第14話
家に戻った。
戦いを避けるにしても、あきらめて全てを受け入れるにしても、知識がなければ話にならない。とりあえず、書棚へと向かって資料がないか調べてみる。本棚にはたくさんの本があったけれど、手がかりになりそうなものはない。かわりに目立ったのは勇者と魔王に関連する物語だ。どれも脚色がくわえられていそうなので、信用できるかどうかは怪しい。実際に手に取ってみたけれど、扱っている情報がバラバラにもほどがあった。時には正反対のことを言っているケースもある。物語の内容を鵜呑みにするのはよくないと、真白はそう結論づけた。
さすがに図書館でもないし、資料なんて早々に見つかるはずもない。やはり、相応の場所へ向かうべきなのだろうか。そう思った矢先、目に入ったのは一冊のノートだった。くすんだ色をした表紙が特徴で、日記帳だと太文字で記されている。彼女のプレイベートを覗き見るのはなんともいえない気持ちになるし、犯罪じみているような気がするけれど、今はそんなことを言っている場合でもない。なに、どうせ誰にも見られやしない。こっそりと確かめるくらいなら、許されるだろう。
表紙をめくった。中身はたいはんを黒で塗りつぶされている。本人が後から消したのだろうか。がっかりしたような、余計な部分まで見ずに済んで安心したような――複雑な感情を胸に抱く。ひとまず、塗る潰されていない箇所をチェックする。一〇ページほどパラパラとめくったところで、大きなブロックで文章が載っているところを見つけた。
『○月△日
絶海の孤島には船がくる。一隻、食料や生活用品を積んでやってきて、物資を届けにくる。父と母はなぜ、このような場所にいるのだろうか。尋ねても、ハッキリとした答えは返ってこなかった』
絶海の孤島――そのワードに注目する。
一時的に彼女はそこにいたのだろうか。さらに船も現れたということは、移動手段があるということを指す。その船を見つけられたのなら、彼女の故郷へも行けるのではないだろうか。
『◇月□日
父は言った。過去、この国には王と王女がいたと。神の血を引く彼らは、魔王の策略によって、表舞台から姿を消した』
聞いたことのある話だ。
確かにこの国は昔、神の血を引く者たちが治めていた。それがどうしたわけか、魔王に敗北して、今は全てが魔王の手中にある。
『△月□日
私は島を発った。魔王から国を取り戻すために、地下へ潜る。地下には大きな組織がある。決して表には出ないけれど、傀儡の王を通して世界の実権を握っている組織だ。もっとも、相手も王になりたかったのは事実であり、たとえハリボテであっても、世界のトップに立っているのだから感謝をするべきだと、誰かが言った。実際のところ、表の王と地下に潜む女王は、対立していた。隙さえあれば殺し合いをするような間柄だ。それでもなお、二人の関係は途切れることなく、続いていた。王も魔王の指示には従うものの、自分の好きなように国を操るようになる。実質、魔王を抜きにしてもとんだ暴君だ』
やはり、地下に秘密が隠されているのだろうか。
大きな組織があるというのは初耳だが、いままで得た情報を元にすると、信憑性がある。
『○月◇日
魔王と対面した。彼女の名は久遠小夜子。自分は裏切られたのだと、魔王は語った。相手のほうから近づいて、ついにはプロポーズと称して指輪まで受け取る。けれども、その指輪は魔王としての能力を封じるための道具だった。さらには止めすら刺さずに勇者は姿を消す。以降、魔王は彼への復讐のために生きてきた。敗北から三〇〇〇年がたった今も、待ち続けている』
魔王というと悪人というイメージがあるけれど、彼女の場合はどうなのだろうか。魔王は勇者に好意を寄せていた可能性はあるけれど、相手のほうはどうだったのか。いささか、モヤッとする。もしも一方通行であったとしたら、勇者は魔王の心を踏みにじったことになる。指輪まで渡して思わせぶりな態度を取ったすえに裏切るとは、外道のやることだ。彼は詐欺師かなにかだったのだろうか。
敵対するならまだしも、止めを刺さなかったのはいただけない。
『◇月○日
魔王の目的は勇者との決着だ。三〇〇〇年間、絶対に復讐の相手を忘れまいとして、顔写真を手に持ち続けたり、額縁の中に写真を飾ったり、脳内で何度も彼の名前を復唱し続けたりした。基本は威厳のある女王だったが、勇者のことになると、大きなリアクションを見せる。受け取った指輪は今は効力を持たない。締め付けるように離れなかったが、今はきちんと外せる。なんの意味もないのに、魔王は今も指輪を身に着け続けている』
不意に頭に例のイベントのことがよぎった。
世界の破滅を防ぐために勇者を呼び出す儀式をすると言っていたが、本当に勇者に現れてほしかったのは、誰だったのだろうか。
まぎれもなく、魔王自身だったのではないか。もしも自分はその勇者だというのなら、決着をつけなければならない。ただ、問題がある。魔王のスペックは明らかに常識の外にはみ出している。現に日記の後半には次のように記されている。
『□月△日
指輪を受け取った後、魔王は黒魔術に手を染めた。悪魔と契約をしたのだ。それは、自分の精神が安定していなければ、あっという間に相手に飲まれてしまうという、諸刃の剣。そのかわりに、絶大な能力が手に入る。そこに指輪の効力が消えたことによって戻った、魔王としての能力がくわわれば、どうなることか』
早くも胃が痛くなってくる。
王権を手にするとき、なにが起こるのか分からなくなった。
なにも起こらないというわけではないだろう。確実になにかが起こる。そのとき、自分はどのようにして切り抜けるべきだろうか。
頬を汗が伝って、背中に戦慄が走る。知らず知らずのうちに、顔がこわばっていた。
怖くなったので日記を閉じる。
とにもかくにも、情報を整理する。
まず、魔王の名は久遠小夜子だ。彼女は神の血を引く王族から国を奪い取った張本人。勇者に裏切られ、止めを刺されなかったことに怒り、復讐を誓う。今なお、魔王は世界の中心にいる。その居場所は地下だ。本物の勇者は姿を見せない。そのかわりに浄化の力を得たのは、真っ白な少年だった。
なお、自分が本物の勇者かどうかは、まだ確信には至っていない。ならば、確かめるしかないだろう。真白の足は自然と外へ――船着き場へと向かっていた。
残された時間を利用して、できる限りのことはする。そうでなければ、鎧塚には敵わないだろう。
いったん中央を出て、東へ行った。
絶海の孤島について心当たりのある者を片っ端から調べて、駆け寄る。情報を得られたわけではないものの、一歩ずつ真実に近づいていくような感覚がする。そして、ついにたどり着く。
「ああ、知ってるぜ。今から連れて行ってやろうか?」
「え、本当ですか?」
まさか、本当にそちらへ向かえるとは思っていなかった。
「けど、なんの用だ? あそこにはなにもないぜ。せいぜい、島流しに使われる程度だ」
「島流し、ですか」
不穏な気配がした。
いちおう、思い至らなかったわけではない。いままでも、『王家の存在』や『花咲彩葉が国を取り戻すために組織に潜入した』という情報を得たときから、そうではないかと勘付いていた。ずばり、絶海の孤島にいる者たちは、王族だ。魔王によって表舞台から追い出された、者たちだった。
そうと確定したのなら、話は早い。真白は『乗せてください』と迷わず告げて、船乗りと一緒に絶海の孤島へ足を踏み入れる。
そこは、自然が豊かな場所だった。作物が多く育っている。家がないかわりに畑がたくさん存在する。広さも十分だ。無人島とはいえ、広大な土地であることには変わりはない。自給自足ができるのはよいことだが、自分ならもてあましてしまいそうだ。
それにしても、島流しときた。
生活の匂いは全体からただよってはいるものの、なんだか彼らと対面することに緊張してしまう。王族はいったいいままで、どのような気持ちで生きてきたのだろうか。自分と対面して、なにを思うのだろうか。
余計なことばかりがぐるぐると頭の中に浮かんでくる中、ついに真白はある建物を見つける。なんてことはない、普通の民家だ。一般人が住むよりもワンランクは低い。いつ倒壊してもおかしくはない。貧相な木材が目立つ。夏はともかく、冬は隙間風に苦しめられるだろう。否、南の方角ゆえ、大丈夫か。
おそるおそる足を踏み出す。家に近づく。つばを呑む。緊張を拭い去るように汗を拭いて、ドアノブをひねった。重たい音が響く。
玄関も寂れている。明かりは申し訳程度の電球のみだ。本当に、こんな場所に王族が住んでいるのだろうか。だとすれば、相当な没落ぶりだ。
「今、我らのことを嘲笑わなかったかね?」
「いえ、そんなことでは……って、うわ!」
急に背後で声がしたため、体が震える。
振り返るとそこには白いひげをたくわえた老人が立っていたため、驚いてしまう。驚きのあまり尻もちをついて、真白は目を丸くしたまま相手を見上げる。
「君はいったい、なにをしにきたんだね? こんな辺鄙な土地に。まさか……いや、まさか……その顔は」
目の前で、老人も今の真白と似た顔になる。
信じられないものを見る目だ。
真白自身、相手の考えは読めず、なぜ、驚いているのかよく読めない。
そうした中、建物の中からまた一人の登場人物が現れる。チラリと見る。彼女は上品な衣装を見に付けた、どこにでもいそうな老婆だった。老婆といっても、童話に登場する魔女のような見た目ではない。マダムと呼んだほうが正しいだろうか。いかにも、セレブといった雰囲気を感じる。
「まあまあ、このような場所にお客様なんて何年――何千年ぶりかしら。そこのお方、どうか今の年代を教えてくださる?」
「えーと、二五一八年です」
「まあ、それほどまで長く……いかんせん、こちらは時の流れを感じなくてこまります。すっかり世間から隔絶された身ですもの」
自己紹介もなしに突然会話をされても、困る。
ひとまず立ち上がって、きちんと真剣な顔を作ってから、相手と向き合う。
「あの、あなたたちは、花咲彩葉の両親ですか?」
「はて、そんな方、いたかしら。ねえ、あなた?」
「知らぬなぁ」
「ええ、あの、いえ」
頭をかく。
「じゃあ、これならどうですか。聖辺花純という女性です」
「はい、それならば。わたくしたちは、彼女の親ですの」
「だが、なぜその名を知っている。彼女の存在は国の歴史から消されたと聞く。それなのに、なぜ」
「それは……」
消された?
頭の中で疑問符が生じる。
聖辺花純という少女は、花咲彩葉の本名として、活動している。その名を知らぬ者はいないだろう。否、そもそもの前提が間違いだった可能性がある。
彼女の正体は緋色の女だ。神の声を受け取って、世界の破滅を予言した存在でもある。
「まさかとは思いますけど、聖辺花純っていうのは、王女ですか?」
「いかにも」
案の定だ。
予定調和な答えが返ってきて、逆に混乱する。
つまり、緋色の女は花咲彩葉や聖辺花純とイコールで結ばれない。なら、巫女はいったい何者だったのだろうか。考えたけれど、その前に目の前にいる二人の老夫婦に尋ねたほうが早いだろう。真白はおずおずとしつつ、口を開く。
「僕は、本名にその名を名乗った少女と出会いました。本当の名は、おそらく誰も知りません。ただ一ついえるのは、彼女は女優をしていました。その芸名が花咲彩葉。同時に彼女はある組織に潜入して、命を散らしました。その組織の名は分かりませんが、象徴となるものは黒いバラ――すなわち魔王です」
真白は流れるように、言葉をつむぐ。
それを聞いた老人は納得がいったように、うなずいた。
「そうか、あの娘は死んだのか」
しみじみと、感慨にふけるように、ポツリとつぶやく。
「この結末は読めていた。だが、止められもしなかった。彼女の意思は頑なだったからだ」
「よろしければその話、聞かせてくれませんか?」
「その前にわたくしは、あなたのその顔が気になりますわ。なぜ、三〇〇〇年前の勇者と同じ顔をしているのですの?」
マダムの言葉を聞いて、鼓動が高まる。
勇者と同じ顔――彼らは、魔王を殺しそこねた男の顔を知っていた。シスターの言う通り、やはり自分は勇者だったのだろうか。だが、どこか釈然としない。言い知れぬ違和感を拭えずにいた。
「それは僕のほうが聞きたいんです。僕は普通の人間でした。だけど、特別な能力を身に着けてしまって、今はこのザマです」
勇者であってほしいと願った。
勇者である自分を演じるのならまだしも、偽物の勇者を演じて何者かの手のひらで踊らされるなんて、御免だ。
「でも、きっと僕にはやるべきことがあるのだと思います。そのために、ここにきました。彼女のことや王女のこと、魔王のことも、知る必要があるから」
顔をあげて、ひたむきな目で相手を見澄ます。
すると、老夫婦もこちらのことを信用する気になったようだ。というより、真白自身が勇者であると感じ取った様子でもある。
「あの娘は島に流れ着いた者だ。おそらくは誰かに捨てられたか、遭難したか。境遇を考えると、前者だろうな」
「境遇?」
「あの娘の容姿を知っているだろう? 黒い髪に黒い瞳――呪われし一族。無彩色の色彩は、かの魔王と素質を同じくする、忌み嫌われるべき一族である」
ピリッと、辛い感情が胸の底に生まれた。
「魔王は哀れな娘だった。神によって『魔王』という器に指定され、レールの上を進む人生。決められた結末へ向かう最中、恋に落ちた相手――彼ならば、愛しても問題ない相手と出会ったにも関わらず、裏切られるとは」
「今思えば、呪われた一族が愛しても問題ないという時点で、なにかを疑うべきだったでしょうけど」
昔の出来事を思い出すように遠くを見つめながら、彼らは語る。
「我々の娘は魔王によって殺された。そのころにはすでに神の血を引く我々の手に、王権はなかった。結果、今もこうして細々と誰もいない土地で生活をしているというわけだ」
「その話を、聞かせたんですね?」
そうでなければ、緋色の女が組織に潜入する理由がなくなる。
「ああ、そうだ。彼女は言ったのだ。『私が聖辺花純として、王権を取り戻す』と」
それで全てがつながった。
彩葉が王権を欲していたのは、自分のためではなく、遠いむかしに死んだ王女のためだった。もしくは、自分の育て親に報いるために、捧げようとしていたのだ。
「我々の娘は、勇者が救えなかった存在だ。彼はなにも救えず、自分もまた報われることはなく、この世界から姿を消した」
「彼は今、どこでなにを?」
「わたくしどもにも分からぬことです。ですが、彼は言いました。自分はもう、地上には戻らぬと。だが、確実にこの世界を見てはいると」
それは、どういうことだろうか。
首をかしげていると、補足をするように老夫婦は口添える。
「勇者は神によって、使命をたくされていますの。それを達成しない限り、彼らは死ぬことができません。ならば確実にこの地にいるはずわ」
「まだ生きているというのなら、魔王を止めるためになんらかの対策をするはずですよね。それなのに影も形もないとなると……」
いよいよ、頭がこんがらがっていた。
まさかとは思うが、自分に勇者としての役割を押しつけて、自分は逃げたのだろうか。
「だが、一つ言える。あのとき――魔王と勇者の最後の戦いが行われたとき、勇者には死ねない理由があった。元の世界へ帰還するわけにはならない理由が」
「そのために、使命を、果たさなかったとでも?」
にわけには信じられない内容だ。
確かにゲームはラスボスを倒せばエンディングを迎えて、二度とその世界には入れなくなる。いちおう一からやり直せば同じストーリーを見ることはできるけれど、続きは拝めない。ファンディスクか続編が発売されない限り、主人公は同じ土地に足を踏み入れられない。
だが、根拠が薄い。魔王との決着をつけることを避けてまで、生き残る理由が、この世界に留まる理由が、勇者にはあったというのだろうか。
よく分からない。
なんにせよ、魔王の思いも知って、覚悟は決まった。
花咲彩葉が目の前にいる二人の老夫婦や王女のために、戦ったというのなら、自分も同じことをするまでだ。
この小さな背中には、彼女の思いものしかかっている。
勇者には、魔王とふたたび戦う義務がある。
今度こそ逃げるわけにはいかない。
「僕、地下へ進みます」
「まさか、君が、全てを解決するとでも?」
「はい。結果がうまくいくかは分かりません。それでも、できる限りのことはするつもりです」
まっすぐに、迷いのない声で宣言する。
そのために、鎧塚武将も敵に回すと誓った。
なおも地下へ進むことに畏怖がある。
魔王の敵意と怨念がすぐ近くにまで迫っているような気がして。
だけどもう、引き返せない。
真白はふたたび、前を向いた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます