62.中級篇:感情は書かないほうが伝わる
キャラの感情を書くのが小説です。
ではどう書くのが正解なのでしょうか。
感情は書かないほうが伝わる
読み手に登場人物の感情を伝えようとして「あまりの放置自転車の多さに、無性に腹が立った」と書いたとします。
これを読んで登場人物の感情は伝わったでしょうか。
たぶん「あ、そ」で終わるはずです。
これでは感情が伝わったとは言えません。
感情は行動で示す
感情を示す語をそのまま文字にしても読み手には伝わりません。
いくら巧みに書いたとしても、まず書き手の意図どおりには伝わらないのです。
ではどうすればいいのでしょうか。
読み手にキャラの感情を伝えるには「感情は行動で示す」のです。
「無性に腹が立った」ではなく「あまりの放置自転車の多さに、手近な自転車を勢いよく蹴飛ばした」と書きます。
「腹が立った」と感情を文字にするのではありません。「腹が立ったからどう行動したのか」を書くのです。
「自転車を勢いよく蹴飛ばした」という行動を書きます。
さすがに「自転車を蹴飛ばす」のはマズイだろうと思ったら「あまりの放置自転車の多さに、自転車をひと殴りした」くらいに抑えてみますか。
「自転車を粉々になるまで叩きつけたくなった」と行動をしようとした心の内を書く手もありますが、こちらは感情を間接的に書いたにすぎません。
いずれにしても「腹が立った」と感情を示す語をそのまま文字にしても読み手にはまったく伝わりません。
伝えたいなら「行動で示す」のです。
コラムNo.780「回帰篇:形容詞は書くのではなく感じさせる」、No.781「形容動詞ももできるだけ減らす」もご参考くださいませ。
ラブレターは伝わらない
書き手は相手への好意が募って自分の気持ちを余すところなくラブレターに書いた。
だからこれを読んだ相手に私の気持ちは伝わったはず。
そう思ったことのある人がどれだけいるかはわかりません。
とくにストーカーになりやすい人はこのように思ったことがあると考えられますよね。
小説を書いていて同じような感覚を抱いたことのある人は必ずいるでしょう。
でも待ってください。本当に相手に気持ちは届いたのでしょうか。
相手に伝えたいことがきちんと伝わったのでしょうか。
ラブレターは基本的に自分が相手に抱いている強い気持ちだけを書き連ねてしまうものです。
「僕は君のことが好きだ」「君のことを思うと夜も眠れない」「一日中君の顔を思い浮かべている」などなど。
こんな調子で相手のことなんかお構いなし。
自分のありったけの気持ちをとにかく書いて相手にぶつけてしまいます。
相手の気持ちに配慮するような余裕などありません。
あふれ出る己の感情を相手にぶつけるのです。
その結果、相手がもしこちらのことを好きでいてくれて結果両想いであったのなら、そのラブレターによって恋が成就することもあるでしょう。
でも相手がこちらのことを一片も好きでなければどうなるでしょうか。
とても押しつけがましい自分勝手な言葉が書かれている手紙をもらって、どう対処したらよいのか困ってしまいます。
自分が受け取る側だったと仮定していただければわかるのではないでしょうか。
返事を書いて断ったほうがいいのか。直接会って断るべきか。電話やSNSでやんわりと。いっそ無視したほうがいいのか。
さまざまな選択肢があります。
読み手の立場から考える
ラブレターによってこちらのことを好きになってもらうにはどう書けばいいのでしょうか。
それはこちらに「興味を持ってもらえる」よう意識して書くことです。
この観点で書かれていれば、あるいは相手の心を動かせるかもしれません。
それは決してこちらの気持ちを相手にぶつけるだけの独りよがりな文章にはならないからです。
書いてある内容が読み手に受け入れられるか否か。
これが文章に求められることであり、小説の意図が相手に正しく伝わることでもあるのです。
では「興味を持ってもらう」書き方とはどういうものか。
「相手にこちらと同じ気持ちになってもらう」のです。
自分が「嬉しかった」と思った出来事を書いて相手にも「嬉しい」気持ちになってもらう。
自分が「苦しかった」と思った出来事を書いて相手にも「苦しい」気持ちになってもらう。
自分が「好きになった」と思った出来事を書いて相手にも「好きになる」気持ちになってもらうのです。
文字で直接「嬉しかった」「苦しかった」「好きになった」と書いても相手には伝わりません。
伝えたいなら文章を書いて「相手にこちらと同じ気持ちになってもらう」しかないのです。
アニメのビッグウエスト『マクロス7』において主人公の熱気バサラは戦場に赴いては軍の命令も聞かずに歌を歌いまくります。
始めのうちは誰も聞いてくれない。
当たり前です。
自分の気持ちをぶつけるだけだったのですから。
しかしプロトデビルンのシビルと出会ったことで、熱気バサラはシビルを目覚めさせるために歌おうと決意します。
相手の気持ちに立った歌い方になったのです。
これが功を奏してシビルは目覚め、銀河の広さを実感した熱気バサラはプロトデビルンの気持ちに立った歌い方をしていきます。
そして最終的にはプロトデビルンの親玉ゲペルニッチを覚醒させ、子どもの頃からの念願であった山と銀河を動かすことができたのです。
相手の気持ちに立つとこれだけ効果が違ってくる好例だと思います。
同じ気持ちになってもらう
一.「この間、死ぬかと思ったよ」
二.「この間、高速道路で車が逆走してきて死ぬかと思ったよ」
三.「この間、高速道路で車が逆走してきたよ」
この三つのうち、あなたが最もヒヤヒヤするのはどれでしょうか。
「一」を選ぶ人はまずいないと思います。「死ぬかと思ったよ」と書かれても「あ、そ」という感想しか持たないでしょう。肝心の「なぜ」が抜けているからです。
自分は相手のことが「好き」なんだから、それを直接相手に伝えれば、必ず相手に伝わるはずだ。
そう思っているのと一緒。
「君のことが好きだ」と書かれてあっても「あ、そ」という感想しか持たないはずですよね。
「二」を選ぶ人は「高速道路で車が逆走してきた」ことと「死ぬかと思った」ことのどちらがよりヒヤヒヤしましたか。
「死ぬかと思った」のほうでしたら「一」を選んだ人と大差ありません。
独りよがりな言葉に「なぜ」という飾りをつけただけにすぎないのです。
多くの方は「高速道路で車が逆走してきた」のほうがよりヒヤヒヤしたはずです。
であれば「三」を選ぶ人が最も読み手の気持ちになっています。
書き手からは「高速道路で車が逆走してきた」という出来事しか伝えられていません。
「二」のように書き手の気持ちは書かれていないのです。
さらにその先がどうなったかも書かれていません。
読み手はその先どうなるかを頭に思い浮かべて推測することになります。
時速百キロで高速道路を走っていたら、突如車が逆走してきたイメージが浮かぶのです。
いつこちらに突っ込んでくるかもしれませんよね。
かなり危険な状況が読み手に提示されたわけです。
しかもこの話の結末は書かれていません。
書いた当人は傷一つなくピンピンしていますから彼は無事だったのでしょう。
しかし他の車にぶつかった可能性もあります。
危険な雰囲気が伝わってきませんか。
そう思い始めると書き手に「で、どうなったの」と結末を聞き返したくなるはずです。
自然と先が知りたくなります。
書き手は己の判断や感想を書かないで、読み手が知りたがる出来事の事実だけを書くこと。
それだけでここまで伝わり方が異なってくるのです。
読み手が読んでどう反応してほしいか
感情を「伝える」には「伝わる」書き方をしなければなりません。
「出来事や事実だけを書く」「書き手の判断や感想は書かない」ことは前述しました。
ここでは「読み手が読んでどう反応してほしいか」について書きます。
どう読まれるように書くか。
「この間、高速道路で車が逆走してきたよ」は読み手をヒヤヒヤさせたい文章です。
他にも喜ばせたいとか楽しませたいとか悲しませたいとか心配させたいとか怒らせたいとかいろいろありますよね。
文章はまず「読み手が読んだらどう反応してほしいか」を規定し、そこに書き手が「伝えたい」ことを載せるとよいでしょう。
そうすれば「伝える」べき情報を絞り込めます。
「ワクワクしたい」「ハラハラしたい」「ドキドキしたい」と思っている読み手が多いライトノベルでは、第一に読み手を「ワクワクさせたい」「ハラハラさせたい」「ドキドキさせたい」と思って書く必要があるのです。
そのうえで書き手が「伝えたい」ものを書けば読み手を「ワクワク」「ハラハラ」「ドキドキ」させつつ伝えたいことが「伝わり」ます。
ミスマッチに注意
読み手から求められることに応えつつ、書き手の伝えたいことが伝われば言うことありません。
たとえば純粋に「楽しくなりたい」という理由から読み手があなたの小説に目をつけたとします。
そして実際に読んでみると「悲しませたい物語」だったとしたら。
すぐに本を閉じて別の小説を試し読みしはじめます。
需要と供給のミスマッチです。
あなたの小説が初めから「悲しませたい物語」であることを明示してあれば、読み手はミスマッチにいち早く気づいてくれます。
ただあなたの書く小説が「悲しませたい物語」であると一度読み手に認知されると、以降の作品も「この作者だから悲しませたい物語なのだろう」と読み手は暗黙のうちに認識するのです。
こうなると同じペンネームで作品を投稿するとき不利になります。
これは「悲しませたい物語」を冒頭から書くために起こることでもあります。
冒頭は「楽しませたい物語」として書き、徐々に「悲しませたい」の割合を増やしていく。
最終的に「悲しませたい物語」となれば、読み手は途中下車せず「悲しませたい物語」の電車に乗り続けてくれます。
このあたりが書き手の腕の見せどころです。
「悲しませたい物語」を書いてきた作者が「これから楽しませたい物語を書くぞ」と思い至ったとします。
するとそれまで付いていた「悲しませたい物語の書き手」というレッテルを剥がす必要が出てくるのです。
そのときは形からしてすべて変えなければなりません。
読み手にどう反応してほしいか書き手の意識を変え、書き方を変え、絵師を変えます。
ここまでガラッと変われば読み手はまた試し読みをしてくれるようになるのです。
最後に
今回は「感情は書かないほうが伝わる」ことについて述べました。
物語上の「出来事や事実」を淡々と書き「判断や感想」をまったく書かずに「伝える」と、かえって読み手は感情を揺さぶられて感情が「伝わる」のです。
感情に関する語彙を増やしてもあまり意味がないことがわかりますね。それをするくらいなら「出来事や事実」を淡々とそのまま書き連ねることです。
私は戦記ものを書くのが好きなので、神の視点の小説を多く書くことになります。
登場人物も必然的に増えるため、つい横着をして感情の語彙でそのキャラの感情を処理してきました。
今回検証した結果「判断や感想」といった感情の語彙を封印しようと思ったくらいです。
それでも取るに足らない人物には相応に感情の語彙で薄っぺらくする必要はあるのですけれどね。
要は「感情を伝えたいキャラの感情」は「出来事や事実」を淡々と書き連ねるということなのですから。
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