119.応用篇:読み手を不安にさせるか煽るか

 グイグイ読ませる小説には「不安」と「煽り」の二種類が入り混じっているものです。





読み手を不安にさせるか煽るか


 読み手が小説を読み続ける動機は「不安を覚える」か「あおられる」かです。


 たとえば連載小説なら、主人公が不利に陥って直ちにその投稿ぶんを終えます。

 すると先々の展開が不安になってハラハラしてくるのです。

 そして「前回の終わり方が気になって、次回が待ち遠しい」という気持ちにさせられるのです。


 また「主人公が不利に陥る」までは一緒でも「反撃のきっかけをチラつかせてその投稿ぶんを終える」ことで読み手を煽ることができます。

 「これをどう使って不利をひっくり返すのだろう」と感じさせるのです。

 ワクワクしてきますよね。





商業ライトノベルでは

 商業ライトノベルで「不安」をうまく活用できている作品はそう多くありません。

 読後感としてどうしても「すっきりした気分で終わらせたほうが多くの人にウケがいいのではないか」という編集さんの意図が多分に反映されるからではないでしょうか。

 とくにライトノベルは手軽に読めて楽しめるものが求められます。


 「鬱展開」と呼ばれるような書き方をするとどうしても読み手が離れていってしまうのではないかと危惧するのです。


 それに対し、アニメ化・マンガ化もされた田中芳樹氏『アルスラーン戦記』は第15巻で主人公のアルスラーンがとてつもなく不利な状況に陥って展開を終えました。そして残るは2017年12月15日発売の最終巻のみです。これは最終巻が一年以内に発売されることを意図してあったためにできた芸当でしょう。

 それまで長期休載が続いていたシリーズなので、一年以内というのは「とても早い」と感じられます。

 また著者がすぐれた書き手であることを読み手側が理解しているので、「鬱展開」にしても読み手は必ずついてくるだろうという自負も作り手側にあったのではないでしょうか。

(改稿2019年5月時点で、すでに完結しています)。


 いずれにしても商業ライトノベルでは「主人公が不利に陥って直ちにその投稿ぶんを終える」作品は少ないのが現実です。





小説投稿サイトでは

 しかし小説投稿サイトの連載でランキングに載るような作品ともなれば「主人公を不利に陥れて終わる」手口が実に多用されています。

 編集さんが絡まないので書き手の思うように書けるから。

 これが第一の理由です。


 それに加え、毎日新しい回を投稿して連載ペースが速いため「読み手をいったん不安がらせても翌日には結果がわかる」という安心感もあるのではないでしょうか。

 これが第二の理由です。


 読み手を「不安」がらせてもすぐにフォローできるから、ここは「鬱展開」にして一時的にテンションを下げてみようと思えるのです。

 「不安」を巧みに活用できるようになると、次に述べる「煽り」が効いてきます。





煽り

 小説を読み続ける動機のもう一方である読み手が「煽られる」こと。

 つまり書き手としては読み手を「煽る」のです。


 「煽る」とは何か。

 「いったん不利に陥った主人公が反撃のきっかけ(糸口)を見出だす」瞬間、読み手は「これで大逆転できるかも!」とテンションが上がります。

 そのまま大逆転をしてもいいですし、それでは通用しなくてさらに不利に陥って別のきっかけを見出すようにしてもよいでしょう。


 「不安」と「煽り」は表裏一体です。

 テンションのマイナスとプラスとして表せます。


 小説の物語において「読み手のテンション」を視覚化してグラフに描くこともできるのです。


 「読み手のテンションのグラフ」は横軸を小説の頭から終わりまでの時間の流れを表し、縦軸でテンションのマイナス(不安)なら基準線より下に、プラス(煽り)なら上に点を置きます。

 これを線でつなげば折れ線グラフの完成です。

 この折れ線グラフを見れば、その小説ではどこで不安がらせていてどこで煽っているのかがひと目でわかります。





読み手のテンションのグラフ

 たとえば連載初回ならテンションゼロのところから始まります。

 直後にマイナス(不安)を与えていきなりマイナスに点を置くのも面白いです。

 ミステリー小説、ホラー小説なら初回で犠牲者を出して読み手をいきなりマイナスに叩き落とすテクニックがあります。

 いつ主人公の身に魔の手が迫るかわかりません。


 このテンションの変化で、読み手は主人公に感情移入していきます。

 読み手はいきなりハラハラ・ドキドキしてくるわけです。


 これが推理小説だと同じく初回で犠牲者を出しても読み手はプラス(煽り)の反応を示します。

 初回冒頭「三ページ」で犠牲者を出せば、同じく「三ページ」で登場する主人公である探偵や警察が活躍することになるからです。

 主人公が犠牲者や現場を検分する様子を追うことで、読み手は主人公に感情移入していきます。





異世界転生ファンタジーのグラフ

 『小説家になろう』で単独ジャンルとなった「異世界転生ファンタジー」ならいきなり主人公が死んでしまうので、テンションはマイナス(不安)からスタートします。

 ですがすぐに異世界に転生するためテンションはプラス(煽り)に転じるのです。

 このようにテンションが激しく上下動することで読み手は物語へぐいぐいと引きずり込まれます。

 何に転生したかでさらにプラスへとグラフは移動するのです。


 ゼロからスタートして直後に主人公が死んでマイナス1になります。

 しかしすぐに異世界で転生するのでプラス1されてプラスマイナスゼロに戻るのです。

 そして何に転生したかによってプラス1へとグラフは推移します。

 ここで初回の投稿を終えればテンションがプラス(煽り)1の状態なので「この後どんな物語が繰り広げられるのかな」とワクワクしてくるのです。

 このようにして読み手の興味を惹けます。


 ここで終わらずたとえば魔物が自分を取り囲んでいるような状況に陥れた途端に初回の投稿を終えればテンションはマイナス2されてテンションの絶対値がマイナス1になるのです。

 するとマイナス(不安)1の状態なので「この危機を主人公は切り抜けられるのだろうか」とハラハラ・ドキドキしてきます。

 やはり続きが気になるのではないでしょうか。


 このように「異世界転生ファンタジー」は下手な書き手でも読み手のテンションをなんとかコントロールできてしまいます。

 書き手は良い反応を得られますし、読み手は鉄板の流れを読んでワクワク・ハラハラ・ドキドキしていくのです。

 だからこそ「異世界転生ファンタジー」は人気を得るジャンルとなりました。





異世界転移ファンタジーのグラフ

 同じく『小説家になろう』で単独ジャンル化された「異世界転移ファンタジー」はどうでしょうか。

 やはりスタートはプラスマイナスゼロからスタートします。

 そしてなにがしかの力が働いて異世界へと転移することになるのです。

 いきなりわけのわからないところへ飛ばされる。読み手のテンションはプラス(煽り)1へ進みます。

 飛ばされた世界はどんなところかなとワクワクしてくるのです。

 ここで読み手の興味を惹けます。


 転移した世界はたいてい現実世界とはまったく異なる世界です。

 主人公は当然心細くなりますよね。

 テンションはマイナス1されてプラスマイナスゼロに戻されます。

 ここで読み手は主人公に感情移入していくのです。


 異世界で日本語が通じたり誰かに助けられたり保護されたりすれば安心してプラス1されるのです。


 ここで初回の投稿を終えれば、プラス1の状態なので「この先はどんな物語が待っているのだろう」とワクワクして続きが気になりますよね。


 もし日本語が通じなかったり、通じたとしても誰も助けてくれなかったりしたらどうでしょう。

 主人公は不安になりますよね。

 テンションはマイナスへと振れていくのです。

 するとテンションがマイナスの状態なので「この先どうやって生き延びればよいのだろうか」とハラハラ・ドキドキしてくるのです。


 異世界転生ファンタジーはマイナスに振れてからプラスに転じます。

 対して異世界転移ファンタジーはプラスに振れてからマイナスに転じるのです。

 つまり同じ異世界に飛ばされるファンタジー小説であっても、テンションは真逆の展開になります。

 これこそ「異世界転移ファンタジー」が単独ジャンルになるべき理由なのです。





山あり谷あり

 ただ単にプラスばかりで煽り続けたり、マイナスばかりで不安がらせ続けたりしてよいわけではありません。

 人生は必ず「山あり谷あり」です。

 テンションの線は折れている必要があります。


 ただし物語のクライマックス部分では上りっぱなしや下りっぱなしにするのもテクニックのひとつです。

 たとえば絶体絶命の大ピンチに陥った主人公が起死回生の一手を繰り出し、相手が怯んだところへ次々と畳み込んでいくような流れは、読み手に痛快さを感じさせます。


 鎌池和馬氏『とある魔術の禁書目録』の主人公・上条当麻は追い詰められてからの怒涛の反撃が凄まじいのです。

 次々と畳み込んでいきます。

 これで痛快さを感じさせないわけがありません。


 逆にバッド・エンドに向かうのではないかというほど世界存続の瀬戸際まで追いやられてしまう展開もあります。

 水野良氏『魔法戦士リウイ ファーラムの剣』はまさに世界の終焉へと向かうほどのバッド・エンドな流れが襲いかかるのです。

 そして最後の希望である主人公リウイが起死回生を図ります。


 このようにテンションを上げ続けたり下げ続けたりするのもテクニックなのです。

 ただし使いどころはクライマックスにかぎられます。

 連載の冒頭で上げ続けたり下げ続けたりしていると「単調な作品だ」と低評価されてしまうのです。


 冒頭ではしっかりと「山あり谷あり」で進めていって、終盤で煽り続けたり不安がらせ続けたりしましょう。





投稿回ごとにスタート地点は異なる

 また展開によってその投稿回スタート時点のテンションは変わってくるのです。

 たとえば上記の異世界転生ファンタジーで初回をプラス1で終えたのなら、投稿二回目はプラス1からスタートします。

 そこから「山あり谷あり」で進めていってプラス2で終わるかもしれませんし、マイナス1で終わるかもしれません。


 プラス2で終えたら投稿三回目はプラス2からスタートです。マイナス1で終えたら投稿三回目はマイナス1からスタートします。


 このようにテンションを管理して徐々に物語を盛り上げ、読み手を主人公に感情移入させていくのが小説の魅力なのです。

 テンションをグラフ化して管理していれば、よほど下手な書き手でないかぎり一定のフォロワーさんが生まれます。



 単に煽ればいいものでも、不安がらせていいものでもないのです。

 高評価される書き手は、意図的にグラフを管理しているか、多数の良作を読み込んでテンションの流れを自得しているかのどちらかです。


 グラフで管理したくなければとにかく高い評価を得ている作品を多数読み込んでテンションの流れを自得してください。

 そんな時間はないとお思いならグラフで管理していきましょう。





最後に

 今回は「読み手を不安にさせるか煽るか」というテーマで述べました。


 読み手のテンションを下げるのか上げるのか。

 そのコントロールができる書き手は必ず評価されます。

 やっているつもりでも評価が芳しくないのなら、もっと意欲的に「テンションのグラフ」を管理してください。


 過去に投稿したけど評価がなかなか得られなかった作品を分析してみましょう。

 必ずテンションが一辺倒になっている部分が出てくるものです。


 場合によっては「テンションがまったく変化しない」という平凡極まりない展開になっていた可能性すらあります。


 過去を反省せずして未来は切り開けません。

 失敗した作品の敗因を調べるためにも、ぜひ「テンションのグラフ」を確認してみてください。



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