしかに時代に流されないのですが、読み手が想像する人物は千差万別です。

 あなたの小説が仮に大ヒットした場合、それがマンガ化やアニメ化、ドラマ化や映画化される可能性があります。

 そのとき前もって「新垣結衣に似ている」と書いてあれば、その人物は新垣結衣さんが演じてくれるかもしれませんし、キャラクターデザインでも新垣結衣さんに寄せてくることもできるのです。

 ですが「細面で色白、清楚さを醸し出しているが意外と活発的な女性」と書けば、どんな人が演じるかわかりませんし、どんなキャラクターデザインになるかも想像がつきません。

 読み手は「自分にとっての理想像」を人物に投影しています。

 つまり映像化された際に「コレジャナイ感」が愛読者の間に広がる恐れがあるのです。

 あなたの愛読するライトノベルがアニメ化されたとき、主人公やヒロインに納得いかなかった方も大勢いることでしょう。

 その理由も「自分にとっての理想像」を投影しているからです。





最後に

 今回は「読み手の理想が投影される」ことについて述べてみました。

 小説はしょせん文字だけで創られた「一次元の芸術」です。

 文字で表される物事にも限度があります。

 だから文字で書かれていないところは、読み手が想像力を働かせて補う必要があるのです。

 主人公に現実や理想を重ねる。

 境遇に現実や理想を重ねる。

 人物に現実や理想を重ねる。

 これらはどれだけ詳らかに描写したかが問われます。

 どれだけ詳らかに書いたところで「誰々に似ている」「どこどこに似ている」という一言ですべてが当てはまってしまうのです。

 小説とくにライトノベルでは「誰々」「どこどこ」など、あまり断定して書かないほうがよいでしょう。

 そのほうがより多くの方に作品を楽しんでもらえます。



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