第14話

『私も、私に隠された真実を隅々まで把握しているわけではありません。なんせ、この世界に気がついたら生まれていたわけで、島に流れ着くまでの記憶が皆無だからです。それでも私は、魔王に仕えた振りをすることで、少しずつ真実に近づいていきました。そして、今日、私は魔王に挑む。きっと、自分が生まれた本当の意味にも気づくでしょう。


 あなたがこの世界に生まれた意味も、確かにあるでしょう。だからあなたにはそれを知る義務があり、課せられた責務を果たさなければならない。逃げてはいけない。そのためにあなたはここにいるのだから。


 たとえ、私があなたの前から姿を消したとしても、それで終わりではありません。むしろ、ここからすべてが始まるといっても過言ではないでしょう。


 あなたには、私の財産を渡します。まずは中央へ行くことを薦めます。そのために必要なものも同封しました。拠点は城の次に目立つほどの大きさであるため、すぐに見つかるでしょう』


 手紙を最後まで読み終わってから、封筒の中になにか入っていないか、チェックする。すると、一枚のカードが出てくる。形は細長い長方形で、上部には細かな数字・中央には地名と通行券という文字が大きくプリントされている。傍らにはハンコが大きく押されてあった。


 要するに、中央に行きたいときは、これを使えばいいわけだ。


 しかしながら、この期に及んで真白は躊躇してしまう。なぜなら、彼は選ばれし者ではない。花咲彩葉のような大女優ならともかくとして、自分はただの一般人だ。否、正確にいえばなんらかの責務を負った存在といえるだろう。彼女が手紙に嘘をついていなかったと過程すると、真白には『やらなければならないこと』がある。それがなにだかは不明だ。それでも、なにかをしなければならないことは確かで、真白はそのためにこの世界に召喚された。いわゆる、勇者のような存在だ。


 勇者だなんて、重すぎるワードだ。なんの取り柄のなかった少年では、背負いきれない。今も信じられないくらいであり、なにかの間違いではないかと考えている。


 されども、彼自身が特別な存在になりたいと願っていたのは事実だ。誰かの役に立ちたいとも思っている。できるのなら、誰かのために死にたい。そのための役職が勇者なのではないだろうか。


 確証なんてこのさい、関係ない。真白がやるべきことは決定している。情報は集まっていないし分からないことも多いけれど、ひとまずは彩葉の指示通りに行動を移せば、間違いはない。ここで躊躇していては、いつまで経っても話が進まない。


 そうだ、まだ物語は終わっていない。『勇者と魔王の物語の再演』は、緋色の巫女の死によって幕を閉じたと思われたが、エンドロールは流れていない。


 彼女は重要な秘密を隠したまま、潔く散った。

 自分の命を賭して、最後に真白に道筋を示していった。彼女がいなければ、真白はずっと前に進めなかっただろう。もっといえば、生きてすらいけなかったはずだ。


 彩葉がどこまで真白に関して知っていたのかは分からない。それでも、自分以上に真実にたどり着いていたのは確かだろう。おそらく、最初に出会ったときも真白がなにも覚えていなかったことまで、悟っていたのではないだろうか。だからこそ、彼女は真白を連れ回して、街を案内した。そして、自分の手元に置いて、危険から守っていたのではないだろうか。


 そうだ、守られていた。

 ずっと前から、大女優を護衛しているつもりが、逆に自分が彼女に守られていた。彼女がそばにいたから、黒紅色の集団も手を出せない。花咲彩葉が匿っているという事実こそが、抑止力になっていたのだ。


 せめて、その手向けになにができるだろうか。

 彩葉はなんのために死んだのか。

 魔王との戦いに敗れたと考えるのが自然だ。だが、それは本当なのだろうか。別の誰かに殺された可能性はないだろうか。実際に見ていないためなんともいえないが、その死の真相を知りたくてたまらない。そして彼女はいったい最期に、なにを知ったのだろうか。


 とにもかくにも、そろそろ立ち上がらなければならない。いつまでも沈んでいるわけにも、怠けているわけにもいかなかった。


 まずは魔王に会う。

 それは難しい問題だと言われるだろう。実際、真白にもこの目的を達成できるとは思っていない。だけど、真実にたどり着く方法がそれしかないのなら、やってみる価値はある。

 たとえ会った瞬間に殺される確率が高かったとしても、勇者として現界したのなら、決着をつける必要があるはずだ。

 難易度の問題ではない。気持ちの問題だ。

 真白は心の中で気持ちを固める。

 もう、後戻りはできない。

 花咲彩葉が――否、緋色の巫女が辿った道を、今度は自分も歩く。

 覚悟は決まった。

 彼女がたどり着いた真実にも、いつかは到達して見せると、心の中で誓う。


 あとは、許可を得られるかだ。

 真白は個室を出て、涅に会いにいく。いくらなんでも、彼に無断で行動するのはおかしいだろう。親しくない仲とはいえ、いちおうは仲間だった。彼には世話になったし、礼を言わなければならない。


 そんなことを考えていると、扉を開いた瞬間、不潔な男と鉢合わせをする。

 同じ宿に泊まっているはずなのに、なぜこうも雰囲気が違うのだろうか。いちおう、体に汚れがついているわけではないため、雰囲気が悪いだけかもしれない。しかし、髪はボサボサで伸び切っているし、私服はくすんだ色が多い上にサイズが合っていない。生地も古いせいか、傷んでいる箇所が多い。もしくは、古着に袖を通さなければならないほど、貧乏なのだろうか。だとすると、彼に宿泊料金を出させたのは、悪かったのかもしれない。


「なに同情的な目で俺を見てんだ? 言っておくが、俺は好きでこの格好をしているだけだ」

「へ? そうなんですか?」


 間抜けな顔でぼうぜんとする真白に対して、涅はあきれたようにため息をつく。


「俺ァ、これでも金はたんまりあんのさ。悪徳業で稼いでるんでな」


 さりげなく、とんでもないことを口に出された。

 それがあまりにも自然な態度で、悪気すら感じられなかったため、真白も一瞬、それが当然のことのように聞こえてしまう。

 とはいえ、悪徳業という単語は聞き流せるものではない。


「いいんですか、それ」

「いいのさ。生き残るためなら、手段を選んでたまるものか」


 そういうものなのだろうか。

 それも一つの生き方であるため、否定はしない。

 だが、世間一般からすれば、悪徳業者は悪だ。事情があったとしても、許されるものではないだろう。被害に遭った者からすれば、たまったものではない。

 もっとも、真白は実際に被害に遭ったわけではない。被害者に同情する気持ちも浮かばない。

 目の前に悪人がいようと「どうでもいいか」と片付けられる精神を持っている。ゆえに、先ほどの発言は聞かなかったことにして、華麗にスルーする。


「ところで僕、これから中央に行くつもりですけど、大丈夫ですか?」

「それを俺に聞くか?」

「え、だって、報告しなきゃって思って」

「知るかよ。俺ァ、テメェのことなんざどうだっていいんだ。好きにやっちまいな」


 意外とあっさりとした返答だった。

 やはりというべきか、相手は真白の決断に反対するほどの思い入れがあるわけではないようだ。もしくは、他人の行動を束縛するようなマネはしないと決めているのだろうか。

 いずれにせよ、反対されないのは楽だ。

 反対されても押し切るつもりだったが、こうもあっさりと決まると拍子抜けする。


「とりあえず、納得したということで、いいんですね?」


 この様子では報告は必要なかったかもしれない。

 隙を見て、こっそりと姿を消してもよかったのではないだろうか。否、それではあまりにも失礼だ。せめて、別れの挨拶を済ませておくのが礼儀というものだ。


「じゃあ、これで。いろいろとお世話になりました」


 お手本のようなお辞儀をすると、相手は鬱陶しそうに顔をしかめる。


「わーったよ、ったくお前は憎らしいほどにまともだ。俺ァ、そういうやつが一番キライなんだがな」

「あー、はい。そういうことにしておきます」


 涅の真意は読めないものの、完全なる無関心ではないのは事実のようだ。悪感情を持っていようがいなかろうが、きちんと真白という人間を見てくれていることに変わりはない。そのことが、彼にとっては少しばかり嬉しかった。


 それから真白は涅と別れて、宿を出ると、門の前にやってくる。

 地図に描かれていた通りの分厚い壁だ。よじ登ろうにも垂直に天高くまで伸びているため、登り切るのは容易ではない。表面もすべすべとしているし、ロッククライミングとはわけが違うのだ。

 また、その威圧感たら相当なものだ。絶対に中に一般人を侵入させないという気概を感じる。

 門番もきっちり構えている。現代にも関わらず、帯刀しているし、下手な行動を取れば斬り殺されるだろう。ゆえに、慎重に行動する。

 真白は跳ね橋をゆっくりと渡った。周囲に人影はない。皆、中央へと向かう気はないようだ。おそらく、選ばれし者しか入れないため、門をくぐる術を持たないのだろう。一方で、いかにも無能でひ弱そうな少年が門に接近している。後方でするどい視線を感じる。嫌悪感と、好奇に満ちた視線を無視しながら、真白は無言で足を動かす。

 すると、門番が警戒心を強めた。いったい、なんの用だ? と、無言で尋ねてきているようだった。それでも、ひるまない。正々堂々と、挑む。なんせ彼は、門をくぐるための証拠を有している。


「はい。通行券です」

「誰から受け取った?」

「花咲彩葉といえば、分かりますよね?」


 手のひらを開いて、一枚のカードを見せる。

 真白が大女優の名前を出すと、門番は互いに顔を見合わせた。

 真偽を確かめあっているようだ。怪しいところがあれば即座に首を落とす所存のようだが、真白は真っすぐに相手を見つめ、目を離さない。

 彼には絶対に引き下がらないという覚悟があった。その二つの目から放たれる気迫と眼光に押されたのか、門番は二人とも肩から力を抜く。


「よい、通れ」


 門が開く。

 真白は深呼吸をする。

 一度、振り返ろうとした。

 着た道を確認しようと思った。

 だけど、その必要はない。

 もう、振り返らないと決めていた。

 だから前を向いたまま、前進する。

 一歩、二歩と、前に足を出す。

 門の前に出る。

 威圧感のある壁を背に、中央の町並みを視界にとらえる。

 ほのかに花の香りが鼻孔をかすめた。

 春を実感する。

 ようやくきたかと、内心でつぶやく。

 天気は晴れだ。青空から暖かな日差しが照りつけている。

 この気候はまるで、彩葉が直接持ってきたようで、少しだけしんみりした。

 とにもかくにも、まずは彼女の別荘へと移動しなければならない。

 彼は街で目立つ建物を目指して、歩き始めた。

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