21. :疑似体験を描くのが小説

 小説は、読み手が主人公の物語を「疑似体験」するためのものです。

 今回はその「疑似体験」について述べました。

 前回前書きが長すぎたので本日は簡潔に。





疑似体験を描くのが小説


 物語とは「主人公がどうなった」かという変化の過程を書いたものです。


 物語開始当初の主人公が、立ちはだかる様々な出来事イベントや試練を乗り越えて(ときには勝ち、ときには負けて)精神的に成長し、ついにラスボスと戦います。

 その結果「主人公がどうなった」かが示される。

 これが物語なのです。


 読み手はこの主人公の成長物語を「疑似体験」して精神的に成長します。

 読み手が成長できない物語はただの「文章」であり「小説」とは呼べません。


 よく小説には「テーマ」が必要だといわれます。

 しかし数行で要約できるような「テーマ」は初心者のうちでは必要ありません。

 物語が小さくまとまって「疑似体験」で得られる精神的な成長を低減させてしまいます。


 物語をすべて読み終えたとき、読み手の「心に痕跡を残す」もの、それが真の「テーマ」です。

 それもやはり「疑似体験」によって得られます。





感情が決定権を持っている

 では出来事を乗り越えるために提示された選択肢の中から主人公がひとつを選び取るのに用いるものはなんでしょうか。

 多くの方は示された選択肢の中から最善のものを選び出す「思考」だと考えています。

 ですが実は「思考」はあるものの産物でしかないのです。

 あるものとはなにか。


 「感情」です。



 人には「感情」によってどの選択肢を選んだら、結果こうなるのではないかと「感じ取る」能力があります。

 知性の高い動物には必ず「感情」が存在します。嬉しければ笑い、悲しければ泣く。憤ることが起きれば怒ります。


 これは人間でも猿でも犬でも猫でも馬でも烏でも皆同じです。知性の高さとは「感情」の強さにあるといってよいでしょう。


 もし「感情」がなければ、提示された選択肢からそれを選んだ未来を見通すことさえできません。

 「思考」が文字通り「思い考える」ことであるならば、選択肢の優先度はきわめて客観的に決められることになります。

 しかし人は客観的に見たら「それほど優先度の高くない」選択肢をよく選ぶものです。

 それは「感情」によってその人の心の内にだけ「その人にとっての優先度」が決められてしまうからといえます。


 悲しみのうちに選択させられたり怒りのうちに選択させられたりする場合は、平常で冷静に判断できるときには優先度が高いはずの選択肢を、重要とは思えなくなるのです。


 「感情」が未来を「感じ取る」能力に影響を及ぼして、選択肢の重みを変化させてしまいます。

 「感情」によって選択肢から「その人にとっての優先度」が決められていく証左です。





選ばせづらいときは感情を高ぶらせる

 逆にいえば、書き手は主人公に優先度の低い選択肢を選ばせたいとき、主人公をさまざまな「感情」に陥らせましょう。

 これで明らかにおかしな選択肢を選んでも読み手は納得してしまいます。


 人は平素理性的に振る舞いますが、「感情」が高ぶると何をしでかすかわかりません。

 読み手自身そういう経験をしているから、感情が高ぶったときに選んだ選択肢は突拍子なくても容認してしまいます。


 「感情」の起伏に乏しい人物であればこの手はなかなか使いづらい。

 ですが、たいていの書き手が描く人物は波乱万丈型とでもいうのか、ひじょうに「感情」の豊かなキャラが多いものです。


 多くの読み手も同様に「感情」が豊かです。

 中には「感情」の起伏に乏しい読み手もいますよね。

 安心してください。

 「感情」の起伏に乏しい読み手でも、小説を読んでいる間は「感情」の豊かなキャラに感情移入します。その間だけはその読み手も「感情」が豊かになるのです。

 だから「感情」に乏しい人ほど好んで読書をします。

 空想世界の中だけでも嬉しく楽しく生きていたいのです。





読み手をもっと疑似体験へ誘う

 読み進めているうち、主人公に感情移入して出来事イベントを「疑似体験」するのが小説です。であれば、読み手をもっと高いレベルで「疑似体験」させられれば、より高く精神的に成長させられます。そのためにはなにが必要でしょうか。

 「感情を剥き出しにする」ことです。


 現実の人間である読み手と、書き手の創作物である主人公や登場人物たち。

 立場は百八十度異なっています。読み手をキャラに感情移入させるのはかなりの難題だと思いませんか。


 小説の中に「感情の豊かなキャラ」を登場させましょう。

 できれば主人公がよいのです。

 でも主人公を「感情に乏しいキャラ」と定義していたのであれば、他でもよいので「感情の豊かなキャラ」を用意し、その人物に視点を持たせる方法があります。

 これなら主人公がロボットでもきちんと読み手とキャラとを「感情」でつなげるのです。


 主人公が「感情の豊かなキャラ」である場合を見てみます。

 これは何か出来事イベントが起こるたびに感情を発露させ、そのひとつひとつを丁寧に文章として書いていきましょう。

 少しむくれた程度の「感情」も余さず文字化していくのです。


 主人公が心で思ったことも素直に文章にしていきます。

 さらに際立つ五感も文字化していきましょう。

 小説でこれらの情報が提示されれば読み手は嫌でも主人公の「感情」と感覚を心にとどめて、どんどん「感情移入」していきます。

 その状態で立ちはだかる出来事イベントと試練を次々と乗り越えていくことで、主人公の精神的な成長を読み手が「疑似体験」できるレベルへと押し上げていくのです。





ひとつのシーンで視点はひとつだけ

 読み手が感情移入してくれる仕掛けとして、さらに「ひとつのシーンで視点はひとつだけ」だと憶えておいてください。


 「ひとつのシーンでひとつの視点」つまり「ひとつのシーンで主人公は誰」なのか。これをブレさせない小説は読み手がスムーズに感情移入してくれます。

 あちこちの視点が交錯してしまうと、読み手は誰を主人公にして感情移入していいのかわからなくなるのです。

 そうなった途端、読み手は小説世界から現実に一気に引き戻されてしまいます。


 せっかくここまで主人公に感情移入して「疑似体験」を重ねてきたというのに、急激に醒めてしまう。

 そしてあなたの小説は床に叩きつけられゴミ回収車に載せられることになります。


 注意してほしいのは「ひとつのシーン」において「ひとつの視点」ということです。すべてのシーンを主人公視点で語れと言っているわけではありません。

 「シーンごとの主人公」を決めておき「その人物の視点で語れ」ということです。

 視点を切り換えるときは「改行して一行置いてから書き出す」つまり「改段落」するようにしてください。

(現在ネット小説で用いられるフォーマットでは、改行を三つ入れてください。空行ひとつは意味のまとまりから外れるとき、空行ふたつは時間や場所に隔たりがあるときに使います)。





最後に

 今回は「疑似体験」について述べました。

 読み手が感情移入しやすい小説を書く。簡単なようで結構難しいものです。


 どこが難しいのか、その一端を書いたのですが、条件はこれだけではありません。

 「思索を文章にして残しておきたい」というところからこのコラムはスタートしました。

 おかげで自分はどういう小説が好きなのか、どういう書き方をされていたら感情移入して読み続けられるかを改めて考える機会をいただいたのです。


 著作権の関係で「この小説のこの部分は好例」とか「こんな展開では一気に醒める」とか具体的に書き記せないのももどかしいところではあります。(以降のコラムでは具体例をいくつも挙げているのでご安心ください)。


 そのぶん「よい小説に共通している」ところと「悪い小説に共通している」ところが抽象的に理解できるのではないでしょうか。



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