142.応用篇:感情移入できる主人公とは

 今回は「感情移入できる主人公」とはどういう人物像なのかを分析しました。

 主人公にすんなり感情移入できれば、読み手は物語世界を疑似体験できるのです。

 そこへ誘うのは主人公の設定次第。ぜひ創作の一助にしてください。





感情移入できる主人公とは


 主人公は読み手が感情移入できなければなりません。

 小説の登場人物ならすべて感情移入してほしいところですが、まずは主人公。

 ここから始めなければ他のキャラクターに感情移入してもらうのは不可能です。

 では感情移入できる主人公とはどんな人でしょうか。





主要層と同じ性別

 主人公の性別ですが、男性の書き手は男子を主人公にすると心境がよくわかるので書きやすい。

 女子を主人公にすると女子ならではの感性が男性にはわからないから、どうしても上っ面をなぞるような「コレジャナイ」感が生まれてしまいます。

 男性の書き手なら男子主人公にすべきなのは自明なのです。


 女性の書き手にも同じことが言えます。

 女子を主人公にすれば自身の経験を元にすらすらと書けますし読み手に違和感も与えないのです。

 男子を主人公にすればこちらも「コレジャナイ」感が出てきます。

 ただし男子は女子ほど複雑な心境を持っておらず思考がかなり単純です。

 そのため女性作家の男子主人公ものは結構見かけますしヒットもしています。

 J.K.ローリング氏『ハリー・ポッター』シリーズも女性の書き手による男子主人公の小説でしたよね。


 男性の書き手の女子主人公と、女性の書き手の男子主人公。

 どちらも書き手の理想を反映したものになりやすいという欠点があります。

 まさに「高嶺の花」です。

 書き手から見て「こんな主人公、俺/私なら間違いなく惚れるわ」と思うようなキャラクターになりやすい。


 これは二次創作がメインの『pixiv小説』で顕著に表れています。

 『pixiv小説』で小説を投稿している方は十中八九女性です。

 主人公もアニメなどの原作に忠実というよりも自分の妄想が現れた主人公像に仕立てていることがわかります。

 だからどうしても異性の主人公にしたいなら、そこらへんにいるような普通の主人公になるようにしましょう。

 まぁ『ハリー・ポッター』が異能ショタで成功しているので、そういったものを完全に否定するわけではありませんが。





キャラクターの組み合わせ

 『pixiv小説』の二次創作は女性の書き手による「カップリング」で見られるように、理想的な主人公とそれを引き立てる「対になる存在」との組み合わせが人気の要になることがよくあります。

 「一途な恋」といったところでしょうか。


 男性が書き手の場合は原作の「ハーレム」構造をそのままストーリーに組み込むことが多いように思います。

 特定キャラとの「カップリング」よりも「たくさんの女性にモテる」ほうがかつて「一夫多妻制」がとられていた男性のメンタルに合っているからです。

 「浮気心」といえなくもありませんが、これはほぼ男性の遺伝子のなせる業と言えます。


 このように男性と女性の書き手では作品に現れる人間関係の違いが顕著です。

 ただ、いずれの場合も「恋愛対象がたくさんいる」という状況は同じくなります。

 ただそれが女性の書き手ならそのうちの一組の「カップリング」によって成立し、男性の書き手なら本命のいない「ハーレム」によって成立しているという違いがあるのです。


 「カップリング」による「一途な恋」の代表としてアニメ映画として空前の大ヒットを成し遂げた新海誠氏『君の名は。』が挙げられます。

 二次創作なら今ならアニメ『ユーリ!!! on ICE』やアニメ『うたの☆プリンスさまっ♪』、アニメ『おそ松さん』なども「カップリング」による「一途な恋」の代表作といえるでしょう。

 いずれも女子向けですよね。(2017年当時の話です)。


 「ハーレム」による「浮気心」は弓弦イズル氏『IS<インフィニット・ストラトス>』や鎌池和馬氏『とある魔術の禁書目録』などが挙げられます。

 変わり種として渡航氏『やはり俺の青春ラブコメはまちがっている。』も入るかもしれません。

 いずれも男子向けですよね。


 逆に言えば、男性の書き手が「カップリング」による「一途な恋」を書いたり、女性の書き手が「ハーレム」による「浮気心」を書いたりすると意外性があってウケることがままあります。


 水野良氏『ロードス島戦記』では主人公パーンはハイエルフのディードリットにだけ特別な感情がありますし、第三部主人公スパークはニースをかけがえのないものだと思っているのです。

 男性向けでも「一途な恋」というものはそれなりに需要はあります。





読み手の年齢に合わせる

 主人公が「自分と近い年齢」になるほど読み手は感情移入しやすくなります。

 たとえば高校三年生をターゲットにした小説の主人公が小学生つまり年齢が極端に下だと「俺が子供の頃はこんな感じじゃなかったな」と思って感情移入がしづらくなるのです。

 逆に中学一年生をターゲットにした小説の主人公が大学四回生だとすれば「この頃の気持ちなんて今はわからないしな」と思ってこれまた感情移入がしづらくなります。


 ライトノベルの主人公の多くは中学二年生か高校二年生であることにはわけがあるのです。まず学校の中で年上と年下が存在します。

 中二なら中三と中一がいますし、高二なら高三と高一がいるのです。

 これは学園ハーレムを作るときにたいへん重宝します。

 異性が年上なら憧れを感じますし、年下なら可愛さを感じるものです。


 読み手と主人公がどれだけ離れれば読み手がついてくるのかを明確にしておく必要があります。

 中高生が読むライトノベルでは中高生が主人公ならそれなりにヒットが望めます。

 さらに絞るなら高校生にするとよいでしょう。

 「高校三年間を通して成長していく物語」というのは中学生の目標にもなりますし、高校生は自分の環境に近いなと感じて感情移入しやすくなります。


 主人公の年齢はその小説の連載が何巻まで続けられるかの目安にもなります。

 もし高校三年生の十二月から物語を始めてしまうと、高校卒業までの四ヶ月間のエピソードしか基本的に連載できないのです。

 その点高校入学から始めれば三十六か月間のエピソードが連載できます。

 このアドバンテージはかなり大きいです。


 近作ならマンガの堀越耕平氏『僕のヒーローアカデミア』は主人公の緑谷出久が中学三年生のときから物語をスタートさせています。

 雄英高校を舞台にした本編の三十六ヶ月より前からプロローグがスタートすることで作者がそのつもりならかなりの長尺で連載を続けることができるのです。


 反対にマンガの井上雄彦氏『SLAM DUNK』は湘北高校に入学した主人公の桜木花道がインターハイを目指してインターハイの途中でぶつ切りで連載が終了しています。

 実質四ヶ月間の出来事とされているのです。

 ここまで潔い連載も『週刊少年ジャンプ』としては意外だったのではないでしょうか。





性格は読み手に合わせなくてよい

 性別と年齢を読み手に合わせました。

 これだけで読み手はぐっと感情移入しやすくなります。

 では主人公の性格を決めましょう。


 標題にありますが「主人公の性格は読み手に合わせなくてよい」のです。

 性格まで同じだと同族嫌悪とでもいうのか、自分にハマりすぎていてかえって読み手が嫌がります。

 小説やマンガなどの物語では、自分の性別と年齢は同じでも、性格は異なっていたほうが読み手の心に響きます。


 前述の『SLAM DUNK』なら桜木花道はケンカっ早くてバカですが、他人から正論で指摘されたら素直に従います。

 そこらのヤンキーとは一線を画したことで、ヤンキーからも愛される主人公になったのです。

 そして『SLAM DUNK』はヤンキーだけでなく男女に関係なく人気がありました。

 つまり「主人公の性格は読み手に合わせなくてよい」という見本ですね。



 『僕のヒーローアカデミア』なら緑谷出久デクは「個性」がなく臆病であっても「困っている人を助けたい」という強い心があります。

 気が弱くても「困っている人を助けたい」という強い思いはおそらく世の中で理想ではありますが、実践している人は少ないのではないでしょうか。

 さらに他人の「個性」を熱心に研究しているのです。

 「個性」の相性をマッチングさせるなど戦闘におけるリーダーとしての資質もあるように思えます。



 渡航氏『やはり俺の青春ラブコメはまちがっている。』の主人公・比企谷八幡はとにかくひねくれ者です。

 ここまでひねくれた人物は読み手にそれほど多くないでしょう。

 だから人気が出ました。

 コンプレックスも性格のひとつです。



 小説投稿サイトを閲覧するような中高生は一般にコミュニケーション能力が不足しがちになります。

 だからコミュニケーション能力の高い主人公にするのもいいですね。

 「主人公の性格は読み手に合わせなくてよい」のです。

 違っているから読み手は別の人生を歩んでいるように錯覚します。

 錯覚するほどですから深く感情移入しているのです。





固有の異能力やスキルがあるとさらによい

 なにがしか特別な異能力やスキルがあると読み手は主人公に憧れます。


 『SLAM DUNK』の桜木花道なら跳躍力が他を圧しているのです。

 リバウンド王と認知されるようになるのもうなずけるでしょう。


 『僕のヒーローアカデミア』の緑谷出久デクはオールマイトから「ワン・フォー・オール」という個性を譲渡されます。

 現状では全身の筋力がとてつもなく強くなるスキルとして認知されているのです。

 でも「無個性」とされていた出久に、もしなんらかの「個性」が元から備わっていたという設定があれば、さらにとんでもない異能力に化ける可能性もあります。(2019年5月時点では「ワン・フォー・オール」の中に別の「個性」が受け継がれていることが判明しています)。


 鎌池和馬氏『とある魔術の禁書目録』の主人公・上条当麻の「幻想殺しイマジンブレイカー」、御坂美琴の「超電磁砲レールガン」という異能力は読み手に憧れを抱かせるのです。


 そこまでとんでもない異能力・スキルが必要であるわけではなく『やはり俺の青春ラブコメはまちがっている。』の比企谷八幡は普段からやる気がまったく起きないが、やるときはやる人間です。

 「やるときはやる」というのは若者の理想とする人物像。

 だから憧れが生まれます。





欠点・弱点があるとなおよい

 このようになにがしか特別な異能力やスキルがあると読み手は主人公にさらに深く感情移入できるようになります。

 だからといって完全無欠ではダメです。


 「欠点」「弱点」がないキャラクターはアメコミの超絶ヒーロー然としていて、日本の読み手にあまりウケません。

 「アメコミの超絶ヒーロー然」としている例として『僕のヒーローアカデミア』のオールマイトが見た目を含めて体現していますが、彼にも「欠点」「弱点」が存在します。だから読み手はオールマイトに親しみを覚えるのです。



 田中芳樹氏『銀河英雄伝説』では銀河帝国の主人公ラインハルト・フォン・ローエングラムは心を許す人の数が少なかったし病弱でもあります。

 自由惑星同盟の主人公ヤン・ウェンリーは「政治が軍を統率する(シビリアン・コントロール)」ということに固執して何度もラインハルトを倒し損ねました。

 そういう「欠点」「弱点」があるから彼らは親しまれましたし、憧れられたのです。

 『やはり俺の青春ラブコメはまちがっている。』の比企谷八幡も筋金入りのひねくれ者という「欠点」があります。そこに親しみを覚えるのです。





最後に

 今回は「感情移入できる主人公」について述べてみました。

 書き手が男性なら男性主人公、女性なら女性主人公がベストです。

 異性を書くとどうしても理想が反映されてしまいます。


 そして男性主人公なら読み手は男性を想定し、女性主人公なら読み手は女性を想定するのです。

 男性向け小説・女性向け小説がカテゴライズされている理由も、主人公が同性だから「共感」を得られるところにあります。

 だから『小説家になろう』『カクヨム』では「男主人公」「女主人公」の「キーワード」を必ず付けるべきです。


 読み手の年齢を意識して主人公の年齢を決めましょう。

 読み手と主人公の年齢は近いほうが「共感」を得られて有利です。

 あまり離れすぎると隔たりを感じて感情移入しづらくなります。

 また連載をどの程度の長さにするかで物語開始時の年齢を決めるのもありです。

 性格や能力・スキルは読み手と同じでなくてよい。ここが同じだと「憧れ」を得にくくなります。

 そして欠点・弱点のあるキャラなら読み手に「親しみ」を与えます。


 「共感」「憧れ」「親しみ」をキーワードに主人公を設定すれば、読み手は主人公のことが好きになること請け合いです。

 なればこそ読み手は主人公に感情移入して、物語に没入していきます。

 いずれかが足りなくても浅い受け止め方しかされません。



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