176.再考篇:言いたいことが伝わるには

 今回は「書き手の書きたいように書かないこと」について述べました。

 小説に限らず文章は読み手が読んでどう受け取るかが大事です。





言いたいことが伝わるには


 書き手には「言いたい」こと「主張したい」ことがあります。

 それをただやみくもに書くだけでは相手に伝わりません。いくら伝えようと頑張ってもまったく伝わらないのです。

 ではどうすれば伝わるのでしょうか。




自分の言いたいことはそのまま書かない

 書き手は「読み手にこういうことを伝えたいな」と「テーマ」を持って小説を書きます。それで読み手に伝われば言うことはありません。

 ですが小説の読み手は老若男女で多種多様。ある人には意図が正しく伝わりますが、その他の人には間違って伝わったりまったく伝わらなかったりします。

 「いやそんなことはない。この小説は日本語で書かれている。日本語が使える人が読めば誰だって同じように受け取るはずだ」と思っている書き手も多いことでしょう。

 それが「陥穽かんせい」つまり落とし穴になります。


 老人におとぎ話を読ませたら感心されるでしょうか。逆に幼児に『論語』を読ませたら楽しんでもらえるでしょうか。いずれも文章の意図は正しく伝わりません。

 逆に老人に『論語』を、幼児におとぎ話を読ませれば、どちらも感心して読み進めてくれますし、文章の意図が正確に伝わります。

 書き手の伝えたいものと、読み手が教えてもらえたいものは往々にして異なっているものです。

 書き手が司馬遷氏『史記』のような話を読ませたいと思ってライトノベルにした場合、読み手に響くことはまずありません。

 ライトノベルを読むような方で『史記』を読んだことのある人はかなり稀です。

 ライトノベルを書きたいのなら、ライトノベルの読み手に伝わるようにしなければなりません。


 ゲームである光栄(現コーエーテクモゲームス)『信長の野望』『三国志』シリーズはライトノベルを読んでいる人たちにはウケないのです。大ウケしているのなら歴史書である『史記』の売上も高いはずですし『信長の野望』『三国志』シリーズの売上はもっと高くなります。

 現在は『戦国無双』『真・三國無双』シリーズのほうが大当たりしています。武将を知らない中高生でも一騎当千の爽快感が味わえるからです。『無双』シリーズで武将の名前や背景などを憶えた中高生が多くいます。

 ライトノベルの読み手も『無双』シリーズなら遊ぶのです。『信長の野望』『三国志』をプレイするような読み手なら『史記』も売れますし、田中芳樹氏『銀河英雄伝説』のような群像劇も売れます。

 でも実際に現在では双方ともそれほど売上が伸びていません。それがライトノベルにおける読み手の主要層だからです。




相手の欲しているものを調べる

 では読み手に伝わるように書くにはどうすればよいのでしょうか。

 それはやはり「読み手の立場になって、読みたいと思うもの欲しいと思うものを書く」ということです。

 中国古典の孫武氏『孫子』に「彼を知り己を知れば百戦殆うからず」という言葉があります。

 小説の書き手にとって「彼」は作品を読むすべての読み手です。彼ら彼女らが読みたいと思うもの欲しいと思うものを把握します。「己」は書き手自身がどんなジャンルや書き方を得意とするのか。それを知ることです。


「読み手が読みたいと思うもの欲しいと思うもの」とは随分概念的な言葉が出ましたね。

 ライトノベルの主要層は中高生です。彼ら彼女らは「軽く」て「面白い」「楽しい」小説を求めています。本筋の流れがシリアスであっても、日常パートが「軽く」て「面白い」「楽しい」と思えるかどうか。読み手はそこを見ています。それがきっかけでクラスメートや仲間などとの話のネタに使っているのです。

 少し古いですが賀東招二氏『フルメタル・パニック!』や、アニメ化が続く鎌池和馬氏『とある魔術の禁書目録』、現在人気No.1の渡航氏『やはり俺の青春ラブコメはまちがっている。』もシリアスな面を持つ作品ですが、冒頭や日常パートではひじょうに「軽く」て「面白い」「楽しい」書き方をしています。

 だからライトノベルは冒頭部分から「軽く」て「面白い」「楽しい」小説だと思ってもらわなければなりません。


 もちろんライトノベルにも重い作品は数多くあるのです。しかし現在人気のあるライトノベルは大半が「軽く」て「面白い」「楽しい」要素を含んでいる作品になっています。

 今は小説投稿サイトを使って無料で小説が読める時代です。とくにライトノベルは小説投稿サイト発のものが多くなってきました。スマートフォンにおいて課金ゲームではなく小説投稿サイトの小説を無料で読んでいる中高生がライトノベルの主要層です。

 彼らは憂鬱になりたくてライトノベルを読むのでしょうか。たとえばゲームであるスクウェア(現スクウェア・エニックス)『FINAL FANTASY』シリーズはストーリーが重めでも人気がありますよね。

 でもその人気は現役中高生が支えているわけではありません。「かつて中高生だった大人たち」が支えているのです。そこを見誤らないでください。

 推理小説・ミステリー小説ではシリアス面を冒頭部分から出し、たまに日常パートを挟んで一息ついてもらうような書き方をすることが多いのです。

 ライトノベルと推理小説・ミステリー小説では書き出し方がそもそも異なります。それは読み手の主要層が違うからに他なりません。

 あなたは『孫子』のいう「彼」をしっかりと見据えて分析していますか。




相手の欲しているものを素として言葉を紡ぐ

 ライトノベルの読み手は「軽く」て「面白い」「楽しい」小説が読みたいのです。これがわかればどんな言葉を紡いでいけばいいのか理解できます。

 ライトノベルなら生死にかかわるような緊張度の高い書き出しではなく、和やかでほのぼのしている書き出しが求められているのです。

 もちろんシリアスパートを随時交えて読み手がワクワク・ハラハラ・ドキドキするような場面も作ります。

 和やかさとシリアスさはできるだけ格差が激しいほうがいいでしょう。つまり目いっぱい明るい作品にしたいなら、目いっぱいシリアスなシーンが不可欠です。テンションのギャップを作りましょう。

 世界を救う物語にしたいなら、一地方の寂しい村を出しましょう。舞台のギャップを作るのです。

 完全無欠のヒーローを出したいなら、なんの取り柄もない人物も出してください。つまり能力のギャップを作ります。

 程度や状態が高いところと低いところをいかにして小説で読ませるかが書き手の技量になります。

 ゲームのエニックス(現スクウェア・エニックス)『DRAGON QUEST』はいずれも満たしていますよね。

 エンターテインメント小説(大衆小説)ではまず緊迫した状況から書き出すことが多いのです。それが「つかみ」となって読み手にハラハラ・ドキドキと感じさせることで読み手を小説世界に惹き込もうとします。

 そして日常シーンでギャップを作っていくことで、さらに緊迫した展開を読ませることができるのです。





最後に

 今回は「言いたいことが伝わるには」ということについて述べました。

 課題は三点。

「自分の言いたいことはそのまま書かない」

「相手の欲しているものを調べる」

「相手の欲しているものを素として言葉を紡ぐ」です。


 書き手が書きたいように書いても読み手にはまったく伝わりません。これは書き手が最初に認識しなければならないことです。

 そのうえで相手の欲しているものを調べ上げ、それに基づき読み手側に立って書いていく必要があります。

 説明も描写も「読み手側」から見ないと正しく伝わっているのかわかりません。

 そのためには「書いた原稿をストックし、内容を忘れた頃に推敲し、投稿直前でさらに推敲を行なう」ようにしましょう。「内容を忘れて」いなければ正しい推敲はできません。

 まずは高速で最後まで書ききること。書ききったら表現を改めながら変換していきます。

 そして小説賞の応募要項にある分量に収まっているかを確認し、もし多すぎれば「エピソード」や「シーン」を削除、少なすぎれば追加していくのです。

 そうして出来たものを「言いたいことが伝わるように」校正していきましょう。

 書き慣れてくれば自分が「一場面シーン」を何千字で書けるのかがわかるようになります。

 そうなれば「箱書き」の段階から綿密なプロットを導き出して「ムダのない」かといって「説明不足でない」小説を書けるようになるのです。



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