第12話

 死をもって償えば、全てが丸く収まる。自己犠牲によってなにかを解決する、なにかを復活させる。それは確かに素晴らしいことだ。自分を犠牲にして誰かを救えたのなら、それにこしたことはない。ただ一つ、気にかかる。それは、涅影丸の精神性に関してだ。彼は別に、誰かのためにこのようなことをしているわけではない。頼まれたからでもすがられたからでもない。自分の意思で自分の命を捨てようとしている。それは構わない。誰にも迷惑をかけないのなら勝手にしろと言いたいところだ。昔の真白なら。ただ、今は違う。彼はどうしても、相手のやり方を許容できなかった。どうしようもなく、胸がムカムカとして、たまらなくなる。


「俺はこの島を復活させる。放って置いても散る命だが、こいつを許せねぇってんなら、テメェが手をくだせや」

「僕に、君を殺させろと言うんですか?」

「ああ、そうさ。テメェだって俺が憎らしくて仕方なかったんだろ? いままで散々ひどい目に遭わされてきた。おまけに過去のトラウマが目の前にいる。全ての元凶は俺だ。あったら、殺してもいいよな? むしろ、殺さなけりゃ、ならねぇ。そこまでがテメェの仕事だ。テメェが勇者の代わりとしてこの地に生まれ落ちた役割なんだよ」


 挑発するように、彼は叫ぶ。

 だが、それでも真白の心は静まり返っていた。

 たとえそれが義務であったとしても、真白は絶対に手をくださない。


「僕は今、戦闘力を持っていません」

「知っている。テメェの持つクリスタルの刃じゃ、俺を貫けねぇ。だったらどうするか? んなもん、簡単だ。殴りゃあいい。もしくは絞め殺すか。海に突き落とすのもいいだろう。都合のいいことに、目の前には海が広がっている」


 手を広げて、涅色に濁った瞳で、彼は青緑色の海を見渡す。

 確かに、方法ならいくらでもある。相手が抵抗をしないのなら、手を下すのは簡単だ。たとえか弱い子どもであったとしても、その気になればなんとでもなるだろう。だが、問題はそのような物理的なものではない。精神的なものだ。


「僕を誘っているということはやはり君は、この地を再生する気なんて、ないのではありませんか?」

「さあな。だが、俺は本気だ。こいつは一つの選択肢だ。テメェは俺を殺しても構わねぇ。だが、そうでないのなら、俺は勝手に自分の身を滅ぼす。これが贖罪だ。要するに好きにしろって言ってんだ。だが、この俺の死を止めることは誰にだってさせねぇ。許さねぇっつってんた」


 涅は激しい感情をあらわにする。

 その声音に憎しみがにじむ。彼は犬歯をむき出しにして、こちらにケンカを売るかのように、睨みつけてくる。


「腰抜けだろ。できねぇんだろ? だったら、放っておきゃあ、いいじゃねぇか。それなのに、テメェはこの期に及んで離れねぇ。あくまでも自分の正義を貫き通すためにここにいるってか? だったら俺だって、意地を張る。テメェの思い通りにはさせねぇんだよ」


 腰抜け。

 確かにそうだ。いままでの真白はそうだった。勇者という役柄にとらわれて、永遠に神とやらの手のひらの上で踊るだけの存在。自分が特別な存在だと信じていた。勇者であると、自分なら世界の危機を救えると。そう勘違いしたから、甘い夢を見続けたからこそ、地獄を見る羽目になった。だが、今の真白は違う。


「僕は、変わった」

「なにがだ」


 振り絞るような声でつぶやく。

 それを拾い上げて、涅が尋ねる。

 そして、真白は顔を上げる。

 顔を上げて、背中に構えていたクリスタルの剣を構え、相手に突きつける。


「僕は、いいや、俺は――君を絶対に許さない」


 心の底から強烈な――炎のような思いを込めて、訴えた。


「たとえこの島を蘇らせたとしても、悪夢をなかったことになんてできない。蘇るのは過去に散っていった者たちを元にした人形だ。ゲームでいうNPC。だから、君のやろうとしていることには、なんの意味もない」

「意味ならあるだろうが。俺はな、これでも善意を持って行動しているんだぜ。そいつをテメェごときが否定していいものか?」

「そんなものは知っている。俺だって、できれば生きていてほしかった人がいる。それでも、もう戻ってこないと。本物の人はこの地には現れないと、知っているんだ」


 脳裏をよぎったのは今は血に濡れた雪の町。その、寂れた町の清らかの空気の下で関わってきた者たちの顔が思い浮かぶ。彼らはもう、いない。真白は彼らを切り捨てて、この地に戻った。そして、虹色の獣を打ち倒した。今、涅の行動を肯定してしまっては、あのときに背中を押された言葉すら、否定することになる。そしてなにより、真白にはただ一つの譲れない思いがあった。


「君にとっては贖罪のつもりだろ。それは分かっている。だけど実際のところは、どうなんだ? 本当に償いたいと思っているのか? 本音を言えば、逃げたいと思っている。逃げて、全てなかったことにする。苦しみからも罪の意識からも。そのために、死を選ぶ。こうすれば許されるんじゃないか。哀れんでくれるんじゃないかって思ってるんだ」


 その言葉にハッとなった様子で、涅がたじろぐ。


「そんなこと、させない。俺がさせない。死で逃げるなんて、絶対に認めない」

「だったら、どうしろと? 生きることも死ぬことすら許されねぇ。そんな俺はいったい、どこにいけばいいってんだ?」


 怒号が飛ぶ。

 夕日が沈む。

 黄昏に染まった景色の中で、二人の姿は逆光に染まる。


「ただで生きるなんざ、俺に許されると思ってんのか? 贖罪をする意思ならある。それすら、テメェは認めねぇってか? ありえねぇよ。テメェは俺の気持ちをなんだと思ってやがるんだ」

「選択肢なら、残されている」


 声を荒げる涅に対して、涼やかな声で青年は告げる。

 次の瞬間、突き刺された刃の先から光が漏れる。浄化の渦はあっという間に涅を包む。それは霧のように島全体をおおう。全容がつかめなくなった。けれどもやがて、霧も張れる。そして、視界が元に戻ったころ、海の近くには栗色の髪と瞳を持つ男が立っていた。それは、元の涅と瓜二つの男。だが、その髪の色は若干ながら、明るくなっている。そしてその雰囲気から、先ほどまでただよっていた怪しい気配が消えてしまった。


「テメェ、いったい、なにをしたんだ?」


 なにが起きたか分からない。困惑しているといった様子で、涅が問う。


「簡単なことです。俺は戦闘力を失った。だが、君を浄化するだけの能力なら、残っていました。まあ、それもたった今、使い切ってしまったけれど」


 真白の手のひらから剣の柄が消える。同時に刀身も空気中に溶けて、見えなくなってしまった。

 

「魔の一族の血を消して、浄化したってか? おいおい、俺がいままで散々苦労したものを消しちまうとか、テメェは神を気取ってやがるのか?」

「僕も使いようによってはデタラメな能力だと、思います」


 皮肉げに評価をする涅に対して、真白は落ち着いた態度で反応を返す。


「それで、テメェは俺になにを期待してんだ。こうなった今、俺は確かに長年恨んでいた者を捨てることに成功した。だがこの性格は、やらかした出来事は消えねぇ。なかったことにはできねぇ。たとえ、別人レベルに性質を塗り替えられたところで、まったくもって意味もねぇって話でよ」

「それは分かっている。だからこそ、これから生きていかなければならない。違いますか?」


 真顔で、青年は語る。


「生きろってか? この俺に」

「はい」


 目を丸くして、動揺を表に出す相手に対して、真白は即答する。


「ふざけんなよ。俺はな、歩きながら腐臭を放つような輩だ。こんな俺が生きたところでなんになるっていうんだ? そんな資格をテメェは与えちまった。その罪の重さを、テメェのほうこそよく理解してんのか?」


 確かに元のままの彼が町を歩いたところで損をする者はいても、得をするような者はいないだろう。ある意味で彼は世間に必要とされていない人間だ。一度もその存在を肯定されたことがなかった。それだけは今も昔も変わらない。そして、これからも。


「ったく、なにを怒ってやがる。いつからテメェはそんなに人間らしくなりやがったんだ? テメェならもっと理性的に、人間界のルールにのっとって判断を下すんじゃねぇのか?」

「なにが正しいとか、そういうものではありませんよ。ただ俺は君が気に食わないだけなんです」


 ここで初めて、真白は明確な怒りを見せた。

 その瞳に映る感情は決して、ポジティブなものではない。かといって、憎しみにとらわれているようなものでもない。例えるのなら、好き嫌い。否、それを言うのは少し違う。どちらかというと、矜持のようなものだろう。これだけは譲れないという自分の体の中心に走る芯のようなものでもある。


「許せないんです。勝手に死ぬなんて、そんなことは僕がさせない。死で全てを浄化できると思い込んで逃げるなんて、絶対にさせない」


 唇を動かして、言葉をつむぐ。


「俺が君にずっと怒りを覚えていたのは人を殺した犯人だからでも、この世界を破滅に導こうとした者だからでもありません。ただ自分のために、裁かれたいがために、周りの者を利用したからです。裁かれる相手なら誰でもよかった。本来は仇でもない鎧塚を挑発して、あえて彼が理解を示していた相手をけなしました。つまり、彼の気持ちを利用しようとした。そして今も、この地に眠る人々を再生しようとする。それで全てを精算しようとしている。それを、俺は許せないんです」


 自分の言葉はいったいどこまで伝えれば、いいのだろうか。果たしてこの気持ちは届くのだろうか。

 口ではこのように言っているけれど、実際のところ、真白と涅のあり方には大差はない。所詮は自分の正しさを押し付けようとしているだけにすぎない。気に食わないことは気に食わないと、ハッキリと突きつけているだけだ。それでも、真白は目の前で人が死んでいくことを許容できなかった。その相手がたとえ悪人だったとしても、この世界にとって不要だと断じられた者だったとしても、彼は拾い上げる。その義務がなくても、全てが自己満足に過ぎなかったとしてもだ。そのために、ここにきた。この地に、過去の何百人の一族が消失して皆殺しにあったこの大地に。


「今は生きろ。勇者になり損なった者として全てを浄化者として、最期の時を迎えたら、迎えに行きます。だから、それまで耐えてください。それが、君の罪です。抜け駆けは許さない」


 皮肉にも、かつて勇者のあり方を否定した真白は、彼と同じことをやろうとしている。それが正しいか否かなんて、この際はどうでもいいことだ。そう自分の心に言い聞かせた。それでも、どうしても目の前にいる栗色の男だけはこの手で裁くわけにはいかない。死なせるわけにはいかない。それだけは否定したくない、真白の思いだ。

 彼は今、この世界にとっての最悪の悪魔の命を救った。彼から償う機会を奪い、永らえさせようとした。その残酷な選択に対して、神はどう思うだろう。自分をこの地に送りつけた彼なら、どのような感想を漏らすのか。文字通り天に昇ってしまった者の考えは読めない。だが、神とやらならば、最初からこうなることくらいは読めていたのではないだろうか。


「君を生かした。世界に仇なす輩を殺さなかった。その罪は俺が背負う」


 涅を生かしたところでろくなことは起きない。悪事を果たすかもしれないし、なにかよからぬ企てをするかもしれない。そうなった場合、戦闘力を持たない真白ではどうしようもないだろう。もっとも、悪魔の一族としての属性は涅からすでに失われている。戦闘力も真白と同じように地の底にまで落ちただろう。


「俺がこのままなにもしねぇはずがねぇだろうが。テメェはそれでいいのか。この選択が、どれだけのリスクをはらんでいるのかも、分かってんだろうな?」

「はい。それでも君にはどうすることもできないでしょう。僕は君に機会を与えた。ただそれだけです。どうせなら最初から――きれいだったころの自分に戻ってみろと」


 彼は相手の目を見て、まっすぐに伝える。


「君は本当は誰よりもきれいなものにあこがれていたんですよね。だけど、自分にはできない。ヒーローにはなれない。きれいなものにはなれない。だから詐欺師のような悪に染まる生き方しかできない。そう、当たり前にはなれなかった。善良ではあれない。自分の運命は最初から決められていた。結局、底辺から這い上がることなんて、できなかった。だから君は堕ちた。絶望して、このような凶行におよんだのでしょう」

「そうさ。だがな、俺の選択に狂いはねぇ。俺には俺の生き方があった。きれいなものを目指していたころの俺は確かにいたんだ。いつかそれを貫けたらよかったと、後悔したときもあった。だが、無駄なことだ。俺は二度と、這い上がれねぇ。日の当たる道なんざ、進めるはずがなかったんだ」

「だから、俺が消した。君から、日の当たる道を歩むために邪魔だったものを省きました。せめて生きやすくなるように、君の行く道に光を照らすために」


 青年の選択に、後悔はなかった。

 たとえ相手がどのような道を歩むにせよ、これからの未来が曇っていようと、関係ない。

 涅にはやり直す権利がある。いままでの人生を棒に振り、どうしようもないことに費やしてしまったのなら、今からそれを拾い直すしかないだろう。


「言いましたよね。どうせなら最初から、きれいな自分に戻れと。君には贖罪の意思がある。なら、まだまだこれから。その義務を果たさなければならないのなら、こんなところせ死なせるわけにはいかない。せめて真人間になってください」


 それが、真白の意思だ。

 今の涅にはもう、悪魔の血は消えている。彼はもう、呪われた一族ではない。何者からも疎まれるような人材ではないのだ。


「テメェは……どうして」


 振り絞るようにつぶやく。

 その苦悶に歪む表情を眺めつつ、真白は真実を告げる。


「本当はずっと『生きろ』と、そう言ってほしかったんじゃありませんか?」


 それに対して、ハッと息を呑む音がした。

 橙色に染まった視界の中で、涅はじっと固まってしまう。

 彼の瞳が揺れる。

 その動揺を隠しきれぬ中、真白はさらに続ける。


「肯定してほしかった。だけど、その相手がいない。自分を止めてくれる者すら現れなかった。口では自分を否定しても、本当は死にたくなんて、なかったんですよね? だから君あ俺が現れるまで待った。そして、この期に及んで、この島の再生に踏み切れずにいる」


 おそらく、涅はずっと躊躇し続けてきたのだろう。

 自分の居場所を探して、それでも見つけられずにさまよい続けてきた。

 南の地区を抜け出してしまったのも、彼の根っこの部分がどうようもないほどまでに、普通の人間に過ぎなかったからだ。彼は罪悪感に耐えられない。ずっと、なにかをごまかしてきたつもりであっても、性根はきれいなものを求め、醜いものを嫌悪してきた。そして、醜い行動しか取れない涅自身を憎んでいたのだ。


「もう、やめませんか? あきらめるのを。君は確かにいままで試行錯誤をしてきたんでしょうけど、これからはもう枷はないんですよ? 償う気があるのなら、生きて、慈善活動でもすればいい。君が生きる道は俺が保証する。だから、もう一度、前へ進むという選択を」


 迷いもなく、言い切った。

 涅はしばらくの間固まっていた。


「チクショウ。俺の人生、この先何年続くと思ってんだ? ただの人間のテメェと違って」

「だからこその罪なんじゃ、ありませんか? 言っておきますけど、これは温情ではない。試練なんです。君が僕に与えたもの。彼らの散っていった者たちのかわりに下した審判でもある」


 そんな偉そうなことを言える立場ではないことは分かっている。それでも、真白としてはこのままで終わらせるわけにはいかなかった。

 それに対して、ついに涅は座り込む。

 心は完全に折れていた。それでも、視線は前を向いている。ちょうどオレンジ色の夕日が海に沈む。その暖かい光を浴びながら、そっと口元をゆるめた。


「いいぜ、やってやろうじゃねぇか。テメェがその気ならな。で、テメェのほうこそ、これからなにをするつもりだ? もう役目は終わっちまったんだろ? 消えるのも時間の問題だろうが、おい」

「俺は消えませんよ。任務は終わっても、この人生は続いていく。そうですね、具体的にいうとやりたいこと……とでも言えばいいんでしょうか」


 彼自身、これからの予定を決めていなかった。

 ただなんとなくで生きていくには惜しい人生だ。なればこそ、これから早急に人生の目標とやらを決める必要がある。そう考え込むように顎に指を添えてから、思い出したようにつぶやく。


「俺としてはこの地をめぐりたいってところでしょうか」

「そうかい。だがあいにくとこの国より外は未開の地だぜ。なんせ交流がばったり途絶えてるもんでな。国境の外がどうなってるのかなんざ、俺にも分からねぇ。この世界の全てを見るだけの時間がテメェにはあるのかね。まあ、せいぜい短い人間の人生だ。楽しむこったな」


 そう、晴れ晴れとした空気をまといながら、彼は言う。


「そうでしょうね。君が永遠の地獄に取り残されている間に、僕は刹那の内にこの人生を謳歌する。それが許されるのなら、やってみる価値はありますよね」

「俺に聞くなよ。だが、まあ、テメェならどこでもやっていけるだろうさ。せいぜい、次の人生で語れるものを多く見つけてくるこったな」


 真白の心は変わらない。涅の気持ちは変わった。

 もはや相手に握りしめた杖を発動させる意思は残っていない。

 これから先、どうなるのかは分からない。下手をすれば今回以上の事件が起きる可能性もある。

 一つ言えることといえば、これより下へは絶対に落ちないということだろうか。互いに、前を向いてさえいれば、いい。後は上がっていくだけだ。それを理解しているのなら、もう悩む必要も憂う心配もあるまい。

 それを確認してから、真白は彼と別れた。


 後日、連絡が届く。


「どうやら俺は、やり直さなければならないらしい」


 以降は彼とは音信不通になり、いまだに行方すらつかめない。それでも、うまくやってはいるのだろう。依然として指名手配は張られたままだが、悪評自体が聞こえてこない。彼も身を隠しながら、この罪を償うだけの行為でもしているのだろうか。彼自身の行方と人生に関しては気になる。

 しかしながら、会う手段がないのだから、仕方がない。

 なにはともあれ、相手が奮闘しているのなら、自分も黙っているわけにはいかないだろう。

 そんなこんなで、真白も旅に出る。


 中央の町を抜けて東を経由して、北へ向かう。

 道中、王権の行方を探ってはみたものの、イマイチ情報をつかめなかった。今は誰の手に渡ったのだろうか。島では涅が持っていたが、彼はどこかに放り捨てたと聞く。彼が持っていても仕方のない代物だし、何者かにゆずったのだろうか。龍神ミドリいわく、「あるべき者の元へ戻った」ようだが、実際はどうなのか。ただ、事実として、新たな王が誕生したという話はハッキリと耳にした。なんでも、その容姿は過去に消された者だったとか。少なくとも、涅ではない。ならばいったい、何者なのか――その答えはすでに真白は分かっていたのかもしれない。


 かくして、故郷に戻ってきた。

 血はすっかり洗い流されたが、すっかり荒れ果てている様子だ。雪も消されて、道路はかすかに湿っている。花は咲かない。もうこの地に来る者など現れないとばかりに、誰からも歓迎を受けた気がしない。

 やはり失った命は戻らないと実感する。それでも、あの選択は正しかった。幻を切り捨てて、本物だけを求めた。それだけは。その決断だけは確かに自分の理想とするものだったと、そう信じていた。

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