第4話

 いったん落ち着こう。いくら、ゲームへの参加が決定したからといって、重要な役どころになると決まったわけではないだろう。大規模なイベントのようだし、全世界から参加者が集まったとしてもおかしくはない。抽選で選ばれるとはいえ、その数は膨大なものになるだろう。真白はなんとか、心を落ち着かせようとする。だけど、いけない。本当に自分の思い通りに事が運ぶかが気になって、作業にも手がつかない。現在は大真面目に食器を洗っているのだが、頭には常にゲームのことがよぎって仕方がなかった。

 ほどなくして、結果が出た。ネットで検索してからホームページを見ると、見事に自分が登録した名前が表示されていた。途端に全ての希望が打ち砕かれたような感覚がして、肩を落とす。ところが、悲劇はそれだけにとどまらない。後日発表された役職は、勇者に決定していた。

 まさか、こんなことが……。あまりにも運がよすぎる展開に、愕然とする。しかも、自分が望んでもいなかったことであるため、ショックを隠しきれない。本当はこんなはずではなかった。絶対に抽選で受からないだろうと踏んで、彩葉のために応募したにも関わらず、結果はこのザマだ。最悪の事態を想定して、応募は避けたほうがよかったのだろうか。

 ひとまず、記念として身分証明のできるカードが家に届く。うーんと、シラけた目をしつつ、ポストに入っていたそれを手に取る。名前や誕生日などの項目があって、今は空欄だ。プロフィールもしくは履歴書のような機能も備わっているのだろうか。うまく状況がつかめないながらも、適当に書き込んで見る。


 名前:真白

 性別:男

 年齢:一六歳


 完成だ。

 などと、喜んでいる場合ではない。

 なぜ、自分が勇者などに任命されてしまったのだろうか。これはドッキリではないのか。フローラのことだ。ありえると、心の中で結論を出す。全ては彼女の手のひらの上だったのかもしれない。いや、いくらなんでも一人の女優にそこまでの権限はないだろう。

 疑心暗鬼になって、なにを信じるべきか分からなくなったころ、ホームページには新しく掲示板が設置されて、そこに人が集まりつつあった。

 真白も気にはなったため、覗いてみる。そこには確かに大勢の人がいて、意見交換をしていた。まず最初に自分の役職を公開して、ゲームに関する作戦会議を始める。流れが早くて、ログを追うだけでも精一杯だ。くわえて、文章が全く頭に入ってこない。あまりにも都合が悪すぎる展開に頭が真っ白になって、いまだにこれは悪夢かなにかではないかと疑っている。

 しかしながら、現実は変わってくれない。画面上でも、文章は流れて、話は進んでいく。一方で、勇者はまだ名乗り出ていない。当然だ。勇者は一人だが、その一つだけの役職を持った物が、静観しているだけだからだ。静観といっても、静かに、落ち着いて見ているのではない。胸中は決して穏やかではなく、今にも発狂しそうだ。大勢の参加者が勇者が誰かを探っており、自分がいかにとんでもない企画に巻き込まれたのかを悟る。いよいよ、胃が痛くなってきた。

 情報の整理をするほどの余裕はなくて、今はまだ、現実逃避をしていたい。やがて真白はパソコンを閉じて、ベッドの上に寝転がる。

 眠りについて、なにもかもをなかったことにしたかった。

 ああ、参加なんてするんじゃなかった。いくら挑戦するべきだと言われても、実際に取り返しのつかないことをしてしまったら、後悔どころの話ではなくなる。真白は自分の運のよさを甘く見ていた。普段はそこそこの運しか持っておらず、せいぜい交通事故を回避する程度だが、まさか当選するだけにとどまらず、勇者まで引き当ててしまうほどの強運だとは想像もできなかった。

 勇者たるもの、運も必要だ。くじ引きで選ばれたのなら、自分が最も運がよかった人物となる。戦闘力を度外視にすれば、真白がもっとも勇者にふさわしい能力を持っているといえるだろう。しかれども、真白にとってはアンラッキーにもほどがある。なぜ、よりにもよってこのようなタイミングで人生の大半の運を使い果たしてまで、勇者になってしまったのだろうか。

 とにもかくにも、あたりは暗い。寝るにはちょうどいいだろう。真白は目を閉じた。そして、なにも考えないように脳内を黒く塗りつぶすと、あっという間に夢の世界にトリップする。


 闇は晴れて、空は青く染まる。太陽が昇って、透明な光が地上を照らす。雪がほんのりと積もった町は白銀に、キラキラと輝いている。

 気持ちのよい朝だが、真白の気持ちは晴れない。夢から覚めれば昨日の出来事がなかったことになる可能性を考えたけれど、実際はそうもいかない。手元には身分を証明するカードがあるし、イベントのホームページには自分のハンドルネームが大きく載っている。

 真白は頭を抱えた。とにかく、プレッシャーでしかない。こんな、平凡なだけの自分に勇者という大役が務まるはずがないだろう。しかも、主役だ。例えるのなら、演劇部に入部していきなり、主役を任されたようなものだろう。否(いな)、入部するだけの覚悟があるのなら、違うか。より正確にいうのなら、なにも知らない一般人を騙して、舞台に誘うとか、そういうイメージだろうか。

 とにもかくにも、現在が真白にとって地獄のようなシチュエーションになっているのは事実だ。なにもかもが夢であってほしい。時がすぎるのなら、あっという間に過ぎ去って欲しい。

 それはそれとして、ネット上の動きは気になるので、掲示板をチェックする。まだ朝にも関わらず、多くの人数が集まって、議論を始めているようだ。


 190 名無し 2018/03/25(日)06:44:01 ID:M2M2RGWR

 もし勇者が現れなかったら、どうすんだろう


 191 名無し 2018/03/25(日)06:44:11 ID:S4EDJRFE

 俺たちで探し出すしかないんじゃね


 192 名無し 2018/03/25(日)06:44:25 ID:M2M2RGWR

 うげ、めんどくせぇな

 

 193 名無し 2018/03/25(日)06:45:40 ID:TAGAG453

 それよりさ、当日ってどうすんだ? 俺、なんも分かんないんだけど


 194 名無し 2018/03/25(日)06:46:01 ID:3JU5878

 今日が当日だぞ。大丈夫かよ


 195 名無し 2018/03/25(日)06:47:32 ID:TAGAG453

 え、まじ……?


 196 名無し 2018/03/25(日)06:47:34 ID:S4EDJRFE 

 適当にやっときゃいいんじゃね。俺たち、どうせ、脇役だし


 197 名無し 2018/03/25(日)06:48:22 ID:IDNERU82

 >>195

 っぽいな。HP確認したけど、今日であってた。


 198 名無し 2018/03/25(日)06:49:15 ID:TAGAG453

 まいったな、寝てないんだけど


 199 名無し 2018/03/25(日)06:50:03 ID:GFYR8M39

 >>198

 意識高い系か


 200 名無し 2018/03/25(日)06:50:23 ID:68URFGDO

 今日か……。どうでもいいけど、主役はまだなのか。


 201 名無し 2018/03/25(日)06:50:43 ID:UY4DOHR1

 全然こないよな こういうのって真っ先に名乗り出てもいいのに


 202 名無し 2018/03/25(日)06/51:16 ID:TAGAG453

 >>199

 ただの昼夜逆転マンだ


 203 名無し 2018/03/25(日)06:51:23 ID:8NA37JMU

 手違いで勇者が現れなかったり?


 204 名無し 2018/03/25(日)06:50:23 ID:JSDHJ765

 勇者不在かー よくね? 俺たちだけでストーリー進めちまおうぜ


 205 名無し 2018/03/25(日)06:52:17 ID:67FVBNMU

 いや、そんなミスしない。絶対にいる。おそらく、引っ込み思案なだけなんだろう。


 206 名無し 2018/03/25(日)06:53:09 ID:2HNNUMA5

 全員の役職開示した上で、重要人物だけで話合ったほうが楽なのにな。せめて居場所さえ分かってれば……


 207 名無し 2018/03/25(日)06:54:00 ID:SYN4K29I

 だいだい誰だよ こんなクソ企画立てたやつ


 208 名無し 2018/03/25(日)06:54:01 ID:8M5BYDUE

 正直、俺らにできることといったらなんもないからな。協力者役に全部ぶん投げる気でいる。


 209 名無し 2018/03/25(日)06:54:12 ID:UMES8G4D

 >>207

 知るかよ


 210 名無し 2018/03/25(日)06:55:01 ID:67FVBNMU

 そういや、なんか知らない内にホームページが開いてたよな。面白そうだから参加したけど。


 211 名無し 2018/03/25(日)06:55:02 ID:GFYR8M39

 >>207

 そういうお前はどうしてここにいるのか


 212 名無し 2018/03/25(日)06:55:12 ID:MFYSNEVK

 確か、勇者と魔王の物語の再演とかなんかじゃなかったっけ。だとすると、その物語の原作の出版社あたりか……?


 213 名無し 2018/03/25(日)06:55:35 ID:IDNERU82

 ハッキングしたら、ホームページの元が地下にあるんだけど


 214 名無し 2018/03/25(日)06:55:46 ID:JKJKJKJK

 地下ってあの地下?


 215 名無し 2018/03/25(日)06:56:03 ID:3JU5878

 ハッキングしたのかよwwwwwwww


 216 名無し 2018/03/25(日)06:56:13 ID:M2M2RGWR

 笑えねぇ……


 217 名無し 2018/03/25(日)06:56:24 ID:67FVBNMU

 さすがに冗談だろう


 218 名無し 2018/03/25(日)06:56:25 ID:E\FI-^SA

 話は戻りますけど、本番に関して確認があります。まず、私たちの目的は勇者を魔王の元まで送り届けることですよね。敵との戦いは彼がやってくれるとして、そのためにはなにをするべきでしょうか。私としては、まずは長老と会って、聖剣を抜き取るところから始めるのではないかと考えているのですが。


 219 名無し 2018/03/25(日)06:56:33 ID:UMES8G4D

 なんだこの長文


 220 名無し 2018/03/25(日)06:57:02 ID:HJMDRYSY

 >>218

 多分、そんな感じで合っていると思う。ようは、物語の再現なんだ。ストーリーに沿って話を動かしていけば、きっとゴールにたどり着くよ。


 221 名無し 2018/03/25(日)06:57:03 ID:DFNGHJI9

 >>218

 勇者は最初から聖剣を持っていたよ。あれって、召喚されるタイプで、元となる肉体に勇者としての殻を張り付けて動かしているような感じなんだ。だから、勇者は勝手に動いてくれる。あとは地図とにらめっこして、チェックポイントへ進めばいい。


 222 名無し 2018/03/25(日)06:57:08 ID:MFYSNEVK

 >>218

 確か、ストーリーの流れは召喚されて、人間の姿をした魔王と知り合って……て感じじゃなかったっけ。それで、二人は恋に落ちるんだけど、正体が分かって敵対するようになるんだよ。


 223 名無し 2018/03/25(日)06:57:19 ID:SYNFRHGM

 ああ、そうか。重要なのは魔王役も同じか。というか、魔王役って本当に女だよな。そうじゃないとカオスじゃね。


 224 名無し 2018/03/25(日)06:57:24 ID:JKJKJKJK

 分かる


 225 名無し 2018/03/25(日)06:57:25 ID:UMES8G4D

 長文ばっかで目が滑る


 226 名無し 2018/03/25(日)06:58:00 ID:GHGHNYNU

 黙ってろ、長文アレルギー


 227 名無し 2018/03/25(日)06:58:15 ID:E\FI-^SA

 ていねいにありがとうございます。そうですね、私にできることなんて些細なことしかありませんけど、頑張ろうと思います。町で遭遇したら、それっぽいヒントを与えてあげればいいんですよね。台本にあるようなセリフを読んだりして


 228 名無し 2018/03/25(日)06:58:22 ID:S4EDJRFE

 ああ、それな。別に完全再現しなくてもいいんじゃね。ノリでやりゃいいんだよ


 229 名無し 2018/03/25(日)06:58:34 ID:67FVBNMU

 >>223

 魔王と勇者で男女が入れ替わっている可能性はある


 230 名無し 2018/03/25(日)06:58:56 ID:TAGAG453

 がんばれよー。俺は寝るからな


 231 名無し 2018/03/25(日)06:59:09 ID:UMMM.COM

 おう、お前も参加しろや 徹夜して


 232 名無し 2018/03/25(日)06:59:13 ID:M2M2RGWR

 もったいねぇな、こんな祭りに参加しねぇなんて


 233 名無し 2018/03/25(日)06:59:34 ID:TAGAG453

 うるさいな、睡魔には勝てないんだよ


 234 名無し 2018/03/25(日)06:59:50 ID:GHGHNYNU

 早く寝ろ




 いったん、パソコンを閉じた。

 なんだか、自分のことが度々話題に上がって、生きた心地がしなかった。迷惑をかけているようで悪いが、やはり名乗り出る気にはなれない。こんな冴えない男が勇者だなんて似合わないし、絶対にバカにされるに決まっている。もっとも、画面上ではこちらの容姿が相手に伝わることはないのだが、言動から人見知りで勇気のない人物ということは分かってしまう。それは、一般的な勇者像とはかけ離れた人格だろう。そもそも、真白は勇者と魔王の物語に関して、くわしくは知らない。一度、舞台を観劇した経験はあるものの、ストーリーをふわっとしか覚えていなかった。それを演じるとなるとハードルが高い。

 どうしたものかと悩んだすえ、彼は全てを協力者に丸投げすることにした。全てを台本通りに演じる必要がないというのなら、新たな勇者が誕生するような展開を作ったとしても、問題はないはずだ。魔王と恋に落ちる必要もないし、自分の、自分だけの物語を構築していけばいい。したがって、真白はただダラダラと過ごすだけの『勇者の日常』という名のタイトルをつけたゲームを、勝手に開始しようとした。

 よし、引きこもろう。内心で固く決意を固めたところ、急に扉が開く。びくっとして、体を強張らせる。まるで、いたずらがバレた子どものように、もしくは悪いことをしているのを咎められる前のように、緊張する。

 中に入ってきたのは当然ながら、見知らぬ人物ではない。オパール色をした髪をたなびかせた少女だ。


「いくわよ」

「どこへ?」

「外に決まってるじゃない」


 困惑したまま固まる真白に向かって、少女はにこやかに語りかける。


「さあ、いくわよ」


 有無を言わさぬ態度で少年を引っ張って、彼を連行しようとする。彼女がなにをするつもりなのかを理解して、真白は拘束を振りほどく。


「待って。待って、ください。まずは説明を」

「必要?」


 歯医者に行くのを拒否する子どものように、彼は逃避しようとする。


「じゃじゃーん。私はね、あなたの協力者に選ばれたのよ」


 彼女が取り出したのは、一枚のカードだ。しっかりと個人情報が記されている。つまり、彼女もゲームの参加者というわけだ。


「これから私はあなたをゲームの世界につれていくつもりよ」

「嫌だと言ったら?」

「ありえない。だって、参加したからには遂行しなきゃ、いけないでしょう」

「だから、その、待ってください」


 視線をそらす。


「こうなるとは思ってなかったんです。だから」

「言い訳しても、ダメよ」


 彼女は相変わらず柔和な笑みを浮かべて、こちらに近づく。とっさに後ろへ下がったものの、壁と背中がぶつかって、これ以上下がれない。


「もったいないと思わない。せっかく、面白いことをするチャンスなのに」

「それは、そうですけど」


 本音を言うと、刺激自体は求めていた。いつまでも退屈な日常を送り続けると、精神が弱ってしまいそうだ。だからといって、このようなプレッシャーはあんまりではないだろうか。


「どの道、あなたは逃れられない運命なの。せめて、私が導いてあげる。一人じゃ無理でも、二人以上でなら問題はないわよね。だから、行きましょう」


 少年は困り果てた様子で、固まる。

 このさい、仕方がないというしかない。逃避する術はない。彼女の言った通り。だから、あきらめた。

 少年は潔く運命を受け入れて、彩葉と一緒に外へ出る。

 なんだか久しぶりに青空の下へ出た気がする。太陽がまぶしくて、目を細めた。

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