118.応用篇:省く技術
小説は書けるものは書けるだけ書くことができます。
でも書くだけでは物語として冗長になってしまうことがあるのです。
そこで「省く」ことが必要になります。
省く技術
小説に限らず物語は不要な時間を「省く」ことができます。
物語は基本的に時系列通りに書くものです。
しかし起こった出来事をすべて精緻に書いたところで、物語の本筋とは関係ない出来事など読み手はすぐに忘れてしまいます。
つまり本筋と関係ない出来事が多いと「内容の薄い」小説になってしまうのです。
せっかく丹精込めて書いたとしても読み手には関わりありません。
小説の「内容を厚く」したいのなら、本筋と関係ない出来事は極力「省く」ことです。
バトルマンガの省き方
物語には時として大勢の雑魚キャラが待ち伏せされる場面も出てきます。これをひとりひとり殴りのめしていけばアクションが続いてきっとワクワクすることでしょう。比喩でいえば「直喩」です。
マンガ・車田正美氏『聖闘士星矢』はこのようにして雑魚キャラを一人ひとりぶん殴って戦っています。
場合によって一コマですべての雑魚キャラが宙に吹っ飛んでいる場面もあるのです。たとえば黄金聖闘士が青銅聖闘士たちを見開き「一コマで全員吹っ飛ばす」なんてこともやってのけます。
ひとりひとりを丁寧に描くのではなく、一コマですべて描き尽くす。
これは物語の進行をスムーズにするため経過を「省く」のです。
わざわざ箸にも棒にもかからない雑魚の群れを一コマ一コマ倒していたのでは埒が明きません。
しかも読み手が一コマずつ読んでいるときには実時間が経過してしまいます。
光速で動ける黄金聖闘士が一コマずつ青銅聖闘士を倒していたのでは読み手が黄金聖闘士の光速を体感できません。
だから「一コマで全員吹っ飛ばす」ことで光速を意識させて物語がサクサク読めるようにするのです。
さらに省くと
確かに雑魚キャラを「一コマで全員吹っ飛ばす」と凄さが伝わってきます。
ですがマンガにはキャラの強さをもっと感じさせる「省く」技術があるのです。
見開きページ左側に雑魚キャラの群れを描いておき、ページをめくったら全員地面にひれ伏していたらどうでしょう。
戦いの場面や技の発動を一コマも描かずに全員が打ちのめされたのです。
主人公の強さが暗に伝わってきませんか。
比喩でいえば「隠喩」です。
マンガの北条司氏『CITY HUNTER』やマンガの武論尊氏&原哲夫氏『北斗の拳』ではこのようにして主人公の強さを際立たせています。
このようにすべて「省く」ことでより際立った演出ができるのです。
小説でバトルを省く
「それはマンガの技術であって、小説では使えないよね」とお思いの方もおられるでしょう。
さにあらず。小説でも使える技術なのです。
まず『聖闘士星矢』に見られる「直喩で省く」パターンを示します。
――――――――――――――――
星矢は腰を落として拳を構えた。そして雑魚キャラの群れへと躍りこんでいく。
勝負は一瞬で着いた。男たちは皆地面にひれ伏している。
――――――――――――――――
このように書きます。戦う意志を見せて実際に拳を交えにいくのです。
そして「勝負は一瞬で着いた」ですべての敵を倒したことを表します。
「ちゃんと戦ったよ」と読み手に示しながらも戦いの描写そのものを「省く」ことができたのです。
では『CITY HUNTER』や『北斗の拳』に見られる「隠喩で省く」パターンを示します。
――――――――――――――――
ケンシロウの行く手には大勢の男たちが立ちふさがっている。
倒れた男たちを踏まないようにしながら、ケンシロウは先を急いだ。
――――――――――――――――
このように書きます。「隠喩」のほうが表現は簡単です。
敵たちは出てきますが、主人公が戦う素振りをいっさい見せないようにします。
そして改行して一行空けたら、そこにはすでに戦いに敗れた敵たちが横たわっているのです。
「戦いはあったのだが、その様子をいっさい書かない」ことで、かえってケンシロウの強さが伝わってくるのではないでしょうか。
このようにバトル小説であっても「特段詳細に描写する必要のないバトル」というものが存在します。
その場合は積極的に「省く」ことで、肝心の「
本筋に絡まない出来事は省く
省けるのはなにもバトルばかりではありません。
たとえば学園を舞台にした青春ラブコメであれば「学校に行く」「出欠を取る」「授業を受ける」を省いて「昼休み」から書くこともありますよね。
なんなら昨日の放課後部活から本日の放課後部活までをすっ飛ばすなんてこともざらです。
物語は基本的に時系列通りに書きます。
だからといってすべての出来事を連続して書く必要はないのです。
不必要な出来事であればすっぱり「省く」ことで物語はテンポよく進みます。
読み手の側からも「必要な出来事だけを憶えられる」ため「わかりやすい小説」と見てもらえるのです。
本筋にまったく絡まないシーンなど小説には要りません。
「まったく絡まないように見えて後々絡んでくるシーン」というのはあります。
これは「フラグ」という言葉で表せるでしょう。
フラグを立てる
「フラグ」とはその後そのキャラはどういう状況に陥るのかを決める分岐点を指します。
「フラグ」が立てば想定している状況に陥るのです。
「フラグ」を有効に利用できれば、読み手を巧みに誘導して「ハッピー・エンド」に見せかけた「バッド・エンド」へ誘い込むこともできます。
そして「フラグ」を立てるために一見無関係と思われるシーンを書くのは「あり」です。
のちのち「そのキャラが死んでしまう」出来事が起こるのなら、それより前に読み手がそんな予感を催す「フラグ」を立てておいて読み手に「このキャラは死んでしまうのかな」と思わせましょう。
とくにライトノベルは主要層が中高生です。
彼らに「フラグ」を立てないでキャラが死んでしまうなんてことは衝撃が強すぎます。
「なんで死んじゃうのさ」「ここまで応援してきたのにいきなり殺すなよ」という意見が大勢を占めてしまうのです。
書き手としては「この物語ではここでこのキャラが死なないと先に進めない作りになっているんだよ」と言いたくなるかもしれません。
でも読み手はそんな書き手都合なんて知ったことではないのです。
読み手には愛着のあったキャラなのでしょう。
読み手は書き手の想定しないキャラに愛着を覚えたりするものです。
それを書き手都合だけで殺してはいけません。
きちんと「フラグ」を管理して「このキャラは死んでしまうのかもしれない」と読み手に自然と思わせるのです。
「フラグ」を「省く」ことはできません。
省いてしまうと小説は「唐突感」で満たされます。
「行き当たりばったり」の小説に見られるのです。
そうではなく、きちんと「フラグ」を管理して「唐突感」をできるだけ「省く」ことに気を配ってください。
「省く」べきは「フラグ」ではなく「唐突感」なのです。
最後に
今回は「省く」技術について述べました。
本筋に関係ない出来事は極力省きます。
省かなければ冗長な小説だと見なされるのです。
でも「フラグ」は省かないでください。
省いてしまうと唐突感が強く出てしまい「行き当たりばったり」な小説に見えてくるからです。
よい書き手になるためには「先々の展開まで想定してあらすじとプロットを書けるか」にかかってきます。
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