第13話
シスターと別れたあと、家に戻って鉄分を多くふくんでいそうな食事を取る。そうして、しばらくのんびりと過ごしているうちに、体力は回復した。
時間はゆるやかに流れていく。パソコンをチェックすると、ゲームの参加者は残りわずかのようだ。ミドリがあの後、どうなったのかは分からない。リタイアをしたのではないかとは、考えられる。いずれにせよ、終幕は近づいている。後はいかにして、生き残るかだ。幸いにも、自分の居場所は周りの人間には気づかれていない。その上、彼自身の影の薄さが幸いして、ミドリ以外にはケンカを売られていなかった。このままいけば、きっと生き残れる。希望を抱くと同時に、やはりむなしさが胸にこみ上げてくる。自分がもっと強ければ、もっとたくさんの人を救えたのではないだろうか。王権の争奪戦などという意味のない戦いを繰り返す必要など、なかった。
昔と今とは価値観の違いというのは分からないけれど、殺し合いで全てを決めるなんてムダが多すぎる。せめて、平和的な争いをしてもいいのではないだろうか。例えば、選挙など。
そうは考えても、実際に戦いを続けている者たちを止められずにいるのが現状だ。真白という個人にとって、この規模の争いを止めるのは至難の技である。このまま、事態が進むのを待つしかないだろう。真白はなかば、諦めの境地に至っていた。
それからさらに時間は流れる。
一〇、五、三と、カウントが進む。
残りの人数の数が刻一刻と、時計の秒針のように動いて、減っていく。
残りは二人、一人――
ついに、自分以外の全ての参加者が散った。最後は相討ちだろうか。画面越しではなんともいえないけれど、結果的に真白は漁夫の利を得た形になる。最後に残った一人との戦いを避けられたのはよかったものの、後味が悪い。このような形で勝利を手にしても、嬉しくもなんともなかった。苦々しい気持ちで、朝を迎えながら、真白は外へ出る。
ひとまず、これで堂々と町を歩けるようになった。いままでは他人の視線におびえて過ごしていたけれど、今なら、問題はないだろう。情報収集も堂々とできる。それはそれとして、消えていった命の存在が気になる。彼らは、真白というなんの取り柄のない少年に王権を横取りされて、満足するのだろうか。いくら約束のためとはいえ、自分のようなくだらない人間が王権を手に入れて、大丈夫なのだろうか。余計な不安が頭をかすめた。
それでも、やるしかないと決めたのだ。そのためにいままで生き残ってきた。ならば、もう、後戻りはできない。決意を新たに、拳を強く握りしめる。前を向いた。
ところで、問題が一つある。それは、王権の場所がどこか分からないことだ。いちおう、ネットで確認はした。けれども、それらしい情報は得られなかった。メールもチェックしたけれど、運営からの通知はきていない。真白は首をかしげる。いったい、どうなっているのだろうか。まさか、戦いが終わっていないということはあるまい。残りの人数は一名と確実に表示されている。つまり、最後に残ったのは真白なのだ。
なんとも、すっきりしなかった。脳内が霧で満たされたように、不透明になる。果たして、これから先、自分の思い通りにことが進んでくれるだろうか。
疑問と不安に頭をかき乱されながら、グレイッシュな町を歩く。ちょうどそこに、声がかかる。
「ごくろうなこってぃ。まさか、最後の一人になるまで残るとは思わなかったけどな」
聞き覚えのある声だった。
ドスの利いた、誰かにケンカを売っているような声音。
振り返る。
無機質なビル群を背景に、鎧姿の男が堂々とした態度で立っていた。
「鎧塚武将ですか」
「なぁに、呼び捨てにしてんだ? 前にも言ったよな? 俺は、お前なんぞに呼び捨ていされるほど、くだらねぇ人間ではねぇってな」
相変わらずのようだ。
扱うのが面倒だと感じつつ、真白は頭をかく。
「って、なんで君がここにいるんですか?」
「そりゃあ、決まってんじゃねぇか。お前をたたきつぶすためだ」
「ちょっと、待ってください。それはいいんですけど、もう残り人数は一人だと」
「ああ、それか」
思い出したように、鎧塚が目を丸くする。
「俺、参加者じゃねぇから、その人数にカウントされてねぇんだよ」
彼のあっさりとした告白を聞いて、真白は絶句する。
まさか、そんなことが、ありえるのだろうか。
もしも彼が参加をしていたのなら、残り一人になったときに自分は勝ったのだと安心できる。相手との戦いを避けることもできた。だが、現実は違う。結局のところ、真白は約束のために、強い敵と戦わねばならない運命にいるらしい。
「なんで参加してなかったんですか……」
落胆とともに、質問を繰り出す。
彼としては理由はそれほど求めてはいない。
ただ、戦いを避けられたと思っていたところに鎧塚が現れたことが、ショックで仕方なかった。
「なぜわざわざ聞く必要がある。んなもん、決まってんじゃねぇか。俺は、何者にもなる気はねぇんでな」
すっかり頭から抜けていたが、今回のイベントの概要は『勇者と魔王の物語の再演』だ。それには、参加者が振られた役になりきることが必要である。ゆえに、真白は最初こそ参加する気にはなれなかった。それでも、彩葉が自分のためを思ってイベントに誘っているのだと知って、結局、エントリーしてしまった。
後悔はしている。それでも、自分はこの戦いに参加しなければならなかったのだと、今なら分かる。
「それは、僕だって同じです。僕だって、自分の在り方を変えるつもりはありません」
頭をよぎったのは、過去に魔王との決着をつけずに去った勇者の存在だ。くわしいことは分からないままだが、魔王が生きているのなら、勇者はまだ責務を果たしていない。くわえて、現代まで雲隠れをしているのなら、戦いから逃げている。そして、新たに現れた勇者に全てをたくそうとしているのだろう。
自分は、彼のようにはならない。同じ勇者に選ばれた身で自分のほうが偽物だと自覚しておきながら、彼は過去の英雄を否定する。
アレこそ、本物ではない。あらかじめ指定された運命に逆らい、役目を放棄する勇気がどこにいるというのだろうか。どうせなら、演劇のストーリーと同じように、大切なものを犠牲にしてでも世界を守るべきだった。否、今もこうして人々が繁栄しているのだから、世界の秩序は守られている。結果論に過ぎないが、だからこそ勇者は魔王を殺さなかったという可能性も考えられる。なんにせよ、魔王を殺さなかったというツケを今の自分がはらわされているのが現状だ。
別に嫌っているわけではないけれど、真の勇者のやり方は気に食わない。自分は彼とは違う。彼のようにはならないと、心に誓った。
だからこそ、あくまで自分は自分の理想とする勇者を演じる。勇者に選ばれたからには、それくらいは当然だ。
「確かに俺はあの男は嫌いだ。ああ、ったく、神とやらも、もっと気に食わねぇがな。だがな、お前も同類だ。俺はお前のような人間を認める気はねぇぞ」
それはつまり、真白を過去の勇者と同列に語った上で、勇者にすらなれないと言っているのだろうか。
眉をひそめながらも、それはそうだろうなと納得する。
真白は偽物の勇者を演じる気はない。それでも、もしも、自分が神に召喚された勇者であるのなら演じてみるのも一興だ。そうでなくても、自分には浄化の魔法を扱える。それを考えるとむしろ、勇者ではないほうが不自然だ。なればこそ、偽物でないのなら、本物になれるのなら――自分はそれになりたいと思った。だからこそ、クリスタルの剣をふるった。自分は間違っていない、正しいのだと言い聞かせながら。
「そうですね。僕は勇者にふさわしくない。君の言ってることは、まっとうだと思います」
彼は、相手の意見を否定しない。
自分の短所や欠点は、自分が一番よく分かっている。
勇者を演じている本人も、自分がそれにふさわしくないことなんて、あっさりと受け入れられるくらいに自覚していた。
それでも、一歩も引けないから、彩葉のために戦わなければならないから、たとえ無様でも、世界を救うために動かねばならなかった。
「なんだ? なにか言いたいことがあるんだろ? 俺の行動は間違っている。正しくねぇって思ってんだろ。だったら、そう言ってみろ。そして、俺を否定してみろ」
挑発的な態度で、鎧塚は言う。
口元には冷笑が浮かんで、小馬鹿にしたような態度がにじみ出ているけれど、真白はあえて反応しなかった。
「つまらねぇな」
舌打ちが閑静な住宅街に響く。
「ああ、お前は所詮はそんなもんだ。ただの抜け殻。勇者であって、勇者でないもの。役割に固執するあまり、人形みてぇになりやがって。今のお前は空っぽな人間でしかない。本体はいったい、どこにいっちまったんだろうな」
嘲笑するような声に、耳を傾ける。
彼の言葉は抽象的で、意味深でもあった。
だけど、その言葉の持つ真の意味までは尋ねる気にはなれない。くわしく聞けば、深淵に触れてしまいそうな気がした。知らなくてもいいことまで知ってしまうようで、なかなか口を開けない。
「お前は勇者なんぞには、なれねぇよ」
「それは……でも僕は、確かに……」
「言われた? シスターに。そいつがどうかしたか?」
彼の態度は頑なだった。
その前に真白は、相手がシスターから勇者と告げられていたことに関して、気づかれていたという事実に驚く。
その上で、鎧塚は真白は勇者にふさわしくないと断言している。まるで、全てを知ったような口で、この世全ての理に干渉しているかのような口ぶりだった。
「これだからなにも知らねぇやつは困るのさ。俺がじゃねぇよ、お前自身がな」
「それは、いったい……?」
確かに真白はなにも知らない。
歴史のことも、花咲彩葉の正体すらも。勇者と魔王の物語の、真の結末さえも。
それでも、勇者に選ばれた。それだけは事実だ。たとえ信じられなかったとしても、受け入れるしかない。真白はそう考えている。
「お前はよ、そう、なりてぇだけじゃねぇのか? 都合がいいように考えすぎなんだよ」
ドスのきいた声で繰り出された言葉が、真白の胸を貫く。
「それともなにか? 王権を手にする権利を得たから、勝ったつもりか? だが、残念だったな。そいつは俺のものだ」
「え……? そんなはずが……。だって、ルールには」
口を開いて、とっさに反論しようとする。
だが、その前に、鎧塚は堂々とした口ぶりで答えを突きつけた。
「バトルロイヤルで最後に生き残ったやつが勝者なんだろ。分かっている。だが、ルールには続きがあるって、知ってんだろ? たとえ参加者でなかったとしても、その勝者を倒せたのなら、王権を得る権利はあるってな」
途端に、背中に戦慄が走る。
いままで知らなかった――忘れていた情報が脳内に蘇った。
そうだ、まだ戦いは終わっていない。
確かに最後に残ったのは真白だったが、参加者以外も王権の奪い合いに参加できる。
ならば、今ここで――
「お前を殺しにいく。だが、今はそのときじゃねぇ。少し、猶予をやる」
「猶予?」
「なに、大したもんじゃねぇ。俺と戦うときまで、せめて対策でもしてこいっつってんだ。俺も、お前みてぇなやつを焦って殺しに行くくれぇ、短気じゃねぇんだ」
「でも、そんなことをして、僕が先に王権を獲得してしまったら、全てが終わりますよね」
正論を突きつけたつもりだった。
真剣な目をして、落ち着いて言葉を繰り出す。
ところが鎧塚は大きな口を開けて笑いだした。
「こいつは傑作だな。まさか、自力でそこへたどり着けるとでも思ってんのか?」
「情報なら、獲得して見せます」
「口だけはいっちょ前か。だが、現にお前はなんの情報も得てねぇじゃねぇか。分かってんだろ? 無知なお前に王権を得る資格はねぇ。お前は所詮、部外者なんだよ。なんの関係のねぇやつはすっこんでな」
そんな言葉を聞いても、怒る気にはなれない。
ただ、なんの情報も得ていないのは事実だ。王権を手に入れる資格など、最初から存在しなかった。だから、反論なんで、できない。その材料が頭には浮かばなかった。
「そいつは俺のものだ」
「じゃあもし、僕が勝てたら……言ってくれるんですか? その、王権のある場所を」
「さあな。勝てたらの話だ」
ならば、話は早い。
「なら、僕はそれまで、情報を集めます。戦いたいのなら、好きにしてください。だけど、僕は君と戦いたくはない」
「当然だな。お前が俺に勝つビジョンが浮かばねぇ」
「まあ、そんな感じなんですけど、できるのなら、納得させてみせるつもりです」
自分が王権を得るにふさわしい人間かどうか――
その術は全く浮かばないけれど、せめてもの抵抗のために、顔を上げる。
「全てを知る。この世界の歴史や真実に自分の力で迫ってみせます。そうすれば、君も納得するんですよね」
「知るかよ。勝手にやりな。ああ、ムダな抵抗だろうがな」
熱意を持った目線を向けても、相手の態度はクールだった。
灰色がかった青色の瞳はメタリックで、機械のパーツのようでもある。
それから彼は去って、一人になる。
大変なのはこれからだ。
果たして、どうすればいいのだろうか。
残された真白は、ため息をつく。
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