第15話
過去の王族との対面を済ませたあと、真白は中央の街に戻ってきていた。
「つまり、そういうわけなんです。協力してくれませんか?」
「なぜよりによって、俺を頼るかね?」
難しそうな顔をしている真白と同様に、相手も顔をしかめている。
小汚いテントの中でたたずむ男は、いつものようなくすんだ服を着ていた。
「知り合いが、いなかったので……」
真白は視線をそらす。
彼としては、知り合いであっても心を開きにくい性質だが、それでも他人よりはマシだ。また、赤の他人には声をかけることすらできないため、実質、頼りにできるのは目の前にいる不潔な男だけとなる。
彼――涅影丸も、ゲームの参加者だったはずだが、生き残っているということは、早々にリタイアしたのだろう。賢い選択だと、真白は感じた。自分でも、それをやればよかったと一瞬思ったけれど、冷静に考えると本末転倒だ。いくら自分の身の安全を確保するためとはいえ、約束を破ることになっては、いけない。
「えーと、だから、身を護れるものがほしいんです」
「俺の店、知ってんだろ?」
「はい。悪徳商法ですよね。高いツボを売りつけたり」
詐欺師に物を乞うのはリスクがともなう。下手をすれば、有り金全てを搾り取られるだろう。しかれども、タダで全てが済むとは考えていない。なにより、資金は山のようにある。
いちおう、相手にとっては真白はよい商売相手になるだろう。金を払えば払うだけ、商品を購入してくれるのだから、見逃す手はないはずだ。常人であれば借金を背負う羽目になりそうだが、今の真白には関係ない。
「しゃあねぇな。ほうら、盾だ」
男が指をパチンと鳴らすと、天井から鍋の蓋のようなものが降ってきた。
とっさに受け止める。
見た目は確かに盾だ。全身を覆い尽くすくらいの大きさだ。だが、木製であることに、不安がある。せめて、鉄でできていたら、攻撃を受け止められるだろうに。
金を払う気はあるけれど、本当にこれだけなのだろうか。稼ぐのなら今がチャンスだ。もっといい商品を渡してもいいのではないだろうか。
乞うような視線を向けても、相手は無反応だ。
「盾なんぞ持ってねぇよ」
「そんな……」
嘘だ! と叫びたくなる。
少しは粘ろうかと思ったものの、迷惑はかけられない。
真白はおとなしく引いて、家に戻る。
結局、今日は襲撃はしてこなかった。
鎧塚が今どこで、なにをしているのだろうか。気になるけれど、答えのない問題なのだから、考えても仕方がない。
夕食を済ませて入浴をした後、おとなしく眠りにつく。とにかく、疲れを回復することに専念した。
朝になった。
いつものように顔を洗って、朝食を取ってから、情報収集に出かけようとした矢先の出来事だった。
廊下を歩いている最中に真横を銀色のラインが駆け抜けていったかと思うと、周囲の壁が取り払われていた。
外に出るまでもなく、すでにあたりは外だった。
家は粉々。跡形もない。
リフォームどころではない。ああ、なんということをしてくれたのでしょう。
困惑しつつぼうぜんと瓦礫の山を乗り越えて、歩道に出る。
家だったものを眺めながら、呆然と立ちすくむ。
いったい、なにが起きたというのだろうか。
無言のままなにもできずにいると、となりにヌッと影が迫る。
「覚悟はできてんだろうな?」
常磐色の着物に和風の鎧をつけた男だ。
彼は肩に一本の剣を担いでいる。
まさか、早すぎる。
心が波立った。
もっと情報収集をして魔王の真実にたどり着くつもりだった真白からすると、不意打ちの出来事だった。
そんな真白の心境など知ったことではないとばかりに、男――鎧塚は剣を向ける。
銀色の刃の先が、嫌な光を放つ。
「そういえば、君が魔剣騒ぎの元凶でしたよね」
「人聞きの悪ぃことを言うんじゃねぇよ。そいつァ、あいつらの自業自得だ。俺は単に、国内外問わず、武器を輸出していただけなんだぜ?」
「それは余計、たちが悪いんじゃないですかね?」
ため息をつく。
「で、どうなんだ? まさか、逃げるとは言わせねぇよ」
彼の言葉を聞いて、戦慄が走る。
ハッキリ言うと、まだ覚悟はできていない。
今にも逃げ出したい気持ちでいっぱいであり、心の準備ができずにいる。
「ほうら、お前のだ。わざわざ瓦礫の山から見つけてきたんだ。感謝しろよ」
剣と盾を同時に投げられて、とっさに受け止める。
重さに体がついていけず、押しつぶされそうになる。これを同時に扱えというのだろうか。我ながら、無茶な話だ。これなら、盾がないほうがマシではないだろうか。むしろ、鉄でない分、軽さはマシだ。金属の盾を買わなくてよかったと、安堵する。
「やっぱり、無理ですよね。逃げるとか」
「あたりめぇだろうが。なに言ってんだ。ほら、いくぜ。もう逃さねぇよ。猶予なんざこれ以上与えねぇよ。これでも、我慢したほうなんだ。ああ、ほんと、お前を殺してくてたまらなくてよ」
言うが早いか、鎧塚が斬りかかってくる。
とっさに盾で受け止めた。
たとえ鍋の蓋のような見た目をしていても、れっきとした武具に違いはない。きっと、攻撃を防いでくれるだろう。相手が炎でも繰り出してこない限り、大丈夫だ。
そう思って内心、油断していた。
ところが、目の前で盾が真っ二つに割れた瞬間、真白の頭は真っ白になる。
「なんだよ、どっから買ってきた? やけにもろい盾じゃねぇか」
ここまであっさりと、盾が役に立たなくなるとは思わなかった。
だが、見た目以上に盾のほうがもろかった可能性もある。相手の剣が大したことはないという可能性も十分にある。無理やりにでも心を落ち着かせようと、前を向く。その瞬間、足元に亀裂が走る。とっさに飛び上がって、右に避ける。先ほどまで彼のいた場所には奈落が生まれていた。亀裂なんて、生ぬるい。その暗闇には底は見えない。完全なる深淵だ。
見ていて、生きた心地がしなかった。
本物だ。盾のせいなどではなく、本当に相手は強いのだ。否、どっちだ? 彼の実力か剣か――
目を泳がしていると、その回答を告げるように、鎧塚が余裕の笑みを浮かべる。
「俺の持つ能力は、剣を生み出すっつー代物だ。おっと、こいつァ、なんか知らねぇが語弊がある。俺は呪われた一族なんかじゃねぇよ。人間だ。そう、魔法使いとでもいおうか。ちょうど、三〇〇〇年前のな」
「冗談を。ただの人間が、それほどまでの年代を生きられるはずが」
「そいつはどうかな」
また真横を銀色のラインが流れていく。
大きな音が後ろでした。
振り返ると、大きなビルが真ん中のあたりで斬られていた。
「おっと、外したか」
何食わぬ顔で、ひとりごとのように鎧塚が口に出した。
「いったい、なにものなんですか? 君は?」
「俺か? 俺は普通の人間だ。だが、こいつを見りゃあ、分かるんじゃねぇか?」
「魔剣……?」
眉をひそめた。
彼が握りしめている柄の先にある刃は、不気味なオーラをまとっていた。それはさながら、悪魔を呑み込んだようでもある。
「好きで魔剣を生み出してるんじゃねぇよ。俺としちゃ、剣を作ったつもりだ。だがな、作られるものはとうてい普通じゃねぇ。たとえばこいつは俺の戦闘力も強化してるって感じだな。たとえるのなら、RPGのステータスみてぇにな」
鎧塚が跳躍する。
その動きは明らかに人間をやめていた。
アクロバチックな動きに圧倒される。
あっけにとられている間に、攻撃が迫る。
とっさに透明な剣で受け止めにかかった。
だが、重い。
ジリジリと後ろへ下がる。
なんという力だろうか。魔剣とやらは、とんでもなくインチキだ。こちらはノーマルのままだというのに、卑怯ではないだろうか。なにか、文句を言いたくなる。
なんとか食らいつくものの、相手には傷をつけられない。攻撃をしのぐのに精一杯というより、防御がきちんとできているだけ、褒めて欲しい。
なおも、鎧塚は冷静だ。対する真白は汗をかいて、余裕がない。
勝ち筋を追えず、剣を両手に持ったまま、立ちすくむ。
「おぉい、もう終わりか? なんなら降参してもいいぜ」
「それは……僕は」
形勢は不利のままだし、なにがなんだか分からないまま、戦闘が始まってしまった。
ここで勝負を降りない限り、真白は逃げられない。
かといって、いまさら逃げるわけにもいかなかった。
「僕は、勇者です。彼女のために、彼女の目的を果たすために、そうならざるをえなかい。だから、君を倒してでも、先に進まなければなりません」
「くだらねぇ、お前じゃ無理だって言ったよな? なにより、足りねぇんだよ。情報を知ったところで埋められねぇ差っつーもんがあんだよ。お前に、そうなる資格は、最初からなかった」
知っている。
自分がただの人間であるという事実は、真白が一番知っている。
それでも、たとえなにも成し遂げられなかったとしても、勇者になれば全てが変わるのだ。自分が勇者であり、それを演じることができたのなら、偽物だろうと関係なく、本物になれる。なればこそ、悪を滅ぼすために必死にもなろう。
そうして、魔剣と水晶の剣はぶつかり合う。
二人の戦いはまだ始まったばかりだった。
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