第4話
一瞬、なにがどういうことなのか、分からなかった。
ルールとはなにか、『殺し合え』とはどういう意味なのか。
首をかしげながら画面をタッチすると、ホームページが開く。黒と白を基調とした背景に、『勇者と魔王の物語の再演』というテーマが、大きく載っている。
真白はため息をついた。
ゲームは、終わったのではないかったのかと、頭を抱える。
真白の認識だとゲーム内の出来事から現実に起きたことに塗り替わって、いつの間にか本物の魔王軍に狙われた。そして、さらわれた少女が実は彼らの仲間で、真白は檻の中に入れられる。そこを裏切ったと思われた彼女が助けて、解放された。そして、彼は今、死んだ少女の意思を受け継ぐために中央の町にいる。
終わった、はずだった。
なにもかもが分からないまま、玉虫色の決着を迎える。
本物の魔王とは会っていないし、その資格すらないかもしれないけれど、とにかく全てが終わったのだと決めつけていた。
いや、本当はこれで全てが終わったのかと疑っていたのかもしれない。正確には、これで終わっていてほしい。もう誰も傷つかず、自分もなににも巻き込まれないように祈っていた。
だけど実際は、魔王が生きているのなら、いつ物語が再開されてもおかしくはない。結局のところ、全てが甘かったのだ。そもそも、ゲームの終わる条件を満たしていないのだから、バッドエンドであろうと、何度だってループする可能性はないわけではなかった。
真白は苦々しい顔をしながら、画面をスクロールする。
下にはびっしりと、説明が書かれていた。
『とある少女の死によって、トリガーは引かれた。
まず、王は王権を手放した。これより、その争奪戦を行う。参加者全員の殺し合いで、新たな王を決めようではないか。最後に残った一名が勝者となる。なお、その一名は部外者によって殺された場合、王権は殺した者が受け取ることになる』
読んでいると、頭が痛くなってくる。
要するにデスゲームだ。
王権を巡ったバトルロワイヤルでもある。
このようなものに自分が参加するだなんて、想像もできなかった。そりゃあ、創作ではよく見る題材ではあるものの、一般人にとっては無縁にもほどがある。
「まさか、王権を……?」
「勝者は一名だと。俺に勝ち目はないじゃないか」
「殺さなければ、こっちがやられる」
なにやら、周りが騒がしい。
いまだにこの通りに残っていた人間たちが、タブレットとにらみ合いながら、ブツブツとひとりごとをつぶやいている。
彼らも同じホームページをチェックしている。つまり、ゲームの参加者であり、競争相手だ。
参ったなと素直にため息をつく。
いや、参ったどころの話ではない。圧倒的な絶望を、体が包む。今にも心が闇に呑まれて、黒魔術にてを染めそうだ。
逃げたいが、逃げたところでどうにもなるとは思えない。第一、周りにいる全ての者が敵なのだから、どうしようもない。
とにかく、逃げなければならないと考えて、話を切り上げて、どこかへ走り出そうとする。
「おい、どこへ行く気か?」
背中にドスの利いた声がかかる。
相手は明らかに機嫌を悪くしている。
ゲームから、命のやり取りから逃げようとしている者に失望し、天誅を下す気だろうか。
なにか、失敗をおかしたような気分で、恐る恐る振り返る。
体がガクガクと震えて、動きも昔のポリゴンのようにカクつく。
「どうせ最後はお前も死ぬんだ。逃げようが同じことじゃねぇか」
「最後には倒されるからこそ、少しでも時間を稼いで」
「それになんの意味がある?」
「生き残った時間なんぞ、関係ねぇよ。量より質だろうが」
確かに、それは言えている。
けれども、死がいずれやってくるのなら、最大まで引き伸ばしたいのが人間というものだ。そりゃあ、一瞬で終わる苦痛ならば、それにこしたことがない。死ぬかもしれないという恐怖と戦うよりは、一瞬で命を散らせたいところだ。
だけど、今は、彩葉との約束がある。
彼女のためにも、死ぬわけにはいかない。
脳裏に浮かんだ白い少女を、裏切るわけにはいかなかった。
「おい、聞け」
そのとき、前方から着物姿の男性が走ってくる。
「私闘を許可された」
「なんだと?」
彼が紙切れを持って、伝えると、人々はざわめき立つ。
途端に彼らは帯刀していた武器を取り出して、最も近くにいる者とにらみ合う。
そして、斬りかかる。
ある者は斬り返し、またある者は攻撃を避ける。
四方八方から剣劇の、金属同士がぶつかり合う音がした。
敵意をむき出しにした住民たちが殺し合う。
火花を散らせながら、町を赤く染めようとしている。
パーティは、始まった。
その中で、真白はいちおう、安全圏にいた。
真っ白な少年の姿は、彼らの目には入っていない。
ただ、なんのためらいもなく命のやり取りをする姿が、彼の目にはありえないものとしか見えない。とにかく、恐ろしかった。なぜ彼らは、死ぬと分かっていながら、戦えるのだろうか。
止めなければならないというのは分かっている。放っておけば、彼らは無駄に命を散らすだけだ。だが、その勢いは凄まじい。割って入れば、命はない。八つ当たりのような攻撃を食らって、一瞬で殺されるだけだろう。
他人の命よりは、自分の命だとでも、考えているのだろうか。
これはきっと、正しくない。それでも、やはり、死にたくないという感情に嘘はつけない。
真白は逃げ出した。
その後を数名の足音が追ってくる。
くるなと叫んだ。
されども、足音は止まらない。
焦燥の中、振り返りもせずに、ただただ足を動かし続けた。
下を向いて、腕を振って、足を激しく動かす。
やがて、路地裏の方面――日の当たらない陰まで移動したところで、足を止めた。
そこへようやく足音の正体がたどり着く。
顔を上げる。
常磐色の着物をまとった男が、真顔で少年を見下ろす。
傍らには修道着をまとった女の姿もある。
彼女は遠慮がちに顔を覗かせながら、ビクビクと、鎧塚という名の青年を警戒しているようだ。
一方、そんな彼女の態度はいざしらず、男はゆっくりと口を開く。
「返してほしけりゃ、俺に勝て」
彼は手のひらで、小さな水晶玉をもてあそんでいた。
「君も、参加者だったんですか?」
少年の質問に相手は答えない。
唇を固く結んだまま、開こうとしなかった。
「なんだか分からないけど、返してはくれるんですな。なら、それでいいです。ありがとうございます。意外といい人なんですね?」
それは皮肉でもなんでもない。
本当に、返してくれるという条件を突きつけられたのは、嬉しかった。
だが、それはそれとして、目の前の男にどうやって勝てというのだろうか。
ただでさえ、気を抜けば真っ先に殺されそうな状態だ。下手に身動きすら取れず、道路の端っこで縮こまりながら、真白は思案する。
「ハ。お気楽なこって」
鎧塚は鼻で笑う。
「お前は所詮(しょせん)、弱者だ。冷静に考えてみやがれ。絶望がさらなる絶望に変わっただけだろうが」
はい、と、真白は頷く。
冷静に考えると、喜んでいる場合ではなかった。
たとえ生き残ったところで、目の前の男に勝たなければ、水晶は取り戻せない。
真白には鎧塚に勝利するビジョンが浮かばずにいる。いったい、どのように切り抜けるのが正解なのだろうか。悶々としつつ、頭を悩ませる。
「それでもきっと、僕は君を倒すと思います」
「奢りだな。勇者を演じて、気でも違ったか? いいや、お前は最初からイカれてやがったな」
真白の宣言に、鎧塚は笑い飛ばすように、指さす。
イカれている――その言葉はどうにもしっくりこない。真白としては、自分こそが最もまともな人間だと自負している。その言葉が似合うのはむしろ、彼のほうではないだろうか。まさかとは思うが、鎧塚武将は、自分の人格について、自覚がないのだろうか。
なお、結局、盗賊は逃してしまった。
一通り、言いたいことを言われて、勝手に去っていく。
真白は下手に追いかけられなかった。今から勝負を挑むか不意打ちをかましたところで、対処されるに決まっている。今はそれよりも、周りの状況のほうが気になる。
元いた場所に、シスターと一緒に戻ってきた。
地面には大量の血が撒き散らされている。さながら、レットカーペットでも敷かれたかのように、足の踏み場もない。ちょうどスニーカーも、赤くべっとりと汚れている。
果たして、生存者はいるのだろうか。
一人ひとり確認したところで、息のある者は見られない。
彼らは殺し合ったすえに、全員が死ぬという事態を迎えた。誰も幸福にならない結末。なんて不毛な争いだったのだろう。逃げた本人が言うのもどうかと思うが、どうしようもなく、いたたまれない。
手をあわせて祈りを捧げたあと、シスターが口を開く。
「彼の発言、真に受けないほうがいいですよ」
「分かってます。信用は、してはいけないタイプの人間ですから」
肝に銘じている。
ただ、彼はなんとなく、きちんと約束を果たしてくれそうな印象があった。根は普通に真面目だし、悪人でもなさそうだ。否、盗賊や強盗に押し入っていて、その言い草はないと思われるけれど、それでもまだ、信じていたかった。
「僕、あの人とは普通に、仲良くなれそうな気がしてるんですよ」
「な……」
軽い気持ちでそんなことを口走ると、ドン引きしたように、シスターが表情を硬直させる。
「あれ、なにか、変なことでも?」
「当たり前です。指名手配犯ですよ。なにを考えているのですか? それともあなたは、自分も同類だとでも、おっしゃりたいのですか」
「まさか」
真白は盗賊になるつもりは毛頭ない。たとえ、彩葉が残してくれた財産が尽きて生活に困る事態に陥ったとしても、潔く死を選ぶだけだ。誰にも迷惑をかけない。
「いいですか? あなたは所有物を奪われているのです。それも、最も重要なアイテムをですよ。それなのに、飄々としていられるなんて、どうかしています」
「それはきっと……」
少年は視線を落とす。
「僕が彼に、関心がないからかも、しれません」
感情が麻痺しているとでもいうのだろうか。
とにかく、彼が犯した罪はともかく、本人にはなにも思わない。法律は罪悪に関しては頭に入っているだけで、犯罪者は怖いだけの存在でしかない。
彼が被害者になっても平気でいられるのは、罪を憎んで人間を許しているからだ。全てを水に流している。自分さえよければ、どうだって構わない。むしろ、被害が自分だけで済むのなら、それに越したことはないだろう。
真白はありとあらゆる人間に対して、無関心だ。だからこそ、他人を憎まずにいられる。全ての者に偏見を持たず、平等に接することもできる。
ああ――だけど、そのせいで自分は人を愛することができないのだと。
かすかに茜色がにじみ始めた昼の空を見上げながら、ひそかに思った。
きっと、鎧塚とは分かり合えない。それでもいいと思った。仲良くなれなかったとしても、せめて、なんらかの情報をつかめたらと。とにかく、もっと彼のことを知りたかった。
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