第19話

「人間らしい感情も持たねぇお前じゃ、俺には敵わねぇよ」

「確かに僕は保守的だし、戦いを避けてきました。他人を攻撃するスキルなんて、持っていません。だからこんな、刃のついていない剣で戦う羽目になってるんでしょうね」


 鎧塚の挑発にも似た言葉に対して、真白は冷静に言葉を返す。


「ハッキリ言って、無謀だ。お前は一度、俺に敗れてるじゃねぇか」

「はい。それでも僕には、君と戦わなければならない理由があります」


 花咲彩葉との約束を守るために、王権を手に入れる。それを遮る者は誰だろうと敵に回す。それが、真白の決意だった。

 すると、次の瞬間、鎧塚が地面を思いっきり踏みつける。直後にガラスが割れたような音がして、地面が金属のような色に染まっていく。そして、尖った武器のように隆起して、あわてて後ろへ下がる。尻もちをつきそうになったところをなんとかこらえて、武器を両手に構えたまま、相手のいるほうを向く。


「君だって、もっと違う方法があったんじゃないですか? 僕が地下に飛ばされたと知ってすぐにこちらにこれたということは、王権の場所を知ってたんじゃないですか? なら、僕が王権を探し求めている隙に、こっちへこればよかった。この戦いは、無駄ですよ」

「ああ? んなもん、最初から分かってることじゃねぇか。俺はただ、お前が気に食わねぇだけだ」


 口をへの字に曲げて、不満げに彼は叫ぶ。


「せっかくだから教えてやろう。俺は、勇者のなり損ないだ」


 彼が空中で剣を動かすと、真白のまわりを無数の剣が囲む。その先端が彼へ向く。真白は身をかがめた。頭上を、刃が風のように飛び交っていった。


「勇者の本名は教えただろ? 日向煌輔。俺の本名とは似ても似つかねぇ。らしいといやぁ、らしいな。名前の通り、光り輝いているようなやつだった。だからこそ、やつが選ばれたのは、当然だったんだろうな」

「君は、選ばれなかったんですか?」


 眉をひそめる。

 彼の真横を剣の刃が通っていく。


「譲ったんだよ。俺はな、ミスで一緒に連れてこられちまったようだから、要らねぇってな。本来なら俺にも平等に分けられるって神みてぇなやつが言っていたが、んなもんは知らねぇ。俺はなんとなく、日向煌輔ってやつがきらいだったし、あいつと仲良しこよしでタッグを組むビジョンなんざ浮かばなかった。組むことがねぇんなら、二つに分けるより、どちらか一方に偏らせたほうがいいだろ? だから、こっちはしょぼい能力。あっちは本物の勇者としての能力を得た」


 結局のところ、鎧塚は巻き込まれただけだった。さしずめ、ヒーローになれなかった男だとでもいうのだろうか。

 クリスタルの剣を構えながら動けずにいる真白に対して、相手は容赦なく攻撃を仕掛ける。

 彼の持つ柄の先についた赤い宝石が視界に飛び込んだかと思うと、一気に距離を詰められた。

 切り裂かれる。

 思った瞬間、とっさに対処する。二度と、なにもできずに終わるなんて真似は、したくなかった。


「これで終わりだったらよかったがな、あの勇者は同行した聖女を守れなかったんだよ」


 力で抑える。

 なんとかはねのけようとしたものの、圧はジリジリと迫ってくる。

 彼の気迫に押されたように、真白はなかなか反撃に打てずにいた。


「あの女は本物の聖女だった。能力も天性のものだ。俺たちと違って、神からギフトを授かったっていう感じでもねぇ。見た目は清楚なだけで明るくも、華があるわけでもねぇ。元は孤児だったあの女はな、王族に養子として受け入れられて、愛を受け取った。『一人きりだった自分を家族にしてくれた。どこにでもいる野草のようだった者を、白いバラに昇華してくれた』と、やつは言った。美しい世界で生きて、愛の満ちた場所を守るために、あの女は細腕で棍棒を振り回して、敵と戦った。俺は戦いに加われなかった。かわりに、勇者にたくした。あの娘を守れと。だが、結局、やつは王女を死なせた。そして、仇である魔王の命を奪わずに、逃げ出したんだよ」


 その聖女が、いままで花咲彩葉が演じてきた聖辺花純だ。彼女こそが、いままで花咲彩葉として見てきた、女優の皮だった。

 真白は力を込める。

 なんとか押し返そうとしたけれど、やはりうまくいかない。相手の力が強すぎる。


「許さねぇ。ああ、んなもん、認められるわけがねぇんだ」


 いったん、距離を取る。

 逃げ出すように地面をすべるように後ずさった。

 ちょうど地面が鏡のようになっている。

 そこに気を取られてうつむこうとした瞬間、上から殺気が降ってくる。

 見ると、無数の剣が天井に出現して、真白を串刺しにせんとしていた。

 これはクリスタルの剣では受け止められない。伏せればいいという問題でもない。後ろへ下がったところで、どうしようもない。ならば、前に進むしかない。

 意を決して、飛び出した。

 クリスタルの剣を用いて、襲いかかる。

 だが、攻撃はあっさりと受け止められて、逆にはじき飛ばされる。

 勢いよく体が跳ねる。

 その背中を、地面に突き刺さった剣の背が受け止めた。


「俺は決めたんだ。やつのようにはならねぇと。同時に、同じ失敗もしねぇと決意した。別に俺だったら全てを救えたとか、言うつもりはねぇよ。ただ、事実として、俺だってら少なくとも、魔王を見逃しはしなかった。他人を優先して全てを失ったってんなら、もう俺は二度と、誰かのためには動かねぇ。俺は俺のまま、俺だけの人生を歩むと決めたんだ」


 怒気を声ににじませて、鎧塚が目の角をとがらせて、叫ぶ。


「俺はやつが気に入らねぇ。そして、やつの皮を被っていたお前も同罪だ。いいや、関係ねぇか。今さら、俺の在り方は変えられねぇ。もう、お前の言葉なんざ聞き入れる気はねぇんだよ」


 鎧塚の態度は頑なだった。

 少しでも説得を試みようとした自分のほうがバカバカしくなる。

 それくらい、真白と鎧塚の感性の立場は相容れない。

 片や他人を優先する少年と、此方、自分のためだけの剣を振るう青年。

 水と油だ。


「正確にいえば、お前が勇者の殻を被っているかなんざ、どうだっていいんだよ。俺はもう、勇者であることにこだわりを持っちゃいねぇよ。勇者でなかったとしても、できることは山程ある。戦闘力だって、鍛えりゃ、いいだけだ。だから、どうでもいいのさ、全てな」


 剣を振り下ろす。

 一本の剣が射出される。

 とっさに体をかばおうとして、腕に太い刃が突き刺さった。

 それはすぐに消えてしまったけれど、傷はくっきりと残っている。だけど、まだ、剣は握れる。痛みさえこらえてしまえば、あとは簡単だ。


「おいおい、まだ俺に勝とうと思ってんのか? やめとけ。勝敗は見えてる。お前がどんな小細工をほどこしたところで、勝ち目はねぇよ」

「でも、戦えるのなら、まだ、やれます」

「つってもな。俺とお前の相性、どっこいどっこいだぞ。闇の属性を持つ魔王や、炎の属性を持っていたあの女ならいざ知らず、この俺は『金』だ。弱点という話でもねぇが、だからどうしたって話だろ?」


 弱点でないのなら、一方的に不利になる可能性は低い。ただ、そのかわりに有利に勝負を運ぶことができない。その場合、重要になるのは本人のスペックだ。力で押されては、もともとの戦闘力の高い相手に軍配が上がる。

 それでも、真白は今、全ての能力を発揮したわけではない。底が割れたわけでもない。

 確かに敗北こそしても、今の自分は完全に別人になった。真白というただの人間として生まれ変わったのだと断言できる。だからこそ、先ほどまでの戦いはノーカンとなる。

 そう思うと、体の底から力があふれてくるような気がした。敗北するかもしれないという恐怖はない。あるのは絶対に勝利をつかまなければならないという強い意思だ。その強い気持ちが表へ出たかのように、皮膚の表面に水色のオーラが薄い膜を作る。


「枷が外れた。いや、殻が破れたというところか。体の底に眠っていた本当の力が目覚めたと。皮肉じゃねぇか。勇者を演じていたときより、底力は確かってのはな」


 口角を釣り上げて、鎧塚は語る。

 不思議と、青年の表情に焦りは浮かんでいなかった。

 むしろ、愉しそうというか、喜んでもいるかのような顔をしている。


「だが、それがどうした? コントロールできなけりゃ、意味がねぇだろ? なあ? 分かってんだろ? お前のその、唐突に得た能力は、お前じゃとうてい、扱い切れるもんじゃねぇってことをな」


 指摘を受けた途端に、ハッとなる。

 体を覆っていた水のオーラが波立つ。

 ひそかに暴走を始めていた。

 まるで、自分の体に爆弾を抱えているかのようだ。

 実に不安定。

 自分が自分でなくなったような気がして、下手をすれば水の能力のほうに主導権を握られてしまいそうな、そんな危うい感覚があった。


「見ろ、なんとかしねぇと、自滅するぞ。お前の力は強すぎるんだよ。だからあいつは封印をほどこしたんだろうけどな」


 上から攻撃が迫る。

 余裕のあるモーションで剣を振り下ろされた。

 真白は切羽詰まった様子で、クリスタルの剣を動かす。

 本当に、攻撃を止めるだけで精一杯だった。

 頬を冷たい汗が伝っていく。


 本来の、隠された能力を発揮して優位と思われたが、実際はそうでない。むしろ、コントロールできなければ、不利にもなる。とにかく、今は意識を保つのに精一杯だ。体の主導権を奪われて、水の能力が本体になってしまっては意味がねぇ。


「そいつは表に出たということは、つまり……」


 一瞬、鎧塚の表情が曇った。

 その意味が気になったけれど、次の瞬間には彼は元の顔に戻っていた。


「まあ、いい。いずれにしても、お前はそこで終わりだ。その能力は俺の使っている魔剣のようなものなんだよ。使い方を間違えば、身を滅ぼす。お前には早すぎたようだな」


 逆にいうと、鎧塚はその魔剣を扱うだけの力量を持ち合わせている。

 彼の持つ剣についたシグナルレッドの宝石が、やけに目についた。


「俺はな、ずっと上を目指して力を磨いてきたんだ。完全に剣に特化した能力だがな。こいつじゃ、戦いしか役に立たねぇ。だからこそ、もう誰にも負けられねぇんだ。それがたとえ、本物の勇者であったとしてもな」


 力強く発せられた言葉に呆然となる。

 誰にも負けるわけにはいかない――

 それは真白も同じだが、やはり鎧塚武将は強い。

 年季の差を、まざまざと思い知らされたような気になってしまった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る